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2004年10月

2004.10.31

 技術の進歩。その普及と効用 

 今まで秘密にしてたけど、
実は高知~サンフランシスコで超・遠距離恋愛中のmizzie、
仕事と学校の間を縫いつつメールで、
時にはネット電話(¥2.5/分!!)等のITツールを駆使して、
お互い連絡取り合ってます。

市内通話は掛け放題のアメリカは
メールだと月$6以下しか掛からないし、
ネット電話も上記のような低料金で、
文字と声のやりとりには全く不自由してませんが、
これがIT革命以前だと手紙で片道\130、
国際電話は1分\110もしてた訳で、
国際遠距離恋愛の成就は限りなく不可能に近かっただろうな。
ってのは想像に難くは無いですよね?

で、ITの進化をフル活用してる僕らは出会ったのもオンライン上で、
最初はメールだけのやりとりが2年以上あって、
一時帰国した時に何度か会って、
それから付き合う事になったんですけど、
これがコンパとか紹介とかがきっかけだと
外見から入ってくのが殆どだから、
相手の事知る程に幻滅してった結果、
破局しちゃう。ってのは良くある事ですけど、
ネット恋愛だとパーソナリティーに共感出来ないと
逢おうって気もおきない分、
恋愛状態になってからの幻滅ってのは皆無です。

プライベートは秘密主義のmizzie、
外見だけなら過去の恋人達の方が勝ってるかな?って思う事もありますが、
今の彼女はその性格や感受性等があまりにも僕に似過ぎてる上に、
「メガネが似合って、一芸に秀でてて、自立してる事」という
僕の理想全てクリアしてる訳で、
結果、彼女は僕のハートをがっちり掴み、
関係継続にはITフル活用しちゃってる訳です。(はあと)

今、遠恋中の人も、そうでない人も、
進化し続ける技術を正しく使って、自身の幸福を追求しちゃって下さいね。

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2004.10.16

ヴァージニアは実技がカンタン?

僕がまだ集中英語クラスにいた頃に
結構仲良しだった台湾人の女性は、
運転免許と自家用車を持っていて、
あちこちに連れて行ってもらったりもしていたのだが、
彼女、はっきり言って運転は荒いしテキトーだし、
お世辞にも上手いとは言い難かったのだが、
でもキチンと実技免許をパスしてるんだから、
それだけでも僕よりはスゴイよな~・・・。とか思っていたんだけど、
ある日、彼女にその事で話をした時に僕が聞いた返答は、
それはそれは興味深い物でした。彼女曰く、

 「サンフランシスコで免許取ろうなんて考えるからダメなのよ。
サンカリフォルニアの免許は難しいし、
サンフランシスコは特に難しいんだから。」 なんて言うんですよ。

それで僕は、
「じゃあどうするの?僕はグリーンカードだし、
君だってF-1ビザ(留学ビザ)だから、
国際免許証じゃ自動車は借りる事は出来ても、
所有する事は出来ないじゃない。でも君は車持ってる。」

 その彼女、僕のそれに答えて曰く、

 「あたしは免許取るのがカンタンな州で取ったの。
あたしが免許試験受けたヴァージニアなんか、
実技試験がもうめっちゃくちゃにカンタンなのよ。
トータルでも3分も掛かんない内に終っちゃって、ハイ合格。
って感じなんだから。Mizzieも免許取るんだったら、ヴァージニア行きなさいよ。」
 との答え。

 さらに、アメリカは州によって免許取得に関する試験制度が異なる様で、
州によっては、日本の国際免許証と有効な日本の免許証があれば、実技試験も免除になる州もあるとか・・・。

 サンフランシスコのDMVにはやられっぱなしだったmizzie、
もうそれらの州に行って免許を取って帰ってくる来る位のお金は使ってるかも・・・?

 情報って、知る事って生きて行く上でだけじゃなく、全てにおいて大事な事なんだな?・・・。って実感した出来事でした。
 しかし、その試験制度がカンタンな州で免許を取得してきた彼女、ちょっとこの街で車を運転するには危険じゃないの?
 ってくらいの運転でしたけど、
 今も無事にカーライフを送っているのでしょうか?
 僕は今は学部生に昇格してるから、もうこの方と会う機会も無くなってしまったのですが、無事に過ごされてる事を、願わずにはいられませんよね。

 それでは、また。

From T.S.mizzie

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~変わらないもの~

 4月に1週間だけ高知に帰ってたMizzie、
中規模以上の街は日本中どこもそうだと思うけど、
高知市も街の変化は激しくて、
見た事の無い建物や道路が出来てたり、
あった筈の建物や店舗が無くなっていたりして、
まるで未知の街に来たようでした。

でも、僕自身も14ヶ月のアメリカ暮らしで
思考のシステムや見解がかなり変化していたようで、
色んな局面での対処方法が以前と違う自分と、
色んな物事を渡米前と違った観点で見ている自分に気付いた時、
一番大きな変化をしていたのは高知の街並みでも道路事情でも、
ましてや大きくなった空港でもなく、
僕自身だったんだ。という事実に気付いたのでした。

それでサンフランシスコに戻る数日前くらいに、
帰国直後よりも少し落ち着いた視点で街を自転車で走っていた時、
そこには以前と何も変わっていない高知という街の、
僕が暮していた下町がそのままの姿でそこにいたんですね。

抜けるような青空の下には町工場の隣に200m四方位の公園、
電車通りを渡るとかつて自分が通ってた中規模の小学校が
今でも当時のままの姿でそこにいて、
その側を流れるドブ川まで子供の頃からそのままで、
こんなに色んな物事が激しく移り変わって行く街で、
それらは僕に郷愁のような感慨を抱かせると同時に、「あぁ、
俺は昔、確かにここに住んでいたんだな。」って事を確認させるのでした。

まだ小さな子供の頃から、未知の土地に行く事が大好きだったmizzie、

市内→

   県内→

      四国内→

           鈴鹿以西→

                 そして日本全国

 と言う風に、成長するに従って次第に広域化していった僕の行動半径も、気が付けば8000kmも遠くまで行くようになっていて、
この全てが激しく移り変わり行く世界の中では、
街も、人も、もちろん僕も、
日々どんどん変わり続けて行くんだろうけれど、
でも、この街が決して変わらないものを維持し続ける限り、
ここに来る度に僕は、自分のルーツを確認する事になるんだろうと思います。

 San Franciscoにて。 T.S.mizzie

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