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2006.03.30

趣味は勉強です~学校教育の罪・編~

 ホームヘルパー1級講習もほぼ終了した昨今(後は実習を残すのみ)、空き時間には通信制の高等学校社会福祉専攻科のテキストを読んでいる。必修科目自体が興味のある分野で構成されていたが、選択科目ではさらに、自分が知りたい・学びたい分野を選んだので、“学ぶ事”自体はとても楽しい。

 34歳にもなって楽しみながら学問に励んでいる私だが、学童期の僕は成績こそは中レベルを維持させていたとはいえ、勉強は好きではなかったし、学校は嫌いで嫌いで仕方が無かった。
 僕の勉強嫌いはきっと、あの傲慢で横柄な教師達と、将来、効率的で生産的な賃労働者になる為の訓練としての学校システム、それと校則があるからだ!! と、そう自分の中で結論付けていたが、今読んでいる『人間学』のテキストに、それについて”目からウロコ“な論が述べられていた。テキストによるとこうだ。

現代の教育の特徴
現代の教育の特徴として、次の5点が指摘できます。
①学校教育の肥大化と教育の細分化
②能力主義と社会的役割の選別機能の高進
③達成価値と生産的人間の再生産
④教育工学の発達
⑤発達診断、教育評価テスト、内申書制度、カリキュラムの規格化と画一化などを含む、管理教育の普及。

 こうした特長を持つ教育が、自律的な学びを支えるどころか、逆に学びを妨げるように働くのは、自明の事と言えます。

(「人間学」栗原彬著、日本放送協会学園発行 より抜粋)

 ほらっ!学校教育が勉強を嫌いにさせるシステムである事が、学者からも指摘されているぞ!!

 本来、人間形成の発達段階である学童期にある者達に、生きる知識と技術を授ける筈の教育が、”学びを妨げるように働くのは、自明の事と言えます”と、人間学者に断言されてしまう様になってしまった。
 学びを妨げる教育システムの中で過ごし、その性格故に、『学校』という集団の中にある、『教室』と言う小グループ、その共同体を維持する為のスケープゴート(犠牲の山羊)とされる事が多かった私が、勉強嫌いになったのはこれもまた、自明の理だったと思う。

 学校嫌いの私がそこそこの大学に入る為、受験勉強に時間と労力を捧げる事は非合理的だと思えたし、さらに入学後最初の2年は受験勉強の反動で遊びまくり、残りの2年を不毛な就職活動に捧げ、4年間で何も学ぶ事無く卒業して社会に出るこの国の大学教育システムに魅力を感じなかったし、そこに資本を投下する価値を見出せなかった。
私は幸いな事に『バイクレース』に魅せられそこに身を投じたので、日本で不毛な大学生活を送る為に時間と労力と資金を浪費する事無く、高校卒業と同時にバイクレースの世界に飛びこみ、実に充実した10年を過ごした。

不幸にも鈴鹿サーキットでのテスト中のクラッシュで、レースが出来なくなってしまった私だが、
幾つかの偶然が重なって”学ぶ事”の楽しさに気付き、紆余曲折を経て今に至っている訳だ。

 “教育”と言う、学びを妨げるシステムによって、最も頭の柔らかい、脳が可塑性に富んでいる時期に学問に身を投じなかったのは残念ではあるが、流動性知能は年齢と共に衰えるが、過去に獲得された知識や経験に基づく、”結晶化された知能”は、歳を取っても衰えない事は、脳科学的にも、心理学的にも証明されているから、これからも、知的好奇心の赴くまま、ずっと学び続けていたいと思っている。

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コメント

私は学校(高校まで)の勉強、結構好きでしたよ!
とりあえず「やれ!」「点取れ!」といわれてるぶんだけクリアしておけば、あとは勝手やん?!と思っていたので・・・。テスト週間は早く帰れるので、好きな勉強ができてうれしかったですねぇ・・・。超進学校だったのでしばりがきつかったぶん、「学校の勉強なんか真面目にやるほうがバカ」ということに高校で気付くことができました。
その結果・・・大学では教育大学にも関わらず教職に振り回されることなく、音楽専攻にも関わらず他の科目も履修し、あげく単身タイに渡り大学生という身分を最大限に活用し楽しい日々を過ごすことができました。
ともかく、学ぶことが楽しいって知っているひとは人生において間違いなく「勝ち組」ですから、この調子でいろいろ吸収していけたらいいですね!

投稿: hana | 2006.03.30 08:08

hanaさんって何となく、優等生的な雰囲気を感じていましたけど、やっぱり学童期を進学校生として過ごされてきてたんですね。(^^)

僕は、勉強は嫌いではなかったのですが、学校と校則と生徒指導部の教師達が嫌いで嫌いで仕方が無く、高校入学時は成績優秀者として入学しましたが、卒業時には平均成績が3.2って位まで低下していました。

格差社会に関しては、経済的に「勝ち組」とされている人を人生で沢山見てきて、「欠乏欲求が満たされただけの人」が、どこか寂しげに見えたのですが、彼等は本当に勝ったのでしょうか?そして、低所得者だけど毎日が充実してる僕は負けてるのだろうか?って時々思います。
これについては書きかけの記事があるので、近い内にUPしますね。

投稿: mizzie | 2006.03.30 21:03

ははは・・・優等生っていうか、ただ単に要領がよかっただけですよ!
教師たちの言ってることにとりあえず従っておけば、勉強さえできればマークされることはない!と早くから気が付いていたので、勉強の面でも、生活の面でもうまく立ち回っていましたね・・・。
反抗するために彼らと同じ土俵に立つなんてバカバカしいと思っていました。
とはいえ高校では数学が実は苦手で、かなり苦戦していたのですがこれも頑張って努力してついにテストで100点を取ることに成功!このころから勉強することの本当のおもしろさに目覚めましたね。懐かしいな数学・・・。

投稿: hana | 2006.03.31 09:22

hanaさん>
僕も、高校二年まではそうやって上手く立ち回っていましたが、3年の時に校則に対する締め付けが悪魔的なものになり、それを取り締まる生徒指導部の、不合理で不公平で不条理な教師に目を付けられ、最後には停学処分までもらって一気に勉強(学校)嫌いになってしまいました。

数学、面白いですよね。ちょっと難解な数式が解けた時には、ちょっとした感動がありますよね!

投稿: mizzie | 2006.03.31 13:05

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