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2006.03.13

ケチつけ屋は、天国にだってケチを付ける

 このタイトルは、僕の好きなアメリカ小説家の1人、H.D.ソロー氏の作中に出てくるフレーズだ。

 シスコで寿司職人助手をやっていた頃、板前同士のモメ事で、尊敬していた先輩の板前さんが、長老格の板前さんから仕事に無関係な事にまでケチをつけられていた時、ケチつけてる板前さんがいなくなった後に、僕はその先輩板前さんによくこの言葉を言って、ケチそれ自体を笑い飛ばしていた。
 ソローの小説に出てくるくらいだから、アメリカにもそんな『ケチつけ屋』は遠い昔からいたんだろうけれど、日本に帰国して、就職して組織に属してみると、いるいる。ケチつけ屋さんがあちこちに(^^
 言われた通りに仕事をしても、そこに何か“完璧で無い要素”を見つけると、それをキツく口撃してくる。普通の仕事で完璧主義を追い続けると『燃え尽き症候群』になっちゃうけれど、人命を扱う職場に居る以上は、“なあなあ”で仕事をする訳にはいかないので、つつける重箱はマチ針でつついて欲しいのだが、相手の言い分が正しいから余計に、ケチつけられる度に、こちらはメゲてしまうのでした・・・。
 ケチつけ屋さんの中には自分にはとことん甘い人もいる(それもかなり沢山)ので、そーゆーケチつけ屋さんならこちらはうんざりさせられるけれどそれを笑い飛ばす事も出来るんだけれど、幸か不幸か、まだ今の職場ではそのタイプのケチつけ屋さんには出会っていない。(と言う事にしておこう・・・)
 天国にだってケチを付けるようなケチつけ屋さんから、ケチの付け所も無いような仕事が出来るようになりたいものだ。

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