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2006.03.04

情熱は、人を動かす・情熱は、奇跡を起こす

 過日の記事で、
『相手の気持ちを害さずに、気持ちを届ける事の難しさを考えます。』
 と言う反応を頂いた。確かに、こちらが好意でした・言った・仕向けた事が、相手にとっても良い事なのか、行為者が完全に理解するのは不可能だ。だってそれを受ける側の深層心理、心の最も奥底の、当人以外誰も入る事はおろか近づく事も出来ない領域を、他人が理解する事など不可能なのだから。
 そして、客観的視点から自分を見る事もまた、誰にとっても難しい。特に、それが相手にとって良かれと思ってした事なら余計に。
 極端な例として、主観として“善”だと信じた事が、客観としては“害”になる事が良くある事は、人類の歴史を見るまでも、宗教戦争の例を見るまでも無く、誰にでも理解出来ると思う。

 でも、『思い遣り』を原動力にした行動が、相手にとって完全な害悪になる事はあまりないと思う。もちろん皆無だとは決して言えないが。
 『思い遣り』は、英語では“Compassion”と書く。この単語の“Com-”は、“共に”・とか“全く”とか、複合を意味する接頭辞で、“Passion”は皆も知っている様に、“情熱”である。(古語や廃語として、“殉教”や“受苦”と言った意味もある)
 情熱、それも優しさの方向に働く情熱が集まって、“思い遣り”や“慈しみ”になる。僕はそう考えていますが、相手(行為の享受者)の役に立ちたい、相手の為になりたい、相手を助けたい、そんな情熱が集まって出来るのが、“思い遣り”だと思います。
 自分達の掲げる“正義”の下、価値観や思想・信条の違う相手を屈服させたり、排除したり、改心させる事とは違う、相手を想う気持ちから生まれる心象。それが、


 思い遣り

 それの主体はあくまで行為の受け手であって、行為者では無い。それは見方によっては、それをして感謝されている自分を望んでしている、『利他的利己』と似ているが、それとも少し違う。利他的利己かもしれないが、そこで望んでいるのは、受け手からの感謝ではなく、行為者の自己犠牲で受け手が利益を受ける事。

 もしかしたら、それをされる事で相手は気分を害するのかもしれない。だけど、全体的に見れば、相手にとっては利益になる筈だ。
 理想には届かないのだけれど、何もしないでいるよりはずっとマシなそれを、“でも、もしかしたら・・・”と言った想いを抱えながら、その曖昧さに耐えながら、より良い何かをもとめ続けて行くしかないのでは無いのだろうか?

 もしかしたら、この人にはそれは良くないのかもしれない。だけど、それで助かる人の方が絶対に多い筈だ。だから、曖昧さに耐えながらでも、続けていくしかないと僕は想う。

 今、世界全体がギスギスした暮らしにくい方向に向かっている。

貧困
疾病
偏狭
圧迫
偏見
隷従
専制
略奪
強圧
悪意
支配


 酷すぎる。

 何故かって?強者・特権階級者にとっては、そっちが快適でラクだからさ!

 正義や友愛や理解や共有や共感や協調や授与と言った物事は、かっこいいけど疲れるし、報酬はあっても微々たる物で、大抵は0かマイナスだ。
 ある映画監督(オリバー・ストーンだったと思う)がその作中で主人公に、「生物はその環境で快適に生きる為に進化を遂げてきた。なら、悪人は進化した人類だと思わないか?考えても見ろ、あくせくと働くよりも、そうやって働いた奴から奪い取る方が簡単だしラクだ。面倒臭い話し合いなんかしてるよりも、反対する奴には一発ズドン!とやっちまえば一発でカタが付く。(おぉっ!これではまるで今のアメリカ政府では無いか!!)」と、社会を逆説的に批判する為に語らせていた。
 その、環境で快適に生きる為に進化を遂げてきた私達人類は今、私達自身を滅亡させてしまうほどの力を手に入れた。
 だから、次のステップに進まなければならない。

 自身の快適さを追求しない進化を。

 生きる為に必要な物は全て持っている私達には、その進化を遂げる素質が備わっていると信じている。
 確かに、それでプライドを傷付けられる人もいるかもしれない。だけど、それで喜ぶ人や助かる人はもっともっといるかもしれない。だから、それが完璧では無い事は判っているけれど、とにかく行動を起こそう。
 最初の一歩を踏み出そう。
 今考えられる最もマシなやり方で、それで上手く行かない可能性がある危険性と曖昧さに耐えながら、とにかく理想を追い続けるしかない。
 やじろべえの様に振れ続けながら、id(本能的衝動)に流されず、ego(利己)に走らず、super-ego(超自我、自我を監視する無意識的良心)に辿り着くように、僕等は今、それを自己に求め続ける事の出来るレベルまで辿り着いたんだと思う。

 理想には遠く及ばない。それは常に自覚していなきゃいけない。だけど、このまま何もしないでいたら、全てが取り返しもつかない事になってしまうかもしれない。
 情報も、資本も、権力も、影響力まで、僕らには何一つ無いけれど、とにかく始めよう。“いたわり”と“友愛”を原動力にした、“思い遣り”という情熱の集合体で、弱肉強食のジャングルに変わりつつある、この世界を変えよう。

情熱は、奇跡を起こす。
情熱は、人を動かす。
そして、

愛だけが、僕を、あなたも、そして全てを導く。

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