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2005年10月

2005.10.30

財政赤字解消

 何でも日本は国・地方公共団体合わせた債務の合計が、1000兆円を超えているんだそうで、某・有名大学の経済学部教授に言わせると、社会保障を維持するだけでも消費税を15%まで上げないと財政がパンクしちゃうんだそうです。

もうどうにもならない、って位に借金が膨らんじゃってるんだから、これは普通のやり方では返済なんて絶対ムリで、強烈な方法以外では債務解消は不可能だと思う。例えば消費税を時限立法で“全ての債務が完済されるまで150%”位にして、完済されるまでは経済が滅茶苦茶になるからそれの埋め合わせとして、債務解消した翌年は全ての税率を0にする。とか。消費税だけ上げちゃうと低所得者だけが不利益を被るから、直接税率も時限立法で上げる。例えば所得10億円以上の人は所得税率95%かそれ以上。「金持ちからも取るから、庶民の皆さんも負担をこらえて下さい」ってキチンとアナウンスしないと理解は得られないだろうし(しても得られないだろうけど・・・)、大体消費税と言うシステムは低所得者や年金生活者にとってはアンフェアな税制だから、そこだけ増税というのは公共の福祉に反していると思う。

 で、この時限超増税で債務完済後は、「ありがとう無税」で23年は徴税停止。これで崩壊した経済を回復させて、その後は健全財政で政府を運営する。確かにとんでもなく荒っぽいけど、決して悪いアイディアじゃないと思うんだけどなぁ・・・。

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プロの窓口担当を見た

平日の昼間にあても無く街を歩く同世代の男などあまりいない高知。そんな高知の平日午後3時、面接(今日は好感触)を終え、着替えて出掛けた本屋さんからの帰り道。投資信託の事知りたいな、と突然思いついてその足で証券会社に行ってみた。平日昼に穴の開いたジーンズと洗いざらしのシャツという、富俗層とは対極に位置する身なり(着替える前に行けば良かった・・・)で現れた僕にも、窓口のお姉さんは懇切・丁寧な応対。色んな投信の商品を説明してくれる。投資信託なんて庶民には縁の無い(ましてや今の私は失業者だ)、お金持ち対象の金融商品。って気もするけれど、1万円からでも始められる商品もあるそうで(利益は少ないが・・・)、あちこちの証券会社を訪れ、パンフレット片手にそれらを詳細に吟味します。どういった運用方法をしていて、どんなリスクがあって、どのくらいのリターンが期待出来るのか。とか、幾らから始められて、税金や手数料等のコストはどれくらい掛かるのか、と言った事。

 それでMUFJ証券で貰ったパンフを見ていて「おや?」と思ったのが申し込み手数料の欄。申し込み金額毎に手数料が違うのですが、その分け方が、

『1)3000万円未満 2)3000万円以上1億円未満  1億円以上』

なんて感じに分けられてるんですよ。これがN村証券だと

『1)5000万未満 2)5000万以上5億未満 3)5億以上』で、

N興コーディアルなど

『1)1億円未満 2)1億円以上5億円未満 3)5億円以上10億円未満 4)10億円以上』

 なんて有様で、もう完全に「住む世界が違います」状態・・・。確かに一口1万円から始められます。とはなってますけれど(N興のエコファンドは50万円から)、最低の基準が「3000万円以下」で一括りにされてるって事は、それ以上の金額を運用しよう。と言うリッチな方が顧客の主流を占めるのであろう。という事で、これまでは意識した事も無かった『経済格差』という物を垣間見た気がしました。

 そんなお金持ち相手の場所にかなり場違いな格好で訪れた僕でしたが、さすが業界最大手と言うべきか、N村証券の窓口担当お姉さん、こちらからの会話に出てくる言葉を手掛かりに、とても上手に多様な金融商品を紹介。さりげなく株まで勧めてましたし、その勧め方は「お金あれば買っちゃうのに」ってこちらに思わせちゃう程の巧さ。店頭に訪れるくらいだからこちらも投資意欲はある訳で、例え小口といえども、未来の顧客になり得る相手はがっちり掴む、そのプロ魂は中々に気持ちの良いものでした。結局、訪れた証券会社で名刺を渡してくれたのもこのN村証券だけだったし。

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2005.10.29

人生の選択

 考えてみたら私はもう小学生くらいの頃からずっと、サラリーマンになるという事を将来の選択肢から除外していたように思う。早起きが苦手で、人込みが嫌いで、理不尽な事なのに集団の強制力でそれに従わせられる。という事が大嫌いで、反発が理に合わず従わざるを得ない場合を除き、自分の嫌な事は絶対にやりたくない。と言う多少ひねくれた性格の子供だった私にとって、サラリーマンになる事は不快だし不可能だ。と思っていたような記憶がある。

 じゃあ自分の将来をどう考えていたのかというと、「自分の好きな事を仕事にする」と、漠然と考えていた。最初はバス釣りのトーナメントプロを目指していたし、バイクは釣りよりも楽しい。という事に気付き、かつ、鈴鹿でロードレースの世界グランプリを見てプロレーサーになりたいと考え始め、98年に鈴鹿サーキットでのクラッシュでバイクに乗れなくなるまではずっと、その為に努力を重ねていた。

 私も高校を卒業する直前くらいになると、それなりに賢さも身に着けているから、レーサーを目指す事のコスト、レースで成功する可能性、そして失敗した場合のリスクを考える。幾つかのレースに参戦して自分のポテンシャルを確認し、結果、プロレーサーになれる可能性が極端に低い事、莫大な参戦費用が必要な事、失敗した時のリスクが巨大な事も良く判ったが、レースの魅力はその巨大なリスクを引き受け、それのコストを負担し、ほぼ0の可能性に賭ける方を選ばせた。その後はミニバイクレースから始めて着実にステップアップし、しかし、全日本選手権まで辿り着いた所で力尽きた。引退の原因はクラッシュでの受傷で身体的にバイクには乗れなくなった事だけれど、全日本選手権まで辿り着いた時点で、自分にはこの世界で食っていく才能が足らない事に、無意識下では気付いていた。そこに辿り着くまではとても時間が掛かったし、結果としては何も得られなかったのだけれども、自分で決めて、自分でやった事だから全てに自分で納得が出来たし、もうレースが出来ないのは残念だけど、レースで失敗した事についての後悔は無い。そしてもちろん、レースをしていた頃はとても楽しかった。

 才能の無い人間が全日本選手権に出られる位になるのだから、自分で言うのも何だが物凄く努力もした。でも、レースに「苦労をした」という感覚は無いんだ。練習、マシン整備、走りやメカについて学ぶ事。その他レースに係わる事は全て、とても楽しかった。レース参戦資金を稼ぐ為、毎日クタクタになるまで働くのはタフだったけれど、夜遅くまで働いてどんなにフラフラになっていても、仕事を終えてからサーキットに向かう為にマシンを車に積み込んでいる時など、ワクワクして疲れなど微塵も感じなかったものだ。

 今はもう、いい大学を出て、いい会社に入れば将来安泰。なんて形はなくなってしまったけれど、私の頃はまだ、いい大学を出て、いい会社、いい官庁に就職する事が幸福の形。というシステムが強力に残っていて、そんな頃に「好きを仕事にする道」を選ぶ事はとても不自然な行為だった。親や教師は呆れていたし、友人や知人達は「無理、止めた方がマシ」と言っていた。ごく一部の女の子達には憧れられたりもしたけれど、こちらは女の子にモテる為の手段としてレースをしていたのでは無いので、その頃の私は恋愛どころではなかった。

 そうして20代の全てをレースに捧げ、結果それは全く身を結ぶ事無く終わったので、生活の糧を得る道をまた探さなくてはならないのだが、でも相変わらず、「自分の好きな事を仕事にしたい」と「どんなに高給でも自分の嫌な事はしたくない」という思いが基本になるので、この歳でそれを職業選択の基準にすると選択肢はかなり絞られてくる。そうしてそれに一致するものを必死で探し、それを見つけ、今は訓練課程を終えて求職に掛かっているという次第だ。後はその職に就いて経験を積みつつ自己研鑽に励み、その道での自分の価値を高めていくだけだろう。

 全て自分で考え、自分で決断し、行動する。というのは凄くタフでハードだけれど、好きな事をやっているのでとても楽しいし、それを評価してくれる人が一人でもいれば嬉しいし、自分のした事で喜ぶ人を見るのも凄く嬉しい。それは決して高収入にはならないだろうけれど、私にとって、それはそれでいいのだと思う。富や名声の為に嫌いな事をイヤイヤやるよりも、好きな事・得意な事を仕事にして生きていたい。ただそれだけ。

 お金より、名誉より、心意気♪(^^)

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2005.10.26

〜”希望” 明日変わるかもしれないもの 〜

 前に少し触れたけど僕はずっと、日本ではあちこちで不当な扱いを受けてきた。

 時にはそれに対して仕返しをする事もあったけど、
でもそれは新たな憎しみ(逆恨みや復讐)を生み出して行くだけだった。

 この、憎悪の連鎖を断ち切る回路は存在するのだろうか?


 決して解りあえないかもしれない人達が一緒に暮しているこの世界で、
お互いが
解りあえたり、認め合い、受け入れあう事は出来るのだろうか?


 一般論としてだけではなく、自分個人に関してはどうだ?


自分にはとても許し難い人がいるのと同様に、僕を決して許す事の出来ない
人もいるだろうし、そしてそうした人達の中には、もう永久に会えなくなってしまった人もいる。
 こちらがどんなに自分の過ちを悔いたとしても、決して謝罪
をする事の出来ない人もいるんだ。今もしその人達に会える事が出来たとしたらその時は、

 「あの時、本当にごめんね。」

 と、あの時言いそびれてしまった為に、

今は決して伝える事が出来なくなってしまったこの一言を、ぜひ言わせて欲しいと思う。

 そう心から思えるようになっただけ、僕はあの頃から少しは変わったのかもし
れない。そしてきっとこれからも変わり続けていくのだろう。

 そしてこの僕が変わったように、あの時僕をひどい目に会わせたあの人達も、
変わっているのかもしれない。もしまだ変わっていなくても、明日変わるかもしれない。そしてその時、僕は彼等を許し、受け入れる事が出来るのだろうか?

 物心付いた頃から僕は、いじめられたり、つまはじきにされたり、恨んだり、
恨まれたりばかりの人生だった。もちろん、僕をひどい目に合わせた人達を憎んだりもしたけれど、でも結局それは何の解決にもならなかった。
 そしてそれは多分きっと、他の皆も同じだと思う。
 だからもういいや、もうやめる。
 恨んだり恨まれたり、憎んだり憎まれたり。疲れ
るだけだよそんなの。
 もう誰も憎まない、恨まない。許す、みんなを。


 誰かを踏みつけて一人で笑っているよりも、みんなが幸せになったほうがいいや。

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2005.10.25

表現の力

 介護施設入所者やデイ・サービスを受けている高齢者と身近に接していると僕はいつも強く感じる。

 音楽でこの人達を鼓舞させたり、奮い立たせたりする事は出来ないだろうかと。

僕は音楽の力を信じているし、この世界には、聴いているだけで聴衆を変えてしまう力のある音楽が存在する事も知っている。

 もちろんそれは稚拙な技術と単調なリズムで構成された、或いは特定の聴衆からの共感を得る道具として、メロディーが存在する現代ポップスなどではなく、高度に磨かれた技術の上でしか存在し得ない、インプロヴィゼーションなど入る余地も無いような複雑で正確なリズムで構成された音楽。そしてそれはデジタル音ではダメで、絶対にアナログ楽器による生演奏でなければならない筈だ。

 目の前で繰り広げられる上質な音楽の生演奏だけが、絶望の淵や極度の疲労状態で生きる力を失いかけた人達に、奮い立たせる勇気を与えたり、生きる力を沸き起こす力を持ちえるのだと思う。そしてそれはきっと、黄昏の日々を暗鬱に過ごしている高齢者達をも変える事が出来るはずだと、もう一度その瞳を輝かせる事が出来ると、僕はそう信じている。

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2005.10.24

趣味は寝る事です

 以前、「趣味がわからない・・・」的な事を書きましたが、遂に見つけましたよ僕の趣味!!

 
辞書にも載ってた趣味の定義、

1)
専門としてではなく、
2)楽しみとして愛好する事柄

って事で、僕が仕事中・勉強中以外の時間で専門としてでなく、楽しみとして愛好している事柄。それはズバリ・・・。
 

 寝ること!! 

 もう寝る事大好き!!!

 
最高は連続30時間以上っていう、すごい長時間睡眠の記録も持ってるくらいだし、もし「やれ!」とか言われたら、365日、毎日16時間位は寝られちゃう♪(働けよ)


 僕はもちろん『寝る事』の専門家(そんな人いるのか?)ではないし、
楽しみとして愛好しているか?と言われれば、もう誰が何と言おうと「寝る事」大好き!ってくらい愛好しているし、


「地上で最も快適な場所は布団の中」って思ってる位だし、


 転職の希望条件に、
「シエスタがある事」か、
「11月〜3月・冬眠休暇有り」
 にしたい位だ(そんな会社は無い)


最初に挙げた1)、2)を趣味の条件とするのなら、もう僕の趣味は誰が何と言おうと絶対に『寝る事』だ。

 もし仮に「睡眠」に対価が支払われる業種が現れた場合、
「睡眠のプロ」
が現れたり、
「初級睡眠士試験」や
「睡眠検定」とか出てくるのかな?

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2005.10.22

置き去りにされる日本

 数日前にTVで英語圏の人を対象に日本文化を紹介する番組をやっていて、テーマがJ-POPだったのですが、番組に出演していた日本人音楽関係者、日本人が見ていない(フル英語で字幕無し)からって言いたい放題。

 「
J-POPはメジャーレーベルと一部の音楽関係者によって(CD売上げ等の)利益を最大化させる為に音楽事務所、レコード会社、雑誌・TVFM局らの広告媒体によってブームが作り上げられ・・・」

 って感じに酷評され(でも事実)、また
J-POPは欧米では全く相手にされていない事等も取り上げられ(シスコのCDストアにおけるJ-POPコーナーの広さは、TSUTAYAJ-POPコーナーの100分の1以下)、トドメにストリートミュージシャンや一部のアマチュアバンドを
 「洗練されたカラオケ」
 と一刀両断。
 日本は狭い国土に
1億以上の人がいるから外国を意識しなくても音楽産業は商業的に成り立つけれど、こと音楽に関しては、J-POPが世界から消えても(ってか日本自体が世界から消えても)世界は気にも留めないでしょうね。

 トップレベルのクラシック奏者みたいな
超絶技巧は無理にしてもさ、皆も世界に通じる作品を作ろうよ。

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やられた・・・

> 最近の安易な”癒し”ブームが嫌で、意識的に「お涙ちょうだいモノ」は、本も映画も避けてた。
 でも雑誌でそれの紹介記事を読み、居ても立ってもいられなくてそのまま書店に走った。

 凄かった。
 僕ももう34歳だから、簡単な事では泣けないんだけど、「ココは純粋さを残してる人なら泣いちゃうだろうな」って感じの、胸を突く文が、キラキラ光ってるようなフレーズが、何箇所もある。
 書かれている事が全て事実だと言う点を差し引いても、圧倒的な文章だ。

 残り数ページになって、「泣かずに読めたな」って思ってたけど、最後の行を読み終えた時、涙が僕の頬を伝っていた。

木藤亜矢 著 『1リットルの涙』


 帯に書かれた、「生きることに悩んでいるすべての人々に、この本を読ませたい」が、この本の全てを物語っています。
 悩みが無くても読んで欲しいし、誰かに読ませたくなる、そんな本です。

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2005.10.21

"好き"を満足させると言う事

 僕が誰かに、「昔はバイクのレースをやっていて・・・」と言った話をすると必ず、「今は乗っていないんですか?」といった類の事を聞かれる。
 確かに僕はバイクが大好きだし、「乗れ!」と言われたら一年で
5000時間位は何の苦も無くサーキットを走る事が出来るだろうけれど、今もバイクに乗っているのかというと全くそんな事はなくて、レースを引退してから今日までの7年間で、バイクを運転した時間は恐らく30時間以下だ。

 どうして乗らないのかの理由を説明するのが面倒だから、「98年のクラッシュで平衡感覚に障害を受けて・・・」と答える事にしているが、それは数年前にほぼ完治しているし、その気になれば全く問題なく、そして恐らく一般のライダーよりもはるかに巧みにバイクを操る自信はある。

 バイクが圧倒的に好きで、身体的には全く問題も無いくせに、何故乗らないのか?という問いに答えるのは簡単だろうか?

 自分の中で一つはっきりしているのは、国内最高峰クラスの選手権レベルを経験してしまうと、通常レベルで満足を得る、快感を得る事は不可能。という事だ。
 その上、世界的に見ても非常に良く整備された日本国内のサーキットに慣れてしまうと、一般公道は危険すぎて恐ろしくて乗る気にもなれない、というのもある。

 最初の走りのレベルに関してだが、僕は現役時代、自分の技術にはとても見合わないほどに高度なチューニングを施されたマシンに乗っていて、さらにタイヤやその他ハード面では全てがほぼ最高水準のマシンで走っていた訳で、例えば、その優れた性能のマシンを駆って鈴鹿サーキットの1コーナーを前後タイヤがごく僅かにスライドするようなコーナリングをしている時には物凄い快感がある訳で、そんな事は一般公道ではもちろんしてはいけないし出来ないし、第一そんな走りは危険過ぎる。

 次に危険度に関してだが、サーキットという所は高速走行を前提に設計されるので当然、路面はグリップのいい特殊舗装だし、路面の段差はおろか、横断歩道もマンホールのフタも無く、クラッシュした時の為に路面の外側には広いセーフティーゾーンが設けられている。ふらふら走る対向車も飛び出してくる歩行者も交差する車も意地悪な幅寄せをしてくるトラックもいない。つまり、一般公道で二輪車に襲ってくる危険要素の全てが取り除かれた、それがサーキットなのだ。
 僕は峠族あがりのレーサーだからレースを始める前は公道でも飛ばしまくっていたが、レースを始めて数年もすると、恐ろしくて公道での高速走行が出来なくなってしまった。それ以前は無知だったから公道での高速走行が出来た訳で、一度「高速走行用の本当に安全な環境」を知ってしまうと、公道での高速走行などとても出来ないし、もし出来る人がいたとしたらその人は世界選手権レベルの圧倒的な技量を持っているのか、ただのバカだ。

 バイクに乗る事は本当に楽しい。
 これよりも楽しくて気持ちのいい事はそうないだろうが、その楽しさや快感は麻薬のそれに近いんだと思う。始めは効力の弱い物でも快感を得られるが、一度より強い物を経験してしまうとそれより弱い物では満足出来なくなってしまう。僕は経験出来なかったけれど、
WGPや鈴鹿8耐なんかきっと物凄い快感があるのだろう。バイクには禁断症状はないけれど強い依存性はあるし、強力なそれ(レースレベルの走り)を経験してしまうと止めるのがとても困難な点も麻薬に似ている。

 で今は、レースに復帰する経済力も時間も無いし、サーキット以外では満足出来ないのが判っているからバイクはレース観戦に徹している訳で、かつてのレース仲間達の活躍をテレビや雑誌やインターネットで応援するのに留めています。彼等の活躍を見るのは羨ましいのも事実だけど、自分の知り合いが有名になって活躍しているのを見るのはそれなりに気持ち良かったりもします。

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2005.10.20

巨大ムカデ退治と訪問介護

 ホームヘルパー講習の最終課程、同行訪問介護に行って来た。訪問介護施設で簡単な打ち合わせをして、これから訪問する利用者の介護記録を見て情報収集する。訪問介護は利用者宅が施設から遠い事はまずないので、移動は自転車です。介護施設入所者と違い、居宅利用者は介護度が低い人が多いので、介助も家事援助が主になるようだが、それでも要介護度5(これは介護度の最高レベル)の利用者もいるので入浴や更衣、食事や排泄の介助もする。介助に関しては70歳前後の利用者は元気な方が多く、実習生の視点から見ていると「やんちゃ」な所もあるけれど、これが90歳近くになるとこちらが恐縮してしまうくらい、何をしてもめちゃくちゃに感謝されてしまう。そしてここでもやはり、介護者からの援助を受けながら生きている事を負い目に感じている高齢者が多く、その事で思考や言動が自己否定的な方向に向かう傾向が見られた。このネガティブな連鎖を断ち切る、或いは向きを変える方法は必ずどこかにある筈なのだが、現状ではどこにも見つける事が出来ない、その現実がとても腹立たしい。 また今回訪問した家庭はどこも平均以上の経済力を持つ家庭で、住環境も介護用具も充実し、介護側にとっても仕事が進め易かったが、利用者の経済格差とそれによって生じるであろうサービス格差をどうするのか、不公平や不正をどうやって是正するのか、これはこれからの介護ビジネスの課題だろう。他人を欺き・蹴落とし・引きずり下ろす事で富を得る、弱肉強食の資本主義社会で勝ち抜けた者だけが幸福な老後を送る事が出来る。そんな荒んだ社会を現出させてはいけない。

 余談だが、田園の中にある利用者宅で家事援助をしていた際に巨大なムカデを見つけ、ムカデは噛まれると一刻も早く病院で処置するべき。という位の物凄い激痛があるので、発見して即座に駆除(よーするに殺す)したのだが、ムカデ駆除は介護記録には何と書くのだろうか?ってしばし考えてしまいました。

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2005.10.18

Communicationの達成感

 実習も二日目になると少しは現場の雰囲気にも慣れてくる。

午前中に簡単な訓練の手伝いとシーツ交換をして、この日は施設の運動会があってその為の移動を介助する。

 自立歩行の出来る人がほぼ皆無なので、移動はそれだけでも大仕事になるようで、全員がホールからフロアへ移動を終えるのに20分以上は掛かってしまう。

 その後は利用者には運動直後の水分補給等を行い、そしておやつを食べた後は夕食まで自由に過ごしてもらう。

その間介護者は夜勤への申し送りをして夕食準備。

僕は申し送りが終わった所で時間になり、帰宅。

 食事や移動の介助、各自へのケア等をしている時に、利用者から話を聞いたり会話をしたりするのだが、何分相手が高齢で、もちろん認知症の方もいるので、コミュニケーションを確立させるにも困難があり、相手の意思を理解する事にも、こちらの意思を伝える事にも相当の労力を必要とさせられるのだが、相手との意思の疎通に成功した時には、そこには確かな達成感と充実感がある。

 認知症患者を相手としたそれは、異国で・異言語でのそれよりも達成感は大きいかもしれない。

 この日はメンタル面をかなり酷使していた様で、帰宅後、横になったらいつの間にか眠っていて、目が覚めたら真夜中になってました。

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2005.10.17

The last resort

 僕はやっと『ホームヘルパー2級・資格取得講習』の最終過程、施設実習に入ったのですが、学校と提携している老人保健施設に出向き、実習生として現場での経験を積んでいます。

 ここは
80床の収容人員と立派な設備を備え、デイケアの受け入れもしているかなり良く出来た施設です。


 実習生の一日は朝、受付で案内を受けて職員控え室で着替えた後に実習に入ります。

 まずは夜勤からの引継ぎ、申し送りから。専門用語が飛び交い、内容ははっきりとは掴めないが特に問題のある利用者がいない、程度の事は判る。
 それを終えると入浴介助。
 専用のユニフォームに着替え、更衣に介助の必要な方に、衣服の脱着を介助する。現場は戦場の様な忙しさ。時間が限られているので慣れないこっちははっきり言って足手まとい。で、出来る事を出来る範囲で少しだけやらせてもらうのですが、いきなりのこれでちょっとメゲる・・・。

 昼前にそれを終え、次は昼食の配膳。

 予定では食事介助をやる予定だったが、食事に要介助な利用者が一人しかおらず、僕は職員が介助しているのを見学。それからリハビリに向かう方達の移動介助。
 利用者を全員リハビリ室に案内し、後は
PTさんとOTさんにおまかせ。そしておやつ配膳。これも要介助な方がいないので介助は無し。その後は夕食の配膳なのだがそれまでの時間が空いたのでコミュニケーション実習と言う事で、ひとりのおばあさんとその空いた時間はずっとおしゃべり。
 先の大戦中に関して貴重な証言を聞き出す事が出来、興味深い話を幾つも聞く事が出来た。それからお茶の補充をして夕食の為にテーブルにおしぼり等の準備をした所で時間終了。職員に挨拶をしてその場を後にする。
 


 現場で直に触れて感じたのだが、やはり経験豊富なスタッフの方々はクライアントの扱いに慣れていて、言葉のやり取り一つとっても見習うべき点は多い。しかし、限られたスタッフで多くの利用者を相手にしている為、幾つかの箇所でクライアントへの対応で疑問に感じる点があったのは事実。
 また、利用者も皆、この場に馴染んではいるようだが、第3者の立場から見て、施設介護が利用者にとって最善の場所として考える事が出来なかった。

 
やはり、家庭での介護が不可能・或いは非常に困難になった場合の、最後の手段としての施設介護、と考えてしまう。施設には家庭を超える事は出来ないのだろうか?


 住み慣れた家で、土地で、家族と共に。というのが利用者にとっては最善の終末期としての生き方なのだろうか?少なくとも施設内で見た入所者の瞳には、情熱や生気や希望、勇気やプライドを含んだそれを見つける事は出来なかった。

 しかし、ベテラン介護士と認知症患者とのやりとりは横から聞いていると相当に面白く、ちょっとしたコント、或いは短編の一つくらいは書けてしまいそうだ。

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2005.10.15

美醜について(その2)

 以前からよく言われていたのでうすうす感づいてはいたんだけど、僕の女性に対する評価基準は少し(かなり?)変わっているみたいだ。

 しかし、
100人が100

「この娘がイチバン!」

 っていう人にはまだ出会った事が無いし、程度の差こそあれども、皆、それぞれ少しづつ違った美的観念を持っているようにも感じます。


 
それで思うんだけど、網膜に映る映像と、後頭葉視覚野で認識されてる映像は違っているんじゃないのかな?

 見るのは眼球だけどそれを認知するのは脳でやってる訳で、眼球に映し出される事実と、大脳で認識される真実には個人毎にズレがあってもおかしくは無いんじゃないのかな?とか思います。


 
つまり、美醜に関してある人の認識している何かが、別の誰かには5割増し、或いは5割引きくらいで認識されている可能性もあるのではないかと?


 
僕はレース引退の引き金になった脳外傷で後頭葉と視神経に損傷を受けたんだけど、事故前と事故後では同じ景色でも少しだけ違って見えている訳で、同一人物でも大脳に損傷を受けるとそんな事がある位だから、一人一人が完璧に同じなんて筈の無い各個人の大脳で、認知される映像に個人差があってもおかしくないんじゃないのでは?とか思うわけで、皆が「あの娘可愛いよな?」って言ってるのに「ふ~ん、そう?」て気にもしないあいつが、「あんな女のどこが?」って問いに「イイやん!かわいいやん!!」って反論してたりするのも、そう考えると納得が出来ます。


 
さらに、視覚野で認識された映像をどう判断するかは、恐らく前頭葉で行われているはずで、美醜の基準はそこで独自の判断をされるんだと思います。つまり美醜の絶対基準はどこにもなくて、そこには固体の数だけの基準が存在するんだと思います。


 その多様性に富んだ価値観が、どのような過程を経て画一化されていくのかは文化人類学の領域になるんですけれど、こっちに話がいっちゃうととてもややこしくなるのでもう止めておきます。

それでは、また・・・。

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2005.10.13

美醜について

 女性の美しさに関しては、

 「内面の美しさが顔に出る」

 という人と、
 「いや、そんな事はない。美人はどんなに心根が汚くても美人だし、ブスはどんなに中身を磨いてもブスだ。」

 って言う人がいますが、これに関してのケーススタディを一つ。

今から10年程昔の事だけど、知人で女の子仲良し2人組ってのがいて、その二人は僕が見る時はいつも一緒に行動していました。

 いつも一緒に行動してるけど、この二人には共通点という要素が身長が殆ど同じという点以外には何も無くて、チョー美人でスタイル抜群だけど自己中で快楽主義的な娘と、見た目は中の下かな?って程度だけど素直で正直でお人好しな娘。のコンビでした。

 この二人が友達同士として、どうして上手くいってたのか、それは未だに全く判らないんだけど、でも、いつ見てもこの二人は一緒に行動していました。僕はこの二人と知り合ってからすぐに彼女達と会う機会が全く無くなっていて、でもそれから
5年程してからちょっとしたきっかけからこの二人と再開する機会があって、それは中々に興味深いものでした。

 出会った時は二人とも19歳でしたが、僕が再会した時には二人は24歳になっていて、チョー美人だったけど性格サイテーだった娘は、19の頃の面影を留めつつもそのだらしなさとか性格の悪さが表情に垣間見えてて、例えば子供とかが睨み付けられたらそのまま泣き出しちゃうんじゃないだろうか?って思っちゃうような、そんな風貌の女性になっていて、逆に見た目が中の下かな?だった娘は、決してチョー美人ではないんだけど、笑顔の可愛い、それなりに魅力的な女性になっていました。

 もちろん二人の外見については僕の主観に基づいて下された判断で、他の人はまた別の見方をすると思います。またこれはあくまで一つの例に過ぎないから、この現象が一般化出来るか?と言えばそれも難しいと思うけど、こーゆー事もある。程度の参考にはなると思います。もし可能なら、この二人が過ごした5年間、そこに一体何があったのかも精査してみたい所ですね。

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2005.10.08

趣味なんて・・・

 この年になってまた、就職活動をする事になった。

職業を変える事は自分から望んだ事でもあるのだが、

もちろん自分で起業するわけではないので、

希望する職種での求人を探し、

その求人先へ履歴書を送付しなくてはならない。

日本で履歴書を書くなんて高校生の頃のアルバイト以来で、しかもその時は(大きい声では言えないけれど)

 経歴と年齢を偽って時給の高い職種に応募していて、しかもそれで採用されていた

 だからキチンと・マトモな自分の履歴書を作るのは、

これが初めてだった。

アメリカじゃ履歴書はパソコンで自分で作成して、

それをA4用紙に印刷して・・・ってしていましたが、

日本だと専用の履歴書用紙なる物があるそうで、

まず文房具店でそいつを買って、

それに写真を貼り付け、記入欄を埋めていきます。

名前と住所と連絡先、次に学歴と職歴、

さらに持っている資格、志望動機や待遇への希望、

得意な学科や趣味なんてのまであります。 

 で、僕が頭を抱えちゃったのが「趣味」。

さて、僕の趣味ってなんなんだろう??? 

僕が学業と仕事以外の事柄で、

それなりの労力を注いで打ち込んだ物といえば、

バイクと読書と語学だけど、

それは趣味とは少し言い難いのも事実だ。

趣味:

専門としてでなく、楽しみとして愛好する事柄

(岩波国語辞典第六版より)

これを趣味の定義とすると僕にとってのバイクは、

ライダーとして、メカニックとしても、

これで収入を得ていた時期もある訳で、

そんな事はとても趣味とは呼べない。

 読書も同様に、お金を貰って文を書く事もある僕は、

それがあまりにも程度の低い読み物でも無い限り、

読む時はその対象にある程度集中して読むので、

そこにはそれなりの精神力を必要とするし、

そういう読み方はもちろんそれなりに疲れる。

そんな読み方にはもちろん、

「楽しみとして」という要素は殆ど無いから、

これも趣味とは言えないだろう。

 語学もアメリカでは生活必需品だったので、

楽しんで・余暇を利用して、といった要素は皆無だったし、

それ以前に滞米中には余暇なんて無かった。

 僕は言語学者ではないので語学は専門外だし、

異言語を楽しみとして愛好していたのではなく、

生きていく為にはそれをする必要があったから、

こっちはそれこそ必死で異言語を学んでいた訳で、

楽しみとして愛好していたのではないので、

「語学」は好きだけれど、これも趣味ではない。

 って事は、僕は無趣味のつまらない人間だ。

という事なのだろうか?

 作家の村上龍氏はその著書の中で、

「趣味はリタイヤした老人のもの」

と述べていたが、

実際、まだ様々な物事を習得過程にある僕には

余った時間を使ってする、

『趣味』を楽しむ余裕など無い。

したい事や知りたい・学びたい事が多すぎて、

時間的余裕がないんだ。 

  しかし日本式履歴書「趣味」の欄は、

アルバイト用、転職用、新卒用、

全ての履歴書用紙に存在するが、

それはつまり殆ど全ての日本人は、

年齢に係わらず何らか趣味を持っていて、

専門外の事に、楽しみの為に、

時間や資金を割く時間があるのが、

国民の大多数を占めている。という事なのだろうか?

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2005.10.06

Abortion(中絶)についての考察

 僕はもう永い間ずっと中絶容認派だったし、今も容認派ではあるのだけれど、でも以前とは中絶に関する考え方が少し違っている。その主な原因は医療技術の進歩だ。超音波診断、磁気共鳴映像法等の進化もあって、ごく早期から、胎児の状態がかなり精密・詳細に判る様になった。それらをTVで見ていて僕は確信した。胎児は一つの命だし、中絶は殺人だ。もちろん様々な理由で中絶を選ばざるを得ない人が存在するのも事実だけれど、それは本当に最後の選択肢だと思う。そして中絶を選んだ女性は殆ど全て、堕胎を選んだ自分に罪悪感を感じながら、苦しみながら残りの人生を生きているという事実を考えると、一人の人間として、大人の男として、とてもやりきれない思いになる。

 まず最初に、科学と医療技術の進歩にはめざましい物がある。それらはかつて知る事の出来なかった多くの物を観察・測定可能にした。超音波診断や磁気共鳴映像技術・機器の進化は、発達心理学に「胎児心理」の分野を生み出した程で、受精から89週目には胎児の心臓は脈打ち、手足を自分の意思で動かし、16週目には外界の光に反応している(参照 ナツメ社 心理学入門 より)。医学の進歩は、体重600g以下で生まれてくる超未熟児さえも簡単には死なせない社会を作り上げた。胎児の受精後何時間でそこに生命が宿るのか、僕にはそれを定義する事は出来ないけれど、間違いなく、胎児は一つの生命だ。

 しかしながら、様々な理由で苦しみ悩んだ末に苦渋の選択として、中絶を選ぶ人が存在するのも事実だ。本来、中絶という医療行為はそこにそれをせざるを得ない人がいたから生まれた医療行為でもある。例えば売春で生計を立てている女性にとっては妊娠するという事は長期に渡って生活の糧を失う事を意味する。職業としての売春はそんなもの無くなった方がいい職業の一つだか、それははるか昔から存在し、今も存在しているという現実を無視する事は出来ない。他にも、経済的・家庭的事情で子供を育てる事がとても困難な状況にある場合や、未婚の女性で妊娠発覚後に相手が逃げた場合と言った、望まない妊娠のケースでも、中絶を選ばざるを得ない場合があるんだと思う。そして犯罪被害者となった場合もだ。もし、自分の娘や恋人や妻がどこかの誰かにレイプされたとして、さらに妊娠してしまった場合、生まれてくる子供に愛情を注ぎ続ける事は容易ではないだろう。それで堕胎を選んだ人を、誰に責める事が出来ようか?

 もちろん、そこにどんな理由があろうとも、中絶なんか無い方がいいに決まっている。最初にも言っているけれど中絶は殺人だ。子宮内にいるというだけで、そこにいるのはまぎれもない一つの命なんだ。もし中絶されなければその胎児は将来、何か世の中に貢献する偉大な事をやってのけたかもしれないし、未来の誰かを助けたかもしれないし、そして間違いなく、その親に幸福を与える子供になるはずなのだ。中絶するという事は、一つの命が持つ可能性を永久に消し去る事なんだ。あるドキュメンタリー番組内で一人の産婦人科医が言っていた。中絶手術を受ける女性は皆、手術台で涙を流すと。中絶を選んだ、胎児を殺した自分を生涯責め続けると。

 避妊方法も、中絶手術も存在しなかった近世以前には、嬰児殺しは至る所でごく普通に行われていたらしい。今は嬰児殺しこそ無くなったけれど、殺される対象が嬰児から胎児に変わっただけで、中絶も児殺しである事に変わりは無い。医師や看護士といった医療スタッフを共犯者に巻き込んでいる分、中絶の方が罪が重いとも言えよう。医療に携わる人達は、誰かを助けたい・癒したいから医療の道に入るのであって、合法的殺人に加担する為に医の道に進んだのではない。完全に方法が確立し、高度に洗練された避妊方法がある21世紀の日本で、「望まない妊娠」なんて、存在する事自体おかしい筈なんだ。

 大人になるという事は、「自分のした事には自分で責任を取る」のが出来るという事で、それは裏を返せば、自分で責任の取れない事はしない、という事でもある。もちろんセックスはとても楽しいし気持ちのいい事だけれど、それは「大人になってから」にとっておいた方がいい数少ない楽しみの一つの筈で、自分の行為に責任も取れないような、避妊すらロクに出来ないような子供のする事じゃあない。僕は中絶容認派ではあるけれど、それはそれ以外に選ぶ方法が無い人が、その罪深さを自覚し、その罪を抱えて生きて行く覚悟をした場合にのみ、存在が許される医療行為の筈だ。いきおいや雰囲気やその場のノリ、抑制を失った性衝動の結果として中絶を選ばせるような奴は、児殺しの罪という名の下に地獄へ落ちるがいい。

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2005.10.05

蕩児の帰還

日本に帰ってきてから、約1ヶ月が過ぎた。

多分もう、アメリカに戻る事はないだろう。

仕事も退職し、大学にも退学手続きを出し、

住居を引き払い、荷物をまとめて帰国した。

帰国時に僕は永住権を放棄する意思を固めていたので、

ほんとうに沢山の人達から、

「何てもったいない事を」と言われたけれど、

アメリカに残る事、日本へ帰る事、そのリスクとリターン、

コストとベネフィットを比較した時、

僕にとっては日本に帰る方が利点が多い様に思えた。

さらに、僕を取り囲む様々な状況が、

僕が日本へ帰る方へと流れていたので、

もう流れに任せる事にした。

もちろんアメリカの現状に失望した。というのもある。

子供時代からの憧れの対象、

アメリカ合衆国のIdealRealityに直面し、

それに深い失望を感じ、幻滅したのも理由の一つだ。

僕はアメリカで学位を得た訳でもなく、

大金を手にした訳でもないけれど、

そこでは色んな興味深い事を学んだし、

日本では決して知る事が出来なかったであろう事を、

本当に沢山知る事が出来た。

でも僕の2年半の滞米で最大の収穫は、

消化試合寸前だった人生を変えるきっかけを掴み、

自分が本当は何が好きなのか、何をしたいのか、

それに気付く事が出来た。という事だろう。

活気に満ちた観光都市でビジネスの街、

サンフランシスコに住む移民1世の勤労大学生から、

苦笑してしまうくらいの退屈と閉塞に満ちた高知という街で、

職業訓練中の失業者になった僕だけど、

また1から人生のフライトプランを組み立て直して、

今はそれをトレースする日々を送っています。

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