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2006.01.29

その灯火を消すな・あいつを迎えに行こう

 今回のライブドア絡みの事件で、この件に関連して自殺したと見られている(僕個人は“消された”と思っている /注)、ライブドア関連企業の副社長だった野口英明氏の葬儀には、当のライブドア社長、堀江氏は出席しなかったのだそうだ。確かに、逮捕直前ではあったし、報道陣の事も気にはなったのだろう。しかし、如何に自分の会社で会計に虚数を用いたり、己の利益最大化の為に偽情報を流したりした。といった疑惑の渦中にあったとは言え、それに関して自殺したとされている関連企業の副社長でもある自分の部下に対し、その葬儀にすら出席しなかった。“金”に支配された関係の、何と脆弱な事だろうか。

 成績不良で放校処分になる日本人留学生達を尻目に、奨学金受給資格を満たす成績を維持しながら、アメリカの拝金主義的、物質至上主義的な側面に絶望し、市民権取得資格を得るまであと二年の所で帰国を決意したのだが、いざ帰国してみると、日本も“一発当たれば”的な、“イチかバチか”的な、「お金こそ全て」で、「利益こそ全て」の「自分さえよければ」な思想が主流を占める社会になっていた。
 それは上に挙げた偶像化された新興成金や、マンション強度偽造事件の当事者達に象徴されているだろう。

 其処に行けば不快な思いをする事が明白だから、例え腹心の葬儀と言えども出席拒否をしたり、自分の利益を最大化させる為、自分にとって有利な偽情報を流して株価を釣り上げ、自分は高値で売り抜けて利益を手にする。それで損害を被る人がどれだけいようが関係無い。自分さえ儲かればそれでいい。
 また、自分の生活レベルを維持する為に、強度計算を偽造して検査をすり抜け低コストの書類を作成したり、それが偽造された物である事を知りながら、『コスト低減』という、市場主義での王道を貫く為、使用ノ耐えない住居を一般庶民に売りつけ、居住者の生命を危機にさらし、財産に著しい損害を与える。そこにあるのは、「自分さえ良ければ」の価値観と、「利益こそ全て」の資本主義哲学だ。

 私は渡米前、日本でサービス業に従事していた時期もあるが、そこでは常に、「顧客満足の追求」が第一義として掲げられていた。技術者だった頃も、同じ事を言われていた。いい仕事をして、いいサービスを提供して、いい製品を造って、それで顧客からの満足を得る。それがまともな大人の仕事だと、私はずっとそう言われ、そう行動してきた。
 レーサー時代も、メカニック時代も、レーストラック上では命の遣り取りをするような闘いを演じ、パドックでも罵り合ってばかりの様なレース仲間でも、その葬儀には絶対に駆けつけた。それは、そいつも同じ道を歩く『仲間』だからだ。お互いレースに殆ど全ての稼ぎをつぎ込み、普段はつましい貧乏な暮らしをしていたが、レース仲間の誰かが困っていたら助けるし、こちらも困っている時には助けられた。例えそれがライバル相手だったとしても、“人間関係”と言う物は、仲間が困っていたら手を差し伸べる、それが当然なんだと思っていた。
 自分の利益の為なら顧客が不幸になっても構わない、という哲学や、自分にとって不快になる事が明白ならば、例え戦友(彼にとっては“部下”も金銭で売買可能・交換可能なパーツの一つに過ぎなかったのかもしれないが)の葬式でも、人生最後の別れの儀式にすら、出席する価値など見出せない。
 日本は、そこまで精神性の醜い・貧しい・幼い国になってしまったのだろうか?

 しかし最近、『昭和』をテーマにした書物や映画がそれなりに好評を博しているらしい。それらが扱っているのは、高度成長が終わる前には確かにあった、“普通”とか“平凡”とか“共感”といった類の事を扱い、今はいなくなってしまった、いわゆる”熱い”、“濃い”人達が描かれた本、映画らしい。(私はまだ読んでも観てもいないので判らない)
 バブル崩壊後の長い経済低迷期の後に来た、投機ブームとそれにのった新興成金達、お金で買える物は殆ど全て手にした彼等は、私にはどこか寂しそうに見える。そして、偶像化された彼等に対する熱狂が冷めつつある今、一部の日本人達は、自分達が捨ててしまった、失くしてしまった物を、もう一度再評価し始めている様にも感じる。
 自己正当化の為にマスコミを巧みに活用し、それに洗脳された結果、自ら思考する事を忘れてしまった多数派からは一歩下がって、落ち着いて・自分の頭で、本当に大切な物は何なのか?本当に大好きな物は何なのか?本当に欲しい物は何なのか?を考え始めた少数派が、この国でも再生しつつある。と言う事なのだろう。


 快楽主義に伴われた、拝金主義と物質至上主義に満ち溢れた世界で、自分の足元にある、小さな幸せに目をやる事は難しいのかもしれない。

 だけど、その灯火はまだ消えてはいない。小さいけれど、今にも消えそうだけれど、だけどそれは、まだ確実にそこにある。
 決して諦めてはいけない。
 拝金主義者達に奪い取られた、私達の美しい国を、社会を、私達の手に取り戻そう。
 あの精神性の美しさを世界から賞賛された、『日本』という国は、まだ死に絶えてはいない。それは窓の外で、私達が迎えに来てくれる事を、じっと待っている筈なのだから。



注;妻も子もある一家の主が、会社の為に家族を残して死を選ぶ事などするだろうか?そして、彼が死んだ事で最大の利益を得ている人は誰なのか?その事を一度じっくり考えて欲しい。



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