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2006.06.25

悔しい。

 今、『高齢者の心理と看護・介護』
(赤塚大樹・濱畑章子 共編 培風館発行)
 と言う本を読んでいる。
 自分が普段接している高齢者の事を、をもっと理解したいからと思って、購入した本だ。
 この本を読んでいると、日々の自分の仕事に対して、本当に情けなく、歯痒く、悔しい思いがする。

 こんな仕事じゃ全然ダメだ。被介護者にとっての介護なんて、全然出来ていない。
 これは僕だけじゃない。ベテランの先輩、技術的には圧倒的に優れる先輩、誰一人として、この本で述べられている「かかわることの態度と倫理性」に則ったケアが出来ている人はいない。

 「施設とは違うんだから・・・」
 「ここは病院だから・・・」
 「人的資源が足りていないから・・・」

 そんなの言い訳に過ぎないよ。
 「出来ない」と「やらない」には、天地以上の開きがある。
 「出来ない」じゃない。やってないんだ。

 常に人的にギリギリで仕事を回しているから、業務優先の「やりやすい介護」をやっているのが我が職場の現状だ。凄腕のベテランさんで物凄く要領良く効率的に仕事を進める先輩も、確かに技術は凄いけど、そうやって「やりやすい介護」をする事で、被介護者の大切な物を喪失させていっている。

 24時間オムツをしている入所者さんの中に、オムツ外しを試してみてもいいのでは?と言う方が過去に何人かいた。しかし、それに関して何かを言う人は皆無だった。
 尿意、便意共に喪失しているが、定時のトイレ誘導で排泄は半介助ながらもトイレで出来ている方がいた。しかし数日前のミーティングで、仕事が回らなくなるのでオムツ使用に変えるようにケアマネに相談しよう。という議題がまとまった。

 休憩時間を削って、さらにボランティア残業をしないと業務が終わらない。それくらい業務に追われている現状で、業務以外に人手が取られると仕事が回らないのだ。
 医療制度改革による診療報酬見直しにより、財政的に厳しさを増した病院経営の現状では、人件費が削られる事はあっても、増やされる事は無い。

 オムツ外しが上手く行けば、コスト低下が見込めるかもしれない。
 それよりも、被介護者の快適度・満足度は間違いなく上がる。

 でもやらない。

 下肢筋力低下で、自力で直立が出来ない利用者へのポータブル介助は、はっきり言わなくても重労働だ。もちろん時間も掛かる。
 ただでさえ忙しく、雇用契約で昇級無し・残業手当無しの契約社員である介護職員にとって、手取り15万ちょいでそこまで出来るか。と言うのもあるのかもしれない。

 でも、そこで「効率よく業務が進められる介護。」を選択している僕等は、間違いなく入所者のADL低下に多大な貢献をしている。

 僕は、ライフステージの最終段階に来た彼等に、少しでも気持ちよく生きて欲しいから、その助力がしたくて介護の世界に身を投じた。
 業務に追われる職員に気遣い、頼みたい事も我慢し、その結果の失禁に心無い言葉を浴びせられ、自虐的・自己否定的な発言しか出ない高齢者の、延期された死を観察する為にこの世界に入った訳じゃない。

 働きながら、物凄いジレンマを感じながら、少しでもベターを求めて働く僕は、入所者からの評判が良い分、周囲からの嫉視もそれなりにある。
 施設介護はチームワークなので、そこからはじき出されないように、注意しながら様々な局面で妥協、あるときは絶望しながら仕事をしている。

 そんな、ズルい自分が時々情けなく、
 そしてしょっちゅう、悔しくなる。

 最後に、上で挙げた本から一説を引用する。

『・・・苦しみの中から<人間の尊厳>を回復したいと願う人達の声を聞く、<人についての専門家>が必要なのだ。・・・その人の<スピリチュアルな苦しみ>をケアできるようになっておくべきだと思う・・・』

 介護者として、それが全く出来ていない僕は今、物凄い怒りと悔しさ、屈辱を感じている。



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コメント

難しい問題ですが・・・
原因はたくさんあるんでしょうけど、日本の「介護」システムはもともと「慈善」だとか「奉仕」だとかそのへんから来ているので仕方ない面も現段階ではあるでしょう。それに怒りをもち続けることは大切なことです。
大きなことはできないけど、小さなことでもいいから心に寄り添った温かみのある対応を少しでも積み重ねていきたいですね。

投稿: hana | 2006.06.25 09:14

う~ん、なんだかこの施設介護の仕事をやっていると必ず考えさせられるこの話題。
施設は合理化、コスト削減を望んでる。最小限の人数で早く仕事を済ませることを望んでる。
しかし、相手は物ではなく人なのだ。流れ作業で出来るものではない。相手に意思はある。トイレだって行きたい。
・・・・でもひとりにかまっていると全体の業務が遅れてしまう。どんどん時間が押すと職員も帰れなくなる。ストレスがたまる→利用者のケアが手抜きになる→まさに負のスパイラル~・・・。う~ん、ツライ・・。

投稿: りえぽん | 2006.06.25 10:57

hanaさん>
トイレでの排泄が可能だった人が、施設側の都合でオムツ使用になる時、施設はその人に対して、何か取り返しのつかない事をしているような気がします・・・。記事で触れた方は結局、夜間はオムツ使用になったのですが、それに異議を唱える事が出来なかった自分に今も、酷い罪悪感と無力感を感じています。
りえぽんさん>
今回の一件もあって、現場の介護職員は間違いなく、そう遠くない将来、全てロボットにその職を奪われる事になる。それを確信しました。
僕個人としては、ビジネスで介護をやっている経営者達が、一刻も早く市場から退場させられる事を願います。

投稿: mizzie | 2006.06.25 19:42

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