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2006.02.09

道州制賛成派

 道州制に関する論議がかなり現実的な物となって来た昨今だが、私は道州制に反対はしない。

 むしろ、現在の地方自治の現状を見た場合、現行の都道府県制よりも、道州制の方がより効率的な行政政策が出来るのでは?と考えている。

 もちろんそれには幾つかの理由がある。

 それは、現在の都道府県制が出来た頃と比較した場合、交通網と情報網がここまで整備された現在では、より広範囲の管轄が容易になった事と、人口の過疎化・過密化で、県単位で行える事業が財政的に制約を受けている事、そして、道州制を導入する事で、現在の都道府県制よりもより強固な権限を自治体に持たせ、官僚の地方支配体制を打破する道を拓く事にある。

 まず最初の論点について言えば、高速道路網が一部地域以外にはほぼ行き届き、行政の管轄可能な地域は劇的に広域化した。

 考えてみれば、現在の都道府県制になったのは明治時代の話で、2時間で到達可能な距離はその当時とは比較にならない程に広がっている。
 また、情報網の発達は、高速インターネットにより、高度医療を在宅で受けられる事を可能にするまでになった。
 現在研究中の送電線を利用してのインターネット利用が実用化されれば、ブロードバンドが導入されていない過疎地域でも、高速インターネットの利用が可能になり、それは僻地医療問題を劇的に解決させる事を可能とするだろう。
 また、その高速通信設備を活用し、市町村単位で行っている行政サービスを州政府で一括管理する事も、難しくは無いと私は考える。

 それに関連する事になるのだが、地方自治の集約・一括管理が可能になると、現在、財政的に危機に陥っている幾つかの自治体を、道州単位に集約する事によって組織のスリム化が可能になり、人員削減によって無駄な予算や事業をカットする事が出来るので、現在の県単位では行えない人員整理や事業計画の見直しが可能になったり、財政的に不可能だが重要な幾つかの事業が、州単位だと施行出来るようになる余地が生まれる。

 そうなると、現在の国からの交付金頼りな地方自治体が、国家の管理から独立出来る可能性が生まれ、また、国会議員も自分の出身地への利益誘導から解放される為に、国政に専念出来るというメリットか生まれる。

 本来、政治家の仕事とは利害の調整と資本の再分配、対外交渉と国益の確保だった筈なのに、いつの間にか、与党議員の仕事の大部分が地元への利益誘導になっている訳で、さらにそこへ官僚による地方支配が加わり、結果として、資本の不平等・非効率な分配システムが出来上がり、さらに癒着と汚職の素地が形成されている。

 これらを、道州制を導入し、さらにそこに財源委譲を行う事によって地方自治体を財政的に独立させ、国政を地方管理(支配)から開放させ、彼等には国益確保に専念してもらい、市民への行政サービスは地方自治体に任せる方が、より公平な、効率的な、行政運営が可能になると私などは思うのだが。

 話は少し逸れるが、仮に道州制が導入されて四国四県が「四国州」となった場合、過去にあった異常渇水時の様に、“水不足に苦しむ香川県の為に”と言って当時の高知県知事が、早明浦ダムの発電用予備貯水分を放水させた時、早明浦の水は高知から徳島を経て香川用水に流れるのだが、徳島県が「徳島に入ったらウチの水だ」と言って一滴も香川用水に廻さなかったのだが、そういった事は無くなると思われる。

 言っておくけれど!

 高知は四国全体の為に村を一つ沈めてまでして巨大ダムを建設したのであって、徳島に水を安定供給する為や、建設補助金が欲しくてしたんじゃないんだからね。


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