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2006.03.12

生き方の美学・土佐庶民編

 高知の西部に、四万十川の源流も流れている『窪川町』という町がある。田畑と山林と河川が面積の殆どを占めているような過疎地で、夏の夜に窓を開けていると、カブトムシやクワガタが飛び込んで来る様な、東名阪地区に暮らす人には理解も想像も出来ない様な田舎町だ。

 今日付けの「こども高知新聞」に、その町にある東又小学校という学校で起きた、とてもほのぼのとしたニュースが報じられていた。事の顛末はこうだ。

 ある朝、その小学校の体育館前に一匹のネコがうずくまっていたらしい。
 「なぜこんな所にネコが?」
 と思い、子供達が近付くと、そのネコは小動物用の罠に掛かってしまい、怪我をしてうずくまっていたのだそうだ。
 「子供」というのは、特に女の子達は基本的に優しいので、そのネコを助けようとするが、野良猫であるそのネコは当然逃げてしまい、そのまま数日が経過、体力的に衰弱した所でついに捕まり、そのまま先生が町の獣医に診せたのだそうだ。
 既に罠に掛かった足の指は壊死しており、その部分は切除されたようだが、それ以外の部分は無事だったらしい。で、子供達によって保護された猫だと言う事もあっただろうが、この獣医、その所作によって子供達に、「慈愛」、「高潔」と「清廉」、「無私」を示した。

 学校に迷い込んだ野良猫を保護し、獣医に診せた教師が処置終了後に治療費を払おうとするとこの獣医、その教師に、

 「このネコは野良猫やき、あなたからお金はもらえません。」

 と言って、治療費受け取りを拒否し、1円も受け取らなかったのだそうだ。

 日本のペット産業、ペット1匹に一ヶ月辺りで使われるお金の平均額は、ドル換算で貧困国に住む子供達の一ヶ月辺り生活費の数倍で、獣医も都市部では「儲かる仕事」なのだろうが、町民人口にはカツオも含まれているのではないか?と言うくらいの田舎町窪川では、獣医が決して儲かる仕事では無い事くらいは、容易に想像がつく。
 しかしながらこの獣医師は、自らの技術に対する報酬として正等に受け取る権利のある、治療費受け取りを拒否しただけでなく、身銭を切って(処置に使われる薬品や器具、用具は医師持ちだ)野良猫を助け、子供達に矜持と気位の高さを示し、『生き方の美学』を学ばせた。

 治療費を払おうとした教師は、子供達が野良猫を保護した事によって、「命の尊さ」を子供達に学ばせる機会を得たと思ったのだろうが、そこへさらに、この獣医が「生き方の美学」を身を持って示した。
 傷付いた野良猫を助けようとした子供達は、「強者は弱者を救う事が出来る」という現実と、「命は尊いものである」というシンプルな原則、そして高潔と清廉を貫いて生きる事はかっこいい。という理想を、体験し学ぶ機会を得た。

 勝利至上・格差容認の、「上にいる奴は引き摺り下ろせ・下から来る奴は蹴り落とせ」な競争社会に暮らす都市部の子供達が、信じ難い様な残酷な、醜悪な犯罪の被害者になったり加害者になったりしているその時、高知の子供達は、鮎を友に河で遊び、鳥と共に春を歌い、さらに身近の大人達が示す日々の所作によって、「生き方の美学」を学んでいる。

 マズローの欲求階層論、その上から2段目にある、「自意識欲求」に属する所有欲・支配欲・名誉欲を満たすことを飛び越し、「自己実現」から「自己超越」に向かっているとしか思えない人達が普通に暮らしている土地、高知。
 そりゃあ、県民平均所得で毎年沖縄と最下位争うわなぁ・・・。

 後日談としてこの野良猫、治療後数日間は児童の家で暮らしていたが、体力が回復すると勝手に家を出て野良猫に戻ったらしい。
 飼い猫として平和に安逸に暮らす事よりも、野良猫として生きる事のリスクを引き受けてでも、自由に生きる道を選んだこのネコもまた、土佐っ子精神を宿したネコだった。と言う事なのだろう。


参考記事; 高知新聞・3月12日付朝刊「こども高知新聞」〜わなにかかった野らねこを救出〜 西森綾乃記者 より

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