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2006.05.14

自由と言う名の不自由

 依存と支配が対になっているのと同様に、自由と責任も対になっている。何かに依存していると全ての責任と判断を相手任せに出来るので、気楽な事この上ないが、依存者は被依存者に支配されるという面も併せ持つ。
 同様に、自由でいるという事は、全ての決断・判断を自分で行える代わりに、自分で決めたそれらについての全責任を負う事になる。

 子は親に依存している限り、親の支配下に入る。
 食事の献立に意見を述べる事は出来ても、それらの食材をどこでいくらに値切って買うか、ソコまでは口出し出来ないだろう。(ハンガーストライキくらいは出来るかもしれないが)
 進学や就職、家族によっては子供の友達付き合いや趣味にまで干渉するが、その代わりに子供は自力で収入を得る責務と、必要な家事の内、かなりの部分から解放される。

 社長は自分の判断で物事に対する決断を下せるが、下したその決断に対しての全責任を負う。(東アジアにあるちいさな島国は恥ずかしい例外)
 部下に意見を求める事はあっても、それを採用、または参考にする、最終判断を下すのは自分だ。企画、立案、計画、実行、全て自分の裁量でコストと人材と時間を配分し、得た利益の大部分を手にする。しかし、失敗した時はその責任の全てを負う義務が生じる。(東アジアにある対米追従の某国は情けない例外)

 独立したり昇進したり、自由が増えれば増える程、義務と責任も増えていく。数が減ればその一つ一つが重くなり、その総量は自由度と確実に比例する。

 ある種類の人達は、その拡大する義務と責任を背負い込む事が出来ず、責任を恐れて身動きが取れなくなり、組織を硬直化させてしまう。そうで無い人も確実に、自由度と比例して増えた義務と責任を背負って生きている。この世界には「完全な不自由」も無ければ、「完全なる自由」も無い。

 この世界には、オンリーワンになる人、ナンバーワンが相応しい人がいて、そしてナンバー2で居る時に最も輝く人、大衆の中に埋もれる事で、自分らしさを取り戻せる人、実に様々な人がいる。

 でも、そこにはどれが正しくてどれが間違っているか。とか、どれが偉くてどっちが劣っているか。も無いと思う。依存と支配、従属と独立との配合比率に違いがあるだけだ。



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コメント

東アジアの某島国には「ナンバーワン」やら「オンリーワン」はそれなりにいますが「偉大なるナンバー2」がちょっと少なすぎるような気がしますね~。戦国武将で言うなら黒田官兵衛とか。三国志でいうなら諸葛亮孔明とか・・・。
例の島国には「オンリーワンなうえにナンバーワン」でもある変人がなにやら頑張っているようですが、彼もナンバー2選びには苦戦しているようですね・・・。さて、どうなることやら。
そういえば某大国にもオンリーワンでナンバーワンな舌っ足らずおじさんがいますが、支持率はどんどん下がっているうえに意味不明な発言ばかりが最近目立ってますな。。。

投稿: hana | 2006.05.14 08:55

東アジアにある亡国(誤字)、偉大なるナンバー2も、探せばそれなりにいるのですが、ナンバー2はその性格上表にでる事が殆ど無い為に、注目を集める事が無いままにその生涯を終えてしまうんだと思います。外交的に国家を支えた小村寿太郎とか、戦術家の秋山好古・真之兄弟とか。

世界で最後に新年を迎える超大国のナンバーワンさんですが、彼の場合は取り巻きがアヤシ過ぎるのでそっちの方が怖いです。J○Kは端的な一例ですが、一部の特権階級者達の利益の為なら、大統領だって平気で暗殺しちゃいますからね、あそこは。

投稿: mizzie | 2006.05.14 16:53

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