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2006.01.11

苦しみを突き抜けて、歓喜へと至れ


 「・・・と言うわけで、現状では症状は安定していますが、今後は緩やかに様々な能力が失われてゆく事と思われます。」

 医療介護施設である私の職場では3ヶ月毎に、入所者(患者)の家族、主治医、介護病棟師長、入所者を担当する理学療法士、栄養士、看護士又は介護員が一同に会し、介護評価と説明の為の会議(ケアカンファレンス)が行われる。

 全職員が入所者の誰かを担当する事になっている我が職場において、私は2名の入所者を担当しており、その二人共が生活全介助・要介護度5の完全寝たきりで、発語も反応も殆ど無く、鼻腔から通されたチューブから、生命維持に必要な栄養素を摂取している。
 私は今日、自分が受け持ちになっているその2名の入所者のうち、1名が会議を行う日となっており、その場で主治医から出た言葉が、冒頭の言葉だった。

 介護職に就いて10週目の私だが、残念な事に、”一日の内で一度も・誰からも、怒られる事も責められる事も無かった。”と言う日はまだ一度も無い。自分の知識と技術と要領の悪さに打ちのめされ、打ちひしがれ、精神的にボロボロになって家路につく。と言う、耐え忍ぶ日々が続いている。
 そんな私の知識と経験の少なさ故か、先輩達が「その人には何を言っても無駄だよ。判らないんだから。」と言っている人も含め、全ての入所者に対して常に、何をする時でも、しつこいくらいに声掛けをしてから業務を行っていた。例えその人が決して回復する事なく、冒頭で挙げた方の様に、緩やかとは言え、様々な能力が失われて行くだけ。の過程にある人だったとしても。

 私は今日、最初に挙げた会議の前に、通常業務として入浴介助を行う事になっており、午前中はストレッチャーを使って浴室までの送迎、午後は浴室内での入浴介助となっていた。

 午前中、入浴を終えた入所者を迎えに行き、病室に戻る途上のエレベーター内で、普段はこちらからの声掛けにも殆ど反応が無いその人が、私からの「お風呂気持ち良かった?」という問い掛けに対してその日は、目を細めてにっこりと、とても気持ちの良さそうにした笑顔を返してくれた。
 いつもは殆ど無反応で、反応がある時でも訝しそうにするか、不快感を表す表情しか見せなかったその方が、この時はしっかりと、はっきりと、しかしこれまで見た事も無いような、快い笑顔を見せてくれたのだった。

 「うん、そう。気持ち良かったんや。良かったねぇ。」

 そう、ゆっくり、はっきり、くっきりと応えながら、僕はエレベーターの中で、小さくガッツポーズをしていた。

 午後は浴室内での入浴介助で、ストレッチャーに載ってやってきた入所者を浴室用ストレッチャーに移し換え、シャワーを使って2人掛りで全身をくまなく洗って行く。この日は発語の出来ない人が多い入浴日だったので、先輩と2人、静かに、もくもくと送迎されてくる人達を洗い続けていた。
 そして、ある入所者の入浴が終わり、体の水気を拭き取って浴室用ストレッチャーからストレッチャーに戻すその時、いつもは殆ど反応が無く、また、あった時でも「アー」とか「ウー」としか言わないその人が、不明瞭ではあるが、しかし、はっきりと聞き取れる声で、「あ・り・が・と。」と言った。


 「あらー!○×さん声が出たねぇー!!」
 「どういたしまして!ありがとう!!」

 一緒に入浴介助をしていた先輩と二人、その声が聴けた事に、思わず歓喜の声を上げた。

 その一言には、物凄い数の障害や苦痛・苦悩を乗り越えた末に得た、絶大なる達成感と充実感があった。緩やかに、しかし確実に、人としての機能を失われて行く途上にある人が見せた、機能回復の瞬間。
 しかもそれは、こちらに対する感謝の言葉。
 介護職に就く者として、これ以上の歓喜があるだろうか!

 私の頭の中でその時、“喜びは力強いバネだ・・・喜びよ、喜びこそが歯車を回す・・・堪え忍べ、勇気を持って、・・・おおいなる神が報いてくれるだろう・・・苦悩には不屈の勇気を・・・功績には栄冠を”のフレーズが鳴り響いていた。

 上の歌詞の原文と和訳の全文は、歌詞の解説付きで下のHPで読めます。1時間以上聴き続けた後に来る圧倒的なカタルシス、ポップスとかじゃ絶対に味わえないそれを、機会があればお試しあれ。有名な指揮者が率いた有名な楽団のそれだと、物凄い快感があるよ
(^^)

http://www.kanzaki.com/music/lvb-sym9f.html


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コメント

そんな瞬間がある限り、この仕事はやめられませんな!どんな状態にあろうと、「生きている」のだから、mizzieさんの対応は間違っていませんし、これからもそのスタンスを守っててくださいね。業務重視主義になりがちな現在の介護業界において、忘れがちだけど大事なことです。

投稿: hana | 2006.01.11 09:40

働き始めたばかりの頃、新人である僕に警戒心と不安を持って、心を開いてはくれなかった人達も、今では、ほぼ全員が僕を受け入れてくれています。(^^)v
で、今は、そうやって開いてくれた心を、キレイに閉じてあげるにはどうすればいいのか?で悩んでいます。開いたその現実をキチンと受け止め、受け返す技量が無い者は、開いちゃいけないんですよね、心の扉って。
 その困難さがあるから、我が職場で最も仕事の出来るあの先輩が、あそこまでクールに徹するのかな?とか考えてます。

投稿: mizzie | 2006.01.11 23:20

トラックバックありがとうございました。
記事拝見しました。ところで↓のmizzieさんのコメントに、「キレイに閉じてあげるには」と書かれていますが、これってどういう意味なのですか?良かったら、教えてください。
そういえば、ご存知かもしれませんが、hanaさんの旦那様も、「徹底したな仕事人」なんだそうです。(hanaさん、勝手にお名前出してごめんなさい!)

投稿: えびすけ | 2006.01.12 14:48

は~い、呼ばれました??
そうです、うちのダンナもクールでシビアな介護人・・・そうとうストレス溜まっておりますよ。

「望んでいることを叶えてあげられるか?」ということでしょうかねぇ~?>「閉じてあげる」
・・・閉じなくてもいいのでは?って私は思ってます。我々の日常だって、叶えられないことのほうが遥かに多いですし、思い描き口にすることで半分以上昇華できている・・・場合もありますし。もちろん現実可能なことはできるだけなんとかできるよう努力しなければなりませんがね。難しいです・・・。

投稿: hana | 2006.01.12 23:52

えびすけさん>
hanaさんが回答してくれてますけど、叶えてもらいたい願いと、現実との乖離によるジレンマ。それは介護をする身分として、結構辛いのも事実です。
「閉じてあげる」は少し言葉選びが適切では無かったと反省もしていますが、hanaさんが仰られている通りで、話すことで気分がすっきりする面があるようです。これについてはまた後日に記事にして書きますね。


 やはり僕は、職場内で「出る杭」になりつつあるようです。(^^ゞ >hanaさん

投稿: mizzie | 2006.01.13 00:04

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