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2006.08.22

いじめっ子にはわからない

 今から20年程昔、僕は無実の罪で土下座をさせられた事がある。

 友人達と釣りに行った帰り道、自転車に乗った僕等は突然、国産高級車に乗った男に道を塞がれ、「貴様等は今、すれ違いざまにわしの車を蹴った」と言いがかりを付けられた。

 そいつは僕が、僕と仲間の潔白を証明しようといくら説明しても全く耳を貸さず、土地の実力者らしいそいつの意図に逆らう事が出来ないのか、野次馬達も誰一人として僕の助けに応じる者はいなかった。
 電話一つ貸しては貰えず、警察を呼ぶ事さえさせてもらえなかった。
 携帯はおろか、ポケベルすらまだ普及していなかった頃の話で、まだ幼いと言っていいくらいに若く、知識も賢さも無かった当時の僕は、

「ここで土下座をしたら許してやる」

 と言うそいつの言葉に、その場を納める為に、仲間達を守る為に、悔しさに握り締めた拳に爪を突き刺しながら、唇を血が出るくらいに噛み締めながら、その瞼に屈辱の涙を浮かべながら、

「すみませんでした。もう二度としません。」

 と、額を地面にこすりつけながら言わされた。

 もう20年以上昔の事だから、小汚い中学生に言いがかりをつけて土下座させた事なんて、あいつはとっくに忘れているだろう。もしかしたら次の朝には覚えていなかったのかもしれない。奴は酒の匂いをさせていたから。

 でも、拳に爪が突き刺さる程の屈辱を味わされた僕には、その時の事は未だに忘れる事が出来ない。許す許さないは別にして、僕には多分、死ぬまであの時の事を忘れる事は出来ないだろう。

 人は、与えた痛みはすぐに忘れる事が出来るが、受けた痛みを忘れる事は出来ない。

 20数年前に僕が受けた屈辱と同等か、或いはそれ以上の屈辱を、僕等の祖先は韓国に対して与えている。

 小泉首相の靖国神社参拝に関して、中韓が猛烈に抗議しているのを、「過剰反応」だと、決して少なくない、恐らく多数派の日本人はそう言う。
 東アジア版ジャイアンだった僕達日本人には、東アジア版のび太くんだった朝鮮人が受けた、屈辱や痛み、悔しさを思い遣る事が出来ない。

 1910年8月22日。日本は韓国を併合し、植民地とした。

 彼の国から言語や文化を奪い、日本人としての名前と日本語の使用を強制し、日本がポツダム宣言を受け入れて連合国に無条件降伏をするその日まで、朝鮮半島出身の人達を徹底的に弾圧・圧迫し、差別した。

 在日朝鮮人に対する差別は、21世紀になった今日でもまだ、この国では見る事が出来る。それは悲しすぎる現実だが。

 僕がサンフランシスコで寿司職人助手をやっていた時、その寿司レストランを経営していたのは韓国系の方だったが、ごく稀に、オーナーのお母さんがお店に夕食を食べに来る事があった。
 オーナーのお母さんだから、こっちも程度のいいネタを使って、普通のお客さんよりも少しだけ気を遣って握った寿司を出す。その寿司を食べながらお母様、とても丁寧で発音も完璧な日本語で、

 「大変おいしゅうございました。どうもありがとうございました。」

 といつも言ってくれた。
 異国で、異言語・異文化の中で暮らしていて、そんな丁寧な母国語で感謝の言葉を頂くのはとても嬉しいのだが、僕は、母国語を奪われて日本語を強制させられたであろう韓国人と直に触れる事で、侵略者の末裔として、いつも胸に小さな痛みを覚えたものだ。

 僕らは35年間もの長きに渡って、朝鮮人から文化と歴史と言語を奪っていた。


 関が原で破れ、領地を奪われ主君を殺された土佐の長曽我部家臣団は、270年後に倒幕の志士となって明治維新を起こした。
 土佐の関が原は300年続いたと言われる所以だ。

 土佐人は270年間、主君を殺された恨みを忘れなかったから、35年間も文化を奪われるという屈辱を味わってきた韓国人達が、61年しか経っていないのに公式には謝罪をしていない日本を許せないのを、想像する事は出来る。
 また、無実の罪で土下座をさせられ、悔しさに唇を血が出る程噛み締めた、そしてその屈辱を20年後の今もまだ忘れる事が出来ないでいる僕は、彼等が受けたであろう屈辱と、その悔しさを61年間も忘れる事が出来ないでいるのにも、理解も共感も出来る。

 確かに、当時の国際情勢がそうさせた。と言う状況要因も見逃す事は出来ないけれど、また併合中、日本も少しくらいはいい事もしたのかもしれないけれど、日本は韓国に侵攻して彼の地を植民地化し、彼等から言語と文化を奪い取り、迫害・圧迫し、被差別の対象とした事実を、決して忘れてはいけない。

 アメリカの国際戦略に組み込まれる事で、日本は戦後の賠償責任を免除され、謝罪もろくにしていない。

 ただ加害者である僕等には、彼等に僕らを許すのか許さないのかを決めさせる権利は無いし、その僕等の国の首相が軍国主義の象徴を参拝する事に烈火の如く抗議する国民に対し、「あんなのはやり過ぎだから何とかしろ」と言うのは、それこそ内政干渉と言うのではなかろうか?

でも竹島は返してね♪


そしてこのお話は、過去記事のこいつへと繋がって行く。
http://mizzie-cafe.tea-nifty.com/sf/2005/10/__4256.html



相手の苦しみを思いやる、「共苦」って感覚は大切だよな。
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コメント

思いやりって大切だよね、、と思ったのでクリックしました~。
過去に日本は何をしたのか等は隠さずに正直に伝えるべきですわな。戦争ってひどいんだよ・・ってことを世に伝えないと・・・ね。

投稿: りえぽん | 2006.08.22 18:47

りえぽんさん>
僕は土佐藩上士の末裔ですが、小さい頃から在日朝鮮人の友人が多かった関係で、自分の能力や才能と全く無関係な理由で差別される彼等に「そんな不公平さって無いよな。」って思ってたし、理由無き優越感で自分達がアジアの他民族よりも優れていると信じ込む保守的日本人に、怒りを通り越して呆れていたのは事実です。

弱者を踏みつけて得られる優越感に快感があるのは事実だけど、それで満足して自己実現欲求に辿り着けない、多数派日本人って不幸だな。って思います。
だって、この世界には弱い物を踏みつけて得られる優越感よりも、もっともっと楽しくて気持ちイイ事がいっぱいあるのにね。

この世界には、「腐った平和」よりも「正義の戦争」がいい!!って主張する人がいるのは事実ですが、戦争に正義なんて無い。どんなに腐ってても平和がいい!腐敗は武力じゃなくて言論で正すんだ!が僕の自論です。

投稿: mizzie | 2006.08.22 19:05

う~ん・・・。
タイムリーなことに今朝○新聞では中韓の反日運動および日本人の愛国心というテーマの記事が掲載されていますが・・・。
その中にもちょこっと触れられていたことですが、中国の若者は、円借款だとか日本国憲法だとか、日本の文化だとかはほとんど知らないんだそうです。大学時代に友人だった上海出身の子もそうでした。それなのに南京大虐殺だとか満州国だとかはちゃんと知っている・・・これって日本にも当てはまることで、虐げられた記憶はきちんと学び知る機会はあるけれどそれ以外の見習うべき点、といったものには一切目が向けられていないんですよね・・・。
そんな状態でお互い「反日」「嫌中韓」といっていても所詮はお遊び程度のものでしかないのかなぁと思っています。

投稿: hana | 2006.08.23 14:00

hanaさん>
教育が為政者の意図で歪められるとどうなるのか、中韓の若い世代の日本観や、アメリカ人の原爆正当史観、日本の被侵略側への意識等で知る事が出来ますよね。
為政者や国家を支配するエリート達は、被支配階級が自分達の意図に従った行動を取る事を望み、その為に色々と策を弄している訳で、僕等がその策に引っ掛からない様にする為にも、「知る事」「学ぶ事」「考える事」「疑う事」は大切だと思います。

投稿: mizzie | 2006.08.24 00:40

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