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2006.06.18

過去を誇るは現在の情けなさの象徴

 「mizzieが元レーサーだったなんて信じられないね。」
 職場で、僕はよくそう言われる。
 元・国際ライセンスの全日本選手権参戦レーサー(結果は残せなかったけど・・・)で、引退後はメカニックとして鈴鹿選手権で年間タイトルを獲得し、その上移民として渡米していたので日常会話レベルの英語は完璧。な僕だけど、その事を他人に語る事は殆ど無い。
 僕が自分の過去について語っても、いじめられっ子だった学童期を除けば、それは自慢話にしかならないし、人の自慢話なんて、聞いていて気持ちのいいものでは無いからだ。

 それに、確かに昔は凄かったのかもしれないが、それは既に過ぎてしまった事だ。今はもう走ってもいないし、誰のマシンも担当していないし、英語を必要とする環境にもいない。
 過去しか語る事が無いと言うのは、如何にも今が空っぽな事を象徴しているようで、過去に関しては聞かれない限り答えないし、その答えも可能な限り最小な物にとどめるように気をつけている。

 過去の自分の華々しさが表に出ないよう、細心の注意を払っているのは、今の自分が他人から「凄い!」と言われる仕事が出来ていないからだ。「大した事ない奴」になっている今の自分が過去を誇っても、「元レーサーだって言っても大した事ないね」と言われるのがオチだろう。そしてそのセリフを言われるのは、僕にとって最大の屈辱だ。

 過去を自慢するのに資格や条件があるとしたら、僕はそれらをクリアしてはいない。だから、僕は過去を語らない。
 今、過去を誇るのは、文字通り命懸けでレースをやっていた頃の自分と、かつてのレース仲間達に対して失礼だ。そんなのは僕の矜持が許さない。

 もちろん、自分を向上させる為の努力は続ける。過去の実績に相応しい程の評価を勝ち取る為に。しかし決してその努力は他人には語らない。人には言わずに黙ってやる。
 そして、「大した事ないね」の評価が「あいつはやるね」に変わったら、次のステップに進む時が来たという事だ。



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