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2006年7月

2006.07.31

異常気象


 今年の梅雨は長かった。大雨に祟られた九州ほか各地では死者まで出たし、総雨量だけみてもちょっと近年には無い。って位の異常気象ぶりだった。
 これは日本だけでなく、中国や韓国、北朝鮮でも異常気象による被害が出ている。気象現象は地球規模で起こるので、日本を襲った異常気象が東アジア全体に及んだのは当然とも言えよう。

 気象学者やコメンテーターは、異常気象の原因としてのジェット気流の蛇行や、太平洋高気圧等、東アジア、西太平洋の気圧配置を挙げるが、それらの原因ともなり、恐らく直接の原因でもある『地球温暖化』を忘れてはいけないと思う。

 京都議定書での約束を果たす事が難しくなりつつある日本だが、世界最大の二酸化炭素排出国であり、京都議定書の批准を拒否し続けているアメリカが、地球温暖化防止の最大にして最強の障壁である事は間違いない。

 自国(の大企業)の利益の事しか考えないあの国が、圧倒的で決定的な異常気象に襲われて甚大な被害が出ない限り、地球温暖化防止に本気で取り組む事はあり得ない。
 が、この異常気象はアメリカにも影響を与えているようで、今年のカリフォルニアは死者まで出るほどの熱波にやられているらしい。

 でも、カリフォルニアは元々、志の高い、自然志向の強い人達が沢山いる州だから、そのリベラルな地区を異常気象が襲っても意味が無い。カトリーナもびっくり。ってくらいの巨大ハリケーンが東部に上陸するとか、北東部が毎年大洪水に襲われるとかぐらいになっても、アメリカの支配階層が地球環境保護に目を向けることは無いんじゃないのかな?

 世界中が、そのワガママで自分勝手なアメリカに「No!!」を突きつけないと、それがアメリカにとって無視出来ないくらいにならないと、地球温暖化は果てなく進み続けると思う。

 だから僕は、アメリカ製品を絶対に購入しない。


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2006.07.30

大惨事世界大戦

 またまた中東がアブナイ。
 誕生以来ずっと、イスラエルと小競り合いを続けていたヒズボラが、イスラエル兵を拉致し、収監されているヒズボラ兵士の釈放を求めたのを、イスラエルが突っぱねてヒズボラの拠点であるレバノンに攻勢を掛けたのがきっかけだったが、戦火は広がり、既に数百人のレバノン市民(キリスト教徒が多数含まれているのは皮肉的だ)を犠牲者として巻き込みながら、ヒズボラを支援するシリアとイラン、イスラエルを支援するアメリカ、他にも周辺諸国も巻き込みながら、出口の見えない、和平の落としどころもつかめないまま、レバノンとイスラエルをミサイルが飛び交っている。

 周辺諸国と紛争を繰り返し、その圧倒的武力で紛争の度に領土を拡大させてきたイスラエルだが、宗教的対立も背景にあり、周りを取り囲むイスラム国家群を常に敵対視しながら、中東に火種を撒き散らし続けている。
(杉原千畝が聞いたら泣くぞ)

 イスラエルの後ろ盾にはアメリカがいる訳で、イスラエル軍の兵器、その殆どがMade in USAだ。
 そのアメリカには、キリスト教原理主義者が結構沢山いるのだそうで、そのファンダメンタル・クリスチャンの連中は、エルサレム(?)を舞台にして、善と悪の最終戦争が起こり、そしてその時、キリストが再降臨して世界を救う。と言うのを強固に信じているらしいのだが、一部の狂信的なファンダメンタリスト達の中には、最終戦争を強制的に起こす事で、キリストの再降臨を早めよう。と考えている連中がいるんだそうだ。

 そいつらは、善のキリスト教徒と、悪のイスラム教徒が、中東を舞台に最終戦争を起こす事でキリスト再降臨を早めようと画策しているらしい。

 このファンダメンタリストと言う奴等は既に、アメリカ政界にもそれなりの人数が存在するらしく、彼等は自分達の意図を叶える為、意図的に中東を煽っているらしい。

 イラン、シリアから軍事技術と武器供与を受け、かつ兵士の戦闘意欲がとても高いヒズボラに、圧倒的軍事力を誇るイスラエル軍が苦戦を強いられている、かつレバノン市民に多数の死者が出た事で、レバノン全体に『反イスラエル』の風潮が強まり、攻撃開始当初は短期終結を目論んでいたイスラエルが引くに引けなくなり、ヒズボラの支援国であるシリア、イランを攻撃する事で、アメリカを戦闘に巻き込みたいと考えているらしいイスラエルの事情もあって、中東でイスラエル、イラン、シリア、レバノン、アメリカが巻き込まれる、大規模な戦争が起こり兼ねない可能性が生じつつある。(中東で戦争が起こっても日本には関係無いと思うかもしれないが、イランが戦争に巻き込まれれば、原油価格はバレル辺りで100ドルを超えるだろう。)

 このまま行けば、本当に中東を舞台に大戦争が始まるかもしれない。
 そしてイランとアメリカの戦争になれば、アメリカは核を使うかもしれない。
 そしてもし、中東を舞台に最終戦争が起きても、キリストは再降臨なんかしやしない。
 ただ、人類が滅ぶか激減するかするだけだ。


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2006.07.29

親睦会

 数日前、職員の親睦会が市内の和食料理屋さんであり、そいつに出席してきた。

 が、

 26名の職員中、出席者は僅かに10名。しかも殆どが看護士で、介護員は僕を含めた新人が3名のみ。
 ベテラン組は全員欠席。

 専業の看護士とちがって、介護員はパートとして主婦業との兼業が多いと言うのもあるが、そうではない20代の職員も全員欠席。

 普段、看護士と介護士の間に溝の存在を感じていた僕だが、それを確信させる事にもなった。

 看護士は皆、それなりのキャリアを持つベテランばかりで、職場を離れたといってもそれなりに気を使う新人職員にとっては居心地が悪い。
 料理が美味しかったのは救いだが、お酒の飲めない介護員側にとって、気疲れもする親睦会だった。ケアマネさん(看護師長兼任)はそれなりに職員全員に気も使っていたようだが、途中から主任さんと仕事の話で熱く語り始めてしまい、仕事に関して聞きたい事・言いたい事があって、でも他のベテラン介護士達の前では言えない話題(つまり、職員中心になっている業務に関する苦言だ)だった僕は、話し出すタイミングを失ってしまい、結局聞けずじまい。

 翌朝が早出の職員もいるので、解散は早め。
 で、介護員は皆が自転車で来てたので、看護士達とは別行動で帰宅の途に。

 ベテランの仕事に対する関わり方や、陰湿な新人イジメに辟易していた新人さん、帰り道で不満を噴出させる。二人とも、辞める決意はほぼ固まっているようで、でも納得がいかない事だらけのベテランのやり方に、同じ境遇にいる者同士、気兼ねなく不満を口にする。

 不平不満は言える時には言っておかないとダメだ。内に溜め込むのは健康にも良くない。
 で、僕は聞き役。

 「mizzieさん、あそこまで言われてよく腹が立たないですよね。あたしだったらキレてますよ。」

 「う~ん・・・僕は相手の言ってる事にも、「こんな考え方もアリかな?」って思う方だしね。そりゃもちろん、「ああしろ」って言われて動いたら別のベテランさんから「なにやってんの!」って言われてアタマくる事もあるけど、実績作って発言力上げる前に何言っても、「新人がえらそうな事言ってんじゃないわよ!」で片付けられて終わりだからね。」

 何て事を言っていたが、人間関係が対立を起点として、その価値観や意見の違う者同士がネゴシエイトする課程で妥協点や一致点をさぐりながら人間関係を構築して行く、ライダー&メカニックの世界で、また多人種・多文化混在国家で暮らして来た僕にとっては、対立が無い方がおかしい。と考える性質なので、彼等がイジメと感じている事を僕がイジメだと認識していなかった。と言う面があった点も否めないが、ベテランの新人に対する接し方については結論として、

1)この職場では、誰か弱者をストレスのはけ口として設定する機能を自動的に備えている。

2)新人がその「弱者」の重荷を背負わされる。

と言う意見がまとまった。そんな役目はゴメンだ!の新人さん二人は、既に辞める決意は固まったようだし、僕もそれを止めるつもりは無い。人は幸せになる為に働くのであって、他人の不満ガス抜きになる為に働くのではないんだから。

 じゃあ僕はどうだって?

 今の職場に残る事の最大にして唯一のデメリットは、ベテラン達のストレス発散対象にされる事だ。

 メリットは、通勤の便利さ。(徒歩2分)
 研修会、勉強会が頻繁に催されるので、自分のスキルアップに役立つ。
 ベテラン看護士達には気に入られているので、その人達が経験から学んだ様々な技術を直に・タダで教えてもらえる。

 デメリットとメリットを比較した場合、メリットの方が大きいので残っている。
 得る物が無くなれば次を探すし、キャリアアップのチャンスがあれば、迷わず掴む。

 得る物がまだあるうちに発言力が上がったら、ベテランにも苦言をどんどん言うつもりだし、利用者の為にも、職員中心になっている現状を変えたいとは思っている。

 また、メンタルストレングスがかなり強い僕は、少々のイジメくらいは平気(その代わりキレる時は静かに、しかし徹底的にキレるので性質が悪い)なので、後から入ってくる新人達にとっての避雷針の役目もしてあげなきゃな。とは思っている。

 そんな事を話しながらダラダラと自転車を漕ぎ、それぞれが家路についた。

 親睦会で、看護士と介護士が、ベテランと新人が親睦を深める事は無かったが、攻撃対象としてイジメられていた新人介護員は、「仲間化」により親睦が深まった。


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2006.07.28

自己と向き合う。 よこしま編

 以前、自分の内面と向き合うために、僕は自転車に乗って長距離を走ってくる事がある。と書いたが、今日も、ついさっきまで自転車で小一時間程走って来た所だ。

 携帯音楽プレーヤーを聞きながら走ったりする訳でも無く、ただ黙々とペダルをこぎながら、夜の高知市内を走り回ってきた。

 始めは、「梅雨も明けた事だし、久し振りにジムでも行って汗かいてくるか♪」なんて思っていたのだが、トレーニングメニューを記載したメモが何処かに行ってしまって、また最大筋力を測って・・・なんてのが面倒だったので、ジムはヤメにしてチャリトレに変更したのだった。

 夏の夜の気だるくて暑い夜風に吹かれながら、もくもくとペダルをこぐ。
 いつものように、アタマに浮かぶ色んな物事について、ペダルを漕ぎながら思索を巡らせる。

 いつもは、仕事に関しての物事や、ブログのネタになるような事、ここでは書かないような社会・政治・経済・国際・軍事がらみの硬いトピックについて思索をめぐらせていたりするのだが、この日は、ちょっとアタマに浮かんでくる物事の方向性が違っていた。

 始めは、「もし明日、余命6ヶ月って宣告されたらどうしよう?」
 なんて事から思索が始まった。

 「今掛けてるニッセイの保険、リビングニーズ特約があるから、そのお金でヨーロッパ旅行しよう♪」

 「ウィーンとベニス行って、ロンドンキャブ乗って、ザルツブルク音楽祭も行って、アムスも行って・・・。」

 「待てよ、どうせ死んじゃうんだから、アブナイ所も行きたいな。」

 「なら絶対にパレスチナとイスラエルとシリアとヨルダンだ!」

 な~んてコトを考えていたら、思索が邪(よこしま)な方向にどんどん進んで行ってしまい、

 「もし死んじゃうとしたら、死ぬ前にやっておきたい事」

 にテーマが変わっていて、
ブログなんていう公開された場なんかでは、絶対に書けないぞこれは。ってコト、モノ、ヒトに思索を巡らせていた訳ですよ。

 普段は、トレーニングか減量が主目的で、サイクリングしてる時はかなりストイックにペダルを漕ぎながら、クールに自己と語り合っている僕ですけど、

 今日の僕は、自堕落でえっちで貪欲で快楽主義な自己と、もくもくと語り合ってました。(^^ゞ

 理想主義でストイックでクールでいる事を自らに課している僕ですけど、年に数回、こんな風にダメダメな自分が顔を出す瞬間もあります。

 こーゆー時に誘惑が訪れると、簡単に引っ掛かって痛い目に会うんだろうなぁ・・・。

 この日は、小休止ついでに立ち寄った本屋さんで、『ヘルプマン』の6巻を見つけてそいつを即購入したので、それを読む為にまっすぐ帰宅したので、自堕落に流される事は避けられました。

 (作者の)くさか里樹さん、どうもありがとう!

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2006.07.27

職住近接のリスク


 ジリリリーン!!

 突然、夢の第4幕にいた僕を現実に引き戻さんと、電話のベルがけたたましく鳴り響いた。

 その日の僕は公休日。
「明日は休みだから」と、昨夜5時までテキスト読んだり溜まった用事を片付けたりしていた僕は、もうろうとしたまま受話器を取った。

 「ふゎい・・・むぉしもし・・・?」

 「mizzieさん?○×(職場の先輩)だけど、△○さんが急に来られなくなっちゃって、今すぐ出勤してきて!!」

 「ふぁい・・・ふぶ行きまし・・・」

 眠い目をこすりながらフトンから出て、ささっと身支度を整えて家を出て、電話から30分後には既に仕事にかかっていた。

 「今日はちゃんと寝てきたかね?」

 主任のその言葉に、

 「いや、実は今朝5時まで勉強をしてて、今も・・・眠さ爆発してます。」

「家が近くて直ぐ来られるからって電話したけど、それなら断ってもよかったのに。不注意で怪我させたりしないよう、充分に気を付けて仕事してね。」

 「ふぁい。微力を尽くしまぁす・・・。」

 それなりに気を使っていたお陰か、この日は何も無く無事に一日を終えたが、

『何かあった時、一番早く駆けつける事の出来る奴』

 と皆に認識されている僕は、何かあれば真っ先に声を掛けてもらえるという幸運(?)に属している。ある先輩職員など、終業直前にわがままばかり言う入所者に対して、
 「そこの窓開けてmizzieくん呼んだら、すぐに来てくれるから。」
 何て言ってるくらいだ。

 確かに、病室の窓から我が家は見えているので、僕が自室にいれば、そこから大声で叫べば聞こえると思うが・・・。


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2006.07.26

リサイクル臓器

 レース用のオートバイと言う物は、毎年、戦闘力の向上した新型が発売される。1台の値段は125ccで80万円、250ccだと180万円くらいだ。
 競技専用車は基本的に完全予約販売だが、資金的余裕のある選手や、その年が勝負の年だと考えている選手が、最新型マシンを購入する。

 僕は、95年に新型を買ってからは、引退するまでマシンを買い換える事は無かったが、エンジンに新型の部品を組み込んだりチューニングを重ねてきた僕のマシンは、戦闘力が新型と同等か、時としては新型に勝る事もあった。
 車体の方は、度重なるクラッシュでマシンを壊す度に、ダメージを受けた部分だけを交換したりしていて、最終的には新車の時から使っている部品が皆無。なんて状態になっていた。

 レース用マシンに限らず、余程致命的なクラッシュをしない限り、部品を交換すればマシンは復活出来る。古い年式のマシンを捨てずに取っておくのは、部品取り用に使えるからである。
 例えば、98年に鈴鹿で練習中、フレームにクラック(亀裂)が入った時、部品取り用にチームが持っていたマシンからフレームを移植して、僕のマシンは復活を遂げた。

 平均的な経済状態で長い間レースをやっていた者には、きっとその感覚が染み付いているのだろう。
 僕は自分自身を部品取りとして使えるようにと、財布に『臓器提供意思表示カード』を常時携行している。

 脳死状態になって、仮に奇跡的に一命を取りとめ、意識が戻る事があったとしても、脳死になって不可逆的損傷を受けた脳が回復する事は無い。その状態で生き続けるくらいなら、脳死判定が出た時点で、使える臓器は有効に使いまわして欲しいと思っている。

 死んでいるのは脳だけで、臓器はまだ使えるのだ。
 酒もタバコもやらない僕の臓器は、程度上の中古車みたいなものだろう。
 移植用として使わなかったとしたら、火葬場で灰にされてしまうだけなのだ。現状ではかなり状態のいい部品なのに、再利用せずに捨ててしまうのはもったいない。
 だから僕は、『臓器提供意思表示カード』を携行している。

 このカードは、レース仲間の先輩も持っていた。
 きっと、レースをやっていた人間は発想が似ているのだろう。

 使える物は何でも使え。な僕は、骨髄バンクにも登録している。


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2006.07.24

知るを楽しむ

 今、『知るを楽しむ 私のこだわり人物伝 ~チャップリン~』と言う本を読んでいる。

 映画を、喜劇を、芸術の域にまで高めた喜劇王、チャーリー・チャップリンには興味があったが、それがこの「知るを楽しむ」と言うNHKの番組で放送されているのを偶然目にして、テキスト本があるのを知ってすぐに購入した。

 ロンドンの貧民街で生まれ育った彼が、役者としてのキャリアを積み、アメリカで苦労を重ねて成功。

 
しかし社会批判的色彩の濃い彼の作風が時の権力者の不評を買い、ほぼ国外追放に近い形でアメリカを去った事。

 彼の秘書だった日本人、高野虎市にまつわるエピソードなど、

 この本は番組のテキスト本としてだけでなく、単なるチャップリン論としても、中々に興味深い本だった。
 チャップリンがその作品に、実に多様なメッセージを込めていた事なども、判り易く、かつ詳細に解説されている。例えば・・・。

 「独裁者」が、通訳の伝えている事とチャップリン演じる独裁者のセリフに大きなズレを持たせる事で、真実を伝えるニュースがフィクションを孕む危険性を告発し、現実とフィクションを主体的に見極める事の難しさを教えている事。

 「モダン・タイムス」のラストシーン、恋人と手を取り合って歩いて行くシーンが、夜明けに向かって歩く二人の影を、次のカットで逆方向に影が出ている(つまり、夕日に向かって歩いている)映像にする事で、希望への道はとてつもなく長く険しいと説く。その手法たるや脱帽である。

 この著者は最後に、チャップリンの映画が持つ多様性について言及し、

 「チャップリンの【多様性】、或いは異なった価値観と共に歩む放浪者の足取りにこそ、世界を一色に染めてしまおうとする「普遍性の暴力」に抵抗して、二十一世紀を共生の時代にするためのヒントがあると私は思っています。」

 と結び、単なる人物伝を政治性、メッセージ性のある論文にまとめている。

 僕が驚いたのは、この大野裕之と言う著者がまだ30代前半の若さで、映画学・舞台芸術論専攻で京都大学大学院博士課程修了という肩書きを持つ、チャップリン研究家だと言う事だった。

 一つの事を極めると、それで食っていく事が出来るようになる。その実例を見た気がした。

参照;知るを楽しむ 私のこだわり人物伝 チャップリン 著:大野裕行  刊行:日本放送出版協会 


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2006.07.23

人は弱い生き物だ

 僕は色んな人から、意思が強いと言われる。努力家だと言われる。我慢強いと言われる。

 しかし、自分がとても弱い生き物であることを、経験を持ってはっきりと自覚している。

 突然ぷっつりと折れる。切れる。しおれる。
 W杯決勝のジダンの心情も、多少は共感できる位だ。

 昔、趣味で占いをやっている知人がいて、友人達と一緒に、その人に占ってもらった事がある。それから20年以上経った今、当時の事を振り返ると、その時占ってもらった友人達については、ほぼ完璧と言っていいくらいに的中していたが、その人が僕について言ったのはこれだ。

 「あなたは、誘惑に負けなければ願いが叶います。」

 見事に的中だ。
 20代、誘惑に勝てなかった僕は、夢を叶える事が出来なかった。
 これ!と決めたら他の事は目もくれずに打ち込む僕は、その人生で何度か、ブラックホール級の強力な吸引力を持つ誘惑に襲われる事があった。
 その不可思議な力に抗えなかった僕は、その甘美な魔力に捕まり、陶酔し、耽溺し、堕ちて行った。

 そこには時間の感覚も無い。昼と夜しかないような空間で、非日常の世界に浸りながらその心地よさに酔いしれる。

 しかし、そんな非日常な時間は永遠には続かない。どこかで現実と向き合う必要に迫られる。

 そうやって現実と向き合う事を拒んだ者達がきっと、自殺の道を選ぶのだろう。

 そしてそちらを選ばなかった僕は、浪費した時を幾許か過ごした後で現実に回帰した。

 そして今、何も為しえていない自分がいる。

 僕は、人が思っている程には強くない。

 大体10年周期でやってくるその強烈な誘惑も、この歳になるとこちらも手だれてくるので、もう昔の様に簡単に負ける事も無いだろうが、今はその弱い自分を赦し、受け入れて、折り合いをつけながら何とかやっている。


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2006.07.22

日本を除湿しろ!!

 だらだらと続く梅雨にはいささか辟易しているが、僕は天気や気候を変える事が出来ないので、暑さと湿度に耐えながら日々を過ごしている。
 が、家族はそうでないらしく、帰宅したらクーラーがガンガンに効きまくっていたりもする。

 『チーム・マイナス6%』チーム員としては、「それはちょっと・・・。」な所がある訳で、設定温度を上げたり、冷房を除湿に切り替えたりして対処していた。

 その日、夜勤明けだった僕は、帰宅してシャワーを浴びて直ぐにフトンに潜り込んだ。
 夕方前に目が覚めた時には家族はおらず、僕と猫だけが家の中にいたのだが、冷房を嫌う僕に気を使ったのか、風通しが良くなるように、部屋・通路は開放され、雨の心配が必要ない場所の窓は全て全開になっていた。

 が、

 エアコンが全力で回っているではないか!

 おかん、エアコンで凝固させた室内の水蒸気は、室外機から排出されてまた外で蒸発しとるんやぞ。

 窓を開けっぱなしやったら、屋内の温度と湿度をエアコンが全力で下げても、気圧・温度の差で暖湿流と化した外気が猛烈に室内に侵入するやないか。

 どうやら母はこの鬱陶しい梅雨を、科学の力で変えようとしたのではなかろうか?
 しかしこの状態で快適な環境を作るには、日本中を除湿するしかない。
(厳密には、南からの暖かい湿った空気が次々と日本列島に流れ込むので、地球全体を寒冷化させないと意味が無いが)

 もしかしたら我が母は、この12畳用室内エアコンで日本中を、いや地球全体を除湿しようとしていたのではなかろうか?
 球体の表面積は半径の二乗に円周率を掛けたものの4倍なので、地球の表面積は約5億1千万k㎡。一畳は約1.65㎡なので、地球の面積を畳換算すると大まかに言って30913454550000畳。だから、我が家のエアコンが2576130000000台あれば、地球の除湿は可能と言う事になる。
 ただ、12畳用エアコンは大抵が600wくらいの出力を持つので、大まかに見積もっても154567800000kwの電力を必要とする。発電量100万kwの原子炉154568基分だ。

 かあちゃん!四国を原子炉島にするつもりか!?


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2006.07.21

剥奪

 僕が今の職場に就職した当時から、物凄く受動的で悲観的で、何事に対しても無気力な方がいた。言語でのコミュニケーションが可能な方が殆どいない我が職場において、その方は数少ない、充分な言語的コミュニケーションの確立可能な方だが、とにかく、受動的で無気力だった。

 様々な局面で悲観的になるその方を、少しでも元気付けられないかと接し方に工夫をこらしたりはしてみたが、僕が就職するはるか昔から入所しているその方は、徹底的に受動的で無気力で、外界を遮断するかのような無関心ぶりでもあった。

 また、長期の離職期間を経て、最近復帰してきたベテラン職員の方が別の入所者について、「前はもっとこっちに対しての注文が多かったのに、随分とおとなしくなったね」と言っていた。

 それを聞いて僕に、ある事が浮かんだ。
 滞米中、心理学を学んでいた際に習ったのだが、人間を含めた高等動物は、本来なら得られる物が剥奪された状態が長期間続くと、「無力感」が固定化されてしまう。一旦それが固定化されてしまうと、その状態から簡単に抜け出せる機会が訪れても、何もせずにその状態を受け入れ続ける。

 施設での暮らしにおいては、実に様々な物事が剥奪されている。入所が長期に渡る入所者達はその環境下できっと、生きる事に対しての「無力感」を獲得してしまうのではなかろうか?

 まず、そこでは個人が培ってきた文化と言う物が剥奪される。
 決められた時間で全てが行われ、起床、食事、入浴、就寝、人によっては排泄まで時間管理され、時間的・コスト的・人的資源的理由で、それは集団で一斉に行なわれる。そこに個人の尊厳など入り込む余地は無い。

 次に、その個人が持っていた役割も剥奪される。
 それまで自分が演じていた社会的なポジション、それは親だったり妻だったり夫だったり、管理職だったり技術者だったりといった、「社会に貢献している、ポジティブにコミットしている」と言った類の役割が、「他人の介助なしには生きられない」と言う、ミゼラブルな役割に書き換えられる。

 そして、個性の剥奪だ。
 施設入所者には、食事の献立を決める権利は既に無い。衣服も自分の好きな物を自由に着る事はもう出来ない。そして、最もプライベートな時空間である排泄行動も、大部屋の入所者にとっては周知を強制される行動の一つになってしまう。

 これは数十年前にE.ゴッフマンが指摘した、精神病院入院患者が無力化していく原因と全く同じなのだが、どうやら、そうやって「生きる」事においての極限状態(ある筈のものが無く、あってはいけない物がある状態)に置かれ、それが長期化した入所者達は、生きる事に無力感を抱いてしまうのではなかろうか?

 政府が現在進めている『脱・施設化』は、根源的理由は財政に困窮した政府がコストの掛かる施設介護を減らし、より安価な在宅介護に移行させたいからなのだが、ある程度以上のシビアなケース以外では、財政面以外でも施設介護は既に限界に来ているのではなかろうか?


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2006.07.20

せっかちラーメン

 僕はレースをやっていた頃、栄養学について少し学んだ事があって、"食べるもの"がどう体調に影響するか知り、それの影響でめったにインスタントラーメンを口にしない。
 年1回あるかないか。ってくらいだ。
 その、ごく稀に訪れるそれを口にする状況というのは、血糖値がマイナスになってしまうくらいの空腹時で、残業中のコマネズミよりも忙しい、食事になんか時間掛けてらんないんだけど、何か食べないとハンガーノックで動けなくなっちゃうかも?って局面だ。

 スポーツ選手のエネルギー補給用に開発されたゼリー飲料が、一般でも食べ易いように味付けされ、コンビニで市販されている今世紀において、「手早く食事を済ませる為」にインスタントラーメンを利用するのは非合理的になったが、その日の僕は夜勤明けでクタクタになって帰宅し、お腹はペコペコ、可能なら1秒でも早く眠りたい。って位の超・睡眠不足状態。しかし家には食べ物がカップ麺しかなく、仕方が無いのでそれを食べる事にした。

 とにかく早くに食事を終えて、暖かい布団にもぐって冬眠するクマみたいに眠りたい。だから新たにお湯を沸かしてなんてしない。電気ポットのお湯で充分だ。もちろんお湯を注いで3分待って。なんて絶対にやらない。そんな時間は無いのだ。

 ビニールをはがす。

 フタをめくる。

 お湯を注ぐ。

 食べる。

 麺はまだ固いが、そんな事は気にしない。少しふやけた乾麺を食べている感覚だ。どの道、猫舌気味の僕は食べるのに時間が掛かる。
 食べている内にどんどん柔らかく戻されていく麺は、食べ終わる頃には丁度食べ頃の固さになっている。

 カップ麺を手にとってから食べ終えるまで約3分。食事を終えた僕は、もし『世界歯磨き』とかあったら世界の強豪を相手に7位くらいにはなれるんじゃないか?って早業で歯を磨いて、脱兎の如く布団に潜り込んだ。


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2006.07.19

転載です。

アンパンマンのエキス】献血ルーム・落書き帳に。


 私の4歳の長男は小児ガンです。

10ヶ月の闘病生活の末、亡くなってしまいました。

その間、皆様の献血のおかげで

安心して治療を受ける事ができました。

本当にありがとうございます。

あの子は輸血されると元気になる事を知っていて

『アンパンマンのエキスだ~』と言っていました。



一時は毎日のように輸血させて頂きました。 

輸血が必要な時 『今 足りないので待っていてください』
 
と言われ 祈るような想いで待っていた事もありました。

届いたときは、本当に嬉しかったです。


献血して頂きました皆様になんてお礼を言ったらいいのか。

ありがとう! ありがとう!

医療スタッフと皆様のおかげで生きながらえる事ができて

どんなに《ありがとう》と言っても足りません。


今でも病院では、多くの子供たちが輸血を待ってます。

これからも献血をお願いします。 もちろん私も来ます。

子供たちの笑顔が消えませんようにと祈ってます。




 これはアタシの長男が亡くなって1ヶ月後に、

献血ルームの落書き帳へ書いたものです。

たまたま持っていた写真も貼りました。

泣きながら書いたんで感情が剥き出しで

文法がへんになってるんですけど。


タイトルは誰かがつけてくれました。

その後【アンパンマンのエキス】は、

小冊子や献血の広告・ポスター等の呼びかけや

看護学生さんの教材などにも使ってくれています。

亡くなった後も、こうして皆様に可愛がって

もらえるなんて長男はとても幸せ者です。



『今 足りないので・・』の時の話をさせてください。


当時は一刻を争う時でした。肩で息をする程の。

通常こちらの病院は、朝 輸血のGoサインが出ると

昼すぎには始まります。

輸血をしなければ、即 何が起こっても不思議じゃない。

・・・でも、なかった。


《早く!早くなんとか!!》


ずっと苦しがっている長男の手を握りしめながら

祈るしかできないこの歯がゆさ。

そして深夜、丸一日経って届けられた 命をつなぐ血!

なんと県外からヘリコプターで届けられたものでした。

また、一回の輸血で必要とされるのは約8人分らしく(血小板)

これらを含め輸血を50回以上もさせて頂いてました。



 本当に、本当に心から感謝いたします!






「ねぇ、今 なにしてる?」


    今日も お空にむかって。


                  きよみ


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        よろしくお願いします


    育児・株 きよみ主婦の娯楽日記

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2006.07.18

スクーリング旅行記 ~学びの楽しみ 編~

 通信制教育と言う物は基本的に、自分の時間に合わせて学ぶ事が出来るのだが、学校法人の通信制教育と言う物は大抵、この「スクーリング」と言う年に数回、会場(大抵はどこかの大学・学校)となる教室で授業を受ける日がある。

 自分の都合のいい時間にもくもくと学ぶのにも、そこにはそれなりのアドヴァンテージがあるのだが、テキストからだけでは学べない事も沢山あるので、この「スクーリング」と言う出席日は有効な機能だ。

 一年次生で最初のスクーリングであるので、自分が取っている課目の他にも「実践学習ガイダンス」という授業も受けなければならないのだが、それはそれで結構収穫があったりもする。

 授業自体はとても楽しい。その楽しさはexciteとかfunとか言った類の楽しさではなく、自分の知的好奇心が満たされていく時の、あの愉しさだ。今回は社会福祉概論と社会福祉援助技術、人間学と家政学の授業を受けたのだが、教授曰く「75回分の授業を1回でやるので、駆け足で一気にやりますけど」と言うそれは、深く突き詰める事こそなかったが、実に興味深い物でした。社会福祉専攻科だから、人間学も家政学も福祉に関連付けた構成の授業となり、高齢者福祉に関わる身としては実にタメになる、時として耳の痛い、興味深い話を沢山聞かせて・教えて頂きました。

 今回、高知からの参加者は僕一人だったようで、同郷の学友を見つける事は出来なかったけれど、「知る・学ぶ・知識を得る」と言う事に関しては大きな収穫のあった。とても有意義な2日間でした。

 帰りの飛行機の時間もあったので、終業後はダッシュで駅へ。
 次回は10月末の予定。またレース仲間と語りあい、新たな知識とANAのフライトマイルを得る事にしましょうかね。


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2006.07.17

スクーリング旅行記 ~再会レース仲間編~

 「大阪出てくんのやったらウチとこ泊まっていき~や。」
 「マジで!?それめちゃ助かるわ。んなまた日が近なったら連絡するわ。」

 僕の数少ない親友の一人で、僕がライダー引退後にメカニックをしていたライダーでもある彼からの誘いで、スクーリング中の宿泊先は彼の新居となった。

 僕がメカニックを完全に辞めた年に結婚・引退した彼は、今はステキな二児の父親になっている。ローンだけど小さな家を建て、美人の奥さんとカワイイ子供達と暮らす、「ささやかだけど、小さな幸せ」を手に入れた、数少ないレース仲間の一人だ。

 滞米中もメールのやりとりはしていたし、時には電話で話す事もあったが、直接に会うのは4年ぶりで、それは今回のスクーリングに伴う大阪行で、僕が楽しみにしていた事の一つでもあった。

 一日目の授業が終わり、地下鉄で鶴橋まで来た所で彼に連絡。

 すると、急に身内に不幸があり、通夜に参列する為に夜まで身動きが取れないとの事。で、急遽レース仲間の先輩にヘルプを頼み、その先輩の仕事場で通夜が終わるまで待つ事に。

 その先輩は『GENIUS』と言う、一着30万以上という値段だけど物凄い高品質のレーシングスーツを作るメーカーのオーナーになっていて、ライダーからの信望も厚い、面倒見のいい気さくな人だ。関西のレース業界では知る人ぞ知る。的な存在でもある。

 僕も現役時代にこの方には物凄くお世話になっていて、引退後も色々とお世話になっていた。

 携帯電話を持たない僕は連絡を取るのに苦労したが、激しい夕立に見舞われながらも何とか落ち合うことに成功し、工房で彼の戻りを待つ事に。
 待っている間、アメリカの土産話と、現在のレース業界裏話で盛り上がる。あいつは引退した。とか、あの人はこのクラスに転向した。とか、ここはちょっとヤバい。とか、そんな類の話だ。

 数時間後、通夜に参列している彼から連絡があり、皆で焼肉でも食べに行こう。と言う話になった。
 先輩の奥さんと息子さん(2歳)もやってきて、4人で彼を待つ事に。

 そうして彼も到着し、先輩の息子さんとその彼の娘さんは仲良しなので、現場はちょっとした託児所状態。娘をあやし、抱きかかえて車に載せようとする友を見ながら思わず呟いた一言。

「イイナァ」

 え?

 なに?

 俺、今「いいなぁ」って言った!?

 でも、そうやって子供をあやしている友の姿がとても幸せそうに見えて、「ああ『お父さん』になりたいっ!!」って強く思ったmizzieでした。

 普段は政治的理由で肉を食べない僕だけど、こーゆー席では規制を外す。メインは野菜で食べてるけど。
 テーブルを囲み、皆で肉をつつきながら、レース談義に花が咲く。
 僕も、友も、先輩も、生死の境を彷徨うような大クラッシュを経験しているので、「俺達『チーム屍』だよな~」「『チーム屍』で耐久レースでも出ますか?」なんて言い笑いあっていた。友人は今年の鈴鹿選手権最終戦にスポットで出るかもしれない。と言っていたが。

 2時間程そうやって楽しい時間を過ごし、先輩を送って友人の新居へ。僕は初訪問。
 子供を寝かせた後、友は夜勤で出勤。じっくり語る時間は無かったが、大阪で家を建てて二人の子供を育てるのは中々に大変な様で、レーサー時代も仲間内では最も働き者の『強制Workaholic』な奴だったけど、それは引退後も変わっていないようだった。サービス残業も相当にあるようで、奥さんも健康面を心配していた。
 「んじゃ、ゆっくり相手出来んくてゴメンやけど。」
 と言って仕事着に着替えて出て行った友は、中々に男としてカッコ良かったのでした。元々がハンサムな奴だし。

余談だけど、ハンサムな彼と美人の奥さんを両親に持つ、二人の娘さんはとてもカワイイ子供達でした。

 僕は奥さんとも結構仲良しなので、彼が夜勤に行ってしまっていなくなった後は、テレビでレースを見ながらレース談義。
(奥さんは結婚前、彼の専属ピットクルーだった)

 「そ~いえば○○君、最近見かけないけどどしたの?」
 「○○君死んだよ。」
 「ええ!?死んだ?何時?何処で?」
 「去年の暮れやったかなぁ。どこのサーキットか忘れたけど、去年は死亡事故多かったし。」

 焼肉を食べながらの話で、「俺達よく生き残ったよな」とか、「600は死ねるクラスや(その○○君は600ccのレースに参戦していた)」とか言っていたが、どうやらその事を言っていたようだ。

 奥さん相手に少しレース談義をしてその日は就寝。アタマも体も疲れた一日だったけど、その疲れは仕事疲れとは違って、心地の良い疲労感なのでした。

 翌朝、奥さんに車で駅まで送ってもらい、僕はスクーリング会場へと向かう。

 「んじゃ、あいつにもよろしく!!夕べは有難うって言っといてね。」

 そう言ってドアを閉めた僕は、地下鉄駅の階段を降りていった。


 レース仲間との語らいはいつも、僕を安らかな気持ちにさせてくれる。
 引退後もそれぞれの道で奮闘している仲間達の姿に、僕はいつもinspireされる。

 そこには悲しいニュースもあったが、泥を被った汗まみれのシャツを着替えた時のような爽快な気分で、僕は地下鉄駅の通路をホームへと向かった。

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2006.07.16

スクーリング旅行記 ~空の楽しみ編~

 (昨日からの続き)

 あの後、幸運にも家の中で家族の目を覚まさせる事も無く、小銭を必要額発見する事に成功し、僕はバスで空港に向かった。


 ぶろろぉおんっ!!

 が、ちょっとだけ寝坊してしまったバス停に向かう僕の目の前を、空港連絡バスが走り過ぎて行くではないかっ!!
 次の便だと空港着は出発15分前。

 アセるmizzie。

 しかも、こんな日に限って全ての停留所で人が待ってる。
(高知は田舎なのでそれはとても珍しい)

 何やってんだよぉおい、もっと速く走れよぉ・・・。

 イラつくmizzie。
 ノルアドレナリン分泌ちゅう。

 空港に着き、バスを飛び降り登場(じゃね~よこのバカ日本語ソフト!)搭乗手続きへ。
 ANAはスマートeチェックイン・サービスなんて便利な物があるから、ボーディングパスを受け取るまでは速い。

 預ける手荷物も無いので搭乗ロビーへ。
 さっさとセキュリティ抜けて乗らなきゃ!

 んがっ!!しかし!!!

 テキスト入れてたバッグの中に、出し忘れてたハサミが!

 もちろん、ハサミは機内持ち込み禁止品。

 その場で空港係官にそれを預け、預かり証書いてもらってさらに時間ロス(へなへな・・・)

 それでもサービス業なANA。
 チェックインを済ませている乗客を置いて平気で飛ぶような、厚生労働省の様な人でなしでは無いので、シートに座ってCAさんから新聞を受け取る。
 関空行きだからクロニクルとかあるかな?って淡い期待を抱いたけれど、ジャパンタイムスしかないそうで、一応CAさんからそれを受け取り目を通すが、ツマンナイので即爆睡。

 ここで日頃の睡眠赤字の解消に努めたかったが、高知ー関空便は飛行時間が35分。

 シートに沈み、目を閉じてセロトニンが分泌されてきたぜ。って所で着陸。

 仕方が無いので手荷物にされちゃったハサミを受け取るためにANAの地上職員を待つ。

 それを受け取ってから電車に乗り、関大に向かったのでした。

 初日はオリエンテーションとか学習ガイダンスが殆どで、それらを終えてからレースやってた頃の親友宅に向かい、わざわざ高知から来てるって事で、レース仲間が集まってくれて楽しい時間を過ごし、その夜は友人宅に泊めてもらい、翌朝もまた関大へ。

 授業ではテキストからだけでは学べないような事を沢山学び、充実した時間を過ごして帰路に着く。

 往路、関空から関大までの時間を計測し、帰りの時間を逆算していたが、「これがギリギリ」って時間が終業時間とほぼ同時刻。
 電車1本乗り過ごしたらアウト。

 なんていう、殺人的なスケジュールになってて、
(ああもう段取りが悪いっ!!)
 講師陣に聞きたい事とか質問したい事とかあったけど、終業と共にダッシュで駅を目指す。

 市営地下鉄切符は帰りの分も購入済みだったので、待ち時間0で地下鉄へ。

 が、天下茶屋なんていう変わった名前の駅で、南海電車の乗り換えがスムーズに行かず、地下鉄で稼いだアドバンテージが全てパァ。

 またもや関空着がギリギリになってしまい、今回はキチンとハサミを入れたバッグは手荷物で預けたので、本当にギリギリで搭乗ゲートへ!

 まだ運は残ってたmizzie。

 機内整備の関係で搭乗開始が遅れていて、定刻よりかは少し遅れている。

 時間が空いたので、飛行機好きな僕は外の飛行機を眺める。
 関空は国際空港なので、普段見る事の無い海外の航空会社の機体が見られる。
 目の前をユナイテッドのボーイング777が。

 あれ?関空着のUAの777って確か、シスコー関空便のはず。
 もしそうなら、定刻遅れ1時間以上。

 さぁっすがあユナイテッド☆

 このオイラも、あんたにゃかなわないよ。(^^ゞ

 その後アナウンスがあって、高知行きに搭乗、出発、離陸。
 帰りは前方座席を指定していたので、ほぼ最後に搭乗。

 クロニクルもFinansial Timesも無いのが判ってるので、日経を取って座席へ。

 夕暮れ時を飛ぶ、関空発高知行き。
 久し振りに見る雲海はキレイでした☆
 高高度から見る故郷もまた良し♪

 で、帰りも離陸後35分であっという間に高知へ。

 手荷物預けてるから、早く下りても無意味。
 の~んびり荷物を取って、降りるお客さんをみ~んな先に行かせて、CAさんに新聞を返して、お礼を言って最後に機を降りる。

 7時だけどまだゼンゼン明るい高知空港で、窓の外を眺めながら通路をバゲッジクレーンエリアに向かう。

 「まだこんな時間なのに、随分明るくなりましたよね。」

 突然後から声を掛けられた。
 振り返るとさっきのCAさんが。
 折り返し便の無い、高知空港泊めの便なので、CAさんも降りてきたみたいだ。

 通路を歩きながら、他愛も無い話をしながらCAさんと歩く。
 会話の中に、アメリカで暮らした事のある人じゃないと出難いって言葉が混じったようで、

 「アメリカに住んでた事あるんですか?」


 と聞かれ、

 「うん。シスコに住んでた。」

 「ホントですか!?あたしロスにいたんですよ。」

 なんて話でまた盛り上がり、いい感じで話してたトコで手荷物受け取り場への分岐へ。

 「それでは、またのご利用を。」

 と言ってお辞儀をするCAさんに、

 「うん、じゃあね。バイバイ」

 と手を振って階段を下りながら、(メアドくらい聞けばよかったかな?)とか思ってたら、さっきのCAさんが別のCAさんと笑いあってる声がかすかに聞こえてきた。

 はっは~ん。

 あのCAさん、俺がナンパしてくるかどうか同僚と賭けか何かしてたな。 (ちっ・・・)

 醜態さらさなくて良かった。(ふぅ・・・)

 「ええかっこしぃ」なmizzie、普段はクールでいる事を心掛けてるし、基本的に誰にでも愛想がいいし、自分が昔サービス業に従事してたから、サービス業従事者には親切だ。

 CAさんにもそれは変わらなかったから、「こいつは楽勝♪」って感じでターゲットにされちゃったみたいだ。

ま、楽しかったからいいけどね。
(もちろん、引っ掛かってたら激怒してるんだろうけど・・・)

 旧友との親交を暖めあった話と、授業の話はまた別の機会に核ね(誤字。このバカ日本語ソフト!!)


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2006.07.15

クレジットカードのおとしあな

 僕は今、通信制の高専に在籍しているんだけど、通信制と言っても年に何回か、スクーリング日と言って学校に行って授業を受ける日があって、高知に住む僕にとって全国にあるスクーリング会場の内、最も交通の便が良い会場が関西大学で、僕はそこを選択してました。
 で、この週末がスクーリング日です。

 ここ何日かはその為の用意を少しずつしていて、テキストとかの学用品関係はとりあえず完了。
 エアチケットも予約済み。
 (田舎は不便だ・・・。)
 で、土日と2日間の日程なので、着替えとかグルーミングキットとかも準備する訳ですよ。

 去年9月に帰国してからは、泊りがけでどこかに出掛けるなんて機会が全くなかったオイラ。

 あーあれがない。

 あれ?これもない。

 ありゃ?こいつは使えない。

 な訳で、近所にある24時間営業のスーパーマーケットまで買出し。

 とりあえず、最低限の必要品を全て確保し、ついでにアンアンとか買って(僕は時々買います)、レジで清算を済ませてから気が付いた。

 財布に現金が無い!

 何でもかんでもカード決済の僕は、普段、現金を財布にいれていない。
 財布の中には\2000以上の現金を入れない事にしている。

 しまった!さっきのアンアンが・・・。

 アメリカじゃATMは24時間使えて、しかも手数料0だけど、『ど・ど田舎』の高知には、24時間ATMなんて便利なものは無い。
 その上僕の口座は郵便貯金なので、銀行があればどこでも、って訳にもいかない。基本的に郵便局が開くまでは貯金の入出金は出来ない。

 しかし、明日の朝8時発・関空行きチケットを予約・決済済みなので、郵便局が開くのを待っている時間も無い。

 帰宅してすぐに、家中を探し回って現金を探したが、基本的に現金決済をしない僕は引き出しの隅に小銭、みたいな事が起きない。
 ついさっき、滞米中に愛用していたリュックの中から20ドル札が出てきたが、これはもちろん使えない。これを関空で両替する、と言う手もあるが、関空には郵貯のATMがあるので、空港まで辿り着ければこちらから現金を持っていく必要は無い。

 空港まで行けばあとは何とかなるのだが、現在財布にある残金は\600と少々・・・。(今時、中学生でももっと持ってると思う・・・。)
 しかし、自宅から空港までの交通費、\650。

 ここでmizzieが取り得る選択肢は4つ。

1)『カード決済可』のタクシーをつかまえる。
 (タクシー使用だと交通費が約4倍)
2)空港までチャリで行く。
 (僕の足なら空港までチャリで30分)
3)カードローンで借金する
 (僕はカードローンが大嫌い)
4)捜索範囲を家中にまで広げて小銭を探す
 (ちなみに今は午前0時。ってかもう寝たい)

 僕の行動パターンから考えて、「空港までチャリで行く」ってのが一番有り得るんだけど、確か高知空港、利用者用の自転車置き場って無いんだよね・・・。

 空港内とか空港近辺には駐車場なら幾らでもあるけど、空港に自転車で来る人っていないみたいで、これは高知空港に限らず、高松空港でも、伊丹空港でも、羽田空港でも仙台空港でも那覇空港でも関空でも成田でも、サンフランシスコ国際空港でもオークランド空港でもモントレー空港でも、お客様用の自転車置き場って見た事が無いんだよね。(当然だ)

 仕方が無い、もう少し家の中漁ってみるか・・・。




 職員用の自転車置き場にチャリ置いたら怒られるかな?


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2006.07.14

障害者自殺支援法

 健康である事を前提として全てが成立している、『強者の帝国』である日本において、知的・身体、精神に障害を持つ人達はこれまで、憲法二十五条の建前の元で運営される社会保障・社会福祉によって、細々と暮らしてきた。

 労働と納税の義務を果たそうにも就労すらままならず、それでも、障害の程度が軽い者は、
一般企業で低賃金の単純労働に就いたりしていたが、それすらもままならない、重度の障害を持つ人達は、授産施設でごく僅かな収入を得ながら、「労働」と言う社会参加をしてきた。

 この4月、障害者団体や様々な関係機関の反対を無視して、厚生労働大臣の言う「大多数の納税者の理解を得るためにも、障害者も痛みを受け入れて欲しい」と言う理論の元で、「障害者自立支援法」が施行された。

 この法律は確かに、これまでいくつもに分かれていた障害者福祉サービスの、供給源を一元化して効率を上げ無駄を省いたりと、いい面があるのも事実だが、一般企業で働く事が不可能な、しかし成果、つまり利益をあげる事を最重要として求められる事の無い、授産施設での単純作業ならばかろうじて労働が可能だった、ある程度以上の重さの障害を抱える人達にとっては、実に残酷で凄惨な法律となった。

 この法律は、これまでは国からの支援を受けていた障害者施設に通う障害者達にも、その施設利用料を負担しなさい。
 という法律なのだが、効率、とか生産性、とかを求める事がほぼ不可能だった彼等にとっては、その負担を強いられる施設利用料が、彼等の稼ぐその僅かな収入の大部分、ケースによっては8割近く、あるいはそれ以上になるという、人道主義の対極に位置する内容になっている。

 非公開とされていたらしい厚生労働省のデータによると、支援法施行前と後では、障害者のサービス負担額増加率は居宅で5.6倍、通所では12倍の増加となるらしい。(参照;
障害者の自立を考える

 通所施設や居宅サービスが受けられなくなった低所得の障害者達は、一体何処にいけばいいのだろう?
 どうやら自立支援といいながら政府は、彼等を社会から排除する事に決めたようだ。

 この国の政府はもう、生産性や効率性が期待出来ない人間にはいなくなって欲しいのだろう。だから、改正介護保険法や医療制度改革だけでは飽き足らず、障害者も排除対象とする事に決めた。
 民主主義とは、実に残酷な政治システムだ。
 最大多数の最大幸福を追求するこの制度は、弱者を切り捨てる機能を自動的に内包している。「自分達もある日突然、切り捨てられる側になるかもしれない」と言う想像力を持たない多数派で構成される社会においては、多数派ではない者達は切り捨てられる運命にあるのだ。

 そこには人道主義も論理もモラルも無い。
 あるのはただ、効率と費用対効果と言う冷酷な市場原理だけだ。

 法施行前と同じサービスを受ける事が経済的理由で不可能となり、それが社会からの疎外に直結してしまう重度の障害者にとって、『障害者自立支援法』は『障害者自殺支援法』だ。
 しかし、この法律はさしたる反対も無く施行された。一部の野党は異議を唱え反対を言い続けたが、彼等はこの国の多数派からは支持を得ていない。

 交通事故で重度の身体障害を負ってしまうかもしれない。
 生まれてくる自分の子供が、重度の知的障害を負っているかもしれない。

 もし、そう言った類の想像力があれば、弱者を切り捨てる事に無関心でいられるはずがない。
 一人の人間として悲しむべき現実だが、この国の多数派は「いつか自分も金持ちになれるかもしれない」と言う想像力だけしか持たないようだ。
 だから、強者の論理で決められるシステムを支持し続ける事が出来るのだろう。しかしながら、この国のエリート達は庶民に自分達が享受している特権を分けたり、「超金持ちクラブ」に新たな会員を加えようとはしていない。大衆には自分達の政策を承認したり、よく似た二つの政策、そのどちらかを選ぶ権利しか与えられていないのだ。

 ある程度の収入源を持つ健康な日本人には、想像力を働かせないと弱者の気持ちなんか理解出来ない。
 高齢者福祉を生業とする僕にとっては、社会的弱者を排除対象とするこの国のあり方には腹が立って仕方が無いのだが、しかし、ドラマの続きやスポーツの結果にしか関心が無いこの国の多数派市民にとって、障害者や社会的弱者の事などどうなってもいいのだ。
 だから、障害者や社会的弱者を切り捨て、国家の予算を大企業の利益を保護したり大企業の利益拡大の為に使う自民党・公明党政権を支持する事が出来る。

 この後、年収1800万円以上の層が所得税増税を受ける。
 しかし、20年前には80%近くあった年収1億円以上の層からしてみれば、37%まで下げてもらった税率が40%に戻るだけだ。
 そして、次には消費税増税が待っている。恐らく8%程度になるだろう。

 その次は何だ?憲法改正か?

 大衆が支配者やビジネスエリート達に騙されていたと気付く頃には、全てが回復不可能な所まで来ているだろう。
 国民が変わらない限り、この国には暗い未来しか用意されない。
 それはエリート達にとっては明るい未来だが。

 僕にとっては、完璧暗黒体の未来だ。


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2006.07.13

揺らぐ死刑廃止論 

僕はもう長い間、死刑廃止論者だった。
 それは正義が金で売買され、冤罪だらけの刑事事件が山ほどあるアメリカで暮らして、さらに強固な物になっていった。
 死刑も結局は合法的殺人に過ぎないし、残虐な犯罪に対する刑罰としてのDeath penaltyには、犯罪抑止力としての脆弱さもあって反対の立場だった。

 元々がリベラルな護憲論者でもある僕は、憲法十三条が保障する『個人の尊厳』を、社会にとってとても重要な価値観だと考えているので、それが例えどんな人間であろうとも、年齢、性別、人種、財産、門地、障害の有無等に関係なく、人として存在する限り、かけがえのない命として認め合おう。と言う思想を保持してきたつもりだ。

 例えどんな人間であろうとも、その人には生きる権利がある。生きる為に必要な物は全て持っていて、豪華なケージの中で暮す様な日々を過ごす日本の子供も、石を投げたら自動小銃を撃ち返されるパレスチナの子供も、同じ命の価値を持っている。そこに生きている限り、生きる権利と命の価値は同じの筈だ。

 「生まれてこなかった方がいい子供なんていない。
死んだ方がいい子供だっていない。」

 その論理で、僕は死刑廃止論の側に立って来た。


 でもここ数年、この論理をぐらつかせてしまうくらいの、残虐で凄惨な事件が続いた。
 自分の愛する家族をレイプされて殺されて、それでもその犯人の人権を擁護し、一人の人間として尊重が出来るだろうか?

「一つの物事は、色々な原因から生じる」
「物事は、状況要因と個人要因の複合要因で生じる」

 そう考える僕をして、「もし自分が被害者の家族だったなら」を想像した時、犯人に殺意を抱かずにいる事は、とても難しいと思わざるを得ない。
 それは、とてもとても難しい。
 可能ならばこの手で八つ裂きにしてやりたいと思うだろう。

 しかし、「どんなに憎しみを持ったとしても、その被疑者、被告人に裁判を受ける権利をきちんと保証し、認めないと駄目なのです。どんなに凶悪な犯罪を犯した犯人や少年でも人間だ。(中略)正式な手続きを踏む、人間としてきちんと裁判を受ける権利があることを認める。それが文明国家です。このように、人権を認めるには忍耐が必要で、(中略)憲法は忍耐を我々に要求しています。」
(高知新聞7月11日夕刊、『まことの憲法講座』伊藤真)
 と、学者さんも言っている。

 洗練された文明的な法治国家に生きる文明人として、復讐や仇討ちは認められないのだ。
 犯人を一人の人間として扱い、弁護人をつけさせ、公正に裁判を行わなければならない。どのような人であろうと、その人の人権を認め、権利を保障しなければならない。

 それ故に、あまりにも残虐で更正の余地も無いような犯罪への最高刑として、死刑を肯定せざるを得ないのでは?と最近は思うようになった。
 加害者の人権を尊重するのと同様に、被害者とその遺族の人権も尊重しなければならない。
 そして、あまりにも更正の余地が無いような加害者のケースでは、未来の被害者の人権を尊重し、その生存権を保護しなければならない。

 現行では、死刑の次に重い刑罰は無期懲役だが、仮に死刑を廃止すると、模範囚をやっていたら10年ちょいで出所出来るこの刑が、刑罰としての最高刑になってしまう。

 しかし、最も重い刑罰が無期懲役と言うのは、全ての人間を個人として尊重し、公正に裁判を行う事を前提として機能する現代社会において、それは犯した罪によっては、少し軽すぎる刑罰なのではないだろうか?

 そうなるとやはり、終身刑が存在しないこの国では死刑を肯定せざるを得なくなる。僕にとってそれは、物凄いジレンマだ。



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2006.07.11

日本語を英語に

 日本は相変わらず、英語学習がブームだ。
 メディアでは地上波、BS、CS、FM、AM、ほぼ一日中英語・英会話に関するプログラムが放送されていて、街の至る所には英会話学校が林立している。
 今じゃ公立小学校でもネイティブスピーカーのALT(Assistant Language Teacher)が英語を教えているくらいだ。

 確かに、英語が使えると様々な局面で便利ではある。
 19世紀以降に世界の覇権を握ったのは英米だったので、またコンピューターは英語で制御されるので、世界中で英語を使う人はとても多い。2ヶ国語を話す人の殆どは、母国語と英語を使う人だと思う。
(標準語と関西弁とか、北京語と広東語。なんてのは除外する)
 英語の世界中での普及は言語による文化侵略だ。とかいう人もいて、それはある面においては真実だとも思うが、政治的に覇権を握った集団の言語である英語は、文法的に単純で簡単というその利便性も含めて、今後も普及していくだろう。

 ただ、アメリカ英語とイギリス英語が微妙に異なる様に、今後は話される国によって、微妙に異なる英語が出てくると思う。また、英語に翻訳不可能な現地の言葉は、そのままローマ字綴りで英語化されてしまうと思う。

 例えば、津波はそのまま「Tsunami」と表記されるし、相撲は「Sumo」だ。

 様々な局面で英語が求められる状況に、「文化侵略だ!」と言ってみた所で、英語がここまで普及したのを今更元に戻そうなんて無理だし、英語の代わりになり得る言語も見当たらない。
 世界標準語を目指して作り出されたエスペラント語も、21世紀の今ではほぼ絶滅危惧種状態だ。

じゃあ、母国語をそのまま英語化して、英語文化圏に逆侵略を掛けてしまえばいい。

 冷酷なアングロサクソンには、相手をねぎらう「おつかれさま」や、「ごくろうさま」に当たる言葉は無い。

 個人主義で自己犠牲の概念も無いので、「義理」や「人情」に該当する言葉も、彼等は持たないし、その言葉や概念は理解不能だ。
 義理はDutyやObligationと訳されるが、オックスフォード英英辞典ではDutyを、「モラルや法的責任により、やらなければならないと感じる何か」と定義しているが、それが義理と言う言葉を全てカヴァーしているか?と言うと、かなりあやしい。人情に至っては、human feelings(人間的感情)、human nature ; humanity(人間性)、warmhearted(心の温かい、思いやりのある)等と、一語で言い表せる言葉が無いくらいだ。

 で、これらを「otsukaresama」、「gokurousama」、「giri」、「ninjyou」、と言った感じに、英語化してしまえばいい。
 和を尊び、感受性と協調性に富む日本文化を、英語を使って世界に広めてやればいい。そしていつか、ロングマン(米語の英英辞典)やオックスフォードに、「Gokurousama; used that you show respecting to sb’s effort.(他人の苦労に敬いを示すのに使う)」とか載るようにすればいい。

 日本にだって、文化・芸術には世界に誇れる物がたくさんあるのだ。
 そういうものは、どんどん外に示せばいい。
 戦争に負けたからって、精神や文化まで卑屈になる必要は無い。


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2006.07.10

強者に欠ける想像力、と美意識

 医療制度改革では、低所得層の高齢者が切り捨てられた格好になっている。
 改正介護保険法でも、要介護度の低い低所得者層が不利益を被った。
 障害者自立支援法に至っては・・・

 この辺でもう止めておこう。

 小泉政権のこの5年間で、今世紀この国が向かおうとしている方向が、かなり見えてきた。

 「金持ちが富を独占して何が悪い」
 「貧乏人の面倒なんか見てられるか」
 「一人で生きられない奴は死ね」
 「大衆は黙って税金を払ってろ」
 「弱い奴が強者に虐げられるのは当然だ」

 まあこんな所だ。

 高齢者福祉に携わる者としては、絶対にこんな事を認めるわけにはいかないのだが、悲しいかな、今の日本ではこの思想は多数派の支持を得ている。強者の側に立つ彼等には、共感と言う概念が存在しないし、それの原動力となる想像力と言うものが無い。

 オンかオフ、白か黒、勝ちか負け、二元論の単純化した世界に生きている多数派日本人には、想像力は根本的に欠損しているのだろう。

 年寄りでも子供でも障害者でもない、『健康な日本人』という強者である彼等には、他人の庇護無しには生命の維持が困難な人達の気持ちなど理解も想像も出来ない。

 もし、突然何らかの障害を負ってしまい、全ての収入が絶たれてしまったら。
 もし、言語でのコミュニケーションが出来なくなってしまったら。
 もし、誰かの介助無しには生命維持が不可能な身体になってしまったら。
 もし、家族や友人の誰かがそんな状態になってしまったら、

 それらについて想像力を働かせる事が出来たら、「福祉に依存して生きるのは恥だ」とか、「日本は北欧のような福祉国家を目指すべきではない」や、「最大多数の最大幸福の為に、少数派が犠牲になるのは仕方が無い」とか、「生じる結果は全ては個人の責任」といった類の言葉や思想が多数派の支持を得ることは無かっただろう。

 すぐ側にいる、生きる事に困難を抱えた人に対しては見ないフリをして、道路脇に横たわる弱った子猫を蹴飛ばすような事をして、新しい何か耐久消費財を買ったり、より効率的な資産運用(その手段は問わない)を考えたりしている連中。

 奴等には、想像力だけではなく美意識と言う物が欠損している。
 しかし、それが21世紀型のスタンダード・ジャパニーズ(標準型日本人)だ。

 もし、この標準規格が変わる事無く今世紀の主流になるとしたら、常に弱者・少数者の側に立つ標準的日本人の規格外製品となる僕は、国家の排除対象とされてしまうだろう。

 平成の日本は、大正デモクラシーの後にこの国が辿った道を踏襲している。


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2006.07.09

No game, Just do sport.

 レースをやっていた頃、トレーニングで毎日10kmのジョギングをしていた僕は、固いアスファルトの上を走る衝撃で膝を痛め、長距離が走られなくなっている。
 だから現役時代は、持久力トレーニングには自転車を利用していた。

 引退後も、サイクリングはいい趣味になっている。
 現役時代に愛用していた、タイヤをオフロード用からロード用タイヤに換装したマウンテンバイクは盗まれてしまったが、今でも時々、ママチャリに乗って、ふらっと往復50kmくらいのサイクリングに出る事がある。

 時速20kmくらいのペースで走るので、ただのんびりとペダルを漕いでいる感覚だが、時間が空いた時など僕はよく、自転車にのって3~4時間か、或いはもっと長時間、あちこちを走ってくる。

 本格的に自転車をやっている人よりは遥かに遅いペースだが、感覚としては市民ランナーと大差は無いと思っている。

 一人で走る。
 そこには勝ちも負けも無い。
 ただ、もくもくとペダルを漕ぎながら、自分の内面と向き合う濃密な時間がそこにある。
 呼吸が乱れない程度のペースでたんたんと走りながら、普段は対話する事のない自分自身と語り合う。

 孤独だが、濃密で親和な時間がそこにはある。

 だから僕は走る。自分と向き合う為に。
 そこに勝ち負けは無い。
 ただ走るだけ。

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2006.07.08

負けた!!

 経口摂取が出来る人でも、施設側の、介護者側の都合で胃ろう(胃に直接流動食を流し込む為の器具)を付けられる事例を聞いた事がある。はっきり言って最低の医療行為だが、この拝金主義者の王国では、そういった事例があってもおかしくは無いとも思う。

 幸いな事に、嚥下訓練に熱心な介護部師長や栄養科の強い意向もあって、我が職場では経口摂取の可能な人にはとにかく口から食べさせる。
 経菅栄養や高カロリー輸液による点滴から経口摂取に回復した人も何人かいて、その面においては充実していると思う。

 嚥下障害で経口摂取不可なら仕方が無いが、それ以外なら徹底的に経口摂取を試みるが、最近体調が回復して嚥下訓練となった方がいて、この方、一旦口にいれてしまえば飲み込みはほぼ問題なしだが、口を使うことが無い状態が長期間続いていたので、上手く口を開ける事が出来ない上に、本人も簡単には口を開けてくれない。
 介護士や看護士の意図なんか関係無しで、ベテランの介護福祉士や歴戦の看護士、部署一の技術を持つ看護師長でさえも、悪戦苦闘する手ごわい方だった。

 その日も、いつも通り食事の時間となり、その方にはこの道20年以上と言うベテラン看護士さんがつきっきりで介助していた。

 が、やはり殆ど口を開けてくれない。

 手を焼いた看護士さんが、殆ど「詰め込んでます」に近い状態で食事介助をしていたその時、御家族さんが面会に訪れた。
 面会に来た時はいつも、食事介助をなさっていたこの御家族さん、いつものようにベテラン看護士さんからスプーンを受け取り、その方の隣に座り、

 「はい。ごはんですよ。お口開けてね。」

 と声を掛けた。
 御家族さんのその声に、さっきまで殆ど閉じていた目を大きく開けて、相手の顔を見たその方、ちょっと最近見てません。ってくらいに大きく口を開けた。

 ごはん、主菜、副菜、デザート、お茶、口元に運ぶそれらを次々と、大口を開けて食べるその方と御家族さんの姿を、居合わせた看護士、介護士全員が驚きと喜びの混ざった表情で見つめる。介護・看護のプロ、それも歴戦の猛者達が揃いも揃って、介護は素人の家族さんに完全敗北。

 どんなに技術の優れたプロも、(愛のある)御家族にはかなわない。
 それを実感した事件でした。


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2006.07.07

格差高齢社会


 介護保険法が施行されて5年が経ち、社会福祉法人の経営する老人保健施設等の現状に「商機あり」と見た民間企業が、介護業界に参入してくるようになった。冷徹にビジネスを追求する彼等にとって、『顧客満足』からは遠く離れた地平に位置する既存施設郡は、市場原理に従った淘汰法則によって、駆逐される為に用意されたようなものだ。

 マーケットよってに鍛えられてきた彼等は、経営者側の視点で運営される既存施設がやらなかった事を当然のようにやり、そこにあった『需要』を確実にすくいあげつつある。

 しかし、ビジネスとして『顧客満足』を追求する彼等は、その『満足』に対し、コストに見合うだけのプライス設定をして来た。
 僕が資料で見たある施設は、入所支度金として2400万、さらに毎月30万の利用料を必要とする。
 介護保険が破綻する事を前提に料金設定をしたらしいのだが、確かに、あのレベルの施設とサービスを介護保険無しでまかなうには、それだけのコストは必要だろう。
 そして、そういった施設は『経営者満足』を前提にしていた既存施設に不満を抱えていた富裕高齢者層から、着実に顧客を奪いシェアを伸ばしているらしい。ある株式会社など、次の十年で売上げを一兆円規模まで拡大させるとアナウンスしている。

 政府が容認し奨励している『格差社会』というのは、こういう事だ。
 「老後を不満無く送りたければ、それに見合うだけのコストを負担しろ。
 それを負担できるだけの財力を得られなかった者は、介護保険に基づいて運営されるデザート付き刑務所で、黄昏の日々を過ごしなさい。」

 格差を伴う社会では、生まれた時から死ぬまで。死んでからも、受けられるサービスが経済力で左右される。

 それがイヤなら競争社会で勝ち上がれ。
 それが政府からの、政権政党からのメッセージだ。

 だから僕は“絶対に”自民党を支持しない。


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2006.07.06

怠惰は人を腐らせる

 僕は高校を卒業してすぐに、レースの世界に飛び込んだ。
 初めはアマチュア色の強い草レースだったが、地方選手権に参戦する辺りから、「結果の出ない努力なんて何もしてないと同じ」という、厳しさが出てきた。
 速くなる為の努力も、ほんの少しでも気を抜くと、すぐに結果に現れる。

 成長が止まる。成績が悪化する。スランプに陥る。

 努力をしているのはライバル達も同じだし、下からは次々とやる気と才能に溢れた若い連中が出てくるので、そいつらに負けない位に、マシンやタイヤと言ったハード面の進化以上の速さを身に付ける為にも、とことんまで自分を追い詰める事が必要だった。

 しかしそれは誰かに強制される訳ではなく、全て自分で判断して自分でやらなければならなかった。周りには勝ちたい奴しかいないから、サボる奴が増えてくれたらその分ライバルが減るので、余程の親友でないと、他人がサボるのを咎める奴はいない。

 また、僕は所属チームが有名どころでもあったので、スポンサーを受けるレーシングライダーとしてのプロ意識と言う物を、監督から徹底的に叩き込まれた。

 98年のクラッシュでレースが出来なくなった後も、メカニックとしては似たような事をしていた。

 マシンが10000/1秒でも速くなるなら、それがどんなに些細な事でも、その作業に1時間以上掛かったとしても、躊躇わずにやる。
 不安材料を減らす為なら、マシンが少しでも良くなるなら、部品一個の為にサーキット中を走り回る。無い部品は自作する。
 スタート30分前でもエンジンを全バラする師には遠く及ばなかったが、目的の為には労力を惜しまない。それはメカニック時代も健在だった。

No P
ain, No Gain』だ。

 メカニック引退後、約3年のアメリカ暮らしを経て、今は日本的な共同体で、賃労働者として生計を立てている。労働基準法に忠実に従う中規模の民間病院という営利企業なので、福利厚生は比較的充実しているから、余暇時間を利用して資格取得に励んだり、通信制の学校で学んだりしている。

 僕はこの歳になるまで、日本的なサラリーマン生活という事をした事が無かったので、そこで働く人達を内側から見るのは、興味深くもある。

 しかしヌルい。

 どっからくるんだこいつらのこのヌルさは。

 空気に活気が無い。淀んでいる。

 現状に不満を言うクセに、それを改善する為に腰を上げることは絶対にしない。

  「いつか誰かがきっとどうにか」

 を待っているとしか思えない。

 希望っていうのは、待ってたらやってくるものではなくて、自分で作り出すものの筈だ。

 希望を作る努力なんてする気も無い。「No, pain・・・」は「努力なくして得る物なし」と訳されるが、こいつらは「努力したくないけど全部欲しい」って連中だ。

 現状に不満を言いながらも絶対に自分からは動かない、超受身な態度で、ただ「こなす仕事」をしながら、ゆっくり腐っていってい
るようにしか見えない。

 情熱は人を動かすが、怠惰は人を腐らせる。

 未来のリターンの為にリスクを取る事をひたすら避け、強きにへつらいながら影で文句を言い、弱者をストレスのはけ口に利用しながら、とことん低きに流れて行く。
 上への文句も影で言っている限りは、組織からの庇護が受け続けられるので、生きる事に絶望もしない。
 とにかく衣食住くらいは何とか出来る程度の収入はあるから、
 そして絶望すらもしてはいないから、
 そこから這い上がろうという動機も生じない。

 大体、仕事と言うものは、対価を貰ってする行為と言うものは、どんな事でもタフなものだ。
職業選択の自由が保障された国に住んでいるのだから、現状がイヤならさっさと退場すればいい。自分にとって居心地のいい場所を探せばいい。

 リターンを求めるくせにリスクは取らない。
 不満はあっても、改善の為の努力を自分がやるのはイヤだ。

 手を伸ばしても届かない物を取る為に、思いっきりしゃがんで飛び上がろうともしない。
 
 何があの人達にそれをさせるのか、またさせないのか、
 それは、文化人類学を学び、比較文化論にも興味のある僕にとっては、知的好奇心をそそられる事象でもある。



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2006.07.05

ノーマライゼーション ~そのコストとベネフィット~

ノーマライゼーション;1960年代に北欧諸国から始まった社会福祉をめぐる社会理念の一つ。障害者と健常者とは、お互いが特別に区別されることなく、社会生活を共にするのが正常なことであり、本来の望ましい姿であるとする考え方。またそれに向けた運動や施策なども含まれる。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 サンフランシスコで暮らしていた身からするとその差は歴然とは言え、最近は日本も随分と社会のバリアフリー化が進んだと思う。

 新しく建設される公共の建物には必ず多目的トイレが設置されているし、僕が子供だった20年前と比べたら比較にならないくらい、障害のある人が街に出て行きやすくなったとは思う。

 社会の受け入れ態勢も、満足には程遠いが、かなり改善されては来ている。障害者の雇用先も随分と増えたし、彼等を受け入れる企業に勤める健常者も、障害それ自体に対する理解が進んだと思う。

 社会のノーマライゼーションを進める過程で、社会は随分とコストを払った。多目的トイレを増設したり、あちこちにあった段差を無くしたり、雇用支援を行ったりと言った事だ。

 確かに、極短期的には、これは結構な負担だったが、長期的視点にたって考えると、これらは有効な投資になると僕は考える。

 社会の受け入れ態勢が充実すると、障害を持った人がどんどん社会に出てゆけるようになるだろう。
 レジャーにだって障害者の需要はもちろんあるし、それはスポーツだったり芸術だったり、グルメや旅行に向かうかもしれない。そしてそれらは、国家の経済活動に少なからぬ効果をもたらすだろう。
 そして、障害のある人がごく普通に暮らしている、すぐ隣に障害のある人がいる社会が現実化された場合の最大の利点は、障害者が労働者となって、納税者になると言う事である。

 傷害者を社会から隔絶して隔離してしまえば、障害者用施設や設備に対するコストは最低限で済むが、隔離された彼等は福祉依存者となり、国庫に負担を掛け続けることになる。
 (障害の程度や度合いによっては、社会に出る事がほぼ不可能な人ももちろん、しかも沢山いるが、それは今回とは少しテーマが違ってくるのでここでは触れない。)
 しかし、障害者用施設や設備は耐久消費財よりは長持ちするので、一旦設備を整えてさえしまえば、障害者を隔離する必要も無くなるので、福祉依存者の減少と、納税者の増加が期待できる。

 これが、ノーマライゼーション普及の最大のメリットだ。
 決して、障害者に対する慈善や慈愛だけではない。
 その恩典はその社会に属する全員が受けられるのだ。
 それは、1時間に3~4台しか通行量の無い高速道路に数百億をつぎ込むよりも、沈められる事が前提の船(軍艦)に数千億をつぎ込むよりも、はるかに有益で有効な投資だ。



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2006.07.04

July 4th

 時差の関係でアメリカ本土では昨日になっているが、この7月4日と言う日は、アメリカで最も盛大に祝われる祝日(クリスマスは例外)、

 『独立記念日』 だ。

 学校や役所が休日になるのはもちろん、サービス産業以外の殆ど全ての会社はお休みで、田舎から都会まで、花火大会があったりその他様々なイベントがあったりするし、子供達は道路で爆竹や花火を鳴らすし、あちこちの家庭ではガーデンパーティをやっていたりもする。

 学校が休みなのは有難いが、外国人であり、かつサービス産業で生計を立てていた僕にとって、独立記念日で浮かれたり、愛国心を喚起されたりする事は全く無かった。

 加えて、渡米したばかりの頃はまだアメリカが好きで、アメリカに憧れと希望を抱いていた僕だが、日本の、しかも高知出身の僕にとっては、7月4日をアメリカ人が祝っているのを見るのは、少し複雑な心境だった。


 1945年、7月4日。
 この日の深夜、120機のB29爆撃機が高知市を空爆した。
 高知市史に残る、『高知大空襲』だ。
 市街地の7割近くを焼き尽くされ、401名の死者と、289人の負傷者、22人の行方不明者を出した。
 もちろん全員が民間人だ。年寄り、女、子供、幼児。

 この時、どんな悲劇があったのかは、高知新聞のWeb版、
 
『語らない夏』
 の記事で読める。

 渡米直後、大学の授業でテーマは自由で論文を書かされた時、
 僕は広島と長崎で一瞬の内に焼き殺された十数万人の民間人について書いた。
 アメリカの歴史教科書では原爆投下は正当化されているので、広島と長崎でアメリカが行った惨劇については、一般のアメリカ人は無知だ。
 僕の論文を読んだ教授はその事実に驚き、そして僕は、「僕はもちろんアメリカが好きだ。だけど、僕は広島と長崎の事を許すことは死ぬまで出来ないと思う。」と加えた。

 広島と長崎の件ではアメリカを許せない僕が、生まれた街の約70%を焼き尽くしたアメリカを許せないのは、ある意味当然とも言える。

 1945年7月4日。
 恐らく、アメリカ中が祝賀ムード一色だったその時、
 僕の街は、アメリカ軍によって滅ぼされた。

 米国永住権のある僕は、あと2年滞米すればアメリカ国籍が取れたし、取ろうか取るまいかで一時は真剣に悩んだ(アメリカ国籍を取ると日本国籍は無くなる)時期もあったが、仮に帰化してアメリカ人になっていたとしても、心の底から7月4日を祝う事は、僕には絶対に不可能だっただろう。

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増税前にこれをやれ!!

 国・地方自治体を合わせた、政府の負債総額は800兆円を超えている。
 隠れ借金も含めたら1000兆円以上だと言う説もある。

 毎年の予算でも、過去の負債返済として20兆円近くの金額を払い、加えて毎年の歳出を賄う為に、30兆円近くの新しい借金をしている。

 はっきり言わなくても、今の日本政府は破産している。
 どこかで財政再建をしないといけないが、これまでそれをずっと先送りし続けて来た。

 が、もう後が無い。

 満足には程遠いとは言え、財務省やその他各省庁、国と自治体はこれまでの怠慢ぶりからすれば、財政健全化の為、かなり思い切った歳出削減策を打ち出してきた。
 中身の検証がまだ充分とは言えないので、単なる数字合わせに終わる可能性もあるが、これ以上の歳出削減をしても、あいつらは国民へのサービスを低下させるだけで、削減が痛みを国民に背負わせる事にしかならないだろう。

 そんな状況だから、納税者の1人として増税は仕方が無いとも思っている。
 もうこれ以上、未来の子供達に負債を背負わせる訳にはいかない。
 高度成長世代とバブル世代が作った借金を負担するのには不満もあるが、今、俺達が逃げても、未来の子供達の苦しみが増す事になるだけだ。

 痛みを負担するのは辛いが、未来の為に、ここは一つ我慢してやろうじゃないか。


(↓もう1人の自分)


Hey! Wait a minute!!(おい!ちょっと待て!!)」

 どうにもならないんだから、払うしかないのは判ってる。
 でも、その前にもう一つ、やる事が残ってるぞ!!

 この負債を作った責任者を引き出して、全国民の前でそいつらに謝罪をさせ、弾劾裁判をして贖罪をさせなくては。

 過去、アメリカの金融危機で公的資金が投入された時、アメリカ政府は公的資金投入で救済した金融機関の、負債を作った経営陣に対する責任追及を行い、実際に数百人が刑務所送りとなった事があるらしい。
 『国の経済政策として税金を使う。しかし、その原因を作った連中にはきっちり責任を取らせる。』
 そうする事で、アメリカは金融機関への税金投入に対する多数派国民の同意を得た。


 そうだ。日本政府も財政破綻に至った経緯をきちんと説明し、総括と反省、責任の追及と謝罪・贖罪をしてもらわないと納得がいかない。

 楽観的な財政収支見通しを立てた連中。
 採算性、公益性を無視して予算執行をした連中。
 そう言った事業に関わり、政治家を通して利益誘導を行った連中。
 破産しているのに問題を先送りにして借金を続けた連中。
 そして、それを止めなかった連中。

 総理大臣から一公務員に至るまで、一人も残さず拾い上げ、その罪の大きさに応じた罰を背負ってもらう。
 相応額の罰金、私財による負債返済、権利や資格の剥奪、公職追放、そして収監。

 歳出削減策だけじゃ、増税への承認を与える訳にはいかない。
 借金をここまで大きくした責任者達には、見せしめとして罰を受けてもらう。
 それも、可能な限り重たい奴を。
 憲法違反だとか言う奴を黙らせる為には、新たに法律を作ってもいい。


 いい加減な税金の使い方をしていると大変な目に会う。
 いい加減な事業に税金を使わせ、利益を得ると大変な目に会う。
 そういう前例を作らないと、増税して財政再建してもすぐに、奴等はまた税金の無駄使いを始める。

 コストとリスクとリターンの厳正な管理が求められる、民間ビジネスの世界では使い物にならない、生きてはいけない。
 それが公務員だからだ。


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2006.07.03

失敗人生

 アメリカの現実に絶望したのと、家庭の事情もあって米国永住権を諦め(まだ返還はしてない)て帰国し、介護業界に飛び込んだ僕だけど、事前の情報収集が不十分だったせいもあって最近、「ちょっと失敗したかな?」って思う時がある。

 アメリカのいい面には物凄く快適に順応出来ていた分、日本のムラ社会的共同体システムは、本当に嫌になる。何か問題があった時、共同体のメンバーが一致団結して問題解決にあたるのではなく、共同体内の弱者をスケープゴートにして、全員がそいつを攻撃する事でストレス回避を図る、「強きにへつらい弱きを虐げ」のあれだ。

 仕事は、決して満足はしていないが、時々それは楽しいし、シビれるくらいに充実感や達成感を感じられる瞬間もある。
 『介護はとてもやりがいのある仕事だ』
 は事実だと、断言していいくらいだ。

 ただいかんせん、収入面が心もとない。
 滞米中は週35時間労働で月収2000~2500ドル(稼いだチップの額で収入が変わる)を稼いでいた身からすると、月168時間労働で18万弱と言う現在の収入はちょっと寂しい。しかも変則勤務時間な上に厳しい健康管理が求められる職業なので、おちおちバイトも出来ない。

 こうなると収入増の為には、自分に投資して技術や知識を習得し、出世するしか道が無いので、そうやって這い上がって行くしかない。と思っている。


 この世の中には、一度の挫折や失敗で挫けてしまい、命まで絶ってしまう人が結構沢山いるらしい。マスメディアでは成功例しか取り上げてはくれないから、マスメディアしか情報源を持たない20世紀人達は、失敗がそのまま自己否定に繋がってしまうのだろう。

 ここにmizzieと言う、自殺未遂をするほどの自己喪失から立ち直った後も、チャンスを掴んでは失敗をして、それでも立ち上り再挑戦を続けているバカがいる。

 そいつは米国永住権という、アメリカを夢見る者なら喉から手が出るほど欲しがるそれを、抽選で手に入れるという幸運を得ながら、それを自らの意思で放棄し、以前よりも過酷な環境へと進んで飛び込み、その選択が失敗だったかもしれない事を自覚しながらも、そこに居座りもがき続けている。

 成功例は華々しくアナウンスされるが、失敗体験談が語られる事はまずない。

 このブログは、人生戦略で失敗を続ける僕が、しぶとく立ち直り・立ち上がり、傷だらけになりながらも歩き続ける、終わり無き挑戦人生の物語だ。
 今の僕のこのチャレンジが『七転び八起き』になるのか、『七転八倒』で終わるのか、その結果は神のみぞ知る。

 偏見にあった?
 イジメられた?
 裏切られた?
 失恋した?
 落第した?
 失業した?
 夢に破れた?

 それがどうした。
 僕はそれを全部克服したぞ。

 それらを全部乗り越えて、「負け組」とカテゴライズされる待遇に身を置きながらも、それでもしぶとく生きている実例がここにある。
 世界で2番目に金持ちなこの国は、生きているだけでも幸せなんだから、多少の失敗や挫折くらいでは、人生が終わっちゃう程深刻な事態になんかならない。

 人生なんて奴は、生きてたら結構何とかなっちゃうモンだ。



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2006.07.02

リビング・ウィル(生前意思)の勧め

リビング・ウィル
 
生前に行われる尊厳死に対してであれば「尊厳死の権利を主張して、延命治療の打ち切りを希望する」などといった意思表示のこと。またそれを記録した「
遺言書」などのこと。(参照:フリー百科事典『ウィキペディア』)(Wikipedia) 


 個人情報保護の事もあるからあまり書きたくは無かったのだが、不条理と不正に怒りを覚える僕としては、ちょっとあんまりなので書く事にする。

 医療介護の現場と言うのは、ある意味凄惨ですらある。
 僕の職場には要介護度4か5の人しかいないが、その中で程度の差こそあれ、機能を回復させたり新たな能力を獲得したりする過程にある人は、全体の約3割だ。

 残りの人は、主治医の所見でも「現状では安定していますが、今後は緩やかに様々な能力が失われてゆくと思われます。」と言われるような、残酷な言い方をすれば、『ゆっくりと死んで行く人達』だ。

 でも、そんな人達でも、御家族が本当に少しでも長生きさせる事を望んでいて、こちらがアタマが下がる。って位に頻繁に面会にも来て、家族で出来る事を可能な限りやっている方もいる。プロの介護者であるこちらが、申し訳なくなるくらいだ。
 発語機能も殆ど消失しているそんな方達が、ケアしているこっちに「ありがと」なんて消え入りそうな声で言ってくれる時もあって、そんな時はこちらも、その方に対して愛着を感じるし、可能な限り生かせてあげたいとも思う。

 その反面、院に預けたままで全く面会になど来ない家族もいる。

 ここに勤め始めてもう8ヶ月。
 でも一度も会った事の無い家族がいる。
 6ヶ月毎の家族を交えた担当者会議には来るらしいのだが、僕の担当している入所者では無いので、もちろん会った事は無い。そして家族の意向は、「とにかく長生きさせてくれ」なのだそうだ。

 その方は四肢麻痺、発語無し、嚥下不可・流動食、24時間オムツ使用。
 そこに『人間としての尊厳』を見出す事は、僕には出来ない。
 正しく、生きる屍だ。

 こちらのケアを明らかに拒否しているとしか思えない時もあるし、本人は速やかに逝かせてくれ。って思ってるんじゃないか?って思える事もしょっちゅうある。
 でも、今の医学では心臓が動いている限り、経管栄養(チューブを通して流動食を直接消化器官に送る事)により、生体維持の為の栄養摂取は完璧にこなされるので、あと数年間は死なせてくれないだろう。

 全てこちらに任せっ放しのほったらかしのクセに、可能な限り生かせてくれとは一体どう言う事なんだろう?って思っていたが、過日に先輩職員から、その背景を聞く事が出来た。

 その入所者の家庭では、収入がその方の年金に100%依存していて、その方の家族にとっては、その方が死ぬ事で収入を絶たれるのはとても困るらしい。
 介護保険と医療保険のお陰で、生きる屍になってしまったその方に治療を続けても、充分にあまりある程の年金額がその方には支給されているのだそうだ。恐らく軍人恩給か何かだろう。


 本人の意思とは全く無関係に、
 
 『収入源の維持』
 
 ただそれだけの為に存在させられている人間。
 しかし、『可能な限りの延命』が家族の意向である以上、僕等はそれに従うしかない。
 自分の意志を伝える手段を失ってしまったその方が、今、一体何を考えているのか?

 ケアをしていて、時々辛くなる時がある。



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2006.07.01

ヘルパー1級取得


1_5 


















 ホームヘルパー1級講習、修了しました!!

 自宅学習から含めたら約7ヶ月、毎日の仕事がタフなので、実技講習、実習共にとても楽しませてもらってた1級講習、遂に終了です。


 実習では他所の職場を見る事で、色々と発見もあったし、投資した金額分のリターンはありました。
 途中から通信制の学校と同時進行でしたから、これからはそちらへの傾注度を上げます。

 介護福祉士受験資格が得られるまではまだかなり時間が掛かるから、その間に何か別の資格でも取ろうかな?

 福祉住環境コーディネーターには、ちょっと興味アリだったりもします。

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