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2005年12月

2005.12.31

シュトルム・ウント・ドランク

 大晦日もお仕事な我が職場。多分、今年はこれまでで一番激しい大晦日だった。

 去年までは世界で一番最後に一年を終える国に住み、大学も休みだったので年越しは静かに(でもサンフランシスコには年越し花火大会がある)過ごしていたが、去年の年越し花火大会を見てからのこの一年、本当に『シュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤/注:ドイツ語
)』な一年だったが、少し今年を振り返ってみる事としよう。


 昨年末以来ずっと、家庭環境、仕事上の人間関係、大学事情、その他色んな事が、僕がアメリカに居続ける事を拒む方向に流れ始めた一年だったが、全ての始まりは、編入予定だった大学の、編入予定だった学科が廃科になってしまった事だった。(ターミネーター知事のせいだ!)

 そして、知れば知るほどに幻滅していくアメリカの現状。移民ビザで渡米するまでの憧れが大きかった分、落胆もそれに比例して大きかった。結果、2月頃には既に、日本帰国を視野に入れた、自分の将来を考え始めていた。

 その後、様々な個人的事情もあり、本気で帰国を決意したのは6月も過ぎてから。大学が夏休みに入り、仕事の休暇が取れていた7月末に、一時帰国して日本での再就職を視野に入れた情報収集するつもりだった。同時期に、Webを使った就職活動も開始。成績不振→退学→仕方なく帰国。な留学生を尻目に、奨学金受給資格を満たす成績を維持しながら、自主退学・永住権返還をしての帰国を決意した私は、アメリカで暮らす幾人かの在米外国人達から「何てもったいない事を」と言われたが、既にアメリカに絶望していた私には、一遍の未練も無かった。

 一時帰国中、Webでの就職活動で私に興味を示していた会社での面接を受けるが、私自身がその会社には強い違和感を感じ、採用通知を貰っても辞退するつもりだったが、その意思を伝える機会は訪れず、そこは不採用となった。さらに、一時帰国中の情報収集過程で、「介護の世界で働きたい」の意思は固まった。

 アメリカに戻り、会社に退職意思を伝え、大学を退学し、私物を処分し、アパートも引き払って帰国。そして直ぐに、ホームヘルパー2級の資格を取るべくそれの講座に申し込み、10月末には資格取得。同時に就職活動も開始。そして運良く今の職場に就職が決まり、今に至っているという訳で、介護職者としてはまだまだルーキーな僕だけど、この道を究めるべく、日々努力を重ねています。


 僕は見た目が実齢よりもかなり若く見えるらしいのですが、アメリカで僕にとても親切にしてくれていた60代の方から、「あなたは見た目は20代だけれど、中身は50代の様ですね。」と言われた事がある。確かに、同年代の男達・女達よりかも多少は、様々な事を経験しているのかもしれない。

 少なくとも、10代を勉強に明け暮れ、そして大学に進み、最初の2年間をそこで遊んで過ごし、残りの1年半を就職活動に使い、就職した後はそこで這い上がって行く事に自分の時間を捧げた人や、自分のやりたい事に打ち込み続け、ある程度の年齢になった所で理想と妥協し、趣味で息抜きをしながら生活をこなしてきた人達とは、同じ、或いは似た人生を歩んだとは言えないだろう。


 私は17歳の頃、「大学に入ったらこっちのモン、後は遊び放題よ!!」と言って受験勉強に身を置くクラスメート達に同調する事が出来ず、「大学で遊ぶ為に今を犠牲にするくらいなら、今、自分のなりたい物を追ってみたい」と考えていた。当時の私はバイクレースにその興味のほぼ全てを奪われていて、それ以外の事を考える事はとても難しかった。ある意味、ミュージシャンを目指す今時の高校生達と大差は無いと思う。

 もしもあの頃に、心理学と出会っていれば、臨床心理士になる為に受験勉強なるものに身を投じたかもしれないが、それは今の私にとって、『使われなかった人生』の一つでしかない。

 高校卒業と同時に飛び込んだレースの世界。ミニバイクレースから始めた私だったが、当初の成績は惨憺たるものだった。当時、四国のミニバイクレースが全国的に見てもレベルが高かった(世界グランプリ選手が二人出ている)とは言え、私がそれなりの成績を残せるようになるまでに、3年を要した。そして優勝、悪くても優勝争いが出来る程度にまで上達した所で、直ぐに125ccクラスに転向。岡山国際サーキットをベースに地方選手権に参戦、97年に国際ライセンスに昇格し、全日本選手権への参戦を開始した。

 全日本選手権では全くリザルトを残せなかった私だが、レース毎に自分が上達している実感があり、プライベートに限りなく近い体制で参戦を続けるのはタフだったが、毎日が充実感に満ちていた。

 そして運命の98年7月30日・鈴鹿サーキット、ブリヂストン走行会。

 タイヤテストを兼ねたこの走行会に参加するチームメイトと共に、この日、鈴鹿を走っていた私は、生死を彷徨うような大クラッシュに見舞われ、レース生命を断たれた。

 サーキットの記録では「130R ブレーキトラブルにて転倒。重篤状態にて鈴鹿中央総合病院に搬送」とあるが、私はこの事故前後2週間の記憶が今も戻らないままで、そこで何があったのか、誰にも、何も、全くわからない。

 レース仲間達の話では、私のマシンは通常130Rで転倒した場合なら考えられないような場所でグチャグチャになっていたらしく、また、搬送される救急車の中ではずっと、心臓マッサージを施されていた。と言う事しか判っておらず、病院のカルテには「右側頭葉・左前頭葉・基底核部軸索損傷。ICU搬入」と書かれていて、病院に呼ばれた家族の話では、私はICUで、全身を氷嚢のような物で冷やされた状態で寝かされていたらしい。

 脳外傷の後遺症、記憶喪失、見当識喪失、その他様々な症状が安定するのは比較的早く、同年末には日常生活がこなせる程度には回復していた。

 しかし、レースを失った事による精神的衝撃と喪失感は回復し難く、埋め難く、全てを終わらせる為にビルの屋上に立った事もあるほどだった。当時の私は、余分な物を全て処分し、何時自分がいなくなっても構わない様に身辺を整理していた。

 この頃、私のレース仲間達の間では、「mizzie、ちょっとヤバいで。」的な事が言われていたらしく、その中の何人かは実際、私に直接連絡を取って来て、ライダーとして走る事が出来なくなって絶望の底にいた私を、メカニックとしてサーキットに迎え、受け入れてくれた。

 メカニックとして2000年度まで、親友の専属メカニックとして共に闘かい、2000年度・鈴鹿選手権では年間チャンピオンに輝いた。
 もちろん、メカニック時代にも色んな事があった。0.02mmの誤差を修正する為にサーキット中を工具を求めて駆け回ったり、そうやって仕上げたマシンを駆る親友が、シビれるようなレース展開で勝利を味あわせてくれたり、勝てるレースを納得のいかないペナルティで無にされたり、物凄い量と質の準備をして来たレースを、他車の転倒に巻き込まれてフイにされたり、レース中の事故で友人を失った事もある。
 そして、2000年のタイトル獲得を契機にメカニックからも退き、自分の新たな夢を追うべく渡米。
 そして渡米直後に米国抽選永住権にも当選。
 しかし、半年で夢破れて帰国。
 永住権は返還するつもりだったが、帰国直後に起こった911テロでのビザ発給停止により、私の永住権交付手続きも停止し、移民局からは何も連絡が無いままその年は終わった。

 移民局からの最終面接通知が来た時には、私は夢破れた失意からも回復し、せっかく掴んだチャンスに賭けてみたい、という思いも芽生え、その後の全ての手続きに取り掛かり、2003年、移民としてアメリカに渡米した。

 渡米後は、移民として、生活者として、また学生として、アメリカに関しての見聞を広め、知り、学び、そしてアメリカの理想と現実を見てきた。結果、僕は3度目の絶望を味わう事になり、そして今に至っていると言う訳だ。

 ここまで、ざっと自分の人生を振り返ってみた訳だが、当然、ここには書いていない(書けない)個人的な事も沢山ある。そしてそれらを鑑みるに、私の人生というものは『(質的に)大きく得て、大きく失い、また、(量的に)少なく得て、少なく失った』人生。なんだと思う。

 ただ、一つだけはっきりと言えるのは、私の人生には、停滞や安穏・安寧といった類の物が微塵も無い、常に・何かに・全力で挑戦してきた、疾風怒濤の人生だったような気がする。そしてもちろん、そんな人生はとてもタフでハードだ。
 タフでハードだけど凄く楽しい。
 そんな人生を送って来た。

 いつか自分が死んだ時、「中々に楽しい人生だった」と、そう言って棺桶に足を突っ込む事が出来るだろう。もちろん、今目の前にあるこれでも一目置かれるような人物になる為に、明日が今日よりも1mmでも前進出来るように、自分に磨きをかけ続けるつもりだけれど。

 今は天国にいる筈の、レース仲間達に話す土産話を増やす為にも、来年もフルスピードで、この人生を突っ走るとしようか。


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2005.12.30

”ちいさな願い”

 それは僕が渡米した直後(‘03の2月)の事。
 同じ家にステイしていた10代の子達がダウンタウンに遊びに行き、そこでお土産として、「ミサンガ(身に付けるときに願いを一つ念じながら結ぶと、切れた時に願いが叶うというアクセサリー)」を一つ買ってきてくれて、それを貰った。

 僕はその時、それを買ってきてくれた娘にそれを手首に結んでもらいながら、ある一つの事を願い、そしてそれはその年の内に切れてしまったのだが、その願いが叶う様子は一向に無かった。

 それ以来ずっと、その願いの事は忘れていたが、数日前、定期配信してもらっている田中宇氏のメルマガを読んでいて、その願いを思い出した。
 氏の分析では、私の願いは叶う方向に向かっているようだ。
 当時同じクラスで仲良しだったパレスチナ移民から話を聞き、中東情勢と彼の国には、深い関心を注いでいた僕だが、あの時僕がミサンガに掛けた願い、それは、

 「パレスチナから争いが永久になくなる事」

 ブッシュ政権の中東強制民主化で、中東諸国には民主的にイスラム主義政権が誕生しつつあるそうで、さらにアメリカのイラク戦線泥沼化による中東地域での影響力低下もあり、イスラエルは周囲の国と仲良くするしか、国家を存続させる事が困難な状況になりつつあるらしく、イスラエル政権も右派を切捨て、中道的政策で周囲のアラブ国家に受け入れてもらう方向へと、転換を強いられているらしい。

 中期的にはパレスチナを国家として認め、イスラエルとパレスチナに国境線を作り、パレスチナを「占領」から「切り離し」に政策転換してしまうつもりなようだ。

 これらが上手く進めば、’03に僕が願いをかけた小さな願い、「パレスチナの恒久平和」に向けた取り組みが一歩前進する事になる。ミサンガを結んで貰いながらぼくは、これを願いながら心の中で、(これが叶ったら神の存在を信じてもいいな)と思っていたが、国際情勢の流れが、田舎町の男に信条の変換をさせる結果になる事を、密かに願ってもいる。


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○○バトン

 なんでも最近は、「○○バトン」なるものがブログ界で流行っているのだそうで、mizzieの希少なブログ友達であるhanaさんからバトンを受け渡されましたので、早速やってみたいと思います。

 バトンのテーマは色々ある様なのですが、私がhanaさんから手渡されたのは、「欲求バトン」。

 そんな、自分がやりたいと思ってきた事は「結婚」以外は全てやってきて、悟りの境地か?ってくらいに欲望が薄れている僕(でも趣味はネット株投資)ですけれど、折角それについて考察する機会を与えられてる訳ですし、hanaさんからは「シニカル」との評を頂いてるmizzieとして、おちゃらけ抜きにマジメに考察してみます。

 んじゃ早速、Q1) 今やりたい事

 
軍産複合体の解体

 
世界平和を心底から憎むこの諸悪の根源を、地上から永久に追放したいです。ちょっとスケール大きすぎ?でも願うだけならタダだもんね!
 
 Q2) 今欲しいもの

 *来年発売の鈴木祥子の新譜
 *同業者からも一目置かれる介護技術!
 *あとは、傷付かない夢・失わない愛

 Q3) 現実的に考えて、今買っても良い物

 新しいPCかな?今使ってるのは2000年モデルだからね・・・。
 あと、アメリカの歴史学者、ロナルド・タカキさんの歴史書(もちろん原書で)。

 Q4) 現実的に考えて欲しいし、買えるけど(僕の場合、そーとーに無理しなきゃいけないけど・・・)買ってない物

 *ホンダRS250・2006年型(レース専用車・公道走行不可)

 Q5) 今欲しいもので、高くて買えないもの?

 心の底から「欲しい!」って思える程の物欲は無いんだけど、もしこれが買えるのならば、
 *『無知と貧困の撲滅・真実の民主主義』
 *アイテムに限定なら、ブルーエンジェルス仕様のF18かなぁ・・・。

 Q6) タダで手に入れたい物

 *アメリカ公文書館の自由入館・資料閲覧許可証

 Q7) 恋人からもらいたいものは

 *失わない、愛

 Q8) 恋人にあげるとしたら

 *mizzieの永久独占権
 ってか、もう恋愛は半分諦めちゃってるんですけど・・・。

 Q9) バトンを渡す5人は?

 って、僕にはそんなにブログ友達いないんですけど・・・。
 渡すとしたらhanaさんかな?って思ったけど、そのhanaさんから回って来てるからバトン渡し返しなんて出来ないし・・・。

 とりあえず、僕のブログに時々コメントくれている、鬱々夫婦【妻】さん、
http://ameblo.jp/utuutufufu/
 宜しくお願いします。真剣に考え過ぎなくてもいいですから、気楽に答えてみて下さいね。
 っていうか僕、ブログ仲間ってほぼ皆無なんんですけど・・・。やっぱり自分からあちこちのブログに出掛けてなきゃダメなのかなぁ・・・。


 Q10) このバトンを無視したら?

 シクシク泣きながら、今日の日記に書きます・・・(涙)

 で、hanaさん、「無視したら恐怖のタンデム走行。
 との事でしたが、僕の運転で鈴鹿サーキットのジェットコースターライディングってのもアリだったかもしれませんね。(注・サーキット内のタンデム走行は禁止です)
 元国際ライセンスのレーサーとは言え、ブランク7年ですから、別の意味で恐怖かも?

 明日はmizzie、業務が恐怖のリーダー担当日になっていました。何もアクシデントもトラブルも起こりませんように・・・。


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2005.12.29

The U.S. time is over, or アメリカの時代は終わりだ


 最近、仕事が休みの日は英語で記事を書いていますが、今日もまたそれをやってみました。またまた日本語訳付き(結構時間がかかる・・・)にしたからね!

     When I lived in the U.S. and studied in a college, that professor I was belonging class usually told that we shouldn't better to buy products made by the U.S. to us. The professor told us how easy to break and how unreliable the made in
U.S. products. In fact, so many American people said same thing to me, and they almost never buy or use the U.S. made products. In addition to this, it’s hardly found the U.S.-made products, even in the U.S. Take kitchen utensils for instance, I went supermarket for buying them when I lived in SanFrancisco, nowhere the U.S. products in the supermarket. Most of them made by China, and some of them were South and Central American countries. It's miracle that if you find the U.S.-made something in discount shops in the U.S. A Japanese critic said that the U.S.only industrial is military industrial, such a Boing.
     I used to be a motorcycle racing rider until 1998, and I've almost never seen the U.S.-made products because of their poor quality. Most racing parts are required to tolerance error range is less than 20/1000 millimeter. The
U.S. made-products could never clear the range. Many people said that the U.S.-made motorcycles are manufactured by diabolically bad quality and manufacturing process. Because of the reason, I easily understood why a few Americans select the U.S.-made cars. Probably those drivers the U.S.-made car drive are incredible nationalistic people.
     The
U.S. filled by imported goods even the U.S. maker's products. Nike makes all products in somewhere the Third World country. Some computer companies have their factories in the South and Central  America, such as Mexico or Brazil. American automobile companies have South and Central American countries supply component to those companies. You can see those components in hood of the U.S.-made cars. In the U.S., PCs, cars, motorcycles, all house utensils, clothes, stationeries, and many oil chemical products import from other countries.
     I read an article when I lived in the
U.S., and the article said that the U.S. can't live if the world becomes perfectly peace place. The article mentioned, and I learned that the U.S. history made by war. Throughout the history, so many American people have worked for military industrial complex. Cold war let them survived by necessity of huge amount military budget. Fortunately, unfortunately, the cold war was over, but the U.S. has been in "War on Terror" for resent years. Some critics mentioned that the war made by the U.S. military industrial complex for they getting profit continuously. In fact, incredible amount expensive weapons such as precision guidance missiles have used on Afghanistan and Iraq.
     The
U.S. had super power just after finishing the cold war. The U.S. had tried to change to depending on war companies, but the U.S. large companies left from the U.S. because of their high labor costs. As a result, the U.S. national industry became de-industrialization but military industrial complex. "War on Terror" let the U.S. survive narrowly now, but it won't continue forever. The U.S. will over when the world becomes the perfectly peace planet


 私がアメリカで大学に通っていた頃、在籍していたクラスの教授は、アメリカ製品がいかに頼りにならなくて簡単に壊れるかを語り、生徒達にいつも、「アメリカ製品を買うのは止めておいた方がいいぞ。」と言っていた。
そして実際に、多くのアメリカ人の知人達はアメリカ製品を殆ど使っていなかったし、彼等もその教授と同じ事を言っており、加えてアメリカ国内でさえも、Made in USAの品を目にする事は稀だった。
 台所用品を例に取ると、私がサンフランシスコ滞在中に、スーパーマーケットにそれらを買いに行くと、米国製は何処にも無く、そこで売られているそれらの殆どが中国製で、残りは中南米製品ばかりだったし、もしあなたがアメリカ国内のディスカウントショップでMade in USAの工業製品を見つけたとしたら、それは奇跡と言ってもいいだろう。ある日本の批評家など、アメリカにはボーイングのような軍需産業しか無いと言っているくらいだ。
 私は98年までオートバイレーサーだったが、その貧弱な品質故に、レースの世界でアメリカ製品を見る事は非常に稀だった。レース用エンジンの部品と言うものは殆どが、加工精度許容誤差1000分の20mm100分の2とすると100分の2.9でも検査を通ってしまうので)以下が要求されるのだが、アメリカ製品でその基準をクリア出来る品は稀であり、多くの人達が、「アメリカ製品は悪魔的な品質と製造工程で造られる」と語り、それ故、私は何故アメ車に乗るアメリカ人達がこんなにも少ないのか、容易に理解出来たのだった。恐らく、あれらの少数アメ車オーナーアメリカンは、極端に国粋主義的な人達なのだろう。
 アメリカは、アメリカ国内メーカーの製品でさえ、輸入品で出来ている。ナイキはその製品の殆どをどこか第三世界の国で作り、パソコンメーカーはブラジルやメキシコの様な中南米の国々に工場を持ち、自動車メーカーも中南米から部品を調達する。もしあなたがアメ車のボンネットを開けたなら、その中であなたは多くの中南米製部品を見つける事だろう。アメリカ国内では、パソコンも車もバイクも家庭用品も服も文房具も石油化学製品も全て、外国から輸入されている。
 アメリカ滞在中に読んだある記事によると、アメリカは地上から戦争がなくなると成り立たなくなるらしい。その記事によると、また私が学んだ所では、アメリカの歴史は戦争で出来ていて、そしてアメリカは歴史を通して、実に多くのアメリカ人が軍産複合体で働いてきて、そして膨大な軍事予算を必要とした冷戦が、辛うじて彼等を生き永らえさせてきた。幸か不幸か、冷戦は終わったが、しかしここ数年、アメリカは『テロ戦争』の中にいる。批評家の一部には、テロ戦争は軍産複合体が利益を永続化する為に作りだしたと言う意見もあるようだが、実際、精密誘導ミサイルの様なとても高額な兵器が、アフガンでもイラクでも大量に消費された。
 冷戦終了直後、世界唯一の超大国となったアメリカは、軍需産業に依存した経済からの脱却を試みたが、アメリカ国内の基幹産業は安価な労働力を求めて海外に工場を移転し、結果、アメリカは軍需産業以外での産業空洞化現象に見舞われる事となった。
 『テロ戦争』は辛うじてアメリカ産業界を生かせているが、それは永久に続く物では無いし、この地上に本当の平和が訪れた時、アメリカの時代も終わるのだろう。


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2005.12.28

しびれた・・・。(カッコ良過ぎ)

 読書好きの僕だが、こう寒いと本屋に出掛けようという気も起きないが、書評でそれについての記事を読み、ネット経由でソッコーで注文した。

 仕事でクタクタになって帰宅したらそれが届いていて、プロジェクトXの最終回を見て、感動冷めやらぬうちに今それを読んでいるのだが、さっき見たNHKのそれが色褪せてしまうほど、そこに書かれている実在の人物達はかっこ良過ぎ。読みながらシビれてしまうほどだった。

 文春新書 刊 『生き方の美学』

 その帯には、「高潔、廉恥、無私、使命感、道義、正論、徳、無心ーいまや死語と化した言葉のままに生きた人びと」と書かれているが、この本に書かれている20数人の実在した人物達は皆、上で挙げたそれらの生き方を貫いた人達である。

 矜持という言葉を体言する生き方に強く憧れる私としては、過去にそんな生き方をした人達の実話を読みながら、ビリビリと震えが来るくらい感動し、読みながら、「くく~っ、コイツ格好ええわ~・・・。」って思わず口から出ちゃったくらいで、もう、(生き方が)カッコいい人達のオンパレード状態なのである。

 僕の語彙では上手く伝わりそうもないから、第一章で取り上げられている小島裕馬氏について書かれた所から、少し引用しよう。

 時は昭和10年代前半、軍部の台頭著しく、軍に反対する意見を言う事すらはばかられていたその時、京大文学部長だった小島は、別の教授の不祥事の責任を取って辞職を決意した京大総長の辞表を持参し、文部大臣陸軍大将荒木貞夫に会い、辞表を手渡した。
 しかし「その必要は無い」といって受理しない荒木に対して小島は、「あなたがた軍人は、部下が法を犯しても、上司は責任を取らなくて、よいのかもしれない。だが、私たちはそうではない。浜田総長の辞表は、確かに、文部大臣にお渡しした。必ず受理されたい。」と、毅然と言ってのけるのである。

 満州事変以降、法令を破る軍人には枚挙にいとまが無く、(戦争全体を通しての)軍の無責任体制は見るに忍びが無かったのを、軍を代表する陸軍大将にあえて臆せず言ってのけたのである。

 本文中ではこの小島の事を、「下には心が広く思いやり深く、友に対してはねんごろに真心から深切を尽くし、権力に対してはつとめて道理に従い、強く正しい」と評している。

 さらにこの人は定年退官後、「ぜひ学長に!」と懇願する教授陣に、「私は土佐に、90になる父がおり(僕と同郷だよ!!)、一人で暮らしている。(中略)土佐へ帰って、父の世話をする。」と言ってのけ、京大学長のイスを蹴って春野町の実家に帰り、戦後、「文部大臣に!」と次官をよこした吉田茂にさえも、「わしは、麦を作らないかん。そんな事をしよる暇は無い。」と言って、大臣のイスさえも蹴ってしまうのである。

 確固とした自分の生き方の理想像を貫く為には、京大学長や文部大臣と言った地位や名誉など、一顧だにしなかった、この気骨ある漢(おとこ)の生き様。

 ここで触れた事以外にも、いくつも本文中で触れられています。

 こんなカッコいい生き方をした人達の話が20章も収められてるこの本、今年最強の、「大当たりの一冊」でした。
カッコよく生きたい人必読!!
 さ、続きを読もうっと♪


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2005.12.27

自滅の道を驀進するアメリカ

 公的には、不法移民に手を焼いていると言い続けているアメリカ政府だが、遂に、不法移民の本格的な排除に向けて動き出すつもりらしい。不法滞在を重罪として、不法移民を雇用している雇用者にも最高25000ドルの罰金を課し、国境の監視の為の装置や予算も増やし、就労目的で入国する外国人に対しては、限定的な労働ビザを出す制度を設ける代わりに、国内の不法滞在者を一掃する為の法案が、議会内で審議されているらしい。
 この法案が、米国内の不法移民でも最大勢力を誇るメキシコ人を対象にしているのは明らかで、メキシコのフォックス首相は早速、遺憾の意を表明しているが、現実問題として、アメリカ国内経済を底辺で支えているメキシコやその他の中南米諸国からの不法移民を一掃したら、間違いなく、アメリカ国内経済はめちゃくちゃになってしまうだろう。という実感がある。
 不法移民達は、アメリカ人がやりたがらない重労働や、汚い、危険な仕事に、信じ難いような低賃金で就いている。彼等が最底辺で低賃金で働いてくれるからこそ、アメリカの国内経済は成り立っている。というのが、アメリカに住み・学び・働いてきた私の感想だ。もし連邦政府が本当に、彼等を全て排除し、彼等の後にその職に就く、社会保障番号を持つ(つまり、アメリカ市民権か、正式な滞在許可を持つ)被雇用者に、法定最低賃金を支払ったとすると、それらのコスト増を全て価格転嫁せねばならず、アメリカ国内の1次、3次産業は大打撃を受けるだろう。(2次産業は低賃金労力を求めて、既に工場の国外移転をしているので関係ない)サービス業の価格高騰はまだいいとして、米国産・農畜産製品の価格高騰は、アメリカ国内の中・低所得者層の家計を直撃する。ただでさえ借金まみれのアメリカ個人消費なのに、さらに耐久消費財に回せる資本が減少するのだ。仮に法律が可決して施行された場合、数年以内にアメリカ国内経済は崩壊に近い惨状を呈するかもしれない。



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僕は自己中心派

 『自己中心』
 自分を第一に考える事、自分本位 ;岩波書店 広辞苑 第五版より

 小さい頃はいじめられっ子だった事もあり、また、訳あって自分には全く落ち度が無いのに,、周囲からの
嘲笑の対象にされていた時期もある僕は、本当にあちこちで嫌な目に会い、不快な思いをさせられて来た。その悔しさ・歯痒さ・悲しさを知っているから、「自分がされて嫌だった事は、絶対に他人にはしない」と決めている。

 また、レースをやっていた頃、成績が全く残せなかった時期でも、スポンサーをしてくれたBPオイルやブリヂストンタイヤにはとても感謝しているし、無償でメカニックをしてくれていた友人や、チームスタッフとした助けてくれたチームのヘルパーさん、後輩達にもとても感謝していて、それがどれくらい嬉しいかも知っている。それで、「自分が人からしてもらって嬉しかった事は、自分も誰かにしてあげよう」といつも思っている。

 さらに、子供の頃から他人を楽しませる事が大好きだった僕は、自分の行為で誰かが笑顔になるのを見るのが大好きだ。

 これらに共通しているのは全て、「自分」が基準になっている事だ。つまり、僕はめっちゃくちゃに自分本位で、自己中心的な人間だと言う事になる。

 今、僕は米国永住権を放棄(ってまだ返還に行ってないけど・・・)して、高知なんていう田舎街(田舎のクセに閉鎖的でない所がこの街の救い)で、体力的にきつくて、「あ、その人MRSA持ってるから気をつけてね♪」(♪ではない・・・)なんて会話が普通に出るくらい危険で、年収250万以下って位に給料が安い、医療介護施設の介護助手をやっているのだけれど、自分の行為に感謝してくれたり、笑顔を見せてくれる入所者と接しているのが大好きだ。傍から見ていると、僕がやっている事は随分と利他的行為に見えるらしいが、それは、「自分が他人から感謝されている」事を、僕が望んでやっている事なので、完全な利他では無くて、『利己的利他』というのが適切だと思う。

 キツイけど、危険だけど、給料も安いけど、責任も重いけど、でも全て自分で選んで、自分で納得してやっている事なんだ。

 自分で考えるし、自分で決めるし、自分でするし、自分で責任も取る。僕は自己中心派♪

PS 今日は入所者の一人から、「あんたが職員の中で一番優しいわぁ」なんて言われてました。
(^^)vやったぁ!介護職の銀星賞ものだね☆



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2005.12.26

人口自然減について

 超・少子高齢化が進む日本社会は、遂に死亡者数が出生者数を上回る、「人口自然減」状態に突入したらしい。人口の減少は国民総所得の減少を始めとした様々な問題に繋がるので、政府も、出生率増加へ向けた取り組みが必要だとか言っているらしい。確かに、人口減少は納税者数減少を意味するので、社会保障や公的サービスの維持にとっては、それは危険な兆候に映るのだろう。しかし、人口減少はそんなに悪い事なのだろうか?人口の爆発的増加に苦慮し、「一人っ子政策」を実行した中国からすれば、放っておいても勝手に人口が減り続ける日本の現状は、羨ましい限りだろう。政府の試算では約50年後には、日本の人口は現在の半分近くになるそうだが、現在の12千万以上と言う数字は、国土面積と一次産品生産高から考えたら多過ぎると考える私としては、人口自然減もそれほど悪くは無いと考えている。
 政府も、人口が減って納税者が減るのは困ると言いながら、では子供を育てる家庭に対してのサービス向上や、子供を産み育てる事へのインセンティブを形成しているのか?と言えば、全くと言っていい程に、何もしていない。
 夫婦共働きでなければ生活を維持できないような、子育てに資本をまわす事が困難になるような、低所得者層が大量に現出する社会を作り出しておきながら、その層を無視した政策しかやってこなかった現政権に、少子化対策を語る資格など無い。年収
400万以下で、二人以上子供がいる家庭は子供が成人するまで税率が半分。とかにすれば、出生率も向上しよう。多数派の国民にとって、子供を産み育てる事には多大な犠牲を強いる社会を作り上げておきながら、出生率低下で納税者と納税額が減るから、公的サービスと社会保障が維持出来ないなんて、言い逃れもいい所だ。

 人口が減るから納税額が減って困ると言うのなら、国民平均所得を底上げして、一人当たりの納税額を上げればいいのだ。昔、田中角栄がやった『国民所得倍増計画』の平成版をやればいい。資源も土地も無い国でそれをやるには、教育を充実させて、これから育つ子供達が皆、エリートになって外貨をバシバシ稼いで来るようになればいいのだ。国土交通省の予算と文部科学省の予算を入れ替えてしまえば、決して不可能では無いのでは?
 そうして、物造りの得意な子供は、世界からも注目されている日本の伝統産業の後継者育成に回して、世界からも注目されている日本の工芸品を輸出品目にすればいい。他にも、製造業の技術者や、金融の達人も専用のプログラムを作って養成すればいいし、科学の分野にもどんどん人材を供給して、『技術立国』を再興させればいい。他にも、芸術の得意な子供はその才能をどんどん伸ばして、海外からも注目されるようなアーティストに育てればいいし、そんな感じで、伝統工芸、工業製品、情報・金融産業、科学技術、芸術・スポーツ、各分野に人材をどんどん送り込めばいいのだ。土地も資源も無い日本が持つ最大の財産、それは人材だ。そうやって、あちこちに転がっている原石を磨き上げる教育プログラムを作ればいい。所得が二極化しても、その低層側の平均所得が
80000ドル、或いは75000ユーロもあれば、人口が半分になっても現行の社会保障も公的サービスも維持可能だろう。そしてもちろん、そこからこぼれ落ちた人達の為の、セーフティネットは完璧に用意されていなければならない。そうしないと、親になるかもしれない人達が、博打人生になるかもしれない世界に子供を誕生させようとは思わないだろう。

 地球規模で考えた場合、現状の60億と言う総人口は既に飽和しているのだ。貧困国では、数分に一人の割合で貧困が理由で子供が命を落としている程なのだから。日本人一人が一年簡に消費するエネルギーや食料を金額計算すると、バングラデシュ国民の数百人分に匹敵するらしいから、日本人が一万人減ると、貧困国の数百万人に匹敵するエネルギーが削減されるのと同じ効果がある計算になるらしい。将来的には技術の進歩で消費エネルギーは効率化が進み、食糧生産性も向上するだろうが、人口が減れば、それらの努力をさらに援助する事になるだろう。現状の人口数が既に飽和しているのだから、人口数が減少に向かう事は、歓迎されてもいいのではないのだろうか?例え人口が半分になったとしても、一人当たりの所得が二倍になれば国家財政は安定化するし、国民の幸福度は上がり、さらに地球環境にも優しい。国民の所得階層固定化を進める小泉政権の唱える「三方一両損」どころか、無関係に見える対象まで得をするのだ。何故、それをしようとしない・言わない、日本政府?




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2005.12.25

魅力的な「負け組」になろう

 以前、ここで「収入が低くても人生を楽しんでいる人は魅力的か?」と書いて、「周りを見て答えを探してみる」と締めくくったが、非常に残念な事に、私の周囲にいる年収300万以下の人達で、今も(過去にはいた)魅力的な人を見つける事は出来なかった。「今も」と書いたのは、過去に収入が低くとも魅力的だった人は、自分の「好きな事」を収入が低くとも極め続け、結果、その道で高収入を得るまでになり、今の「勝ち組」にカテゴライズされる収入を手にするまでになったのだ。私自身が30代も中盤に差し掛かり、周囲にいわゆる「働き盛り」な人が増えた事もあるが、私の知る、収入が低くても魅力的な人は大抵、学生か、20代前半の若い奴だ。
 この、「収入が低いけど魅力的な若い奴ら」と、「収入が低くて魅力も無い奴ら」を自分の中で比較して、その相違点は何だろうかと考察してみたら、前者は何か夢がある、或いは、なりたい自分像を持っていて、後者は、かつては持っていたであろうそれらを、何らかの理由で諦めている。と言う事実があった。「あきらめは毒、夢は薬」と言う言葉もあるが、それはどうやら、魅力度にも効く毒・薬でもあるらしい。
 だとすると、向上心と自己啓発意欲の塊みたいな「勝ち組」とされる連中は、全員が魅力的でなければいけないはずなのに、どう考えても「魅力的」とは言えない「勝ち組」が沢山いるのは何故だろう?私は思うのだが、魅力の無い高額所得者というものは、自分の状態を常に誰かと比較して、自分より下を見て勝ち誇っている人達のような気がする。そうして、魅力の無い低所得者は、自分の位置を嘆き、自分より上の人達を妬んでいる。そういった人達が魅力的で無いのはきっと、それが自分の自信の無さを象徴しているからだろう。自分に自信の持てない人は、魅力を身に付ける事もまた、出来ないのだと思う。
 私の知る魅力的な人は、収入や生活の質に関係無く皆、しっかりした自分軸を持っていて、他人を妬んだり、驕ったりする事が無い。言い換えれば、あいつらはまだ、何かを、何も、諦めてはいなかった。収入や生活のレベルに関係なく、自分の職分で常に最善を尽くしている。決して高収入の望めない職種を選んだ私だが、たとえ収入が低くても、質素な素材の服しか着られなくても、豪邸に住めなくても、大衆車にしか乗れなくても、自分が満足出来るのだからそれでいいじゃないか。僕の向上心は収入を上げる事には向かわないけれど、自分の技術と知識を磨く方向に向かう。そうして自分を高め続けて行き、しかし決して驕る事無く自分を磨き続けていれば、収入は「負け組」だけど、中身は魅力的な人。に、いつか自分もなれるのではないか?と、今はそう思っている。

 私の知る、自分の道を究め続けて8桁の収入を得るまでになったある女性(中国系アメリカ人)は、外見もとても魅力的なのだが、それには内面の美しさも反映されているのだと思う。



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2005.12.24

Trust me, trust us.

 仕事が休みなので久し振りの英語更新です。また文末に日本語訳付けてますから、文法ミス・誤訳・その他もろもろ、おかしな所を見つけたら教えてね。

     We, Japanese gave terrible things to Asian countries and we lost several millions innocent Japanese in the last war. Just before we surrender the war, so many wise Japanese had understood that Japan had to know our ignorance and conceit by the war. In addition, those wise Japanese found the necessity to lost the war for rehabilitation of Japan. Then, so many wise, pure-hearted, and young Japanese soldiers sacrifaced themselves to their country and the future. In my opinion, we mustn't forget the truth that our great prosperity stands on their sacrifice. In view of our history, Japan started the policy called "wealth and military strength" from 1889. We won two wars and gained the hegemony in East Asia. However, some military bureaucrats misunderstood their capability and got conceited themselves it. Those bureaucrats expanded their demanding. Japan colonized Korea,
invaded China, and finally started the war to the U.S. As a result, several millions Japanese were killed, Japan itself and Japan military were destroyed. We learned from the war that ignorance and conceit are completely wrong.
     In fact, we have the strongest or second strongest military forces in East Asia now, but the military only exist for protect our country. We banned to use the military power to invade othe territories by the constitution. We've already fully understood that war is the most unproductive method by the human beings.
     Sometimes, Korean and Chinese people get mad by Japanese politicians or famous people actions or speeches. However, whatever they say, we swear that we never return like that unenlightned country. Unless other country or countries invade to our territory, we never use our military power to all other countries. We don't have military industrial complex in all our industry. We don't need to consume weapons to maintain our national economy. Japan and the country are completely different from the point. Please trust me, trust us.

僕達を信じてね

 日本は先の大戦でアジア中の国々に酷い惨状をもたらし、自らも数百万の無垢な国民を失った。終戦直前には、一部の知識層や教養ある日本人達は、戦争を通して自分達の無知と慢心を自覚し、さらに、この無知蒙昧から抜け出し、国を再生させる為にも、日本は戦争に負ける必要があると感じていたようだ。そうして、それらの見識高く、純粋で、若い多くの日本兵達が、日本と日本の未来の為にその命を犠牲にした。私は、現在の日本の繁栄は彼等の犠牲の上に成り立っている事を、決して忘れてはいけないと思っている。
 歴史を鑑みるに、日本は富国強兵策を取った明治維新以降、2つの戦争に勝ち、東アジアでの覇権を手に入れた。しかし、一部の軍官僚はそれに増長して自らを過信し、その欲望をさらに肥大させ、朝鮮を植民地化し、中国にも侵攻、最終的にはアメリカと戦端を開いた。結果、数百万の無垢な国民を失い、国土を荒廃させて軍隊は壊滅させられ、その失敗から、無知と慢心は全くいけない事だというのを学んだ。
 事実、今の日本はアジア最強、或いは二番目に強力な軍隊を持っている。しかし、その軍隊は国土を守る為にのみ存在が許されており、他国への侵攻は憲法で硬く禁じられている。私達日本人は、戦争が人類にとって最も非生産的・非効率的手段である事を完全に理解している。
 朝鮮や中国の人々は度々、日本の政治家や著名人の行動や発言に怒りを示すが、(日本の)彼等が何を言おうとも、私達は決して、あのような無知蒙昧な国には戻らない事を誓う。私達は他国からの侵略を受けない限りにおいて、その戦力を使う事は決して無い。日本の主要産業には軍産複合体はなく、私達には国内産業の為に兵器を消費する必要がないのだ。あの国とは違う。だから信じてね。




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疲れた・・・

 基本的に3勤1休でのシフトとなる我が職場、今週は遅出だったのを家族が病気になった先輩と変わって早出出勤が続き、最後に夜勤の次にタフな遅出出勤だったので、終業後は疲労困憊でした・・・。
早出日は終業が早いから、帰宅後にホームヘルパー1級のテキストを解いていたりして、今週は久し振りに週30時間睡眠復活ですが、実はかなり肉体労働な介護業界、その睡眠時間だといかに好きな仕事とは言え、結構キツかったりもします。

 アメリカにいた頃は常に週30時間睡眠だったし、昼間は大学で勉強、夕方から深夜までダウンタウンの日本料理屋で寿司職人助手として働き、疲労困憊して帰宅後に宿題と格闘する日々で、カフェインとガムを助けに、終わらない宿題と格闘しながら、「こんな時に仙豆があれば・・・」とか、「ああドラえもんが欲しい・・・」とか良く思っていました。でも、寿司職人時代は勤務中はずっと立ちっぱなしで寿司握ってるし、勤務中は止まる事無く働いていますが、食事休憩が15分入るので、連続勤務が4時間以上というのは無かったんですよね。

それでも週30時間睡眠というのは相当にキツい訳で、実はかなりの肉体労働な介護の現場で、朝6時に起きて、8時間(拘束は9時間)仕事して、帰宅後に深夜まで勉強、また朝6時に起きて早出出勤。

 と言うのはさすがにきつかったですが、遅出出勤は出勤が遅い分、昼食から終業までが長い訳で、今日、仕事を終えて着替えに入った更衣室で、冗談じゃ無く、目眩がして倒れそうになっていました。

 病院で働いていて倒れたなんて洒落にもならないし、何とかその場は踏み止まり、フラフラになりながら家路に着きましたが、もちろん我が家には仙豆など無く、ドラえもんも助けてはくれず(ああドラえもん欲しい・・・)、仕方が無いから、れーぞーこからグリーンティーアイスクリームを出してきて食べていました。

 真夏に冷房のガンガンに効いた部屋で飲む、アツアツのホットチョコレートと、真冬に暖房でポカポカになった部屋で食べるアイスクリーム、一体どちらが美味しいのだろうか?

 しかし、環境デストロイヤーなグルメだ・・・





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2005.12.22

The straight way, or いつだって直球勝負!!

 ここで働くようになってから7週間目に入って、通常業務ではまだ失敗があちこちにあって苦闘しているけれど、入所者とはかなり打ち解けてもきて、当初はなかなか馴染めなかった人達も、最近はこちらに好反応を示してくれるようになってきました。比較的自立度が高く、元々が外交的だった数人とは働き始めてすぐに仲良しになって、介護を提供するこちら側が、色んな局面で励まされたり勇気付けられたりしていましたが、そうして最近では、内向的で引っ込み思案だった人達や、難しい事ばかり言ってきていた人達からも、笑顔を引き出せるようになってきました。
 難しい事ばかり言ってきて、些細な事でも文句を言って来る方達の中には、先輩達から冷たくあしらわれたりする人がいたりもしますが、介護の世界ではまだルーキーな僕からすれば、そういった人からの苦情は、こっちの介護技術向上の手掛かりを提供してくれている訳ですから、文句を言って来る理由や原因を懸命に聞き出し、それの改善に努めている内に少ずつ、こちらに優しい反応を返してくれるようになってきました。
 また、僕が働いている施設は、基本的に4人部屋で構成されているので、外交的な入所者と相部屋の内向的な入所者が、いつも少し寂しそうにしていて、会話も自己否定的発言が多かったので、そういった部屋では、部屋に入るたびに極力その内向的な人に話し掛け、その人から出る自己否定的な発言に対し、反対方向から見た肯定的意見を提示して、ネガをポジに焼き直しするような事を繰り返していましたが、最近は随分と明るくなってきて、今日も、地味な色・柄の服を「こんな汚い色の・・・」と否定的な事を言うその方に、笑顔にゼスチャーを添え、「でも落ち着いた雰囲気のいいお召し物だと思いますよ」と言い換える、その事についての肯定的局面を列挙。すると、とたんに表情が明るくなって、棚に仕舞った手鏡を取って欲しいと仰られ、鏡に映る自分の姿を見ながらニコニコ。(^^
 他にも、いつもムスっとしている方達も今日は、色んな所で笑顔を返してくれて、『ドアは開くまで叩きなさい』な僕ですが、少しずつ、打ち解けてくれる方が増えてきたように思います。まだ、こちらに心を開いて下さらない方が数人残っていますが、とにかくなんとか笑顔と誠実と愚直で、こちら側に引き込みたいな。

 『利益こそ王』な市場原理で動く資本主義社会では、誠実と愚直は最もお金にならない要素で排除すべき要素ですが、僕にとっては幸運な事に、介護の世界でのそれは排除対象とはならないようです。








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2005.12.21

「女性セブン」侮りがたし

 自分の「好き」を基準に職種を選び、年収が250万以下になった私は、収入を基準にして考えるとどうやら、「負け組」に所属するようだ。私の母が購読している、おばちゃん相手の女性週刊誌によると、「勝ち組」というのは高学歴で上昇志向が強く、安定・高収入な職歴を持ち、自己啓発意欲が高く、努力家が多く、留学などの海外経験も豊富な人を指すらしい。一方「負け組」はというと、大きな向上心や上昇志向は無く、自分に合う、自分らしい仕事を求め、人生に対して将来性や計画展望が弱く、収入は低めな人を言うのだそうだ。
 高卒だけど向上心はあって、高職歴は無いけれど自己啓発意欲が高くて努力家(これは友人評)で、留学(どころか移住するつもりだったし、していた)での海外経験も豊富だけど、収入が低めの私は「負け組」の「下流社会構成人員」になるらしい。
 『人生は自分が負けを認めるまで、敗者になる事はない』が持論の僕としては、認めてもいないのに「負け組」としてカテゴライズされる事にはどうも納得がいかないのだが、収入だけに絞って考えると、どう考えても僕は負け組に所属する事になる。反対に「勝ち組」とされる人達は、そのおばちゃん週刊誌によると年収が8桁以上(1千万超)の人らしい。
 このおばちゃん週刊誌、勝ち組と負け組のかなり極端な例をいくつか出して、上流は下流を、下流は上流を非難している構図を描き出していた。
 確かに、努力して上流を勝ち取った人にはその人なりの意見があるのだろうし、自分らしさを重視して「下流」でもいいと考える人には、貪欲に上昇していこうとする人に対する嫌悪感があるのだろう。
 望むものを得る為に、努力したり我慢したりして必死で頑張ってきて「上流」になった人が、「好きな事ばかり優先させて働かないフリーターを、将来こっちが面倒見るなんてごめん。」と言うのは理解できるし、「自分らしく生きるのがいちばん。社会の枠に無理やり自分を当てはめるなんてできないし、そういう人達はかわいそうだと思う」という「下流」の意見にも一理あると私は考える。望む物を手に入れる為に他人を陥れたり欺いたり、「自分らしさ」を言い訳に努力もせず向上心も無く、日々を過ごすだけの最低な連中は論外だが、そうでなければその人はその人でいいじゃないか。と私は思う。人生に満足している年収300万の人がいれば、さらに上を見続ける年収5000万超の人もいる。もちろん収入が低いと得られる商品やサービスの質は下がるけれど、当人がそれでもかまわないと思っているのならそれでいいと思うし、人間の物欲なんて「天土(あまつち)にある物は全て欲しがる」なんて言われるくらいだから、果てしなく上を追い続ける人もいるだろう。要は、その生き方が他人に迷惑をかけたり、不快感を与えたりしないのなら、どんな生き方だってアリだと私は思う。
 このおばちゃん週刊誌、「下流」にカテゴライズされる人達のかなり極端な「悪い例」を出して下流を攻撃し、しかし「上流」のネガティブな面には一切触れないというアンフェアな書き方をしていて、私は読んでいて違和感を覚えたのだが、最後に、ジャーナリストの斉藤貴男氏の、「・・・女性の社会進出はもちろん、最近さかんに言われている男女共同参画には、間違った幻想の部分があります。これはつまり、国が女性の能力を認めて行っているのではなく、男性の収入だけでは生活が出来ないような低賃金の労働者が存在するような社会をって行く為に女性も働かせる、という政策の一つだと(中略)われわれ国民は、小泉構造改革が階層の二極化や固定化を積極的に進めているのだと認識するべきです。」という言葉を引用し、
 「(社会の不安定化を防ぐ為にも)階層の固定化を防がなくてはなりません」
 と文中で述べ、社会の多様性を受け入れる事は男達だけの仕事では無い。と結んでいた辺りに、「福田ますみ」という、この記事を書いた女性が真に言いたかったのはこの部分なのだろうか?と思ったりもした。このおばちゃん週刊誌の主な読者層が、そこまで深く読んでいるのかどうかは疑わしいが、読み始めから中だるみなくそこまで読ませる手法には書き手の上手さも感じたし、Thesisがそこにあったのなら、悪い記事だとは決して言えないと私は思う。

 どちらかと言えば低俗な内容の記事や読み物が殆どの雑誌だが、稀に読ませる記事があったりもするので、自分で買う事は決して無いが、母が毎週買ってくるこの雑誌、私も毎週、隅から隅まで読んでいる。





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2005.12.20

カウンター・カルチャーショック

 アメリカの理想と現実の落差に絶望して帰国した僕だけど、リベラルなサンフランシスコの雰囲気にはカルチャーショックなど殆どありません。って位に馴染んでいたので、帰国後の日本の生温い空気に、逆カルチャーショックを食らっています・・・。

 最も渡米以前から、日本の、日本人の、日本社会の、価値観や行動様式に違和感を感じていたので、帰国する時もそれに対しては、多少の覚悟は出来ていたのですが、実際に帰国し、資格を取って就職し、会社という集団に属してみると、それをとてもリアルな現実として感じる結果になっています。

 僕は自分が平均的日本人の価値観では「普通でない」事は、自分でもしっかりと自覚していますが、強力な集団への同調圧力を持ち、異質な物は同質化させるか排除するかにしか働かない日本的システムに、いきなり直面させられて面食らっているのは事実です。

 ああそーさ、所詮僕は出て打たれる杭さ。

 今の職場では最下位ランクに位置する僕が、ここで反発すると排除される方向に集団は動くのが明白なので、今は「耐える時」だと割り切って、ちょっと辛抱していようと思っています。

でも、日々の仕事をルーティンとしてこなすだけの仕事屋にはなりたくないし、職業人としてのプライドは内に秘めつつ、ここは「臥薪嘗胆」で自分の知識とスキルに磨きを掛ける事に専念しようと思っています。

 最下位ランクの僕が知識とスキルを磨いて頭一つ抜け出した時、きっと周りからの扱いが今度は嫉妬に変わるんだろうけれど、僕は嫉妬されるのは好きだよ。だって人は、「魅力のある人」を妬むって言うじゃない。

中だるみなんか絶対にしないで、
自分に磨きを掛けて嫉妬されるようになろう。(^^)v
(そりゃ本音は嫉妬よりも尊敬されたいけどさ・・・)




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Don't quit

 以前僕が意訳してここに載せた英語詩、
原文が読みたいってリクエストもあったので、
今日は原文を載せますね。

When things go wrong
as they sometimes will,
When the road you’re trudging
seems all uphill,

When the found are low,
and debt are high,
And you want to smile.
but you have to sigh,
When care is pressing
you down a bit,

Rest if you must,
but don’t you quit

Success is failure
turned inside out,
The silver tint of
the cloud of doubt,
And you never can tell
how close to you are,
it maybe near
When it seems afar,

So, stick to the fight
when you’re hardest hit,
It’s when things go wrong.
that you mustn’t quit.

これがオリジナルな詩の全てです。
誰が詠んだのかしらないけど、
もしかしたら著作権侵犯になるのかもしれないから、
多分2、3週もしたら削除しちゃうと思います。




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2005.12.19

NO RAIN NO RAINBOW

 今日は結構仕事が忙しくって、それも、これまではあまりやってなかった業務を集中的にやっていて、手順は間違う、順序は間違うで、朝から失敗の連続・・・。先輩にもかなりキツく責められて、ちょっと落ち込みモード。
 午後からは入浴介助が入っていて、浴室への送迎と更衣を担当。ここでも小ミスがいくつかあって、一緒に組んで仕事してた先輩、この方は仕事もバリバリこなすけど、その分、妥協はしない。っていう、レーサーみたいな方で、これまでの自分の甘えていた部分を指摘され、根本的な所から鍛えなおされ状態。これまで曖昧なままで来ていた所や、間違って覚えていた部分を全て掘り返して下さって(指摘してくれるだけでも有難い・・・)、でもやっぱり、こっちだってそれはそーとーにヘコむ訳で、それでほぼ業務も終了となった時、致命的失敗が発覚!!
 恥かしいから詳細は書かないけど、
 勘違いして、
 それを思い込んで、
 それを基準に独断して、
 入所者にも先輩達にも大メーワク。
 一歩間違えれば『アクシデント処理』として始末書。って位の失敗だったから、「人の役に立ちたい」から働いてるはずなのに、入所者の健康を損ねかねない自分の失敗に、ここ数年では最大。って位に落ち込んで、終業までの残り業務をこなしていました・・・。

 全ての業務が終わり、最後に排泄介助に行ったおばあちゃんが僕に一言、
 「あんたはいつでも優しくて、よく動いてくれるから一番頼みやすいわ。有難う。」
 出勤のタイムカードを押してからずっと、嵐の中にいたような一日でしたが、最後に「がんばったで賞」を頂きました。(^^)v
 明日も頑張ろうっと♪
 って、明日は公休日だけど。



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逃げない・メゲない・諦めない

過日の記事に不適当な表現があったので、訂正して再掲載させて頂きます。


 新人として簡単な仕事を中心にさせてもらっていた
2週間が過ぎ、3週目からは先輩達とほぼ同量の仕事を任される事になった。

 しかし、介護は人間を相手にする仕事であり、かつ私の働いている療養型医療介護施設では、殆どの入所者が医療的観察と処置を必要とする人で、食事と水分の摂取・排泄の量と時間を細かく管理するのはもちろんの事、入所者はちょっとした転倒や接触でも簡単に骨折してしまうので、移動中や車イスへの移乗、姿勢変更にも、絶対にミスや事故は許されない。だから今日は先輩が一人、自分の仕事をこなしながら、私の監視役をしてくれる事になった。

 しかしながら、私はまだ仕事の流れが掴めていないので、また100%の自信が無い業務では怖くて確認を取るまで行動に移る事が出来ないので、些細な事でも先輩を捕まえて確認を取っていたので、通常の所要時間内に全ての作業を終える事が出来ず、先輩達だけでなく、私が世話を担当した入所者にまで迷惑を掛けてしまった。また様々な局面での技術的未熟さも痛感する結果となり、指導役の先輩にそれらの細かいディテールを教わりながら、『出来ない自分』に対する歯痒さで、このまま何処か遠くの海辺の断崖にでも行って、そのまま身を投げたくなるような思いだった。と言うのはウソで、でも自分が情けなくて涙が出そうなくらい悔しかった。

 先輩はかなり細かいディテールまで説明してくれた後に、「まだ2週目やから、全部こなすのはムリだよ。」と言ってくれてはいるが、そして自分もそれらがいつか必ず完璧に出来るようになる、出来るようにするのは判っているが、それらが現状では全く不可能だと言う事も、痛いほど理解している。今の私は技術と知識の両面で絶望の淵にいる訳だ。しかし絶望の淵に立っている今だからこそ、私には希望が見える。私が辿り着く事を目指す場所と、そこに向かう為の戦略が。

 終業後、自分の無知と未熟さに打ちのめされ、とぼとぼと廊下を歩いていた時、今の職場で私に一番親切にしてくれているおばあちゃんが、車イスを転がしながらやってきて、「mizzieさんはまだ入ってきたばっかりやもんねぇ。そんなに落ち込んだらアカンよ。」と声を掛けてくれた。そして、「あたしもここに来た時は(中略)でもリハビリ頑張って一人であちこち行ける様になったき、あんたも頑張りよらにゃいかんで。」と、言って、笑顔でガッツポーズ。

 これは効いた。メンタルのタフさではレーサー時代からそれなりに一目置かれていた私なのだ。こんな所で落ち込んでいるわけにはいかない。

 「まかいちょいて!!僕も早う一人前に仕事こなすようになって、誰にも文句言われんようにするき。僕のモットーは『負けない・メゲない・あきらめない』やもん!まあ期待しちょってや!!」

 と笑顔で手を振り返し、足取り軽く家路に向かった。

 さて、今日教わった事の復習でもするか。

 その前に、先ずはゴハンを食べよう。



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2005.12.18

Would you stop to…

 久し振りの英文更新。今回は最後に日本語訳も付けてます。(日本語版はもっと僕の気持ちが入ってるけど・・・)

         I’ve understood enough that you want to take huge profit from my country [
Japan]. You’d already made Koizumi destroy to Japanese postal services administration because of make the market for the U.S.
insurance companies. Your faithful servant Koizumi has been planning to make next target for giving great profitable market for your friends, destroying the Japanese medical welfare system and replace them to the U.S. medical insurance companies.
         Japanese the Postal services administration had three sections in the department. The ministry had postal services, banking services, and insurance services. They’d managed relatively better than other Ministries such as “Ministry of Land infrastructure and Transport” or “Ministry of Foreign Affairs”. However, your friends strongly wanted to take Japanese medical insurance market for increasing their profit. And then, you pressed to statesmen of “Jimintou” [Liberal Democratic Party of
Japan] since 1995. Koizumi became the prime minister of Japan, and this September, he successfully deceived majority of Japanese and historically won the election. He eliminated all his opponents in his party. As a result, Koizumi completely destroyed Japanese postal services administration and he made the road of enlarging profit for the U.S. insurance companies.
         Koizumi’s policies make people who are middle or lower income distressed by taking their benefit or increase their burden. Needless to say, Postal services’ one will be distress to them. Nevertheless, your faithful servant Koizumi, is planning to the next gift [or Christmas presents?] for your friends. The gifts will be paid by middle or lower class Japanese blood. Koizumi and his followers demand to change Japanese national medical insurance system for the worth. Certainly, Japanese national medical insurance system has huge debt, but there is no doubt that the system has saved Japanese people’s health and security. However, the
U.S. insurance companies demanded to make their new market in the Japanese medical insurance system. They and you pressed Japanese statesmen and Koizumi again, and they probably respond to you and them with best reward. I can’t imagine what you promised Koizumi and Japanese stetesmen.
         As a Japanese man [and I was in the
U.S. as a permanent resident], I sincerely hope to that the U.S.[and U.S.companies] quit to ruin daily life of middle or lower class Japanese. I’d admired the U.S. until I knew the U.S. has the philosophy “profit is supreme”. The U.S. companies have destroyed daily life of middle class people in the U.S. by the philosophy, and they want to make same business in Japan. U.S. companies never concern to happiness of the people. I don’t want to let them destroy Japanese people life. Therefore, I’d like to say that “ Excuse me, would you stop to let Japanese statesmen break middle or lower Japanese daily life anymore” to the U.S. companies and politicians, please...

(お願いだから)もう止めにしてくれませんか・・・”

 小泉を使って郵政民営化をさせて、郵便局の保険事業をアメリカの保険会社の為に用意させたのも、あんた達が日本市場で儲けたいだけだったっていうのは十分に判ったよ。で、今度は何かい?あんたの忠実な下僕の小泉をまた使って、日本の医療保険制度を、アメリカ企業の利益簒奪の場に変えたい。だって?
 (民営化前の)日本の郵政公社は、郵便事業、貯金事業、保険事業ってやっててさ、収支も完全独立採算制で、国土交通省や外務省よりはずっと、いい仕事をしてたと思うよ。でも、あんた達は日本の保険事業(特に、郵便局がやっていた簡易保険事業)で一儲けしたいからって、あんたの忠実な下僕の濃い墨(誤字)や自民党のセンセイ方に、95年以来何年も言い続けて、乞い済み(誤字)は首相になった後に、国益保護に動いた連中を“既得権益にしがみつく抵抗勢力だ”って言って、9月の選挙で臣民を巧妙に欺いて歴史的大勝。それでそいつらを追い出して、その後は郵政公社をぶっ壊してアメリカ保険業界に利益拡大の道を開いたって訳さ。
 来い角(誤字)の政策は、国民の中産階級より下の層からの権利剥奪と負担増加で出来ているんだけど、もちろん、郵政事業でやったそいつも、その層の負担直撃になるはずだよ。んで、あんたの忠実な下僕である乞い頭身(誤字)は、次にあんた達が要求してるそいつも叶えてあげようって計画中らしいよ。(クリスマスプレゼントかい?)もちろん、請い済み(誤字)からの、あんた達へのギフトは日本国民の血で払われるんだけどね。
 確かに、日本の医療保険制度は大赤字さ。だけど、この国民皆保険のお陰で、日本国民の健康と安全が守られてきたってのも事実なんだ。でも、アメリカ保険業界はここにも、「俺達にも食い扶持をよこせ」って言って、また政府と故意済み(誤字)に要求して来てるそうじゃない。多分、古い済み(誤字)はあんた達に最高のお返事をよこすんだろうけどさ、あんた達はあいつに一体、どんな見返りを約束したんだい?
 俺だってさ、アメリカが「利益こそ至上」って哲学の国だって気付くまではさ、アメリカ合衆国に憧れてたよ。だから、かつては永住外国人としてアメリカに住んでた事もある、日本人の一人としてさ、あんたとあんたの国の企業連合に切に願うよ。「もう日本の中産階級以下の暮らしを、めちゃめちゃにするのはやめてくれないか?」って。アメリカ企業連合は「利益こそ王」の哲学の下で、決して人民の幸福なんて考えてなくてさ、自分の国の中産階級から富を奪い取って、中産階級を崩壊させただけじゃ飽き足らないばかりか、今度はそれを日本でやろうってんだろ。俺はあいつらに俺達の暮らしをぶっ壊されたくなんかないんだ、だから一言あんた達に言わせてくれよ。「お願いだからさ、日本の政治家を使って、日本の庶民の暮らしをめちゃめちゃにするのは、もうやめにしてくれませんか。」って。頼むよ。

 一人の介護職者としてさ、介護保険制度や医療保険制度の改革には言いたい事が沢山あるんだけどさ、その『改悪』を後で糸引いてるのはアメリカな訳じゃない。だったら僕がここで日本語で何言ったって、あいつらには絶対に伝わらない訳だし、だから、つたない英語力を使って英語で意見を主張してみました。こっちが英語で言ったってあいつらは耳も貸さないだろうし、こんなトコ読みすらしないんだろうけど、こっちは、向こうにも伝わる方法で言ったんだからね!

(参照;文芸春秋「奪われる日本」 著:関岡英之氏)



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明日は早出なのに・・・

 常春のサンフランシスコから、南国土佐へと帰ってきた僕だけど、今、12月18日午前1時のこの時間、高知市内は雪が降って、しかも5cmくらい積もってます。

 積雪なんて年1回あるかないかの高知なのに、なんでまた、よりによって明日は早出出勤日だというこの日に、積もるほど降るんだろう・・・。

 これがクリスマスだったりしたら、恋人達へのステキなプレゼントになったかもしれないけれど、早出出勤を控えた僕にとっては気象庁発・不幸の手紙か、「お天気テロ」級の惨事だったりもする。

 自宅が職場に近い僕はかまわないとして、遠くから勤務している皆は無事に職場に辿り着けるのだろうか?
 入所者のじーちゃんばーちゃん達には、この積雪は、いい目の保養にはなるんじゃないのかな?真っ白になった高知市内の景観って、めったに見られるものではないから。



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2005.12.17

自転車・バイク・車・トラックに乗る。ということ

 仕事が休みなので部屋の掃除をしていたら、AMAプロライセンスのライセンスカードが出てきた。
 僕は日本では国際ライセンス所持者で、米国永住権を得て移民として渡米する事になった2003年、その時はチャンスがあればアメリカのレースに参戦したい。という意思もあったので、日本のレースライセンスをスポーツ国籍移籍でMFJからAMAに移籍させた時、MFJの国際ライセンスはAMAではプロライセンスになるらしく、AMAからプロライセンスが交付された。

 渡米前はアメリカのレースにも参戦したいと思っていたが、実際に渡米してみると、経済事情を含め、様々な事が多忙過ぎて、生活費を稼ぐ事と大学での勉強をこなすのが精一杯で、とてもレース参戦どころではなくなり、AMAプロライセンスは年間獲得ポイント数が規定以下だと降格になるので、参戦すら出来なかった僕は、一年でプロライセンスを諦めざるを得なかった。

 2スト好きな元レーシングライダーの僕は、公道でバイクに乗る事は皆無なのだが、2輪・4輪共に経験があり、全日本選手権参戦中はサーキット移動で4トントラックを運転していたので、ライダー、ドライバー、トラッカーの運転傾向や視野、死角もある程度までは想像出来るし、バスとかに乗っていても、運転者の技量が判ってしまうので、本当に技量の優れた、ライダーやドライバーを見たり、交通機関に乗ったりした時には、「こいつ、やるな!」って感心してしまう。

 自慢するつもりは無いが、僕も一応全日本選手権に参戦していたエキスパートではあるので、その僕をして「うむむ!」とさせてくれる運転者を見る事は非常に稀なのだけれど。

 感心させられるかわりに、「なんじゃこいつは!(怒)」ってなっちゃうドライバーには頻繁に出くわす訳で、特におばちゃんドライバーとタクシー運転手、砂利運搬トラックの横柄な運転にはアタマに来る事が多々あります。

 タクシー業界は昨今の過当競争による超過労働で、疲労が貯まってもいるのもあるのだろうけれど、手を上げた客が至近だからって、後方もロクに確認せずにいきなり進路変更して停車するのは勘弁してもらいたい。バイク乗りの意見として、二輪は急制動と急旋回がとても難しいので、至近でそれをやられると回避するのは相当のエキスパートでも至難の技なのだから。

 
トラックドライバーは大型免許取得が決して簡単では無く、一旦事故を起こせばそれは大抵死亡事故となり、大抵の場合はトラックでの死亡事故は免許取り消しになるので、それは生活の糧を失う事に直結するので、ムチャな運転をする人はあまりいないのだが、稀に、大きな車を運転する事で気持ちまで肥大化させたトラッカーもいるようで、余裕の対極に位置するような運転をするトラッカーも散見する。さりげなく、しかしいやらしく幅寄せしてきたり、優先権はこちらにあるのにクラクションを鳴らしながら進入してきたり、こちらは法規上の優先権があっても、実質は交通弱者な訳だから、死にたくないから譲らざるを得ない訳で、それをされた時は本気で「お前それでもプロかよ!」って怒鳴りつけたくなります。

 でも、もっと凄いのは高齢運転者とおばちゃん。
 高齢運転者に関しては、「年取ってるんだから仕方が無いか・・・」って諦めも付きますが、視力が衰え、注意力も衰え、視野狭窄をおこしてるんじゃないのか?って位に周囲の状況に無頓着な高齢運転者を見ていると、70歳以上には実技試験を受けなおさせて、それに受かるまでは免許保留にさせてくれないか・・・とか思います。最も、過疎の進んだ高知の中山間地域に住む高齢者にとっては、車が無いと生活が維持できない訳で、この問題は高齢者福祉にも渡った、少しややこしい問題ではありますが・・・。
 んで、最悪なのがおばちゃん!!
 視力が低いとか視野狭窄とか以前に、ハンドルを握ると「私が道路交通法」と言わんばかりの傍若無人な運転ぶり。
 横柄さというのは美意識と対極に位置する価値観だと思うのですが、美意識など打ち捨てたおばちゃん価値観では、交差点での優先権は常におばちゃん側にあるようで、信号は常に(自分の進行側は)青信号は進め、黄色は急げ、赤は左右の進行に注意して進め。で、自分に対する交差側は、「赤は止まれ。黄色も止まれ。青はおばちゃんの進行に注意して進め。になるようです。
 同一車線上を運転していても、「全ての通行車両はおばちゃんに細心の注意をして運転する義務を有する」と言わんばかりの周囲を無視した速度・進路変更、急制動、その他諸々傍若無人運転の数々。

 もう長い事、自転車にしか乗っていない僕ですが、おばちゃんの運転には実際に危ない目にあった事も、危ない運転を目にした事も無数にある僕ですが、昔、何とかという作家が劇中で、「おばさんとは、進歩を止めた生き物だ」と書いていた位ですから、あの性向は永久不変と思われ、もうこちらが防衛運転に徹するしかないような気もします。

 自分は運転中、特に二輪を運転中は、相手がこちらの存在に気付いているか確認する為に、対抗・交差車は直に、前方走行車はミラーを通して、相手の目を見るようにして、視線を合わす事で相手がこちらの存在確認をした事を確かめていましたが、おばちゃんは至近に来てもこちらを見ない事が多く、危険さをいつも感じていました。

 高知では、高齢運転者には初心者マークの高齢者版を付けるようになって、前方に高齢運転者がいた場合、こちらが前もって予防運転を出来るようになっているけれど、おばちゃんにも「おばちゃんマーク」貼布を義務付けてもらうか、運転再教育して欲しいと激しく思う。
 おばちゃんの横柄運転はアメリカでも同じだったんだけど、おばちゃんが自己中心化するのは世界共通なのだろうか?

 たとえ暮らしが中流以下でも、品の良さとか、公平さとか、生活の中でのゆとりとかは、上流のそれに近づけていたいな。近づけて欲しいな。



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2005.12.16

裏側も見てくれないか?

 日本の実業界には、企業には社会的責任がある。と考える『経済同友会』と、自分達の利益の為には、政治献金等でルールをねじ曲げてもかまわないと考える『日本経団連』という2つの大きな団体があるそうです。
 だけど、最近、その経団連の奥田会長(トヨタ自動車会長)をして、「日本全体が金目当ての国になりつつある」と言って懸念を表明していたそうで(参照 高知新聞;香山リカ著「弱者排除する前向き」 より)、利益追求の最前線にいるはずの経団連会長さえも懸念を表明するほどに、この日本は「国民総拝金主義化」が進行しているようです。
 政府は長引いた不況は終わったとアナウンスし、日経平均も実質成長率も景気回復を示していますが、その一方で所得格差は広がり、マスメディアで偶像化された、年齢にそぐわないほどに豪華な一部の富裕層と、反対に不正規雇用者や失業者、貯蓄0の家庭は増加し、経済苦を理由にした自殺や、凶悪な犯罪は増加の一途を辿っているようです。
 この所得格差の二極化と社会の不安定化は、同誌の別記事で東京学芸大学教授・山田昌弘氏も指摘しており、夢を肥大化させて「夢があればフリーターでもかまわない」と言っている若者も所詮、雇用者にとっては「夢見る使い捨て労働者」にしか過ぎず、氏曰く、「努力しても報われない社会」に問題があると記事中で問いかけている。
 さらに香山氏は記事中で、私達全ての日本人に対し、「このままでいいのか?と自問する事は無意味ではない」と説き、しかしそう問うはずだった先の総選挙では「このままでいいのか?」と問うべき相手に歴史的大勝を与えてしまった事に対する、国民への危機感を記事中で述べていた。

 私個人としても、昨今の国内情勢などを見ていると国家や企業化達は、問題を単純化させて都合の悪い問題から国民の視点を逸らし、本来は救済すべき対象である失敗者や脱落者達を「負け組」とする事で突き放し、アンフェアな方法で富を得た自分達を「勝ち組」として偶像化する事で嫉視を羨望に切り替えさせ、自分達にとって都合の悪い勢力を「既得権益にしがみつき、暴利を得ている集団」とする事で国民の合意下において排除し、しかし思考単純化の罠におちた国民はそれを批判的に考える事などせず無批判に受け入れ、結果、様々な社会的・個人的問題が表面化・深刻化を進めているように見える。
 多数派の国民が思考を単純化させる事と、所得格差が広がっても不公平は拡大しているのに、富裕層は偶像化されている事。今の日本で進行中の、その2つの現象で最も利益を得ているのは一体誰なのだろう?私たちがそこに目を向けない限り、その利益享受者達は、心理学者や精神科医が問いかける「このままでいいのか?」の問いに答える事は決して無く、所得格差も広がり続け、社会の不安定化が止まる事も無いだろう。
 現状に疑問的視線を投げ掛ける人達が多数派にならない限り、例え失業率が下がっても、日経平均が2万円を超えても、実質経済成長率が上昇しても、社会は危険で不安定な状態に進んで行く、この流れは止まらないのではないだろうか?

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2005.12.15

資格アップグレード

 介護部師長の御理解もあって、来春からホームヘルパー1級講習を受講する事になったのだが、受講料金も振り込んで、最近はもっぱら、帰宅したらそれのテキストと学習課題に掛かっている。2級過程は座学講義・実技講習・実習合計で130時間だが、1級はそれが230時間だ。自宅学習も、テキストの内容も提出課題の難易度も2級と比較すると結構難しくなっています。(提出課題、2級は全て多項目選択式か正誤選択問題でしたが、1級には記述式問題が結構あって、中々にタイヘンです・・・。)
 この調子だと、実技講習もファンダメンタルな事が中心(というか殆ど)だった2級よりも、1級ではもっと実践的な技術を学ぶ事になるのだろう。(恐らく)訪問介護よりも、繊細で慎重な技術が必要な医療介護の現場で、技術の未熟さに毎日歯痒い思いをしている私にとって、1級取得は私個人の精神衛生上はもちろん、介護技術向上にとっても、とても有効な投資になるのだと思う。
 とにかく、毎日自分の技術の未熟さに悔しい思いをしている私にとって、多少コストが掛かってもいいから自分の技術を磨きたいのだ。1級講習が、私をImproveさせるきっかけになる事を願っている。

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掲示板です

って事で、掲示板を作って見ました。
「コメント」の所をクリックしたら書き込みが出来るから、
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2005.12.14

新・消費地開拓

 田中宇氏のメルマガでも見たし、アメリカ発のニュースでも見たけれど、米軍のイラク戦線泥沼化はかなり深刻なようで、現政権の共和党内からも「このままでは次の選挙で勝てない」と言って、部隊の引き上げ時期と規模が議題になるらしい。

 「強制民主化」の大儀名文を掲げてイラク侵攻を果たした米軍だが、戦費の捻出や兵員の交代・補充、兵站それ自体が既に国力の限界に来ているようで、政権内部にも「国力の弱体化にしかならない」と言った意見が強くなりつつあるそうだ。

 報道によると、米軍は陸軍を引き上げ、代わりに米軍によって訓練された新生イラク軍とイラク警察が治安維持を担当し、ゲリラやテロには空軍による航空支援でイラクの国内治安維持を賄おうとしている計画なんだそうだ。

 しかしながら、現在のイラク軍治安部隊やイラク警察で、まともな戦闘能力を持った部隊は僅か1部隊しかないのだそうで、残りの部隊には相当数のゲリラ兵が紛れ込んでいたり、ゲリラに寝返りそうな人員が混じっているらしい。
 田中氏の分析ではイラクは米軍撤退後、イラク国内のクルド人やシーア派、スン二派といった有力グループによる内戦状態になる可能性がとても高いと考えているようだ。

 アメリカ軍の計画では、空軍による航空支援もベトナム戦争の様にただ空から爆弾をばら撒くのではなく、地上からの誘導による精密誘導ミサイルを使って、ゲリラ部隊やテロ組織を攻撃しようと考えているらしいが、地上からのミサイル誘導を新生イラク軍に任せる計画らしく、田中氏曰く「対立グループへの攻撃に空軍が利用される可能性が高い」と指摘していた。

 例えば、イラク軍部隊がある特定の民族や宗派で構成されていた場合、彼等が「テログループの拠点だ」として誘導波を照射した建物が、対立グループの建物だったり、アメリカの非道さを世界に示す為に、無関係の民間人施設、それは学校だったり病院だったり、が標的とされる可能性が高いらしい。

 陸軍を引き上げれば地対空ミサイルなど待たないテロ組織やゲリラ部隊相手では、アメリカ軍に人的損失が出る事はありえないが、上記の様な状態では、イラクの安定には程遠い状態が長期間に渡って続く事になりそうだ。
 このイラク侵攻に関しては、アメリカは国力を消耗し、諸外国に対しての信用を低下させ、中東をさらに不安定化させてイスラエルの立場まで悪化させ、石油の供給にも不安材料を生み、結局、誰も何も得をしなかった最低の戦争だった事になる。

 と、ここまで考えてふと気付いた。この戦争でも物凄い利益享受者がいる。
 彼等はここまでにも既に充分な利益を得ているし、これからも利益を受け続ける事になる。彼等の名は、

 『軍産複合体』

 だ。911後のテロ戦争で、アフガンでもイラクでも大量の兵器が消費され、国防予算も跳ね上がり、そして今後、イラクから地上軍が引き上げた後も航空支援は続くので、1発1億円以上の精密誘導ミサイルが、定期的に消費されていく事になる。

 ゲリラやテロ相手では兵器の損耗は少ないので、地上軍を引き上げて航空支援にした方が彼等の利益は大きいはずだ。
 そして、冷戦終了後の彼等が継続的に利益を得られる状態を維持する為にも、イラクの治安が回復されると困る事になる。
 軍産複合体にとって、平和は地上から無くさなければいけない物なのだ。もし、この地球が本当にどこにも争いの無い平和な星になったら、彼等は生活の糧を失うのだ。

 軍産複合体がある限り、彼等に支持される政治家がいる限り、地上から紛争とそれを原因とする貧困が無くなる日は永久に来ない。



 We, Japanese people, desire for peace all the time, and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship, and we have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world.
[The constitution of Japan] (”日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意した”)と憲法前文で誓う日本国民の一人として、軍産複合体を解体するべく、彼等の抵抗勢力を選挙で支持し続けたいと、アメリカ国民には緑の党を支持して欲しいと、強く思う。

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おべんきょ おべんきょ♪

 今日は夜勤明け休日なので、ホームヘルパー1級のテキストを解いている。『認知症高齢者介護の実際』というchapterだ。僕は2級訪問介護員(ホームヘルパー)の資格を取ってすぐに、今の医療介護施設に就職したので、自立度の高い認知症の方と接する機会が殆ど無かったので、テキストに書かれた事例は私にとって驚きに満ちた面がかなりあるのだが、脳血管性、アルツハイマー型の関係無く、過去に獲得した能力が失われていくと言う事実は、周りも、当の認知症患者自身も、とても混乱させられるらしい。
 介護者としては、認知症の進行度にもよるが、当人の生活環境や習慣、文化や歴史にまできめ細かな配慮が必須で、そしてささいな事でも認知症の人にとっては精神的ダメージとなる事があるので、そういった面への細やかな配慮が要求されるようだ。それはコミュニケーションの確立。という点に関しても同様で、認知症患者が認識している現実と、実際に生じている事実との乖離を、介護者が埋め合わせようとして論理的・解説的に事態を説明する事は、認知症患者の精神的混乱を増長させる要因となるので、認知症高齢者の虚構の世界に合わせ、介護者はその中で演技する事が必要な場合もあるようだ。長い事レースの世界に身を置き、そこでは、「全ての事象は科学的・論理的に説明出来る」事が自明の事とされていたので、この章を読むまでの私はその傾向で入所者に接する事があったのだが、これは今後の禁忌とせねばなるまい。
 また、認知症も高度になると自分が誰であるのかも判らなくなるらしいが、自分の姓名すら判らなくなる事に関しては、こと女性の場合、女性の社会進出が進んでいなかった時代を生きてきた女性の認知症高齢者は、結婚後は夫から「おい」、「おまえ」などと呼ばれ、出産後は「お母さん」、近所では「奥さん」、孫には「おばあちゃん」と、名前を呼ばれること無く生きて来た過去がある為、より自分の姓名を忘れ易い傾向があるようで、介護者は彼女達に対して、可能な限り姓名で呼びかける事が必要なようだ。
 また、訪問介護で自立度の高い要介護者支援の場合、認知症を原因とする性的逸脱行動があるようで、訪問介護の現場には若い女性介護員も多い為、これが問題になる事は頻繁にあるようだが、これに関しては性的逸脱行動のある訪問先への介護は男性介護員にするか、チームでのケアにする以外に対処法はなさそうでもあった。要介護者に応じて介護する側の人材配置を考慮する事は様々な観点から重要な様で、若い介護員の介護を全く受け付けない場合でも、年齢の高い介護員の世話や支持には素直に従うようで、これは年齢の高い人からの世話や支持には、認知症高齢者にとっては先生や権威者のそれに感じる様で、この事からも、介護の現場には年齢・性別に多様性が求められる事が見て取れる。今後は人種的・宗教的多様性も求められる事だろう。
 この、「外見が年長者に見える介護者の指示には従順に従う」は、実齢は上から5番目に年寄りなのに、外見は実齢よりも若く見られるの私からの世話を、しぶしぶ受け入れてくれている入所者が、ベテランの先輩介護員の指示にはきびきびと動いている事を理論的観点から私に理解させてくれる事となった。もちろん、私の技術と知識が未熟なのが最大の要因なのは間違い無いのだが・・・。

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2005.12.13

闇夜の回廊

 って事で、初の夜勤を終えてきました、mizzieです。

 タイトルは『闇夜の回廊』だけど、24時間365日誰かが働いている我が病院では、丑三つ時でも学校なんかよりははるかに明るいので、実は『闇夜の・・・』な雰囲気は皆無です。

 私の夜勤初体験、最初は「夜勤見習い」との事で、教育係の先輩職員と組んでの仕事でしたが、普段はケアワーカー1人に看護士2人で夜勤なのだそうで、「あれを一人でやるのか・・・」って、考えただけでもゾッとします。

 高齢者は夜が早いので、23時を過ぎると皆さん良く眠って下さるのですが、消灯前の業務(体位変換等・入所者毎に違う対応)が上手くいっていないとナースコールの嵐になるんだそうで、まだ技術面にかなり改善の余地がある私は、一人夜勤になった時の事を考えるとホントに怖くなります。

 夜勤には一応、休憩時間が合計で4時間程あるのですが、どんくさい僕は仕事が規定時間内に終わらなくて、休憩時間を削って仕事をしていたので、これで一人になったら単純に考えても2倍の時間が掛る訳で、その分休憩時間が無くなるので眠気との闘いとなりそうです。

 眠気に関しては時差ボケを克服する事でコツを掴んでいるので問題は無いのですが、夜勤では2人の男性職員が入る事が無いので、女性だけの職場で休憩時間とかにも話題に付いて行けなくて浮いてしまって、話題への無知を覚悟で話に加わるべきか、結構気を使ったりもします。

 話題に付いて行けないならまだしも、稀に話題がこっちの得意分野に及び、相手の間違いを指摘したくなる時もあって、職場では一番の新入りな私にそれをされて、いい気のする先輩職員など余程奇特な人で無い限りいない訳で、結局私は、何も知らないフリをしてうんうんとうなずいていたり目を閉じてじっと休憩に専念していたりします。

 人間関係で気を使う。これが会社勤めをするって事なのかな?

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光ファイバー導入

 今日、我がmizzie's PCも遂に光ファイバーを導入した。
これまでのアナログ28.8kbpsから、いきなり100Mbpsにスピードアップ!!

 速度差だけなら、これまで亀の背中に乗っていた様な速度から、いきなりアフターバーナー全開のF15戦闘機に乗り換えた様なものだ。Web siteなんか一瞬で表示されるし、動画だって音楽だってサクサクとダウンロード♪

 料金だって僕が渡米中に家族がどっかの電話会社に契約を変えていて、電話代も従量制課金で、月15000円を超えた月もあったけど、これからは24時間接続でも定額の6000円ちょい。しかもniftyとNTTが提携しているおかげで、初期費用0円で、最初の数ヶ月間は割引料金。

 これでこれからはじっくりとネット株用情報収集も時間気にせず出来るので、ちょっと本腰入れてネット株をやろうかな?とか計画ちゅう(^^)

 通信速度が爆発的に速くなったのはいいけれど、PCが古いのでCPUの処理速度が追いつかない・・・。

 先月、あの憎き某アメリカ合衆国の証券会社のせいで、三菱株でかなり損してるので、しばらくは新PC買う余裕なんかないけど、ネット株で頑張って新PCの予算を稼ぐとしよう。(仕事で稼げよ・・・)

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2005.12.11

下町商店街の反撃

 アメリカでよく見かけるような、郊外型大規模ショッピングセンターをイ○ンとかが日本でもあちこちに作るようになって、アメリカのそれは街の中心地にある既存の中規模以下の商店や商店街から顧客を奪って壊滅させ、しかしITバブルが終わって不景気に突入して数年、テナント料を払えない店舗が一つ消え、また一つ消え、となって、モールを歩いても空き店舗が虫食い状態。になっていました。そうして、あるモールが顧客に飽きられ始めた頃に、また別の地区に新しいモールが作られ、目新しい物好きな顧客達はそちらに殺到し、古い方は閑散として『週末でも駐車場ガラガラです』な有様になっていました。
 日本は新規出店したモールが飽きられて、ってなる前段階に来ているようですが、郊外型大型店に顧客を奪われた地元商店街が、日本独自の、そして日本でしか通じない(韓国や台湾、香港でもアリかも?)方法で、郊外型大型店の隙間に商機を見出し、新たなビジネスモデルを作りつつあるそうです。

 郊外型大規模集合店舗は広大な駐車場を内包し、店舗の半径数十キロまでを商圏として、サバーバン(郊外の住宅地)に住む勤労者世帯を顧客の対象とし、そういった顧客の自家用車による来店を前提に設計し、その店の近辺に点在していた中・小規模の商店街や、住宅地毎に点在していた中規模店から顧客を奪い、結果、既存の中規模店は深刻な経営難に陥り、閉店を余儀なくされたり、移転したりするようです。
 生鮮食品からアパレル、趣味や娯楽用品、レストランやアメニティ施設までを内包する大規模小売店は、こと『便利さ』に関してはその能力が抜群で、顧客を惹き付ける魅力に溢れていますが、超・高齢化が進行する日本社会においては、彼等の出店で著しい不利益を被る層が、彼等に顧客を奪われる既存店以外にも存在します。

 移動手段としての自家用車の運転技術はおろか、自家用車そのものすら無く、移動に同行してくれる家族もいない老人夫婦や独居老人世帯の場合、近所の商店が無くなるという事は、日々の食材調達先を失う。と言う事に直結しています。
 本来は、そういった地域社会保護の観点から、ある一定以上の店舗面積を持つ大規模小売店は、法律により出店規制が掛けられており、簡単には店舗を開設させる事が出来なかったのですが、『利益こそ王』の哲学において行動する企業集団は、彼等の支持する政治家を通じて既存の『大規模小売店法』を改正させ、より容易に出店可能にした後に、バブル崩壊後、安価な労働力を求めて海外に生産拠点を移転させた後に生まれた広大な国内工場跡地に出店。商圏に点在していた中規模店や商店街から顧客を奪い取る事に成功し、『顧客の利便性追求』という皮を被った、『自分達の利益の為なら地域社会の崩壊もやむなし』という、新たな価値観を醸成する事に成功したのです。

 しかしながら、規制緩和以前の基準で営業をしていた、全国チェーンの中規模店が次々と閉鎖に追い込まれる中、それらの中規模店との競争にも敗れ、近隣住民相手に細々と営業を続けていた地元の商店街が、複合型大規模店の隙間に需要を見出し、小規模ゆえの柔軟性を存分に活用し、新たなビジネスを始め、成功を収める例が出始めているようです。

 彼等小売店は、撤退した中規模店跡に集団で入り、多業種による地域密着型営業を開始。公共交通機関以外に移動手段を持たない、在宅高齢者世帯をメインターゲットとして、高齢者の嗜好に合った商品展開に、顧客への配達までも含めた細やかなサービスを取り入れ、さらに、その営業姿勢に賛同する地元農家からの協力をも取り付け、生産と販売を直結させる事で輸入農産品よりも安価で安全、かつ、新鮮な旬の食材を低価格で供給する事にも成功。
 地元商店主達や、そこに住む地域住民達が、需要を見出し、知識と情報を繋ぎ合わせたこの商法、一旦起動に乗り始めて一定の利益が出始めた所で、事業を拡大させるのではなく、さらに地域の需要を深く掘り下げる方向に進み、居宅高齢者支援の訪問介護サービスやデイケアサービスを始めるまでになり、郊外型大規模店を利用する郊外住宅地に住む勤労者世帯と、高齢化が進む中心市街地で地域密着の、きめ細やかなサービスを提供する下町の商店街。といった住み分けが出来つつあるようでした。これは人口密度の高い日本だからこそビジネスとして成り立つとは言え、その細やかなサービスはフットワークの軽さを持つ小規模店だからこそ出来る事であって、大規模店でそのきめ細やかさを出すには、コスト面で商売として成り立たない事は明白で、最大公約数の満足度を持つ商品・サービスを、大量生産による低コスト化で大量販売する事により、成長を続けてきた20世紀モデルの(アメリカ式)ビジネスには、各個人毎の満足を、少量でフレキシブルに提供する事はコスト面で不可能と思われ、多様な需要に柔軟に対応するこの新・ビジネスモデルは、寂れていく家族経営小売店の、下町の商店街の、新たな活路となるのではないのでしょうか?

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2005.12.10

先輩、凄すぎです・・・


 初リーダーだった8日の出来事を9日に書いてたんだけど、更新が上手く出来てなかったみたいなので、もう一度更新試してみますね。

 僕の部署では、15人のケアワーカーが働いている。変則勤務や夜勤もあって、月に3・4回くらいしか会わない人もいれば、殆ど毎日一緒に仕事をしている人もいる。例えば、僕の教育担当になっているベテランさんとは、殆ど毎日一緒に仕事をしている。で、勤務も6週目に入り、今まであまり組む事の無かった人と一緒に仕事をする機会も増えてきた。今日、一緒に仕事をしていたのは、介護士としてのキャリアは最長、技術も知識も多分ウチでは一番、っていう先輩介護士さん。
 普段はめちゃクールな人で、休憩中とかはじっと休息に専念。休憩時間が終わると仕事師の顔になって戦場に飛び出してゆく。ってカンジの方ですが、今日は一緒に仕事をしていたので、さらに僕が始めてのリーダー担当日だったので、休憩時間にまだ僕が良く判らない所を質問したりしてました。
 僕からの「・・・は・・・ですよね?」の質問に、
 「それは水曜日だけ。今日は・・・を・・・に・・・して、それから・・・、」

 ってカンジに、ほぼ極限近くまで感情を抑えた、かつシンプルだが足りない部分は一切ないと言う、クールで的確な返答。僕はそれを聞いて、(確か・・・は・・・ってするんだったよな?)とか考えていたら、こちらの表情を読み取ってその先輩、「mizzieリーダーは初めてだから、・・・はわかんないんじゃないの?」と聞き返し、「はい」と答えるや否や、「じゃ準備だけやっとくから、・・・を・・・に持って行っといて。」と言って休憩室から出て行ったと思ったら電光石火で戻って来て、また休憩に専念。
 休憩時間が終わり、その先輩と共に業務に掛かるが、僕が一人分を仕上げる間にその先輩は二人分を仕上げる。ってペース。しかも仕上がりは僕よりも遥かに美しい。手間取っている僕に、「一つの行程に時間掛けすぎ。手を抜くのと急ぐのは違うけど、もう少し早く仕事仕上げてね。」とピシリと一言。でも、その先輩のお陰で業務を通常の70%程度の時間で終え、リーダーの仕事に戻ると「やっておくから」と言っていた仕事が既に完璧に準備されていて、僕は書類を提出するのみ。今日は初のリーダー担当でめちゃくちゃに仕事量が多く、30分近く残業していたけれど、あの先輩の助けが無かったら、確実に90分残業コースだった・・・。

 いかなる局面でも感情を表に出さずにクールに仕事をこなし、その仕事ぶりは恐らく全職員中随一。速度・確実性・信頼性、どれもズバ抜けていて、おまけに100人近くが働く我が職場で最もハンサム。

 先輩、スゴ過ぎっすよぉ・・・。

 その先輩と仕事をしながら僕は、自分がまだレースをやっていた頃、全日本選手権の出場権を獲得して初めて参戦した全日本選手権・鈴鹿ラウンドで、雑誌やテレビでしか見た事の無いレーサー達が「戦闘モード」になっている(普段は皆さん、とても気さくでイイ人達です)、公式予選を走った時の感覚に似てるな。って思ってました。

PS
 で、一日の休暇置いて今朝、早出出勤すると、「今日もリーダー入れといたから、8日みたいな失敗の無いように頑張ってね♪」のメモが・・・。土曜日は仕事量が少ないので何とかこなせたけど、もうクタクタになっちゃいました。(^^ゞ
さらに明日もリーダーが入ってるので、もう今夜はとっとと寝ま〜す。
明日も頑張ろう!少なくとも結果を出そう!!

それでは、おやすみなさい(-_-)zzz

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2005.12.09

ダイエットにも効くかも?

 眠気を取るのには咀嚼行動が効果的なんだそうで、私は運転中や試験勉強中にガムを噛みながら、というのを良くやっていたのだけれど、眠いのでガムでも噛んでいようと思って、今さっき何気に辺りを見たらどこにもガムが無い。で、仕方が無いので手近にあった野沢菜の漬物を口に放り込んだ。
 味はまあ、悪くは無い。で、しばらく噛み続けてみる。口の中で粉々になって行く。がしかし、噛んでも噛んでも無くならない。野沢菜の表皮を構成する植物繊維が、まるで木綿糸か何かを噛んでいるかのように、果てしなく噛み続けられるのだ。
 ガムの代替品としての野沢菜漬物。けっこういけるのかもしれない。カロリーも圧倒的に低いし。

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介護クエストPart2 リーダーへの挑戦

 ドタバタと悪戦苦闘していた初リーダー経験も終了。満足には程遠い出来でしたけど、諸先輩方のヘルプもあって何とか乗り切る事が出来ました。通常業務でもいっぱいいっぱいの僕には、通常業務を手際よく仕上げ、空いた時間にリーダー業務をこなしている先輩達には遠く及ばない上に、(僕にとっては)色んな事が沢山起こったリーダー担当。またまたドラクエ風に所々を表現してみますね。
 リーダー担当初日を、僕はこんな風に過ごしていました。

 べてらんかいごし は みずぃ に
 はいせつかいじょのおうぎ を さずけた

 しぎょうじかん が はじまった
 あたらしいにゅうしょしゃ が あらわれた! 
 あたらしいにゅうしょしゃ の こうげき
 あたらしいにゅうしょしゃ は なーすこーる をつかった
 みずぃ のこうげき
 なーすこーる に こたえた
 あたらしいにゅうしょしゃ の おへや に かけつけた
 はいせつかいじょのおうぎ をつかった
 あたらしいにゅうしょしゃ は おちついた
 けいけんち 2 かくとく
 あたらしいにゅうしょしゃ の あんしん を てにいれた

 むずかしいにゅうしょしゃ が あらわれた
 きょうのりはびり が しゅうりょうした
 おへや に もどった。 べっど に ねかされた
 ふゆのおてんき の こうげき
 つめたいかぜ を なげつけた
 みずぃ の はんげき
 みずぃ は まど を ぜんぶしめた
 ふゆのおてんき の こうげき
 とつぜん くも が なくなった
 つよい にしび を はなった
 おへや の きおん が あがっていく・・・
 みずぃ の はんげき
 むずかしいにゅうしょしゃ の おへや
 に ようたいかんさつ に むかった
 おへや に にしび が さしている
 ちゃくい が あせ で びちゃびちゃだ!!
 むずかしいにゅうしょしゃ の ごかぞく が あらわれた!!
 ごかぞく は げきどした
 みずぃ は ひたすら あやまった
 ごかぞく は まだ おこっている
 みずぃ は もんだい を ぶんせきした
 もんだい を ささつした
 もんだいてん を みつけた
 かいぜんほうほう を ていあんした
 かいぜんじっし を やくそくした
 ごかぞくのいかり は おさまった
 けいけんち 8 かくとく
 にゅうしょしゃのあんしん を てにいれた
 ごかぞくのしんらい も てにいれた
 しごとのりょう が ふえた

 80歳以上の人なんてザラで、90歳代、100歳代の人が普通に入所している我が職場では、34歳の僕など子供同然な訳で、至る所で可愛がられて(イジられて?)いますが、ナースコール対応が業務に入るリーダーにとって、呼ばれて駆けつけた先で、入所者のお話に捕まって動けなくなる事が幾度もあって、「一人に掛りきりになってちゃダメ!」と先輩職員には怒られ、対応出来かねる状況では入所者にも怒られ、上みたいに御家族にも怒られ、アタマ下げっぱなしの一日でした。
 シビアな局面を巧みにこなし、難しい事を言ってくる方も上手くいなし、通常業務の合間にリーダー業務を済ませ、さらに空いた時間に新人の僕をヘルプしてくれてたりする先輩達は、本当に凄いです。
 僕も早く、あんなふうになりたいな。
 って思っていたら、「リーダー業務慣れてもらいたいから、週末にもリーダー入れといたから」だって。新人思いな主任の心遣いに、mizzie、感涙にむせんでます。(T_T)
 しかも週明けには初の夜勤が!!

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 介護クエストPart3は夜勤編か?

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2005.12.08

『魅力』って?

 僕は普段あまりマスメディアには触れないんだけど、タマにテレビとか雑誌とかを見るとやはり、日本のマスメディアは相変わらず、大衆の赤裸々な欲望を煽り立てているように感じます。あいつらは「理想的な」と言って、庶民には少しキツ目の負担を要求するような暮らしを、さぞ、それが素晴らしく・至福に満ちた物であるかのように、そしてそれを手にしている庶民よりは少し上の収入レベルの一般人(実在する人なのかどうか、私は未確認です)の暮らしぶりを紹介していたりもします。
 確かに、可処分所得が多いと色んな面で便利だったり、楽しい思いが出来たりする事もあるのだろう。でも、それが魅力的なのか?と聞かれると、私にはYesともNoとも言い難い。
 それでは、『魅力的な人』って一体どんな人を指すのだろうか?

 綺麗な人、
 かっこいい人、
 賢い人、
 強い人、
 優しい人、

 他にも沢山いると思う。私の個人的見解だけれど、世界選手権レベルの2輪レーサーは、私にとって圧倒的に魅力的だった。他にも、歴史上の人物だったり自分の知人だったり、魅力的な人が何人かいたけれど、そういった人達は有名・無名を問わず、(私にとって)魅力的な人は皆、自分の人生を楽しんでいたのだと思う。
 振り返ってマスメディアが取り上げる『魅力的な』人達、彼等に共通しているのは、皆、高額所得を手にして裕福な暮らしをしている人達、と言う事だった。と言う事は、魅力の尺度は手にした貨幣の量で測れるのだろうか??
 もちろん私も、高額の契約金を手にしたトップアスリート達は魅力的だと思うし、憧れもする。自分が好きで好きでたまらない事をして、世界トップレベルまで上り詰め、それでさらに高額の契約金を手にする事も出来るのだ。彼等・彼女達が表彰台や勝利者インタビューの席上で見せる表情は、(男女別無く)とても美しいし、カッコいいし、魅力的だ。また試合結果に関係なく、彼等・彼女達が、フィールドで、トラックで、コートで、スタジアムで、勝負中に見せる表情は、震える程に美しい。

 では、彼等以外の高額所得者はどうなのだろうか?

 ITバブルを巧みに売り抜けて大金を手にした新興富裕層達。若さはあるけれど、顎の下に贅肉を付けたあの顔を、魅力的と呼ぶ事は、私にとっては難しい。 
 また、『美』という資源を使って、手にする貨幣を最大化する為にPlastic surgeryを繰り返す女性達。外見は美しいけれど、それが魅力的なのかどうかは、私にとって甚だ疑問だ。
 『利益こそ王』の哲学の下で(それ以外考えられまい・・・)、無垢な市民を欺き暴利を貪りその対価として企業の価値を上昇させる企業集団と、それの報酬として巨億の富を得る経営者達。彼等は少なくとも僕にとっては、魅力から遥かな地平に位置している。
 もし、マスメディアが喧伝するように、『魅力』が所有する貨幣の量で決まるのなら、上で挙げた彼等も、あるいは彼等の方が、トップアスリート達よりも魅力的でなければいけないと思うのだけれど、どうかんがえてもアスリート達の方が彼等よりも魅力的だ。つまり、『魅力』の絶対値は、貨幣の量とは無関係だと言う事になる。
 そう思うのは私だけかもしれないが、その人が魅力的かどうかは、その人が自分の人生を楽しんでいるかのどうか。で決まるのではないのだろうか?

 私の知る限りでは、自分が生活の糧を得ている分野の競技が、嫌で嫌でたまらない。というアスリートは見た事も聞いた事も無い。みんな、自分が一番大好きなスポーツを極めていって、本来は趣味や娯楽とされているスポーツを、芸術の域まで高め、結果、それで収入を得るまでになったのだと思う。
 では、他の高額所得者はどうだろうか?
 新興市場の株式相場を売り抜けて、ビジネスの世界を生き抜いてきた彼等、もしかしたら、彼等の中にはそれが好きで好きでたまらない。と言う人がいるのかもしれないけれど、殆どの人は、ただ高収入を得る手段として、ビジネスの世界にいるのだと思う。自分に有利な情報を流して狙った銘柄の株価を釣り上げ、周りが乗ってきた所で自分は売り抜けて利益を手にする。それは人の道理には反していると思うし、それが楽しくて楽しくてたまらない。と言う人は、経営者として以前に、人間として間違っているだろうし、そんな人は魅力的とはとてもじゃないけど言えない。
 同様に、収入資源としての『美』を最大化する為に、Plastic surgeryを繰り返す事は、確かに外見は美しくなるのかもしれないが、それで美しくなるのは外見だけで、surgeryの連続で自分を改造していくと言う行為を、魅力的とは私にはとても言い難い。
 自分の、あるいは自分の会社だけの為に、利益を上げる事に手段を選ばす、顧客満足どころか顧客殲滅な経営者達は、誰が何と言おうと絶対に魅力的じゃあない。

 お金は、魅力の尺度には使えない。と言う事は良く判った。

 それでは、人生を楽しんでいる人が魅力的なのか?
 決して裕福では無いけど、人生を楽しんでいる人達は魅力的なのか?これはまだ、断言出来るほどにはサンプルが無いので、これについてはもう少し時間を掛けて見ていたいと思う。
 さあ、どんな結果が出るのかな?

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2005.12.07

介護クエスト

 毎日の仕事がハードなので、シリアスになりすぎちゃうとメンタルが焼ききれちゃうから、タマには笑いも必要。って事でちょっとおちゃらけて、日々の出来事をドラクエ風にしてみました

自分の事に関してはこんな感じ。

なまえ みずぃ
しょくぎょう かいごじょしゅ
れべる 3
ちから 15
すばやさ13
かしこさ 12
うんのよさ 22
HP 22
MP  0
けいけんち 102
 で、日々の出来事なんかをドラクエ的に表現していくと、それなりに笑えて楽しめたりもします。例えば、

みずぃ は こうくうケアのコツ を つかんだ。
かいごのぎじゅつ が あがった。

とか、

べてらんかいごし の こうげき。
べてらんかいごし は むずかしいしごと を たのんだ。
みずぃ は むずかしいしごと に ちょうせんした。
やりかたがわからない!!
みずぃ は むずかしいしごと を こなせなかった。 
べてらんかいごし は きついいやみのじゅもん を となえた。
つうこんのいちげき!!
みずぃ の はーと は くだけちった。

 ってカンジ。(^^)
今回はネガティブな事をドラクエ風にしてみましたけど、いつもいつもこんな日々を送っているのではなくて、タフでハードは毎日だけど、つまづいたり転んだりしながら、でも少しずつだけど前進を続けてますよ。
 昨日よりも今日が、今日よりも明日は、もっともっと良くなるのだ!
 高度な知識と技術を習得して、早く一人前の介護職者になりたいな。

 かいごじょしゅ では、まだレベル3の僕だけど、すししょくにん ならレベル18くらいは行ってたと思うし、もーたーさいくるろーどれーさー ならレベル37くらいは行ってたと思うんだけどな〜・・・。(^^ゞ

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2005.12.06

(じつはまだ・・・)新人研修ちゅう♪




今日が13時上がりで明日が10時出勤の遅出日だからって、
一日2回も更新しちゃってます。
あの『しょこたん☆ぶろぐ』には負けますけど、一般社会人の僕としてはかなりのペースです。
んじゃ、とにかく本題に入りますね。


 今日、やっと新人研修でやり残していたビデオ学習が終わった。テーマは『院内での利用者や患者・部外者に対しての接遇方法』である。相手に不快感を与えない応対方法や言葉使い、姿勢や態度に関して、ビデオを使って基本的な事を学ぶ。「介護部所属・介護助手」の私だが、介護部に入所している方にだって御家族が見舞いに来られる事もあるし、部外者の訪問や電話応対もある上に、医療介護施設として病院と併設されているのだから、病院関係者として、最低限のマナーは身に付けておいて下さい。と言う事なのだろう。
 こちらも、人を相手にする職業に転職した以上は、最低の礼儀作法を心得ておくのは義務だと思っているし、「人の役に立つ事」が好きで、「人を喜ばせる事」がもっと好きな私は当然、「人を不快にさせる事」が大嫌いなので、正しい接遇技術を学ぶ機会を与えられたのは、また、工員→板前→と転職を重ねて来て、さらに数年間日本を離れていた私にとって、“尊敬語と謙譲語の使いこなし”に苦戦(断言しよう。敬語は英語よりも遥かに難しい!)していたが、それを改善させる機会を得たのは、本当に有用な事だった。

 仕事は相変わらず、段取りと手際の悪さで職場の先輩達や入所者の皆さんに迷惑を掛けているが、ごく少しづつではあるけれど、色んな事が少しずつ、本当に少しずつだけど良くなっているから、時々落ち込んだりもするけれど、へこたれないでもっともっと自分の知識と技術に磨きをかけていきたいと思う。
 どんな宝石だって磨かないと光らないし、ダイヤモンドは物凄い重圧で出来るんだもんね!

 明日もがんばろうっと♪

PS
 ビデオの「悪い例」を演じている態度の悪いナース役、「そんなナースいねぇよ!」って思わず画面にツッコミ入れたくなるような怪演でした。(笑)
PS2
 その怪演ナース、先輩の指導で「態度のいいナース」になった後は、笑顔が結構可愛かったりもして、「笑顔は百難隠す」って真実だな〜って思っちゃいました。



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2005.12.05

窓口・受付をおろそかにしてはいけない

 以前、「投資信託に興味があって証券会社を訪れ・・・」と言った事を書いたが、あれから就職も無事に決まり、どうやら直ぐに解雇されるような事態にはなりそうも無い上に、こっちは勤労意欲マンマンな訳で、就職が決まるまでの生活資金として貯蓄していた分をそのまま、投資に回して資産運用する事にした。あの日M菱UFJ、N興、・・・N村と訪れた私だが、窓口担当が最も熱心で、その後のフォローも充実していたN村証券で投資信託と株を買った。総額100万ちょいの小額だが、投信だけでなく株まで買わせたあの窓口のお姉さんは、今後余剰資金が出たら(このままいけば間違い無く出る)ネット株を始めるつもりの私に、野M証券で証券口座の開設とネット株用のIDを取得させ、長期の顧客として囲い込む事に成功した事になる。単に投資信託の商品説明に訪れた私に、ただ投信を購入させるだけでなく、ネット株を始める事を決意させるまで導いた、その接客技術と知識は正に、「あっぱれ!!」である。
 平日の昼間に、失業者かフリーターかニートの様な格好をして(実際、当時は失業・求職中だった)、直接店頭へ投資信託の資料請求に現れた私に対し、ただパンフレットを渡すだけだった他社と違い、投資についての関心度や投資プランをさりげなく聞き出し、そこから株式投資を始めるまで上手く話を進めたあの野村S券の窓口担当お姉さんは、今後長期に渡って手数料を払い続ける事になる顧客を、みすみす取り逃がした他の証券会社(私は他社で「その件に関しましては○×の方が・・・」と言われ続けて野村証Kに辿り着いた)と違い、ネギ背負って現れたカモを的確に射止めた事になる。

 同様に、私は来春からホームヘルパー1級資格の講習を受ける事にして、申し込みをして講習受講料を今日、払い込んだのだが、ヘルパー資格取得に関しても、私は複数の会社から資料請求をしたり、実際に教室に足を運んだりしていた。
 帰国を決める前からネットで下調べを済ませ、数社まで候補を絞り込み、最後に直接訪問して受講先を決めたのだが、Web上での情報収集から資料請求時点まで、最有力候補だったある会社は、直接訪問時の受付の対応が酷く、「大手のクセにその程度かよ・・・」となり、候補から除外される事になった。そして受講を決めた会社に申し込み、ホームヘルパー2級を取得、そして来年の1月から、1級過程もそこで受講する事になった。ヘルパー養成講座の利益率がどれくらいなのかは判らないが、ネットでの下調べでは最有力候補だったその会社は、受付の不手際で30万円以上の受講料をみすみす稼ぎ損ねた事になる。Web上では折角最有力候補にしてもらえたのに、ホームページをデザインしたWebデザイナーは泣いている事だろう。(実際、HPのデザインでは受講を決めた会社よりも、その会社の方が良く出来ていた)

 インターネットの普及で顧客の大部分はWeb上で情報収集をするので、店頭で直接商品説明や案内をする、窓口や受付、営業の価値は低下していると言われる。しかし、購入する商品が高額であればあるほど、Webからでは収集出来ない情報や知識を得ようとする顧客もいるのだ。窓口をおろそかにすると、そう言った相手をみすみす逃してしまう事になる。
 コンビニや100均、スタバやマックに来ているのとは訳が違うのだ。豊富な商品知識や接客技術を持たない窓口担当しか置けない企業は、最終的には淘汰されてしまうだろう。

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2005.12.04

お前達のせいでっ!!(激怒)

 また、小さな女の子が下校途中に殺害された。『自分よりも弱い・幼い者』は、私達大人が守るべき、慈しむべき対象だったはずなのに、子供達は一体いつから、大人達の(性欲・支配欲・攻撃欲といった)欲望充足の道具になってしまったのだろう?
 圧倒的な知力・体力の差があって、絶対に負ける事の無い相手を屈服させる事が、どんなに陰湿で卑怯で卑劣な行為なのか、加害者には自己客観視の能力が著しく欠損していたようだが、この、『自己客観視能力の欠損』は、今の日本社会全体を覆っているようにも感じる。
 そんな事はさておき、こういった類の事件が起こるといつも、死刑廃止論者の私はいたたまれない思いになる。我が子を突然、加害者の身勝手な理由で殺された御両親や親族、友人達の気持ちを考えると、この類の犯罪には死刑すら軽すぎると思える程だ。性犯罪者の再犯率の高さ等を鑑みるに、死刑廃止論者の私をして、彼等には死刑か終身刑以外の刑は不適当だと言わざるを得ない。
 私が死刑制度に反対するのは、
1)そこには常に、冤罪の可能性が存在する事、
2)死刑も合法的殺人に変わりないと、個人的には感じている事、
3)最高刑適用が相応しい犯罪でも、そこに更生や情状酌量の余地があれば、生きてその罪を償わせたい事、
 この3つが主な理由なのだけれど、加害者とは何の関係も無い児童を、酌量の余地も無いような身勝手な事情で殺害した場合、それを償うには、100万回死刑にしてもまだ軽い位だとも、私は思う。

 2)に強く関係するのだが、公安という組織は国民を守る体勢を繕いながら、その実は、国民を管理・統制し、組織の為に必要とあらば少数を犠牲者にする事すら躊躇わない組織だ。そんな連中に、安易に生殺与奪の権限を与えるべきではない。と言う観点から、私は死刑制度と言う名の『権力者による合法的殺人』には反対しているのだが、こんな卑劣で身勝手、卑怯で醜悪極まりない事件が起こると、人道主義的・死刑廃止論が無力になるじゃないか・・・。

 仕方が無い、死刑を認めない代わりに、仇討ちを合法化させよう。

『刑法第○○条 仇討
 一親等以内の肉親を殺害されたる者は、裁判所により有罪が確定したその殺害加害者・組織に対する仇討ちの権利を有する。
 1)仇討ち申請は申請者の居住地所轄裁判所で受け付ける
 2)仇討ちの方法は、これを指定しない
 3)申請者は仇討ちの際、該当者・組織以外の者に被害が及ばない様、細心の注意を払う義務があり、第三者が被る全ての損害に対して賠償責任を負う
 4)仇討ちの仇討ちは、これを認めない。』

 ってカンジで。
 でも仇討ちを合法化させるって事は、折角人道主義的に洗練されてきた人類文明が、マッチョな部族間抗争時代に逆行しちゃうって事なんだよなあ・・・。

死刑も仇討ちも無し。ってなると、ロボトミー手術(前頭葉の一部を切断する手術・施術されると感情が無くなる)しかなくなるか?

 犯罪はいつも、人道主義者の邪魔をする・・・。

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密かに進行する、『国民総エリート』戦略

 「幾ら高給だからって、キライな事をイヤイヤするような人生は送りたくない。」
 僕はそう考えてこれまで生きて来たけれど、高給と引き換えに嫌いな事を我慢しながらやっている人達を否定するつもりなど毛頭無い。むしろ、自分だったら生きる事自体に苦痛を感じてしまうような境遇に耐えながら、日々を送っている彼等には、一定の敬意すら払っているくらいだ。手にしている貨幣の量で幸福度を計ろうとする人を可哀想だと思う時はあるけれど、したくない事を我慢しながらやっている人達を、軽蔑する事なんて絶対に無い。むしろ僕の価値基準の中では、嫌いな事だけど我慢してやっている人達よりも、ニートだフリーターだと言って、ロクに努力もせず、中途半端に生きている連中の方が遥かに価値が低い。もちろんフリーターの中には、くっきりとした「なりたい自分」像があって、日々それに近づく為に努力を重ねている人もいるし、そういうった人達には頑張って目標に辿り着いて欲しいとも思うが、ニートって言われてる連中は本当に最低だと思う。仕事も、職業訓練も、何かを学ぶ事すらもせず、家族の扶養の下、日々をぬくぬくとただ生きている連中。資産を浪費するだけのあいつらの健康体を、僕の職場にいる寝たきりになってしまった人達の体と入れ替えたい。そう本気で思う程だ。
 話が少しズレてしまった。元に戻そう。
 この世の中には、嫌いな事を我慢しながらでもやっている人達が少なからずいて、そういった人達の中には相当数、その嫌いな事を、「家族を養う為に」している人達がいるのだと思う。そして僕は、そう言った人達は本当に偉いといつも思う。僕は帰国後、「自分がやりたい事」を職業選択の基準にしたけれど、もし僕に家族がいれば、僕だって「家族を養う事が出来る程度の収入が見込める事」が、職業選択の最優先事項になっただろう。
 何かを取ると言う事は、別の何かを捨てるという事だ。家族を養う為に、嫌いな事を我慢してでもやる事を選んだ、或いは選ばざるを得なかった彼等は、きっとこれからも、守るべきそれらを守り育てる為に、日々の苦痛に耐えながら生きて行くのだと思うが、それはもっともっと評価されてもいいと思う。
 収入よりも「好き」を基準に職業を選んだ僕は年齢的にも、もう家庭を持つ事を諦めているけれど、人生の早い段階(20代後半がいいと思う)で家庭を持ち、家族の幸福の為に働く事にははっきりとした報酬があるし、あるべきだ。その報酬が例え金銭的な物でも、マテリアルとして手に出来る物では無いとしても。

 子供が成長して行くのを見るのは、帰宅してドアを開ければ暖かい家庭があるというのは、きっと、とてもとても幸福感に満ちた物なんだろうな。

 アメリカでは結婚していると、さらに子供がいると、あのバカ高い税金がどんどん安くなっていくが、日本も、家庭を・子供を持つ事には税制面・経済面で圧倒的な利益があるようにしないと、長期的な幸福が約束されるようにしないと、少子化を止める事はとても難しいと思う。

 もしかしたら政府は、『国民総エリート化』の為に、密かに人口減少政策をとっている(低所得者が家庭を持つ事は困難だし、高所得者は少ない子供を大切に育てるので)のかもしれないが・・・。

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2005.12.03

もういいからさ、とっとと独立しちゃえよ東京…

 少し前に、高知生まれ・東京育ちの女性が高知に戻り、都市生活者による田舎暮らしでの苦闘を描いた本が、高知では結構売れていたらしい。
 確かに、便利で快適な都市生活に慣れた者には、高知の郡部での暮らしはさぞや苦痛だった事だろう。
 逆に、不便な
田舎に慣れた者は、こと『サヴァイヴする』能力には優れているようで、大阪生まれ、大阪育ちだった私の友人は、どんな環境にもゴキブリのごとく適応するだけでなく、そこに利点と美点を見出し、かつ、日常会話レベルの英語と初級レベルのスペイン語が話せる私を、「mizzieだったら、北は北極から南は南極まで、地上ならどこだったって生きていけるね。」と形容していた。

 確かに、高知で生まれ育った私は、道具がなくても木片と蔓があれば弓ギリを自作して火を熾す方法を知っているし、釣り針がなくても魚を釣る方法や、簡単な罠の作り方も知っている。そしてもちろん、食用可能な植物とその食べ方も多少は知っているけれど、それくらい、70年代前半より前に高知で生まれ、高知で育った者なら大抵は知っていると思う。
 東京に生まれ育った者は、そこから出る事には多大な苦痛を伴うだろうが、田舎で生まれ育った人間は、私の様に住む場所を選ばない。こと、サヴァイヴするという点においては、地方出身者は都市部出身者、特に関東出身者に対して、強力なアドバンテージを持っていると思う。
 小泉政権を支持する都市部の無党派層の中には、自分達の払う税金が地方の生活レベル向上の為に使われるのが許せない人達が沢山いるのだろうが(小泉改革の大部分は、地方・弱者切捨て政策に財政面で依存している)、都市生活者である彼等の地方への冷酷な仕打ちも、僕等、地方出身者のサヴァイヴァル能力の高さに対する嫉妬だと思えば、ある程度の同情も出来よう。だからさ、

 お前らの言い分は良く判ったからさ、

 もう関東だけで独立国家作っちゃえよ。

 お前らはどーせ、野菜は中国から、肉と穀物はアメリカとオーストラリアから輸入しているんだし、もういいよ。

 東京には地方を支える気なんか、これっぽっちも無いのはよく判ったよ。

 だから俺達も、もうお前らからの交付税あてにすんのやめるよ。

 大阪と名古屋には国際空港もあるし、
福岡を海運拠点に対アジア貿易も出来るし、だからこっちは首都を400年ぶりに京都に戻すからさ、(別に奈良でもいいぞ♪)

 こっちは政治の京都、情報産業と金融の阪神、

 一次産業は北海道・東北・北陸・中四国と南九州、

 二次産業の東海と瀬戸内と北九州、

 んで沖縄を観光と情報特区にするからさ、

 東京は東京で、小泉か石原辺りを大統領にしてさ、もうお前らだけで好き勝手にやってくれよ。

 空運の成田、海運は横浜、北関東で農業、ベイエリアで工業、東京都区部で政治と情報と経済。ほら、お前らだけで自立出来るじゃん。


 
もういいよ。地方なんかとっとと切り捨てちゃえよ。

 やりたくてたまらないんだろ?だったらやっちゃえよ。


 さよなら東京。お前らはお前らの洗練文化の中で勝手に萌えてろ。
 日米安保も東米安保にでも変えてもらって、親米保守でイラク派兵でも集団的自衛権行使でも好きにやればいいさ。

 俺達はASEANプラス3で、東アジア共同体でも作るよ。

 もちろん沖縄の米軍基地は全部、横田と厚木と横須賀で引き取ってもらうぞ。
 金はいらないって言ってんだから、官僚どもには口出しはさせないからな。

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超絶技巧・組織運営

 私は自分の職場の事を何度も、『当方に余剰兵力なし』な人員配置で仕事をこなし・・・。と表現してきたが、これは大げさでも何でもなく、本当にギリギリの人員で仕事をこなしている。誰か一人でも休まれたら、もう、一日の行程を全てこなす事は不可能だろう。新入りの私など何も問題が無い時でさえ時間内に全ての行程をこなす事が出来ず、介護記録が後回しになったり、終業後に居残ってやりのこした分を仕上げて帰ったりしている。
 しかし職場の皆は、それらの仕事を効率良くこなし、それでいて全ての仕上がりは先輩達の5割増は時間を掛けている私よりも、はるかに上質な仕上がりを見せているだけでなく、私の受け持ちの仕事でまだ手がつけられていない分を空き時間を利用してあっという間に仕上げてくれてもいる。彼等と共に仕事をしていると、まるでリトルリーグの選手がいきなりメジャーの選手の中に放り込まれた。って位に自分の未熟さを痛感させられてしまう程で、さらに先輩達の手際の良さは恐らく全てが経験から身に付いた物だと思われ、彼等独特の言葉で説明を受けるそれが、時々理解し辛かったり、間違って理解してしまう事も何度かあったが、複数回の失敗を経て、怒鳴られ、なじられながらでも習得したそれは、私の介護技術を確実に向上させている。
 さらに、経験だけで身に付けた技術なのに、恐ろしく判りやすく説明・指導して下さる先輩もいて、その説明は恐らく『小学生でも判る』 といった位に判りやすく、また理にかなってもいて、その説明を受けた後のそれらは、こちらの脳裏に強烈に焼き付けられている。
 私は実習先を除けば、ここ以外の施設を知らないので他の施設との比較が出来ないのだが、仮に彼等の技術が介護職の平均レベルなのだとすると、私は物凄く洗練された技量を要求される職種に転職した事になる。来年度からは介護職に就くためには、最低でも『介護職員基礎研修』という総合500時間の研修を受けないと就業出来なくなるらしいが(最終的には介護職者は全て、国家資格である『介護福祉士』になるそうだ)、約1ヶ月の研修期間を経て介護の世界に飛び込んだ私からすれば、その判断は妥当な物だと思う。何せ、資格取得後すぐに就職し、150時間近い実務を経た私が今でもなお、緒先輩方から至る所で実践的な技術についての指導を受けている有様なのだから。
 他にも、私の働いている施設は、運営母体でもある病院全体が職員の技術向上にとても熱心なようで、年に数回日曜日を利用して、数百人規模の収容人員を持つ会場を借り切って研究会や発表会が催され、介護部や看護部、外来部やホスピス病棟などが、部署毎に技術やサービス、利用者の満足度向上に対して特定のテーマを設け、それについての研究やアセスメント(査定)を繰り返し、職員の質的向上を促し、雇用した職員に技術やサービスの向上にインセンティブを設けて動機付け、優秀な人員を高待遇で引き抜くのでは無く、今いる人材を優秀な人材へと育成していこうと考えているようだ。


 私個人としては、先輩職員達はその雇用環境で鍛えられてきて、あのような技術と手際の良さを身に付けたと思いたいものだ。また、そんな人材育成に熱心な職場環境にいられる私はとても幸せなのだと思う。もちろん毎日の仕事は技術的・肉体的・精神的にとてもタフでハードだが・・・。
(昨日なんか、「あんたはボランティアじゃなくって、お金もらってやってるんだから、プロとして相応しい仕事をしなさい!」って怒鳴られていました・・・)

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2005.12.01

Don't quit!!

 今日は仕事が失敗続きで、同僚に迷惑掛けまくり・・・。
『体中の穴と言う穴から、もう生きる力が抜け出ちゃった』
ってくらいに、めっちゃくちゃに落ち込んで帰宅して、
届いたばかりの発達心理学の本を片付けていたら、
‘01の留学中に、英語学校の先生から貰った詩が出てきたんだ。
僕に力を授けた、一遍の英語詩、
かなり意訳だけど、ちょっと和訳してみました。


[ Don't Quit ]


物事が上手く行ってない時にはさ、
誰だって時々は思うもんだよ。
とぼとぼ歩いてるこの道が、
果て無く続く上り坂に見える。って。

やるべき事は山ほど残ってるのに、
もう一滴の体力も残っていない。
笑顔の一つも見せたいのに、
出るのはただ、ため息ばかり。
悩み事で押しつぶされそうで、
もう、座り込んじゃったよ。

誰だって休息は必要さ。
でも、まだあきらめんなよ。

成功と失敗なんてコインの表裏さ。
まるで雲の中にばら撒かれた銀貨、
あるのかないのかすら判らない。
もちろん、それがどこにあるのかなんて、
お前には判る術もないだろう。
でもそれって、遠くにあるように見えてても、
実は結構間近まで来てたりするんだぜ。

そうだ、立ち上がれよ
それが力ある人すら打ち砕く一撃だったとしてもな。
もう八方塞り?でもそんくらいじゃ、
絶対に、諦めるなよ。

作者:詠み人知らず。和訳:mizzie



“信じていれば、夢はきっと叶う”だって?
そんなのはウソだ。でもさ、
これだけは忘れちゃいけない事実なんだ。
『信じ続けた奴だけが、その夢を叶えた』
ってのも。

今日の失策は、明日の打席で取り返すさ。
少なくとも、介護の経験値は上がったぞ。
絶対に負けるもんか!!



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(still)外国人出稼ぎ労働者について思う事

 今日、広島小一女児殺害事件の被疑者(刑が確定するまでは『犯人』と呼ぶべきではないと思う)が逮捕された。被疑者はペルーから来た30歳の出稼ぎ労働者だそうで、日本語は殆ど話せないらしい。旅行以外で異国に長期滞在した経験があると判ると思うけれど、異言語・異文化の中で暮らすのは、相当にストレスフルなものだ。被疑者を知る近所の人達は一様に、「おとなしい青年だった」とインタビューに答えているが、言葉の通じない共同体の中で受け入れてもらう為には、極力控えめに振舞う事で、周囲から注目を浴びない様にするしかなかったであろう事くらいは容易に想像がつく。

 この事件はマスコミでも大きく扱われていたし、報道を見る限りでは、初期段階から警察の人員投入規模が通常の殺人事件よりも格段に多く感じられたので、もしかしたら警察は捜査の初期段階で早期にこのペルー人青年を容疑者と認め、捜査費不正受給や、連続する不祥事と検挙率低下で失策続きだった警察行政の権威回復に、このペルー人を利用する意図があったのかもしれない。

 ショッキングでセンセーショナル、マスコミも大衆も注目している殺人事件で、地道な捜査(聞き取りと証拠集めで令状を取るまでに漕ぎ着けたのだから、現場の警察官達の頑張りは賞賛されるべきだろう)を積み上げて逮捕に至ったのだから、その宣伝効果たるや大したものだろうし、官僚レベルでは恐らくA検挙までに要した時間と予算のデータが、以降の警察予算要求に活用されるのだ・、。

 そんな話は別にして、私はこういった類の事件が起る度にいつも思う。無知と貧困は社会にとって、本当にいけない事だと。

 もし犯人に少しでも論理的に思考する能力があれば、『人を殺す事はとても不合理な事だ』と考える事が出来ただろう(となるとやはり、警察には検挙率をもっと上げてもらわないと困るのだが・・・)。本人の努力と才能さえあれば、殆ど全ての職業に就業可能な民主共和政体においてでさえ、犯罪の前科があるとなれない職業はとても多いし、就職時に警察証明(犯罪前歴が記載されている)の提出を要求されるかもしれない。もちろん、それを要求する職種で前科のある者が就業する事はほぼ不可能だ。しかも、もしペルー人の彼が犯人として実刑判決を受けた場合、収監後に国外強制退去となり、もし執行猶予がついて収監される事が無かったとしても、今後は恐らく世界中殆ど全ての国で入国を拒否される事になるだろう。つまり、もう外国に出稼ぎ労働に行く事が不可能になるのだ。要するに、殺人を犯すと言う事は、経済的・時間的にとても理に合わない行為なのだ。

 アメリカに滞在していた頃、現地で仲良くなった中南米(エクアドルだったと思う)から出稼ぎに来ていた友人が話してくれた事がある。中南米で貧困層に生まれた者には、その人生に未来も希望も無いと。貧困層の大半は、両親が小学校すら出ておらず、子沢山で教育はおろか日々の生活を賄う事さえ困難な状況で、それでロクに仕事すら無いとなると、国を出て出稼ぎ労働者になるしか人生の選択肢が無かったと彼女は話してくれた。不法滞在者としてアメリカで最低基本給以下の賃金で働いていた彼女だが、それでも母国で暮らすよりはマシだと語り、「頑張って働いてお金を貯めて、いつか故郷に自分のレストランを持つの!」と希望に目を輝かせて語ってくれたものだった。

 外国人による犯罪が起こるといつも、日本人はその外国籍を持つ全ての人を疎外・迫害する傾向があるように感じるが、出稼ぎ外国人労働者については、少し考えて欲しいといつも思う。不景気だ何だと言って、依然として失業率は高いままなのに、なぜ外国から出稼ぎ労働者が日本にやってくるのか?と。低賃金労力を求めて言葉もロクに話せない外国人を求めている企業があるから、彼等は地球の裏からはるばるやってくるのだ。受け入れ先の企業は彼等の受け入れ態勢を正当に用意出来ていたのか?と。彼らに正当な給与を支払っていたのか?と。

 この世界に貧困国があり、日本が世界第二位の裕福な国である限り、そして低賃金の外国人労働力を求める営利企業がある限り、日本から出稼ぎ外国人労働者がいなくなる日は来ない。だから、受け入れ国である私達は、彼等を正当に受け入れ、帰国までを完全にフォローする体制を構築しないといけないと思うし、それをしなかった場合、それが犯罪件数の増加、暴動や騒乱といった治安の悪化に繋がるのか、文化の崩壊や国内失業率の悪化といった社会の荒廃に繋がるのか判らないが、私達の社会はいつか、多大なコストを払う事になるのではないだろうか?



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