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2006.08.08

~長崎 2発目の原爆~ それは必要だったのか?

 原爆投下が、日本のポツダム宣言受諾を早めたのは現実だ。だからと言って原爆投下を肯定する事は出来ないが、事実は事実として、受け入れる事も必要だろう。
 形ばかりとは言えども、そしてその戦力はゼロに等しかったとは言え、当時の日本軍に“本土決戦”の為の作戦や指揮系統、部隊編成があったのは事実だ。
 そしてアメリカ政府は公式見解として、「本土決戦によって予想される日米双方の犠牲者を救うため、原子爆弾によって日本の抵抗意志を砕き、降伏に導いた」と主張している。

 しかし、日本はそのかなり以前から、ソ連を通じて戦争終結への工作を盛んに行っており、原子爆弾投下がポツダム宣言受諾の直接の要因になったとは考え難い。
 過日の記事にも書いたが、アイゼンハワー将軍は対日戦勝利に原爆は不要と公言しており、戦略的勝利の為に原爆投下を決断したとは考え難い。

 百万歩譲って、原爆投下に戦争終結を早める効果があったとしても、長崎に2発目の原爆を投下する必要はあったのだろうか?あるとすれば、その意義は一体何処に?

 これについてネット上を少し調べてみて、怒りで血が沸くような項目を見つけた。
 アメリカが極東アジアでのイニシアチブ確保の為、抗日戦でのソ連参戦の日本降伏への寄与度を下げる為に、日本の降伏を急がせようとした。
 と言うのは既に知っていたが、その他に見た原爆投下決定の理由として、
1)巨額の予算を投じた原爆開発計画を、原爆の実戦使用無しに、その威力を示す事無しに終えた場合、議会への説明に苦慮するから。というのが一つ。
2)もう一つが、原爆の実戦使用での威力を確認する為の実験。と言う理由である。

 長崎への二発目の原爆投下は、この『実験』という側面が強いと思われる。
 実際、広島に投下された原爆はウラン型だが、長崎に投下された原爆はプルトニウム型である。この二つは材料が異なれば起爆システムも異なる。
 また、デルタ状の地形に街が広がる広島と、すり鉢状の地形に街がある長崎に投下する事によって、その地形による効果の違いを見たかったと言うのもあるのだろう。

 使用する材料も違えば、起爆方式も異なる二つの原爆を、地形の異なる二つの街に投下し比較する事で、米軍は原爆に関する豊富なデータを得た。

 米軍の資料では、二発目の原爆は小倉に投下予定だったとなっている。
 しかし、原爆を積んだ爆撃機が天候不良で小倉の爆撃目標を正確に掴む事が出来ず、そうしているうちに益々天候が悪化し、残燃料の関係から小倉への投下を断念。第二候補地であった長崎に投下したとされている。
 記録では、燃料の残量との関係で他の目標に投下する事が難しく、目標を長崎に変更し、燃料の関係で投下目標を正確に定める事は出来なかったが、それでもとにかく投下したとある。
 残燃料の関係で小倉から長崎に変更された訳だが、他にも大都市である福岡と、軍の基地がある佐世保も候補地だった訳で、二発目の原爆はある意味、落とせるのならどこでも良かったという事も言える。

 つまりアメリカ軍は、政府は、日本と日本人を使って核兵器の人体実験をやった。

 天候不良と爆撃手の不手際で、小倉の代わりに原爆を投下された不幸な長崎市では、7万人以上の貴重な人命が奪われた。

 アメリカ政府は、戦略的には不必要と前線の将軍が下した核兵器を、ソ連へのデモンストレーションと、議会への予算措置の説明と、軍の実験とデータ収集の為に長崎と広島に投下した。

 そこには、歴史的必然性も戦略的必然も皆無だ。
 大枚はたいて作った新兵器だから、とにかく使おう。
 実地実験とデータ収集もやろう。
 黄色いサルなんか殺したってかまうこたないさ。

 原爆投下の真実は、所詮こんな所だろう。
 お前、それでもまだ「アメリカが好き」って、親米派でいられるか?

参照;
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コメント

アメリカでは、世界史の授業を取っていました。第2次世界大戦の時の事、アメリカが原子爆弾を使った事は正当化されて習いました。長崎に少しだけいた私は、複雑な心境でした。
パールハーバーで日本が戦争を仕掛けたとはいえ、日本に原子爆弾を使う以外に戦争を止める事はできなかったのかな・・もう、空前のともし火のような日本には他の手もあったのではないかと思ってしまいます。

投稿: へルパーK | 2006.08.08 01:14

ヘルパーKさん>
戦争終結と言う事だけに焦点を絞って考えると、原爆は全く必然性は無かったんですよ。
 この事実は調べれば調べるほど、良く判って来るんです。日本人としては悔しくなり、親米派だった僕としては悲しくなります。

また、戦争終結が祖国の解放につながった中国と韓国でも、原爆投下は正当化されて教わるらしです。
僕は滞米中、アジア系アメリカ人史を取っていましたが、日清戦争からWWⅡ終結までは、日本はアジアでの搾取者だったので、近世アジア史での日本をアメリカで学ぶ事は、心が痛む事も多かったです。

投稿: mizzie | 2006.08.08 01:57

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