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2005年11月

2005.11.30

民主主義・天才不要論

 それなりの長期間、がむしゃらに下積みを経験し一定の地位を確保した後で、それを捨てて新しい環境に身を置くという事は、過去に積み上げた知識やスキルはその殆どが無用の長物となり、また一から全てをやり直すことを意味する。

 例えるとすればそれは、学校で生徒指導部長として生徒達に権威を振りかざしていた教師が、戦時下で徴兵されて、かつての教え子だった生徒の指揮下に入るような物だ。
 また、ある一定の権威の下で、周囲の人間達からちやほやされてきた人間に、その地位を後進に譲ろう。という気が起き難い事は容易に想像がつく。
 私はサラリーマンという物になった事がないので判らないが、街を歩いていて、部下らしき数人の若いスーツ姿の男達に囲まれ、非常に丁寧な扱いを受けている中年男性などを見ていると、ああやって周りの細事を全て、周囲の人間が済ませ・取り計らってくれる上に、取り巻きにチヤホヤされていられるというのは、ラクだし居心地もいいだろうな。と思う。

 常識で考えると、権限と責任は1セットになった物だから、ああやってちやほやされている人達にはそれなりの責任を負わされてもいるのだろうが、昨今のニュース等を見ていると、どうやら、日本という国にはそうではない人達が相当数いるようだ。
 組織管理という物は、自分一人では手におえない事を複数で分担してもらう事だと思うし、任せた相手が期待に添えなかった、或いは失敗をしでかしたとしたら、それは任せた当人にも責任はあって、任された人間だけを責める、あるいはその一人に責任を負わせるというのはただの責任転嫁だ。

 しかしこの国で報道されている現実を見ていると、責任を部下や下請けに負わせたり、責任の所在を曖昧にして結局誰も責任を取らなかったり、末端・或いは中間にいる誰か一人(もちろん責任者ではない)が責任の全てを背負い込まされて罰を受けたりしたりすという、とてもアンフェアな事態を頻繁に見聞する。

 威張れて、仕事も簡単で、そして仕事に関して責任も無く、それでいて高給が得られるとすれば、誰もその地位から離れようとはしないだろう。そうして威張るだけで何もしない・出来ない年寄り(優秀な人材は独立して技術に磨きを掛けるか、早期にリタイヤするようだ)ばかりが組織上層に溜まって行き、組織自体が硬直化して変化に対応出来なくなって行くのだろう。(それ以前に、上に挙げた様な人種は変化を嫌うので、現状維持しかしなくなる)

 現状維持からはみ出す事無く進化を続けてきた組織や社会は、そうして巨大化・形骸化し、周囲の環境が劇的に変化する時、それに対応する事をせず・出来ずに、上からゆっくりと腐って行き、やがて組織全体が自滅の道を走る事になると思うのだが、今、日本が正しくその状態にある。巨大化した組織や社会構造の崩壊には痛みを伴うが、それは、既に完成されて新規参入の余地が無かった市場においての「強者の死」を意味するので、そこには何かが変革するきっかけが生まれたり、そこに参入する新たなビジネスチャンスが生まれるだろう。

 歴史を紐解くと数十年に一人程度の割合で、腐敗した組織から『中興の祖』と形容される天才が現れ、組織を刷新させて死に体を延命させる事が幾度もあった。しかし民主主義の水を飲んで育った私は、今の日本からそんな天才が現れない事を心底願っている。大衆が現実に気付く前に事態を改善させてしまう天才が現れてしまったら、『臭いものにはフタ』、と言って現実を無視したり、『諦めは心の養生』とか言って過去の失敗から学ぶ事を放棄したりする大衆が変化する機会を逃してしまうからだ。

 戦後60年を経てやっと巡って来た、市民が「無知な大衆」から「理性的な公人」へと進化するチャンスを、一握りの天才に潰させてはいけない。



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職住接近

 訪問介護等とは異なり、療養型医療介護施設で働く私は、屋内で一日を過ごす上に、介護自体がPhysicalに弱くなった人達を相手にする職種なので、館内では空調が完璧にコントロールされている。今日なども、低気圧接近で外は風の強い荒れた気象だったらしいのだが、私はそれを面会に来ている入所者の御家族から聞くまで、全く知らなかった。

 気が付けば12月も近づいていて、南国高知もすっかり寒くなっているらしいのだが、私は今の職場に応募した動機の一つに「家から近い事」を上げていたくらいで、通勤時間・徒歩2分という環境なので、早出出勤日で朝早くに玄関を出ても、体が冷える前に職場に着いてしまうので、11月末となった今日も、通勤時はジーンズに、上は長袖シャツ1枚といった格好で通勤している。(でも肌着にはハイテク繊維製品を使う)

 家と職場が近いというのはとても便利だ。まず最大のそれは、通勤費がタダで済むと言う事である。昨今の原油高騰も私には全く関係無しで、バス代も電車代も自家用車維持費も不要なので、その分の全てを自由に使える予算としてキープしておく事が出来る。さらに上で挙げた様に冬でも薄着で済むので、被服費も抑える事が出来る。つまりAコスト面で絶大な効果がある。また、通勤で時間をロスする事が無いので、その分の時間を効率的に使う事も出来る。

 ネガティブ面としては、通勤手当が出ない事と、シスコ時代の様に自転車通勤・通学によって、通勤時間をエクササイズに利用するのが出来ない事、そして最大のリスクは、遅刻に言い訳が出来ない事である。

 しかし、自宅と職場が近い事についてのコストとベネフィットを比較した場合、圧倒的にベネフィットが大きくなる現状には、とても満足している。職住接近の究極形は職場に住んでしまう事であろうが、これはこれでまたリスクが出てくるので、現状の「職場で昼食中、ウチの猫が洗濯物にいたずらしているのが目視出来る。」環境というのは、とてもとても贅沢な事だと思う。

PS

 通勤で消費するカロリーが減ったのだから体重は増えそうな物なのに、仕事がハードなので就職後4週で体重が2kg減っていた。



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2005.11.25

再評価・近代日本文学

 実は最近、夏目漱石にハマっている。日本人なら誰もが知っているあの名作、

『我輩は猫である』だ。

 中学生位の頃に読んだ記憶があるのだが、その頃はただ課題として読んでいただけ。と言った体で、面白いなどと感じる事は皆無だったが、僕が高知に帰ってから、いつの間にか高知新聞に連載されていて、それを少しだけ読んだらその文体の洒落っ気と風刺の上手さに強烈に魅かれ、僕の本棚の奥で眠っていた単行本を引きずり出して(’03の渡米時に不要な本は全て処分したはずなのに、なぜそれが処分を免れていたのかは謎だ)読み出したのだが、止まらなくなってしまった。

 『我輩は猫である』は、日露戦争の頃に書かれた小説だと思うが、そのテンポといい、描写や形容の絶妙さといい、当代の一流作家にも決して劣らないだろう。漱石によって紡ぎ出されたこの物語を読んでいると、自分もかつてお金を貰って文を書いていた事もあるという事実に、恥ずかしさを覚える程だ。特に言葉の選び方と使い方など、これを形容出来る賛辞が私のような者には全く思い浮かばない。

 そして、そこに描写されている人物や世相、風俗が、21世紀の現代においても全く遜色ないどころか、それが書かれた明治中期から100年以上経た今も、日本人の日々の営みには何ら変化が無い。と言う事が良く判る。

 僕はこれまでずっと、近代日本文学という物を敬遠してきたが(きっと国語教師達のせいだ!)、彼等をもう少し見直した方が良さそうだ。機会があれば他の作家の作品も読んでみたいと思う。



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インセンティブは何?続編

 以前、いわゆる『出会い系サイト』を利用する女性の心理が判らない。と言った記事を書いたが、その後Web上で色々とそれについて調べるウチに、過去に出会い系サイトを運営していた。という人のブログにhitし、そこでまた違った見方の情報を得た。

 私自身が新規無料分を使い切った後、それなりの金額を投資(浪費だろ?)してサイトを利用し、うすうす感づいてはいたが、やはり、そこには相当数のサクラが存在するようだ。
 結局私もサクラに引っ掛かったバカ男の一人になるのだが、(ちっ・・・)その過去にサイトを運営していたという人のブログでは、悪質サイトの見分け方や、サクラの多いサイト、サクラの見分け方、等が詳細に載っていて、それはそれで、「こんな事をしても時間とお金の無駄ですよ」という事を知る、良い機会となった。
 しかしこれもいつかサイト運営者達の「悪質サイト、またはサイトのサクラを見分けようとするユーザーを欺く方法」に利用されると思うし(だからそのサイトの詳細はここでは触れない)、そこにモテない男達(俺もその中の一人さっ…)がいる限り、この手のビジネスが地上から消え去る日は永遠にこないであろう。


 色々と調べる内に、日本には
Watsonville Municipal Airportに駐機している飛行機の数(日本人には判るまい・・・)位の出会い系サイトがある事も判り、その中にははっきりと、女性会員には男性からのメール受信やプロフィール閲覧に対する報酬を明記している所もあり、上記のサイトに言わせると、そう言ったサイトでは素人もサクラになり得る。との事であった。
 つまり、それ以外のサイトにはプロのサクラが相当数存在する事を意味している。他にも、男性は有料だけど女性は無料で、女性会員の多さで男性を引き付け、有料サービスに誘導するサイトや、会員登録した人に広告メール受信を義務付ける事で、広告収入で運営しているサイトもあった。ただ、その過去にサイトを運営していた人のブログによると、どんなサイトでもサクラは存在するらしい。


 私が最初に二重登録したサイトは、サクラの多いサイトとしてそこに掲示されており、私が見た美人達もほぼ全員、サイトに雇われたサクラだったのであろう。彼女達がどういった経緯を経て出会い系サイトのサクラとなり、そこから一体どのくらいの報酬を得ているのか、私はとても興味を感じる。

 機会があれば、一度彼女達に話を伺ってみたいものだ。

 もう二度とあのサイトを利用する事は無いだろうが。

 彼女達のお陰で、私がこの冬に購入予定だったコートのランクが少し下がった・・・。

 無料分で利用中に私宛に写メを送ってきた、今考えると明らかにサクラなその娘の写真と文章は、中々に扇情的で私が追加料金を払って彼女とメールのやりとりをしていた事を、ここでそっと公開(後悔)しておこう。全く、上手く騙されたものだ・・・。
 ちなみに私が払った追加料金は、私が先週、『国境なき医師団』に寄付した金額の倍以上だった。ごめんね、医師団が派遣されてるパキスタン地震の被災者の皆・・・。



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2005.11.24

目からウロコ

 幼稚園入園前の子供ならともかく、誰でもその人生中に一度や二度は、「目からウロコが落ちる」様な経験があると思う。かくいう私も、レースをやっていた頃や職種を変える度に、そんな経験を何度もしてきた。

 それは何かをimproveさせる小さな発見だったり、自分自身を根底からbreakthroughさせちゃうような価値観の大転換だったり。

 その日、私は過日の失敗を取り返すべく、当日しなければいけない業務行程を全て小さなメモに書き出し、それを持ち歩いて仕事を順当にこなし、場合によっては先輩の先回りをしたりもして(まだ小ミスを指摘される局面の方が多いけど・・・)、誰かに根本的間違いを指摘される事も無く一日を終えて(就業して初めてです)帰宅した。

 私はエンジン付きの乗り物を運転中と、仕事中しかコンタクトレンズをしないので、帰宅して最初にするのはコンタクトの手入れと保管だが、洗浄液を出して、鏡を用意して、手を洗い、コンタクトケースを出した時、私の目が点になった。

 コンタクトケースのフタに、ボラのウロコみたいな物体が乗っかっている!!

 カラカラに干乾びたメ○コン・ソフトS(私の右目用)だ!!!

 フタに張り付いたそれを恐る恐る剥がし、液を満たしたケースの中にそっと入れて待つ事数分。ボラのウロコと化していた私のコンタクトレンズ(右目用)は、外見上は完全に元の状態へと戻った。

 朝、キチンと装着した筈のそれが、どういう経緯でケースのフタに張り付き、そのままの状態で帰宅時まで保存されていたのか、私には判らない。

 ただ、その日は一日、何か良く見えないな〜・・・とは思っていた。

 「目からウロコが落ちる」と、通常は何かが良くなるとした物だが、今回の私は、視界がさらに曖昧になった・・・。

 さて、あの一度干乾びたコンタクトは、このまま継続使用していい物だろうか?

 実はまだ怖くて使っていない。



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Japan [or Mr. Koizumi] should better to reconsider

明日は休暇(今度は本物)なので夜更かしして、

また英語で世界に向けて情報発信してみました。 

           Because of Koizumi visited to “Yasukuni jinnjya”, Japan isolated in the Asian countries in recent years. Chinese and Korean people get mad to his action because they strongly hate militarism of Japan. And they said that “Yasukuni jinjya” symbolize to militarism of Japan. However, Koizumi has insisted that he’s visited there to swear forever peace for the people who died in the last war. Some Japanese critics mentioned that “Between Koizumi and Asian countries argument has big difference.” or “China and Korea interfere in Japan’s internal affairs.” Moreover, and unfortunately, there are not too little Japanese join to those critics’ opinion. I supposed that they have partly true, but partly wrong.

           Certainly, we, Japanese gave terrible tragedies to Asian countries during the last war, especially China and Korea. Take 731battalion for instance, they killed incredible amount of Chinese by cruel way for experiments of bio-weapons. Korea had stolen their culture and tradition when Korea had colonized by Japan. That’s why elder Koreans can say and understand Japanese fluently. Unfortunately for the world, recent Japan has brought and grown the people called “Japanese neo-conservative” or “newly right wings”, and they’ve opposed to Japanese bad sides in the war period. However, whatever they say, the fact is the fact. We gave terrible tragedies to people of other Asian countries. We have to concern about them.

          On the other hand, we, Japanese lost few millions innocent citizens and pure-hearted low class soldiers. Because of the reason, we abandoned to using military strength to international relationship. In addition, we worshiped those killed Japanese people in “Yasukuni-jinjya”, but there are also worshiped A-class war criminals with innocent citizens. China and Korea insist that prime minister visiting to “Yasukuni” means Japan justify all about the war. Koizumi opposed about that and he insists that he swore renunciation to such innocent people. Needless to say, we don’t want to back to such a military country of Japan, and we’d like to show our resolution of renunciation of war to the people who were killed the war, and all over the world. However, In my opinion, Mr. Koizumi is the prime minister of Japan. As a prime minister, Mr. Koizumi must behave proper way, and he shouldn’t make roots of trouble without reasons to other countries. If he wants to visit “Yasukuni”, the first, he must explain and get agreement to other countries such as China and Korea.

           When I’d lived in the U.S., I always felt that our [Japanese] way of thinking and feeling are pretty close to Chinese and Korean. I agreed and opposed the most with Korean, and I think Japanese and Korean are similar to brothers, in the family called the world, Chinese too. I believe that all Asian can become friend. However, past Japanese prime ministers seem that they treated worse all Asian countries than the U.S. The U.S.might give some profit to such politicians, but The U.S., especially U.S. establishments[companies] seem that they only want to get profit from Asia. They probably think nothing to Asian happiness.

           Recent years, China economy has skyrocketed, and Korean technology dramatically improved. If we get along well more, China, Korea, and Japan can lead all Asian Pacific countries development for all Asian Pacific countries people. I understood by my experience, we have same color, same skin, and almost same thought and belief. We ought to create better relationship with each other, and I believe that we can do it!!

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2005.11.23

マジ!?

 その日の勤務予定表には、『/公』と書かれていた。『公』は公休日の意味なので、「明日はお休み(はあと)」なんて、久し振りに夜更かしして午前4時前に寝た。翌朝は休みを利用して、業務行程リストをまとめて翌週以降の仕事に役立てるつもりだったし、そろそろ冬物でも買いに行こうかと計画していた。


 その電話は朝の
8時半に鳴った。


 掛けてきたのはケアワーカー主任。


 「
mizzieさん、今日は出勤日になってますけど。」


 「・・・え?はい、今すぐ行きます!!」


 ???


 何がなんだかさっぱり判らない。
 が、とにかく身支度を超特急で(当然自己ベスト)整えて家を飛び出した。もし、『世界身支度』とかあったら、世界の強豪を相手に6位くらいにはなれたんじゃないか?って位の速度だ。

 そして主任の電話から
35分後には、制服に着替えて詰所に飛び込んだ。当日の勤務予定表には、


  「午前・リハビリ送迎−
mizzie」となっている!!


 「ど〜して遅刻したの?」


 「私は今日は公休日だと・・・」


 「『
/公』は、半日出勤の意味です。あなたは今日、8時半出勤の午前勤務。」


 こっちはその言葉で『アタマ花咲いてます』状態。
 
35分遅刻でリハビリ送迎は出来ず(主任がやってくれていた・・・)、その後の仕事も時間が遅れたせいで全ての予定が繰り越し続き。いつも教えてくれてるベテラン職員からも、

「リハビリ送迎の日は・・・は全て、11時までには終わらせる。って教えてたよな?」

 なんて問い詰められる始末。

 入所してるじーちゃんばちゃーん達にも笑われ、大いに男を下げた一日だった。

 しかし、入社3週目で始末書とは・・・。

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2005.11.21

帰り道の弓張り月

 仕事の量と密度がどんどん多く・濃くなっているけれど、今日は介護部師長から直々に、「4週目までは見習い扱いで行くけど、5週目からは一人前に仕事してもらいますから」と言われ、最古参の介護士さんからも「1ヶ月過ぎたら「教わってません」とかの言い訳は認めませんよ」と言って笑顔で脅かされている。しかし私個人にとって、仕事は忙しければ忙しいほど良い。だって、思索の隙も無いほどに忙しく、まるでサッカーのミッドフィルダーの様に頭と体をフル回転させて活動している間は、記憶の底に沈めた筈の、「かつては確かに手にしていて、そして今は決して触れる事の出来なくなってしまった」それらの思い出達が突然脳裏に現れる事は無いから。

 それは、どんなに粉々砕いて記憶の底に沈めていても何時の間にか元通りに戻っていて、そして、ふとしたきっかけで最後の1ピースが嵌まると、まるでブロックを突き破って突然現れるポップアップウィンドウみたいにやってきて、僕を暗くて深い哀しみの底に突き落とす。

 心の傷も体の傷と同じで、自分でも信じられないくらいに強力な自然治癒力があるけれど、心も体もその傷が深ければ深いほど、残る傷跡も深く醜い。そして、低気圧が近づくと疼きだす昔の骨折箇所の様に、心の傷も、何かのきっかけで突然疼きだす時がある。

 一旦そうなってしまうと、もう、自分にも誰にもどうする事も出来ない。ただ、その痛みが自分を通り過ぎて行くのを、ただじっと待っているしかない。

 僕はレースでの消耗部品以外では、子供の頃からとても物を大切にする。一旦所有したらそれをトコトン使うし、愛着が沸いたそれを手放す事をとても嫌がる。(これを打ちながら今着ている穴の開いたトレーナーの穴を数えてみたら、14箇所もあった)僕は自分の人生を「大きく得て、大きく失った人生」だと思っているけれど、それは同時に、「少なく得て、少なく失った人生」でもあるんだ。そしてその失った数少ない事・物・人は、僕にとってとても大切な物ばかりだった。

 何かを強く夢見る事は危険だ。何故なら、それを失った時、それはその人自身までを壊してしまうから。僕はこれまでの人生で複数回、自分自身を壊してしまう程に何かを強く夢見て、そしてそれを失った経験がある。僕が深く沈んでしまうのは、それらの記憶に前触れも無く再開した時だ。

 タフでハードだけど充実感と達成感に満ちた介護の最前線では、そんな記憶に襲われる事は皆無だけれど、遅番の仕事を終えてクタクタになって帰る夜道、冷たく澄んだ11月の夜空に浮かんだ弓張り月が、過去に心の底へ押し込めたそれの、最後の1ピースを嵌めていった・・・。

I miss to everything that I’ve had in the past, but I miss you the most...



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2005.11.20

Mizzie@きたえなおされちゅう♪

 比較的簡単な業務中心だった最初の3週間が過ぎ、今週からはさらに複雑で難易度の高い仕事が課せられるようになった。47人の全入所者中、顔と名前が一致しない人が実はまだ10人程いるが、員数の関係で私だけが簡単な業務をしている訳にもいかないので、とにかく実務を積んで残りは現場で覚えて下さい。状態になっている。介護だけでなく高価な医療器具の手入れをしたりもしていて(ビクビクしながらやってます)、そして介護もより繊細な扱いを必要とする介護業務をさせてもらったりしつつ、あちこちで先輩達の助けを借りながらではあるにしても、少しづつ覚える、こなせる仕事量が増えつつあります。

 とは言え、まだ一人で任せるには不安があるから、先輩の手が空いている時は先輩のSupervision(監視)が入り、ここが資格を取って最初の就職先である僕は、初歩的な技術面での問題を指摘されまくっています・・・。

 学校では訪問介護で主になる技術主体の講習を受けていて、医療介護で頻繁に使う技術はさわりを少しやっただけだったので、今の職場ではその点に関しての不備。知識不足をかなり指摘されていて、この道では熟練の先輩達に、実践的な技術を色々と教わっています。タダどころか、仕事の一環として習っている僕は、お金もらって技術指導を受けている様な物です。ただ感謝。

 でも教える先輩によって教え方にも巧拙の違いがある様で、最近良く教えてもらっている先輩介護助手の方は、教えるポイントを的確。かつ判り易い言葉で教えてもらえるのでとても助かります。(ダメな所を指摘する時の言い方はちょっとキツいけれど・・・)理論的・実践的なその指導法は小学生でも判るだろう。って位に判り易く、また本人も物凄く仕事をテキパキとこなす方で、もしこの人が介護ではなくビジネスの世界にいたとしたら、新入社員達から尊敬されるキャリアウーマンになったんじゃないのかな?って気もします。外見も結構美人だし。

 年齢・性別関係無しの、実力こそが全て。と言う世界に長い事いた私は、自分よりも優れた知識と技術を持つ人ならば、例えそれが誰であろうとも、その指揮下で働く事や厳しい指導を受ける事には全く抵抗が無いのだけれど、自分よりも若くて綺麗な女性に罵倒すれすれの怒られ方をしていると、それをじっと聞いて素直に受け答えしている自分が、「俺ってもしかしてマゾっ気あるのかも?」とか思えてきて、一人でウケていました。今日は仕事中に鼻歌歌ってた(「We’re been getting’ older, but we’re still so fine・・・though I’ve had hard times too,♪」ってカンジで)くらいだし♪

 話はズレるけど、私はいつも実齢よりも若く見られるのだけれど、その甲斐もあって?高齢の女性入所者にはとても可愛がられています。シスコで寿司職人だった頃も客から、「あのスシボーイは一体幾つなんだい?」みたいなカンジで聞かれてたし。

 男で実齢よりも若く見られるのは「貫禄が無い」に繋がるらしく、色んな局面で見くびられる事が良くあるから、男の場合は若く見られる事にはそれ程利点は無いような気もしますけどね・・・。

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嫌いな事も、一度くらいはやってみよう

 村上龍さんが「13歳のハローワーク」を出版した頃からだろうか、日本も「好きを仕事にする」事に積極的な人達が増えてきたのは。

 私個人としては、それはとてもよい傾向だと思うのだが、好きな事を仕事にして、そしてそれを続けて行く為にも、人生の中のある期間(出来るなら若いうちに)、生きて行く為に我慢しながら嫌いな事をして糧を得る。と言う事を経験しておく事は、決して悪い事では無いと思う。

 好きな事を仕事にする前に嫌な事で生計を立てる経験をしておくと、好きな業種で嫌な思いをしたり、打ちのめされるような事態に陥った時も、「・・・よりはマシだ」と言って乗り越える事が出来るからである。

 逆にそういった経験が無い場合は、好きな業種のネガティブ面に直面した際に、「やっぱりこれは自分の望んでいた業種では無い」といった勘違いや思い込みをしてしまい、折角努力して手にしたそれを、自ら放棄してしまう危険性がある。

 悪い、或いは自分に全く合っていない職種に就く事に唯一利点があるとすれば、それを経験した後は、殆どの事が「それよりはマシ」と言って耐えたり、乗り越えたりする事が出来るようになる事に尽きるだろう。
 またもし仮にその嫌な業種に就いている時、自分の力でその悪環境を変える、或いは善処させる事が出来たなら、それは後の自分にとって、大きな自信となるだろう。

 昔、何とかという結構有名な人が、「人間性が向上する3つの要因は、失業と大病と親の死だ」と言っていたが、劣悪・或いは自分に全く合っていない環境で労働をしてみる事も、人間性を向上させる要因になると私は思う。

 バイトも含めると実に様々な職種を経験した私だが、幸か不幸か、嫌悪感を覚える職種にはまだ当たった事が無い。数字を上げる事しか頭に無いクソみたいな上司や、拝金主義に満ちた唾棄すべき経営者には会った事があるが。(どちらも自分から辞める前にクビになった)

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タマにはね・・・

いちおー日常会話程度の英語は出来るって公言してる訳だし、ちょっと世界に向けて英語で情報発信してみました。

『サンフランシスコ美味しい物探検団』のみんな、あとTakaも、

英文でおかしいトコとかみつけたらメールで教えてね♪

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Japan has changed to...

           When I came back from the U.S., I found to change to my country socially, economically and popularly. When I was high school student, I learned that so many young Japanese thought critically, and behaved moral tone. However, Majority Japanese has changed to simple-minded more than last century. Japanese rich forks [in other word, Japanese Worships of Mammon] are idealized by mass-media. Popular culture tends to be more superficial. As a result, almost of all Japanese has become worst in the history.

           First of all, We, Japanese seems like abandoned to our good side. Until late ’70, we still had beautiful mind and behave. For example, if someone faced trouble situation and he/she couldn’t handle it, others in the community helped or supported to the person with no benefit. Most Japanese had very high spiritual beauty in the era. All community member understood that everybody be looked by other people, and we were shamed of ourselves when we behaved disgracefully. However, unfortunately, Japanese lost the beauty side. I guess that they misunderstand between individualism and selfishness. I saw selfish behavior by middle aged Japanese women. I faced disgrace young Japanese. They show incredible stupidity to me.

           Next, majority of Japanese seem to want to be rich people. Their first priority is “MONEY”. Although how greed, disgrace, or stupid they are, “Rich” means “superior” or ”king ” in recent Japan. Mass-media, especially TV and popular magazines have stirred up to desire of money and fabulous items to people. They idealized some new-rich people who grew up in “IT bubble economy”. Those young rich folks called “hills-zoku” show their money to audience by mass-media. They participated to stock market by using amount of tens billion yen. TV-show always reported their behavior of using money to audience. Many young [and lack of intelligence] women admire to such young rich-men. I don’t know whether it is because of that or not, but many Japanese quitted to hide their naked desire to money and other fabulous items. They were shameful behavior until early “80, but they’re wonderful idea in recent days. I can’t accept it though.

           In addition to this, majority of Japanese seem to stop thinking critically. Last September, Japan held national election. There were so many political issues. However, Prime Minister Koizumi and his party focused on only one issue and they behaved like that the issue was only absolute important matter. Koizumi cleverly hide to other issue such as incredibly national debt, to raise tax, almost bankrupt social security and national health insurance, and so on. I could see them more important than the issue that Koizumi showed. However, majority of Japanese didn’t see other issues, Mass-media either. Then, Koizumi and his party historically won the election. They nothing to say about raise tax, but they’ll do it sooner or later. I think that if Japan becomes worse than before, nobody except who vote to other party candidate can say complaint to government. Because of they choose their congressman without thinking.

           In short, my country was gradually changed to bad by the people. Politician desired to be, and mass-media helped to the people tend to do. It’s seems that Japan abandon to their beauty and imitate to dirty aspect of the U.S. People don’t concern about other people. People believe that money is the most important thing in their life. Popular culture pursues to something easy and quits leading people to better. Majority Japanese became simple minded and always follow to something looks like good. All Japanese good things have already gone. Probably they’ll never come back to here. My home town still has beautiful river, forest, sea, and sky. However, Japanese people and social became incredible stupid.

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2005.11.19

Good for nothing...

 少し前に帰宅途中で、車の調子がおかしくなって道路で立ち往生している中年女性がいた。私はどちらかと言えば冷たい人間だが、特に急ぎの用事でもない限り、困っている人を見て素通り出来るほど冷徹でもない。ましてや、私は元レーシングメカニックだ。壊れているマシンを見ると、直さずにはいられないのだ。それで私は、その車を側にあった駐車場まで押して移動させ、運転者から動かなくなるまでの症状を聞き、インストゥルメント等から得られる情報を手掛かりにボンネット内を視認して原因を推理し、近くのガソリンスタンドで道具を借りて応急処置を行い、とりあえず家までは帰る事が可能な状態にした後に、帰宅後は速やかに修理工場に任せる事を勧めてその場を離れた。 数日後、その中年女性が私の不在中に自宅に訪れ、簡単なお礼を置いて帰ったそうだが、その際私の母に、「素晴らしいお子さんです。一体どのような育て方を…」と言った事を言っていたらしい。しかし、私は決して人に誇れるような子供時代を送ってはいない。むしろ悪童と言った方が良かっただろう。表立った悪事を働かなかった分、より狡猾で非道だと言っても良いと思う。

 前置きが長くなってしまったが、私の子供時代はかなりずる賢く、イヤな子供だった。大人達の前では比較的従順で聞き分けの良い児童を演じ、しかし、外では結構悪い事もしたものだ。学校の成績では常に中の上から上の下辺りの成績を維持させていたから、教師達から目を付けられる事も無かったし、高校時代は生徒会役員だった時期もあるくらいだ。しかし同時に、年齢を偽って時給の高い深夜帯にバイトをしたり、峠族として警察を相手に逃走劇を繰り広げたり、家庭裁判所に送致されて保護観察処分を受けた閧烽オていた。そして私がズルいのは、全ての局面で自分が現役高校生である事を隠し通し(バイト先が偽証に活用された)、それは卒業するまで一度も表面化しなかった事だ。

 悪童にならずにマジメな優等生で居続ける事も出来ただろうが、あの頃はあの頃でとても楽しかったし、後悔はあまり無い。むしろ、今の自分を形成する基礎部分はあの頃築かれた様にも思う。

 しかしながら、私は自分の子供時代で唯一後悔している事がある。

 それは何かと言うと、私はいじめっ子といじめられっ子の両方の経験があるのだ。

 最初は、クラスでも比較的人気のある子供だった私だが、精神的に弱く、運動神経が鈍い所があったので、何時の頃からか、いじめられる様になっていた。ある集団がそこに属する構成人員の誰かを、特に理由も無くいじめの対象にするのは今も昔もあまり変わらないと思うが、私は当時、自分には理由が全く判らないまま、いじめられていた。

 理由も無く始まった私に対するいじめは、理由も無く終わりを告げたのだが、私が自分を軽蔑しているのは、いじめられっ子としてその苦しみを知っているはずの私が、自分がいじめの対象から外れた時、集団内の新たないじめの対象となった子供を、私もいじめる側に回っていた。という事実である。

 いじめられる事の苦しみを知っていながら、いじめる側に回った自分を、今も私は深く軽蔑している。そして、いじめる側に回った私だからこそ、人が何故、他人をいじめるのかも想像は出来る。

 誰かをいじめている時、いじめている側は、自分が偉くなった様な気がするのだ。巨大は集団の中で常に競争社会に晒されていると、その中で自分が誰かよりも偉いんだ。と、自分も結構やるじゃないか。と、そう言った感覚を得る事はとても難しいし努力が必要だ。そして、その「自分は誰かよりも偉いんだ」と言う感覚は、自分よりも弱い誰かをいじめる事でも得る事が出来る。だから、人は他人をいじめるのだと思う。何故ならば、それはとてもとても簡単で、いじめる側には努力と言った類の事が全く不要だからだ。

 いじめの利点は、とても簡単に自分が誰かよりも偉い。という感覚を、その認識を得る事が出来る事、それに尽きるだろう。ようするに、いじめにも快感があるのだ。

 逆にいじめのリスクは、それがいじめの対象を深く傷つけ、死に至らしめる場合もあり、損害賠償責任が生じる事と、大人になった時に私の様に、深い悔恨に苛まれる事、どして最大のリスクは、いじめをやっている間に、いじめよりももっともっと楽しくて充実感と達成感のある、将来の自分の能力や知識、自分自身への自尊心を獲得する機会を失っている。という事だろう。

 つまり、誰か自分よりも弱い立場の者をいじめるという事は、人生戦略の上では非常に非合理な行為なのだ。

 私は中学生になって少しすると、ブラックバスを釣る事に関しての技術が学校でも12を争うまでになり、自分よりも弱い誰かをいじめる事によって、自分の偉さを確認する必要が無くなった。さらに、高校時代はバイクでバイク仲間からも一定の敬意を払われるようになり(これは最終的に国際ライセンスを得て全日本選手権に参戦するまでになった)。ますます自分の強さを誇示する必要が無くなった。結果、私はいじめっ子から卒業したのだが、誰かをいじめる事でしか快楽を得られない子供達を、とても哀れで惨めだと思うが、かつては自分もその中の一人だった事を今でも、とても恥じている。

 私が、無事に学位を得て就職すれば年収10万ドルにはなれたかもしれない、アメリカ暮らしを捨て、「誰かの役に立つ事を仕事にしたい」と思い、決して高給が望めない介護の仕事を志して帰国したのも、それらへの罪滅ぼしなのかもしれない。

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2005.11.17

それは違う

 私は介護を生業にするつもりなので、1級資格を取得するつもりだったが、1級過程は英会話教室じゃないので、開講時期・曜日と言う物がとても限定されている。

 しかし、『当方に余剰兵力無し』で仕事を回している今の職場で、私が介護資格のステップアップ講座に通う為にスケジュールを組んでもらう事には強い引け目があった。
 一応、介護部の看護師長には希望を出していたのだが、「今は資格取得よりも実地経験を積みたいですから、無理に休暇スケジュールを合わせなくてもかまいません。」とは言っていた。


 それが今日、師長に呼び出されて「休暇の件はクリアだから、講座受講していらっしゃい。」と言って下さって、早速今日、申し込み葉書を投函してきた。


 師長との話でも出ていたが、私の境遇
(30代男性・前歴無し)で介護の世界に転職して来た人の中には、この世界が合わなくてすぐに辞めて行く人が結構いるらしい。

 当の私も帰国した当初から、あちこちで似た様な事を色んな人から言われたし、ほのめかす発言はあちこちからあった。師長の話では、私にこの世界で生きる覚悟があって、その為に資格を取りたいというのなら、介護部としても応援しましょう。と言う事らしく、師長は私が辞めるのではないか?と思っていた様だ。

 確かに、介護はハードな仕事だ。不規則な勤務時間シフトだし、人を抱え上げたりする事もあるので腰痛は職業病だし、感染症の危険は常にあるし、抵抗力の弱った高齢者を相手にするので、自分の健康管理にも気を使うし、様々な面で弱くなった人を相手にするので繊細さを要求される上に背負う責任も重く(扱うのは人命だ)、認知症の人を相手にするのはストレスフルなのも事実だ。(時々楽しいけど)


 でも僕はレーサー時代もアメリカ滞在中も、週
30時間睡眠と言うのは普通だったので、今の「好きな事でお金を貰って、しかも週50時間も眠られる」と言うのは天国だし、レース資金を鉄工所で稼ぎ出していた頃は、一本70kg前後の鉄骨を振り回していたし、板前時代だって衛生管理には気を使っていたし、異国で異言語でコミュニケーションを確立させるのも、軽い認知症の人とのそれも、難易度にはそれ程の差は無いと思う。


 「でも介護は給料良くないしね・・・」と言われた事もあるが、僕にとっては給料はそれ程問題ではない。もし僕が収入を基準に職業を選ぶのだとしたら、決して永住権を放棄して帰国はしなかっただろう。あのままアメリカに居続けて学位を取っていれば、収入なら平均でも$
4000/月にはなったのだ。

 寿司職人時代だって、年間$
30000近く稼いでいた。週35時間労働でだ。

 僕が渡米したのが人生を変える為だったのは事実だが、帰国したのも人生を変える為だ。そして私が変えようとしたのは収入ではなく、「好きな事をする為に我慢して働く」から、「自分の好きを仕事にする」為なんだ。

 僕はレースで全日本選手権を走るまでになれたお陰で、本当に沢山の人と知己になる事が出来たし、さらにその人達を通じて実に様々な人々を見聞きしてきた。その結果私は、人も羨むようなお金持ちを沢山知る機会を得たが、私には彼等が本当に人生を楽しんでいる様には見えなかった。

 確かに、彼等は物質的には満たされている。最も庶民と違うと思ったのは、庶民の僕等が買うのにかなりの決断を必要とするような買い物を、躊躇いも無く簡単に買えて・買ってしまう。と言う事だった。
 物には満たされている。必要な物、それも生きる為にではなく、彼等の所有欲を満たす為に必要な物を全て持っている。しかし、彼等はどこか寂しげに見えた。もしかしたら、全てを持つ物は寂しさを憶えるのかもしれない。
(アメリカ人、アメリカ在留外国人(不法滞在者を除く)達も時々、寂しげに見える事があった)

 私が見、知ったお金持ち達は皆、
Fabulousbut empty…な感じがしたんだ。それがあったから、私からは物欲と金銭欲と支配欲が極端に薄れてしまったのだろうし、その3つが弱い私にとって、介護職のネガティブ要素は全て克服されているような物なのだ。


 そして、介護はとてもやりがいのある仕事だ。勤務時間中のかなりの時間で、『自分が誰かの役に立っている』事を、ビリビリくるくらい感じられる職業なんてそうは無いだろう。まだまだ技術的には熟練の先輩達には遠く及ばない私が、「あんたは上手やねぇ」なんて言われた日には、その日一日ご機嫌でいられるってもんだ。まだ未熟な私でそれなのだから、知識をスキルを磨き、経験を積んだあかつきには・・・なんて考えるだけでワクワクしてくる。


 僕は
34歳にして3度職種を変えた訳だが、収入増の為に転職をした事は一度も無い。これはもう随分と昔に書いた気もするが、私はひねくれ者なので「生きて行く為に嫌いな事をイヤイヤ我慢しながら」したり、「給料がいいから嫌いな職種だけど我慢する」くらいなら死んだ方がマシ。って思っている位だから、最初の職業はレース資金を稼ぐ為の収入源として従事していたが、そこにも楽しみを見出す事は出来たし、レースが出来なくなってからはずっと、自分の好きを仕事にする為に仕事をさがし、職業訓練をしていた様な気がする。

シスコ滞在中の寿司職人助手も、それは生活費を稼ぐ為の仕事だったが、世界中の観光客相手に接客(MLBプレーヤーにも握ったぞ!)をするのは楽しかったし、それで笑顔になる客を見るのはもっと楽しかった。


 それ程仲良くは無い人と仕事の話になった時、しょっちゅう収入の話になるが、私はもう長い間、金だけの為に働いた記憶が無い。自分の好きな事をして、結果として金を得てきた。ただそれだけの事だ。


 生きて行く為には確かに金は必要だが、金に人生を捧げるつもりなど毛頭無い。

 金だけの為に使うには、私の時間は貴重過ぎる。

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眞鍋さん、面白過ぎです

香川にはうどん、高知ならカツオ、で、愛媛はやはりみかんですか。でも四国のもう一つ、徳島の名物美味い物ってなんでしたっけ??

ってか、眞鍋さんのブログ面白過ぎです。

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2005.11.16

インセンティブはあるの?

 休日に調べ物があってWebsiteをあちこち見ていたら、私の渡米中に日本国内ではかなり騒がれていたらしい、いわゆる『出会い系サイト』なる物が検索でhitして、興味半分で少し覗いてみた。

 
経由だと携帯アクセスでは表示出来ない事も良く判るので、無料で閲覧可能な所は全て閲覧したのだが、恐らく携帯電話に関しては、日本が世界で最も洗練・普及していると思うが、写メールを駆使して写真閲覧可能になったそれらはまさしく「写真指名かよおい!」状態。

 で、そこに写真を載せている女性達も写真を載せる位だから、それなりに自分の容姿には自信があるのだろう。平均レベルはかなりカワイイ。中にはセミヌードやヌードを載せている人もいて、またその写真に添えられたメッセージも、かなりセクシャルで扇情的な文だった。
PC


 私が滞米中に見た、「これは『出会い系』の洗練Ver.だな・・・」と思ったサイト
、運営していたのはライブドアだったと思うが、PCPCで女性と男性が映像・音声チャットの出来るサイトがあったが、それは男性会員は昔のテレクラのような課金システムで、女性会員にはチャット用の機器が無料で貸し出され、男性とのチャット時間に応じて報酬が支払われるというシステムを採用していた。

 この手合いのビジネスは常にそうだ。そこに存在する女性達には、アホな男の性欲を煽り金を払わせると、それに見合った報酬がある。というインセンティブがある。


 そこで、このサイトで見た
1832歳の女性達に、顔出し、胸出し、裸出しをさせる動機に強い好奇心を覚えた私は、IPアドレスは一つだがメールアドレスを複数持っているので、新規会員無料システムを採用していたそのサイトに、男性会員、女性会員として二重登録し、料金・報酬システムを調べてみた。


 そして私は驚いた。

 女性・男性共に、接続、写真閲覧、メール送信・返信、全く同料金が課金されているのである。モテない男がイイ女とのセックスを求めて高額を投資する心理は、私も男(しかもあまりモテない・・・)だから理解できる。そしてもちろん、登録している男性会員も30代半ばなら若い方で、殆どが40代から50代(こいつらがそれを自分の娘に見られたらどうするのだろう??)の、性的欲求に満ち溢れてていそうな、そしてあまり若い女にはモテそうにない男達ばかりだった。

 こいつらなら扇情的な
10代後半から30代前半の美人(写真付きだから相手の容姿は判別出来る)からのメールに、とめどなくお金を払い続けてくれるだろう。

 私に判らないのは、登録しているこれらの美女達が、全く同じ料金を払って男性会員とメールや写真のやりとりをしている。と言う事だ。


 私は新規無料を利用して、女性会員にも男性会員にも登録していたので、かつ、私が新規登録リストの中にある男性の中では、最も若かった上に、自分で言うのもなんだが最もマトモな自己紹介文を載せていたので、数日後には私の
hotmailの新着フォルダには数十通の女性からのメールが届いていて、もし仮に、そこにいたある女性が私が女性会員として見た料金表と同じ金額を払っているのなら、私に一万円以上は使っているであろう。と思われる女性もいた。


 私は始め、「それがどんな物なのか見てやろう」程度の気持ちだったが、こちらに一万円近く使っているかもしれない相手が、どんな人なのか、とても強く興味に駆られ、それでその方からのメールと写真を見て、私はさらに驚いた。その人は、


 「あなたはこんな所で男を捜す必要は無いでしょう?」


 と言うほどに美人なのだ。

 その気になれば男など摑み取り。という美貌の持ち主が、自分からお金を払って男を捜しているのだ。

 これは、日本も女性が社会的に強くなった。と言う事とは無関係なような気がする。


 もちろん、日本の男がだらしなくて魅力が無くなっただけでもあるまい。

 そこに一体何があるのか、何が若くて美しい女性達にそれをさせるのか、

 私にはわからない・・・。

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2005.11.13

二人を責めてはいけない

 私の知り合いで、結婚後十年以上経た後に会社から独立し、自営業者として夫婦で小さな店を営んでいる人がいる。長年の夢だった『自分の店を持つ』為に、全てのリスクを引き受けて独立開業した彼等を私は祝福するし、二人の事業が無事に成功してくれるといいな。と思う。多少の嫉妬があるのも事実だけれど。

 しかしながら、二人を知る彼等の親世代に当たる別の人に言わせると、「店を持つよりも子供を作る方が先じゃない?」となるらしい。

 なぜそうなるのか、私には判らない。

未婚の母や再婚しない父達には目くじら立てる彼等だが、彼等にとっては子供を持たない既婚者も攻撃対象らしい。私は思うのだが、あの世代の方々(高度成長世代と仮称しよう)は、集団の構成人員全てが皆、同じ形・価値観の元に生きると言うのは自明の事で、多様性とか他人と違った信条などと言った物は異質の、攻撃・排除対象と思い込んでしまう傾向があるのではないのだろうか?

長い物に巻かれ、朱に交わって赤くなり、出る杭を打ったり引き抜いたり、そうやって生きてきた彼等の世代にとって、所属集団から生まれた人員は、全て同じ価値観の元で人生を送るのが当然。だと信じているのではないのだろうか?

そこで私は考える。仮に独立開業した彼等がそれをせずに、自分の夢を犠牲にして20世紀的価値観に迎合する為に、会社勤めで我慢しながら好きでもない事をして生きたとして、高度成長世代はそれに対して一体どういった代償を提供出来るのだろうか?と。70年代に生まれた私や独立開業した私の知人、そして仮に彼等が子供持つ事になったとして、その子供達と二人の未来に、一体どのような幸福を約束出来るのか、と。まさか自分達の年金負担者を作る為の、『産めよ増やせよ』じゃないよな?

2005年現在で60代以上の世代は、「自分がいる間だけ持てばいい」的な考えで、自分達が作った負の遺産を全て、70年代以降生まれの私達に押し付けようとしているように感じられる。高度成長の終焉と経済グローバル化等の影響で、『1億総中流』時代は終焉し、金持ちと貧乏人の差はより拡大しつつあり、ローワーミドルクラスに生まれた私や私の知人が金持ちになれる可能性は限りなく低く、今世紀も幸福を計る尺度が20世紀から何ら変化が無かった場合、私達の子供世代が幸福な人生を送る可能性も、同様にとても低い。


特殊な例を除き、自分の子供の幸福を願わない親はいない。

私は子供を持つ事はおろか、結婚すらも出来なかったが、もし結婚していて子供がいればきっと、自分にとっての最優先事項は妻になり、そして子供が、

“Super Important Absolute Priority Matter” (超重要絶対優先事項)

になっただろう。

それを知っているからこそ、私はとても強く思う。

高額所得者にはなれなかった私や私の友人達が今後子供をもうけても、その子達が幸福な人生を送られる可能性がとても低いだけでなく、幸福になる為には親も子も物凄い努力と運が必要な事が明瞭だから、それらを理由に子供を持つ事を躊躇っている彼等を、逃げ切りを狙っている高度成長世代が責めるのは、少し身勝手が過ぎるのではないのだろうか?

二人に非難気味な疑問を呈していた高度成長世代に、私がそう反論するとその人は機嫌悪げに何かブツブツ言っていたので、私はさらに、「今子供を生んでいるのは、余程の子供好きか、年収8桁以上の金持ちか、先の見えないバカだけだよ。」と言うと、そのまま他所を向いて押し黙ってしまった。

私は何か間違った事を言ったのだろうか?

私にはわからない。

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2005.11.11

低コスト・グルメ

 僕は美味しい食べ物が大好きだ。で、こないだ僕の好きな食べ物を書き出していたら、それは決して高価ではないものばかりだった。

 元来がチョー甘党な僕は、豪華な料理よりも、高価なワイン(それ以前に僕は医学的理由でお酒が飲めない)よりも、ショートケーキや自家製アイス、プリンやパイの方が好きなので、どうしても好きな物が低価格帯に集中してしまう。

 しかも四国、その上高知に住んでいるので、良質・低価格の食材には事欠かない。まだ僕がレースをやっていた頃、僕は香川のレーシングチーム(テック2)に所属していた関係で「うどん好き」でもあるのだが、地元民相手の本当に旨いさぬきうどん、一杯が¥300以上と言う事がまずないので、香川に行けば¥1000もあれば、恐らく世界一旨いうどんが死ぬほど食える。また、高知はなんと言っても魚介類が美味しくて、シスコにいた頃は$25はしただろうな、って刺身盛り合わせが、スーパーに行けば¥400前後で並んでいる。もちろん味も鮮度もOut of your leagってくらいに美味しい。

 野菜だって東名阪では高級食材扱いの野菜が、高知じゃスーパーで中国産と一緒に並んで売られている位だ。

 甘い物だって、シスコで地元の人が「ここが一番!」って教えてもらった「Citizen cake」というケーキ屋さん、いつも地元の人で一杯だったし、確かに美味しいんだけど、あの程度の味なら高知のパティシエ達なら半額の値段で作るし売る。シスコだけでなく、甘い物なら「Zanze’s cheesecake」(City Collage of SanFranciscoから車で約5分)以外で、高知のケーキ屋さんより美味しいトコにはまだ当たっていない。

 基本的に、東名阪で高級食材とされている物の殆どが四国では地場産品なので、当然新鮮だし安い。高知の魚、香川のうどん、愛媛はみかん、かな?あと徳島はなんだったっけ??

 まあとにかく、都市部では腕のいいシェフが鮮度の落ちた食材をその技術で補って素晴らしい料理を作っているんだろうけれど、四国にいれば素晴らしい技術が無くても、いやむしろ下手に素材に手を加えない方が美味しい訳で、結果、低コストで美味しい物がいつでも食べられる訳です。

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お金持ちにはなれない

 私はアメリカ滞在中ずっど、仕事と勉強だけの生活だったけれど、帰国してからはテレビとか大衆向けの週刊誌とかもにも触れる余裕が生まれています。で、気付いたんだけど何か最近の日本は「セレブ」とか「勝ち組」とか「ヒルズ族」とか、お金持ちになる事が素晴らしい事。ってなっているみたいで、ITバブルを上手く売り抜けて資本を手にした人達が、マスコミで偶像化されてちやほやされていました。

 お金は色んな局面で有効だし、無いよりはあるほうが絶対に便利なんだけど、僕は何かを所有する欲求があまりない(車はおろか、携帯電話すら持ってません・・・)ので、「財産の最大化」にはあまり興味がないし、それ以前に中流家庭に生まれて中流に育ってきた僕には、六本木ヒルズにあるような家賃数百万円の部屋に住むようなお金持ちにはなれないだろうな。って思います。

 バイクレースをやっていた頃、感動してしまう程の才能というのを何度か見た事があるんだけれど、そーゆー経験をしてしまうと、『この世界には、「選ばれた人」というものが存在するんだ』という風に考えるようになるんです。そしてレースの世界に感動してしまう程の才能を持った人がいるのと同様に、他の色んな世界、それはスポーツや芸術だけでなく、ビジネスの世界にもきっとそんな人はいるんだと思うんですよね。そうして「この世界にはきっと『お金儲けの天才』がいて、そして自分にはお金儲けの才は無いんだろう。」と言った境地に至る訳です。

 お金があると、きっと楽しい事が沢山あるんだろうな。とも思うけれど、お金儲けの才が無い人がお金持ちになろうとしたら、それはもう物凄い努力をするか、あくどい事をやるしかない訳で、お金持ちになって快楽を得る為に、道理に反する事は絶対にしたくないし、お金持ちノなる為だけに物凄い努力なんてしたくもない。努力って言うのは好きで好きでたまらない事の為にする事であって、したくも無い事の為にするのは努力でなくただの苦労だ。

 そしてもちろん、僕は苦労なんかしたくない。

 努力するのは好きだけどね。

 そして、今の僕がやっている好きで好きでたまらないから努力もしている事。と言うのは、お金持ちになる事とは遠く離れた地平に位置しているから、僕が近い将来お金持ちになって、一本何十万円もするワインを飲んだり(それ以前に僕はお酒が飲めないんだってば・・・)、何十万ドルもする高級車を運転したり(それよりもレース用バイクでサーキットを走る方が絶対に楽しい♪)、豪華なお屋敷に住んだり(掃除するの大変そう・・・)、といった事とは生涯無縁になりそうだ。それ以前に、そういった類の贅沢には特に興味も無いんだけれど。

 でも今の日本で偶像化されてる新興成金達も、欧米の本物のエスタブリッシュメントなんかと比べたら、「豪華な庶民」くらいなんだろうな〜・・・って思います。イギリスで猟犬を何十匹も引き連れて馬に乗って狐狩りを楽しんでる人とか、丘の上にある城の様な屋敷に住む貴族の末裔とか、一機200億円以上もするB747を自家用機として個人所有している資産家とか、アメリカの飛行機好き用にある滑走路付き別荘の所有者とか、小島を丸ごと個人所有して保養地にしてる人とか、本物の上流階級ってちょっとケタが違うんだと思います。僕はそういった人達に実際に会った事が無いから、どういうものか全く実感が出来ないんだけれど。

 金儲けの才は無く、財産所有欲が弱く、お金が好きで好きでたまらない、という訳でもなく、好きでもない事の為に時間を割くのは嫌いで、超・お金持ちを親に持つ訳でも無い僕は、決してお金持ちにはなれないんだと、そう核心するに至った次第です。別にお金持ちになれなくたって、自分の『好き』を仕事にしている今は幸せだからいいけどね☆

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2005.11.10

好きだけど大嫌い

 私は永住権を得てアメリカに移住しておきながら、アメリカに絶望し、アメリカが嫌いになって日本に帰って来たのだが、この間アメリカについて知人と話しをしていて、「あなたはやっぱりアメリカが好きなんでしょう?」 と言われてしまった。一体どうなのだろう?自分でもどちらなのか良く判らない。もしかしたら、

 『嫌いだけど大好き。好きだけど大嫌い。』

 なのかもしれない。そして、その感情が日本に対してそうなのは間違いない。美味しい刺身などの魚介類、綺麗な渓谷や海岸線、見とれるほどに美しい段々畑。日本の気候・風土は大好きだ。しかし生温い、或いは全てに対して曖昧な日本人の思考システムや、異質のモノを排除するシステムを自動的・無意識的に備えた日本的な、「長い物には巻かれろ」ニ言った価値観も大嫌いだ。

 しかし、この「風土は好きだけど人とシステムが嫌い」は、そのまま私のアメリカ感とほぼ一致する。私は北カリフォルニアから出る事は無かったが、それでもその土地の自然は美しかったし、土地の自然や気候・風土は大好きだった。

 しかし一部のアメリカ人達の価値観は私にとって唾棄すべき物だったし、経済・社会・政治システムにも、とことん幻滅させられた。

 と、ここまで考えた所で判った。私はシステムが嫌いなのだ。

 アメリカのシステムは、日本の様に集団への自己犠牲を伴った強制的帰属性は無かったが、暴走する個人主義、と言うか、いつだって自分が一番。と思っているかのようなアメリカ人達と、やられたらやられる方が悪い、という風潮。それと、金・力・数で正義を決める。と言った、みもふたもない思想は最後まで受け入れる事が出来なかった。

 私は生物学的には社会性の生物である『人間』でありながら、その社会に順応出来ないというのはとても不便だ。つまり私には快適でいられる場所が無い。と言う事になる。しかし私は、

 「何がなんでも自分は変わらない!」とか、

 「俺が正しい!(環境や他人を)俺に合わさせる!!」

 と言うほど我侭では無いし、ある程度までなら周りに合わせてやろう。程度の順応性はあるので、そこは我慢しながらでもやっていくしかないのだろう。

 日本がアメリカのいい所だけを模倣してくれたらいいのに・・・。

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笑いが止まらない

 アメリカ滞在中は日本の情報が断片的にしか入手出来ず、ネット経由の情報も発信者のフィルターを通すので公平性にかける部分があったのだろう。帰国して2ヶ月が過ぎ、日本情報入力量が劇的に増えたので、帰国前よりはもう少し詳細に、日本情報が見られる様になってきた。

 まず大衆文化面だが、これに関しては滞米中は情報がほぼ皆無だったが、芸能に関しては低俗化がさらに進行したようだ。私の家にはケーブルテレビが引かれており24のチャンネルがあるのだが、ゴールデンタイムにTVのスイッチを入れて、一番面白いチャンネルが『放送大学』といった有様で、既存大手メディアなど時間の浪費でしかなく、とてもじっくりと見る気になどなれない。渡米前はよく見ていた音楽専門チャンネルさえも、今見ても何も魅力を感じない。パーソナリティーのトークは下らないし、提供されるソフトも過去にあった作品に一品加えた程度の再構成版。ぐらいにしか感じられない。

 経済に関してだが、政府は日本景気は回復局面にあると主張しているし、実際、都市部は以前よりも活気が戻りつつあるように感じたが、私の暮らしている高知に関して言えば、まだ不況の只中にある。私も資格取得直後はハローワークに何度も訪れたのだが、そこは常に仕事を求める人で溢れていて、また求職者は圧倒的に30代前半よりも若い層が多く、若年労働者の失業率は全体平均よりもかなり高いのだと思われる。ただ、何か技術を持つ若年層は正社員・派遣・パートに関わらず何らかの職業に就いているようで、私の実習中も実習先には多くの若年被雇用者がいきいきと働いており、ハローワークで求人リスト検索・閲覧をしているのはそういった種類の輪若年層とは違い、外見ももっとだらしがなく、ドロリとした生気に欠ける目をした若年層が殆どだった。地方経済はこんな現状だが、外国市場が見るべき物がないので外国人投資家によって日本株買いは入っているようで、東証株価は上昇を続けているようだ。

 政治に関しては経済的・社会的弱者である私には厳しい物ばかりだ。ただ、外交的には小泉政権の姿勢には賛同出来ないが、内政面で現政権がやろうとしている事は過去の自民党政権では絶対にやらなかった・出来なかった事だろうから、手法や方向性に問題が残る(と言うか大問題だ)とは言え、その点だけは小泉政権をもう少し見直しても、評価しても良いのでは?とも思う。米軍基地問題等での当事者無視の政策決定と、実は大した事でもない対立を、さもそれが大問題で、悪役に設定した層が既得権益にしがみついて理不尽な利益を得ている様に見せ掛ける事で対立を煽り、本質や本来の狙いをぼかす手法には閉口させられるが・・・。

 結果、日本を全体として見た場合、満点には程遠いが0点やマイナスでも無かったと言うのが、帰国後2ヶ月たった私のこの国に対する正直な感想だ。日本の様々な事が高額所得者層にとって都合がいい様に動いているようで、経済的弱者である私の立場での採点では及第点には程遠いが、経済的・社会的強者の視点ではもっと高い点数になるのだろう。しかし、民主共和政体においては少数者が多数者の為に犠牲を強いられる立場になるのだが、この国では少数者のはずの経済的強者が最大の利益享受者となり、多数者である中間層・低所得者層が犠牲を強いられる立場にあるのだから、日本人で経済的強者の立場にある者は笑いが止まらないだろう。

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2005.11.09

seasonally fat

 私は毎年、9月〜11月は体重が増える。体重比で15%近くは増える。

 恐らくこの時期は食べ物が美味しいからという事もあるのだろうが、それだけでもないような太り方をする。体脂肪率も毎年この時期は急上昇だ。

確かに、秋はゴハンが美味しい♪

サンマ、戻り鰹、ブリ、と言った魚だけでなく、

果物、野菜だってもちろん美味しい。新米だってある。

そして何故だか判らないが、秋のSweetsは美味しい。

で、そういった美味しい旬の食べ物を食べて、体重を増やしていく。

このパターンをもう20年近くやっていて、そのままならもう体重は軽く200lbsを超えていそうだが、辛うじて今でも60kg前後を保っている。

これも原因不明なのだが、僕は9月〜11月と太るのだが、
その後、12月〜4月は体重が減るのだ。

これも原因が判らない。

この話を知人にした時、「あんたはまるでクマみたい」と言われたが、そう言われてみればそうなのかもしれない。

だって、僕の12月〜4月はいつも、めちゃくちゃに眠たいから。 
きっと僕の本能は冬眠を欲しているのだろう。

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2005.11.08

The smell of professional

 私がまだ鉄工所で働いていた頃、私の手からはいつも鉄と機械油の匂いがしていた。

 レースをやっていた頃は航空機用ガソリンと
BPオイルの匂いが、メカニック時代には規則で航空機用ガソリン(アブガス)の使用が禁じられていて、ハイオクガソリンとワコーズのオイルの匂いが僕の手からはしていた。

 そしてシスコで寿司職人だった頃は、私の両手はいつも寿司飯の匂いがしていた。時々味見(つまみ食い)していたウニとかイクラの匂いをさせて、親方に怒鳴られたりもしてたけど。(笑)

 で、療養型医療介護施設で働き始めて1週間。私の手にも介護職らしい?匂いが漂うようになってきた。それは、

『消毒薬の匂い』です。

私の職場では消毒が徹底されていて、病室の入退室時、汚物に触れた時、その他処置等何かある毎に、ただの手洗いじゃなくって消毒薬を使って殺菌消毒をするので、いつの間にか私の指間からは消毒薬の匂いがするようになっていました。

航空機用ガソリンに耐えられる雑菌なんてまず無いと思うし、寿司飯に使う米酢も殺菌力はとても強いから(米酢で水虫を完治させた事あります)、私はもうかれこれ数年間、常に無菌の手を持っている事になります。両手は抗菌加工済み。

 レーシングメカニックはオイルとガソリンの匂い。寿司職人は寿司飯の匂い。介護職や医療従事者は消毒薬の匂い。が職人の匂い。かな?もし介護職の職業臭がアンモニア臭とかだとやだな〜・・・。でもトルエン臭とか、硝酸臭よりはマシだとは思うけどね。

PS

 匂いといえばサンフランシスコ滞在中、夜中に中心街にある地下鉄駅の階段で、どこからともなくマリファナ臭が漂ってくる事がよくあったなぁ・・・。

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2005.11.07

必要だけど無い方がいい。

 今の職場で働くようになって、最初の月は見習い扱いの私だが、どうやら明日から介護記録を書かなくてはいけないようだ。

今の職場は資格を取って最初の職場で、私はこれまで介護記録など書いた事が無いので、先輩の書いたそれを今日の仕事が終わった後に、書き方の参考にと見せてもらっていた。

介護計画に沿って書くそれは、学校で習った物と全く同じなのだが、現実の状態観察記録はテキストで見たそれよりも遥かに生々しい。また、看護士の書いたそれは専門用語が頻出し、前後の文脈から意味はある程度推測出来るのだが、『誰が見ても、即座に理解出来る。』とは言い難かった。また介護職者によって書かれた状態観察記録は、簡潔にまとめられているとはいえども、そこには利用者一人一人のドラマ性が見て取れて、それは夫婦愛だったり、家族愛だったり、寝たきりになってしまった方の、「かつては持っていて、そして今は決して触れる事の出来なくなってしまった物・事」への郷愁であったり、私は滞米中に大学教授から「あなたは繊細な読み手だ」と言われていた。と言う事を差し引いても、少し涙ぐませる面があるのも事実だ。

 一度寝たきりになってしまった人が、そこから回復していくのはとても難しい。けれどもそういった介護記録を見ていると、この人達を本来いるべき場所に返してあげたいと、そこにいた頃にはそれがある事にすら気付かなかった、幸せに満ちた場所に返してあげたいと、とても強く思う。

 そう考えると、介護福祉ってとても矛盾した職種だ。だって、介護福祉にとって究極の理想は、世の中がそれを必要とする人がいない社会になる事なのだから・・・。

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地上の楽園♪

 使い捨てを仕事で使うのはコストが掛かりすぎるので、コンタクトを新しく作る為に眼科に行ってきた。

 私の行きつけの眼科は土曜日でも午後
3
時までは受診可なので、遅寝して昼過ぎに出掛けたのだが、土曜午後という時間帯はサービス業以外の方には受診しやすいのだろう、待合室はほぼ満員で、多くの受診者達であふれかえっていた。

 私は古い受診カードを失くしていたので受付で再発行してもらい、その後待合室で静かに順番を待つ。
 いつもは文庫本を読むか、録音した講義を聞いて時間を潰すのだが、大学を辞めて帰国した私には録音して聞く講義も無い上に、この日は本を持っていなかった。

 で、時間潰しに待合室の人達をぼんやりと眺めていて、ある事実に気付いた。


 私は自他共に認める、いわゆる

『メガネっ娘フェチ』

なのだが、眼科という場所は基本的に視力の弱い人が来る所なので、そこには沢山のメガネ使用者がいる。つまり、

可愛い『メガネっ娘』が沢山いる〜っ!!!(^^

ではないか!!!!

これはメガネ好きにはたまらない。
 もう、見る人見る人が皆、こちらのタイプ直撃なのだ。
待合室の中で一人、「やべえよ
!オイラの目
がハートになってるよ!!」なんて心の中で叫んでる始末。
そうして目をハートにしたまま診察の順番が来て、目の検査をしたり視力を計ったりしていたのだが、診察室にいる人も後から入ってくる人も皆、可愛いメガネっ娘♪

ここにはおっさんの受診者はいないのか??

タイプ直撃の美女に囲まれて既に躁状態なのに、視力検査をしてくれる検査技師?のお姉さんがかなりおちゃめな方で、この人との遣り取りもそーとーに可笑しかったです。大阪出身というこのおちゃめな方に色々な検査をしてもらい、(退屈な検査時間をそーとーに楽しく過ごせた。きっとこの方の彼氏はデート中に退屈する事など皆無だろう)それの結果を元に医師にメガネの処方箋を書いてもらい、新しいコンタクトとケアセットを買い、数万円の出費をして病院を後にしたのでした。

 仕事が決まった直後でまだ新しい保険証貰ってないので、検査費10割負担で財布が空(保険証が出来たら返金してくれるそうです)になっちゃいました。病院って保険が効かないと高価なんですね。カード使えないからマイルも貯まんないし・・・。

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2005.11.05

愛国心?

 改正憲法草案では、愛国心を憲法前文に盛り込もうとか言っているらしい。

 そこまでして政府が国民に持たせたがっている愛国心とは一体何なのだろうか?
 そりゃ一応、自分が生まれた所だから故郷には愛着(愛情ではない)はある。
 愛国心、の「国」が示すものが「国土」や「国民」なら、僕は愛国心を持っている事になるのだろう。そうでなければ永住権を捨ててまでしてアメリカから帰って来たりするものか。政府に押し付けられたりしなくても、僕には愛国心がある。


 
でも、もし愛国心の「国」が「国家」を意味するのなら、僕には愛国心など無いし、持てと言われたって絶対に持ってあげない。

 国家なんて単なる一つの制度に過ぎないと思っているし、今の政府だって今そこで政府として機能しているだけで、それが日本誕生以来ずっと存在している訳では無いし、今後永久に続かなければならない物だとも思ってはいない。
 それに、「愛しなさい」なんて押し付けないと他人から愛してさえもらえないような奴に、愛情を注げと言うのは無理だし、そもそもそんな事を言う事自体が傲慢だ。
 誰かに愛して欲しいのなら、その対象に愛されるに相応しい事をしなければいけないけれど、この国の政府がやってきたのは支持基盤へ利益誘導、問題の先送りと隠蔽と責任逃れ、そんな事くらいしか思い浮かばない。

誰かにそんな国家を愛せるか?と聞かれたら、その答えには「否」と言うしかないだろう。

 「あんな政府に税金なんか払えるか!」ってアメリカから帰ってきた僕だけど、日本も納税拒否をしたくなるような事ばかりだ。

 

こっちは生活には困らない程度の語学力と、どこでも生きて行けるだけの技術はあるんだから、移民ビザ無くなったからって、あんまり横柄な事言ってると亡命しちゃうぞ!(^^

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2005.11.04

療養介護施設というもの

 老人保健施設等とは少し違って、療養介護施設では入所者の自立度が低い人や寝たきりの方が殆どな為、介護助手としての仕事は生活援助よりも処置の補助、的な部分が多い。リハビリを兼ねたレクリエーション等も少ないらしく、レクがかなりの時間を占めるデイサービス等とはかなり仕事内容が違う。


 自立度が高く、基本的にとても元気な方が多い居宅老人への訪問介護とも違い、療養施設入所者は色んな面で活発さが弱く、それらもあって、人によっては療養施設は単調だし仕事に面白みが無い。とも言う。また、介護職が看護職の指揮下に入るので、仕事を進める上でプライドを傷付けられる事がある。とも聞いた。


 確かに、そんな事は皆無。などとはとても言えない。単調な仕事と処置に仕事時間の殆どを割かれるのは事実だし、法律上、色んな面で介護士や介護助手は看護士の指示無しでは出来ない事が、日々の業務内容の中には沢山ある。


 しかし、どんな仕事でも探せばそこには必ず面白みを見出す事が出来る物だ。例えば、すっかり元気をなくしている入所者でも、例え声が弱々しくても、話がどんどん飛躍する認知症患者でも、聴覚が残っていて言葉を発する事の出来る人ならコミュニケーシ?ンは可能だ。そんな相手とコミュニケーションを確立出来た時には、異国暮らしでコミュニケーションの快楽を見つけてしまった私にとって、そこには確実な達成感と充実感がある。新人介護助手で様々な局面での対処が未熟な私でもそれを感じる事があるほどで、「この人はちょっと難しいからね〜」等と言われている入所者を相手に巧みに立ち回っている先輩職員くらいになれば、きっと、もっと楽しむ事が、深い充実感を得る事が出来るのだろう。


 実習先でもそうだったが、今の職場でも、言語能力が残っている入所者は皆、こちらが何をしても、それがどんなに些細な事であろうとも、行為者であるこちらに対して、とてもとても感謝してくれる。私は誰かの世話をする、自分の行為が誰かの役に立つ、それを仕事にしたくてこの職業を選んだのだから、世話をさせてもらって有難う。なので、それで感謝されるのはとても嬉しい。感謝されているこちらが何かお礼をしたくなるくらいだ。こういう時に手品とか何か楽器とかが出来たら、それでお礼が出来るからいいのに。等と思うのだけれど・・・。


 看護士と介護士の立場上の差が嫌。と言う意見に関してだが、介護助手である私は看護士にも介護士にも敬意を払っているが、国家試験をパスしてきた介護士は、看護士の指揮下で仕事をする事に、不満を感じる事があるのかもしれない。特に看護助手と同列で扱われる事があれば、そうなる傾向はより強くなるだろう。しかしながら、療養介護施設は業務内容に医療行為の占める比率が高いので、法的にも看護士にしか出来ない行為、介護士には決定権限の無い行為等がかなりあり、しかもそれらについての責任は看護士に課せられるそうで、看護士の指示下、介護側のミスによる事故があった場合でも、その責任が看護士に負わされるのだから、この点では看護士には看護士の言い分があるのだろう。

 またこれは聞いた話だが、介護士を「助手さん」とか、「補助さん」等と言って軽んじて扱う看護士もいるそうだが(そりゃ介護士はムっとするだろう・・・)、私の職場ではまだ見た事は無い。寿司職人時代に「文句があったら仕事で来いや!」って言う、割烹上がりの板前さんに鍛えられていた私としては、介護士も看護士も他人の事など記にしないで、プロの仕事に徹していればいいのに。と思ってしまうのだが、そんな私は甘いのだろうか?とにかく私としては一人の職人として、日々の仕事を「こなす仕事」として、ただノルマを、ルーティンをこなして行くだけの仕事にはしないように自分を律していきたい。それよりもまず先に、今の職場の仕事内容と流れを完璧に把握しないといけないんだけれど・・・。


 仕事に関しては、私が寿司職人助手だったシスコ滞在中、私が尊敬していたとても腕の良い先輩板前さんは、「僕は、ただ『こなすだけの仕事』は絶対にしない!」と言って、常に何か新しい事にチャレンジしていて、彼は自分の握る寿司に対し、絶対に変えない部分と常に何か新しい事を試している部分があって、その仕事はとてもエッジが効いていたのだが、介護の仕事にエッジを効かせた仕事ってどんな仕事なのだろうか?

  余談だが、ただ仕事をするだけならば、高知で介護助手をするよりもシスコで寿司職人助手をやっている方が、仕事はラクなのに二倍近く収入が多い事を、ここでそっと告白しておこう。

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2005.11.03

〜”希望” この儚くも心強いもの〜 

〜オートアップ誌面上で、掲載されなかった原稿の残り半分です。〜

 様々な技術の進歩もあって、この世界はかつて無いほどに人と人との交流が活発になった。
 国籍も、人種も、宗教も、全てがごった煮状態で、様々な思想や文化と
身近に触れられるようになっている。
 でも、僕等にはそれらを理解し、受け入れる
事が出来るのだろうか?

 建国当初は黒人奴隷を。その後はアジア系移民達を低賃金労力として利用する
事でその力を増強させてきたアメリカ合衆国、法律としても明記されていた有色人種に対する差別だが、第二次大戦とその後の冷戦で自分達が正義である事を示す為に自国内の不正を是正する必要が生じ、結果、建前上は「世界一、自由で公平な国」になった。
 しかし、学歴が同
じでもアジア系アメリカ人の平均年収は白 のそれよりもかなり低く、(経済的事情か ら)アフリカ系アメリカ人の平均寿命は白人のそれよりも10年以上も短く、例え人種や学歴が同じでも、女性の平均年収も要職に就く女性の数も、男性のそれよりも圧倒的に少ない。 全ての差別を無くそうと最も努力してきたはずのアメリカでさえ、現実 はこのありさまだ。

 しかしながら、この
20年程でこの国も随分と変わって来ているようで、少数優遇政策 のかいもあって、かつては白人男性独占だった職種の殆どが、アジア系、アフリカ系、 そしてもちろん、全ての女性に対してその門戸を開いた。そこには多少の問題が残っているとはいえ、それは今後も続けられるべき政策だと思う。

 一時的に後退する事もあったが、この巨大な実験国家は常に前進を続けている
し、ある意味世界の縮図でもあるこの移民国家が上手くいかなかったとしたら、僕らの人類がお互いを解かりあい、受け入れあう事は出来ないだろう。

 自分に理解出来ない者、異質な存在を力でねじ伏せる時代は旧世紀の異物に

しないと、これ以上争いや欲望充足の追及をしていたら、もうこの小さな星はもたないかもしれない。

 理解力と包容力、いたわりと
友愛に満ちた世紀、それを21世紀のスタンダードにしないと、そして僕らにはそれが 出来ると、僕はそう信じている。(still

 世界の最先端を走る国で僕が見た物は、道徳よりも利益優先の、強欲と非情に
満ちた残酷な世界だった。パンドラの箱は既に開かれていて、困難の源はもう外に飛び出た後だったんだ。

 でもそこで僕が絶望の底で見つけたのは、未来への希望だった。


 パンドラの箱。その底に残された最後のそれが
希望だった、あの伝説の様に。

 高知の自宅にて 

T.S.mizzie

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2005.11.02

〜アメリカ合衆国 表の顔・裏の顔〜

 アメリカから帰国したのでオートアップ誌での連載が打ち切りになって、最終回用にしようと思っていた原稿が掲載される事が無くなったので、こっちに未編集Ver.で載せさせて頂きます。

 

 僕は2003年に移民としてサンフランシスコにやってきた訳ですが、70年代生まれの僕にとってアメリカは子供時代からの憧れの国であり、その国に移民として入国し、空港を出て強烈なカリフォルニアの日差しを浴びた時には、言葉に出来ない感動があったのを憶えています。

 ですがこの度、永住権を返還して日本に帰国する事となりました。

 新移民としての諸手続きを終え、入国後最初の数ヶ月は毎日が新鮮で刺激に満ち、かつ観光都市でもあるサンフランシスコの人達は外国人である僕に対しても優しく、景観の美しい場所や観光として訪れるには素晴らしい名所等も豊富にあり、観光で来るならば、そして日が暮れてから危険な地区を歩かなければ、ここはまさにパラダイスでしょう。


 
しかし僕が入国してから数ヵ月後、ブッシュ政権のイラク侵攻が現実味を帯び始めた辺りからでしょうか?少しずつ、外からでは判らないこの国の負の面、裏の顔が見え始めたのは。


 政治的には新保守主義派と言われる一派の台頭。
 国家予算の大部分が軍事費と経営難に陥った大企業救済に使われる、軍産複合体と企業連合に牛耳られた連邦政府。経済面も「世界経済を牽引する」と言われるアメリカの個人消費も内情は借金まみれで、カードでの多重債務が大学での授業で課題として取り上げられる程。また地球の裏では今日の食事にも事欠く子供がいるというのに、この国では総人口の約6割がカロリー摂取過多による肥満に悩み、肥満児童の増加が社会問題化している程です。


 
生活面では脆弱で老朽化したインフラ、低所得者に厳しく高額所得者に優しい税制度、必要性が唱えられながらも一向に実現の兆しすら見えない医療の国民皆保険制度。
 最極貧層にしか用意されていない社会福祉・公的扶助。「人の役に立つ仕事がしたい」と言う希望があり、社会福祉士として働きたかった僕にとって、この国が本心では社会福祉をしようとはしていない現実が見えた時、この国に絶望を感じたのは事実です。

 また全ての面でアメリカ国内では最もリベラルと言われる北カリフォルニアでさえも、まだ色濃く残る人種的偏見や差別。 


 帰国を決意したある日、連載の最終回を「他人種混在のアメリカ」で希望的な終わり方にしたくて、多文化・他人種混在の写真が欲しくて街を歩いていた時の事です。

 ビジネス街から街の中心部を経て自分のアパートまで歩いたのですが、ホワイトカラーのビジネスピープルは白人が殆どで、そこにアジア系が多少混じる程度。
 アフリカ系のホワイトカラー労働者を見る事はほぼ皆無でした。これが街の中心部を少し離れて夜は危険と言われている辺りに来ると、今度はアフリカ系の比率が急上昇。
 着ている服の素材感で、彼等の社会的地位を想像する事はそう難しい事ではありませんでした。
 さらに街を走る車も、高級車を運転するアフリカ系は「誰かお金持ちのお抱え運転手」以外ではほぼ皆無で、平日の昼間に街を走る自家用車、ドライバーは白人女性が大半を占め、アフリカ系は商用車で見かける程度でした。


 小説家のジーン・ブリューワーが、作家で映画監督でもあるマイケル・ムーアが、知人でボスニア難民のルーディが、電車で話しかけてきたチャイニーズアメリカンのおばちゃんでさえも、この国を「強欲で残酷な(人達が支配する)国」と言い、企業連合や特定の利益団体が政治に深く食い込み、自分達に都合がいいようにルールを捻じ曲げ、作り変え、結果、一部の富裕層だけが富を独占し、中産階級層は崩壊、経済格差が広がり、大多数の貧困層が挫折と閉塞感に満ちた、国家全体が危険で不安定な状態に向かっているようにも感じます。


 世界中全ての民族・文化が共生するこの国は、未来世界のシミュレーションだとも言われますが、
1割の金持ちが9割の貨幣を独占し、残った1割の貨幣を9割の貧困層が奪い合うこの国は、独占資本主義の最終進化形なのかもしれません。


 
日本では昔、木川田一隆氏(元・東京電力社長/会長)のような「企業には社会的責任がある」という修正資本主義を唱えた方がいましたが、アメリカでは「利益こそ至高」、「利益が王」と言う思想があるだけで、企業の社会的責任などどこにも見受けられません。


 
移民局からグリーンカードが送られてきた時、カードと共に「アメリカの為に働け」と書かれた紙が同封されていましたが、僕が子供の頃から憧れた『アメリカ合衆国』は既に何処にも無く、そこには強欲で残酷な『利益至上アメリカ』、『拝金主義アメリカ』があるだけでした。

 幸か不幸か、僕にはそんな国の為に使う時間も労力も持ち合わせはありません。

 だから永住権の事も諦めて、生まれた街に帰ります。


 これが原文の全文です。移民ビザで渡米した日本人が、現実のアメリカに絶望するお話でした。

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新人仕事始め

 いつもながらの幸運にも恵まれて、資格取得後の就職活動開始直後にいきなり決まった就職。職場は療養介護施設で職種は介護助手。

 今日は緊張の初出勤日。先ずは制服を受け取り、仕事内容等のブリーフィングを受けてから院内を案内され、先輩職員の皆様にご挨拶。入所者の方々にもご挨拶。その後一旦詰所に戻り、この日の指導者になる方について早速業務開始。っていってもまだ見習い扱いなので、とにかく仕事の手順と流れを覚え、設備や各部屋の位置を覚え(大きく複雑な施設なのでタイヘンです・・・)、入所者の名前と特徴・症状・その他必要事項等を覚え、職員の名前を覚え、作業等(移動介助・体位変換・おむつ交換・室内清掃・ゴミ捨て・他)は出来る範囲の事をさせて頂いて、申し送りをして、ってカンジで、あっという間に一日終了。

 制服から着替えて帰る前に事務室に行き、社員として必要な、様々な書類を受け取り帰宅。私が就職した療養介護施設では、入所者は殆どが介護度4か5という方で、様々な面で繊細さが求められるので、仕事中はほぼ全ての局面で非常に神経を使わなければならない。ちょっとルーキーには重いのも事実だけど(指導役の先輩職員には迷惑掛けっ放し・・・)、とにかく出来る事に最善を尽くし、少しずつでも自分を向上させていくしかない。それは必ず出来るはずだけど現状ではほぼ不可能で、でもこの不可能を確実に減らせて行く、その為には努力を重ねるしかない。

 ここまでがとんでもないほどに幸運が続いているが、大きな幸運の後、或いは小さな幸運が幾つか続いた後に、それの反動の様な不運が訪れるのもこれまでの人生で何度も経験しているので、決して気を緩めず、この緊張感を保ち続けなければ!

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2005.11.01

無くても別に困らない

 介護助手として療養介護施設への就職が決まったので、勉強も兼ねて介護技術の本を買って来て、今はそれを読んでいる。
 
1冊¥2200と言うかなり高価な本なのだが、この類の本は広告が0なので販売価額が高価になるのは仕方が無い。
 こちらも将来的には介護福祉士国家試験を受けるつもりだし、介護は「仕事が無いので仕方なく」でも「嫌だけど給料が良いから」でもなく、自分がやりたいからやる職業なので、やるからには自分の技術を向上させたい。同業者にも一目置かれる様な職業人になりたい。と考えるのは当然で、その為にも、知識を得る事は自身の技術向上の為にも有効な投資だと思い、採用が決まったその足で書店に行き、この『介護福祉士養成講座第
12・介護技術1』と、『介護技術2』、『形態別介護技術』、の3冊を買って来た。

 今読んでいるこの『介護技術1』は、かなりのページが介護サービスを受ける側への心理的アプローチについて割かれ、そこでは私がアメリカ滞在中、大学での心理学の授業で学んでいた事がそのまま応用されていた。

 元々が「人の役に立つ事が好き」で、なおかつ心理学にも興味があった私にとって、利用者に対する「共感的理解」をとても重視する、実践的介護技術について学ぶ事はとても楽しい。
 フィジカルな技術について書かれた項目も、それはそのまま自分の介護技術向上に繋がるので、それについて学ぶ事・知る事はとても興味深いし有効だ。

 元レーシングライダーでレーシングメカニックでもあった私にすれば、ある事柄について「なぜそうなのか」について理論的・物理的説明がなされている。というのは自明の理で、それが無い事を受け入れるのは合理的では無い。
 と考える癖が染み付いているので、「これをこうするのは、こういった理由から」が説明されているマニュアルを得ると言う事は、自分にとっては理にかなった事なのだ。

 介護技術を学ぶ事を自分の自由時間に、まるで趣味を楽しむかのように行っているのだが、介護は自分の専門分野になるので、趣味の定義である『専門としてではなく、楽しみとして愛好する事柄』(岩波国語辞典・第六判)には当てはまらない。

 しかし、自分にとって興味・好奇心があって、自分がそれをしたいと思った事を、生活の糧を得る手段として選んだ私にとって、一般的な日本のサラリーマン(そんな物がまだ存在すればだが・・・)のように、休日にはゴルフや釣り等の趣味に興じたりして、仕事での憂さ晴らしをする必要が無いのだ。

 自分の好きな事で糧を得ている私にとっては、生きる事それ自体が楽しみでもあるので、私のような人には恐らく、『趣味に没頭する事で快楽を得る』必要が無いのだろう。

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