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2006.10.17

きみはもういないけど・・・                   ~She's always been there with me.~

 その時突然、僕は背後から強烈なその猫の"気配"、と言うか"存在感"のようなものを感じた。


 あの子がそこにいる。

 そして僕を見ている。

 「?」

 その強烈な存在感に、僕は思わず振り返った。

 視界の先には、のっぺりとしたアパートの壁と窓枠があるだけだった。


 そんなのは当然だ。
 ここは北部カリフォルニアだ。
 高知の実家にいるはずのアイツが、ここにいる筈が無い。


 僕は、テキストとの格闘を再開した。



 翌日。

 特に急を要するというのでは無かったが、ちょっとした用事があって実家に電話を掛けた。そこで母が僕にこう告げた。


 「あんたには黙っちょこうと思いよったけんど、みいちゃん(仮名)死んだよ。」


 母が告げた猫の死んだ時間は、僕が背後にその猫の気配を感じた頃とほぼ同時刻だった。

(アイツ、俺に「さよなら」を言いに来てたな・・・)

 そいつは、猫である事を疑いたくなるくらいの賢い猫だった。
 日本語を話す事と書く事は出来なかったが、僕の言葉をかなり"きちん"と理解した。


 その子との出会いは僕がまだレースを始める前。

 まだ悪童で峠族だった頃、通っていた峠の駐車場に捨てられていたそいつは、体格から想像して生後4週間前後だと思われたが、既に半野生化して野良として自立して生きていた。

 生来の猫好きである僕には不思議とよく慣つき、餌をあげたりしている内にどんどん慣ついて、峠を走り終えて駐車場で一息入れているといつの間にか背後にやってきて、膝の上で丸くなって喉を鳴らしていた。

 常に猫を飼っている我が家だが、当時はそれまで飼っていた猫が死んでしまい、家には猫も犬もいなかったので、そのまま家に連れ帰って飼う事になったそいつは、峠族を卒業してレースの世界に飛び込んだ僕を、ずっと見続ける事になる。


 ミニバイクレース

 地方選手権ロードレース

 エリア選手権ロードレース

 そして全日本選手権ロードレース


 荷物をまとめて遠征に出掛ける僕を見送るのも、帰って来た僕を玄関で出迎えるのも、いつもこいつが一番だった。



 そして運命の98年7月30日。


 チームのテスト走行で鈴鹿に出掛けた僕は、生死を彷徨うような大クラッシュに会い、そのまま鈴鹿総合病院に運ばれて家に帰る事が出来なかった。


 病状が安定して高知の病院へと転院する事になり、約5週間の不在期間を経て帰って来たのだが、脳外傷を負っていた僕は以前の僕ではなかった。家族の話では当時の僕は、



 トロンと死んだような目、

 呆けた表情、

 感情の変化も刺激への反応も弱く、生きた屍の様だったそうだ。



 高知の病院からも退院し、自宅療養となった時はクラッシュから2ヶ月を経ていたが、当時の僕は『見当職喪失』状態で、自分の身に起きている事は全て夢だと思っていた。

「レースはもう出来ない」

 と言う、当時の僕にとって受け入れるには過酷過ぎる現実に、僕は現実と向き合う事を放棄してしまったのだ。

 それから数週間、生きたまま死んでいるような時間を過ごした後、僕は突然、無音の雷に打たれたかのように、今自分の身に起きている事が全て現実である事を理解した。


 レースは僕だったし、僕はレースそのものだった。


 その、自分の存在証明を、永久に失った事を理解した僕は、自分の存在理由をも見失った。

 医学的理由で何も出来なかった僕は、精神的理由からも何も出来なくなってしまった。

 死ぬ事だけを考えて、如何にして周囲に迷惑を掛けずに死ぬか、それだけを考えていたし、その為の準備もしていた。所持品を片付け、残したい物、残してあげたい物以外は全て処分していた。


 人生のリセットボタンを押す準備を整え、後はそれを押すだけ。という状況にして、その押し方と押すタイミングを考えていたある夜、部屋の隅、床の上に座った僕のすぐ側に、あいつがトコトコと歩いて来て、そして何も言わず、膝に乗る事もせず、僕のとなりに「ちょこん」と座った。

 (あたしゃ、アンタの事は全部お見通しだよ)

 と、背中から無言で語りかけ、そして、ゆっくりとその背を撫でる僕に、

 (いいよ。みんなわかってるよ・・・)

 と伝えようとしているのが判る様な気がした。

 その夜が、僕の転換点だった。




 僕は、少しづつ、でも確実に、色んな事を取り戻していった。精神的に、肉体的に。
 総合病院、脳外科、眼科、神経内科、神経眼科、と言った風に、かかる病院がどんどん専門化されてゆき、異常部位が特定され、日常生活は問題無くこなせるまで回復した。

 メンタル面のダメージも、心療内科で治癒された。

 視機能障害も含めた大脳へのダメージは、脳外科の担当医をして、「信じがたい」とまで言ったくらいの回復を見せた。

 その回復の過程。
 レースを失った事実が残酷過ぎて、精神面はまだまだ完全回復には程遠かったが、落ち込んだ時、打ちのめされた時、あいつはいつも僕の横に「ちょこん」と座って、いつまでもいつまでもそこで黙って側にいた。

 そして事故から4ヶ月。僕は仕事に復帰出来るまで回復し、翌年にはレースメカニックとしてサーキットに帰って来た。

 ライダーとしてではなく、メカニックとして鈴鹿やTI(現在の岡山国際サーキット)やもてぎに遠征に出掛ける僕を、あいつはいつも見送り、そして出迎えた。


 鈴鹿選手権で親友と共に年間チャンピオンを獲得した翌年、僕は新しい夢に近付く為、アメリカへと渡った。最初の留学の事だ。

 その留学中、僕は抽選永住権に当選し、アメリカで移民として暮らすチャンスを得た。
 一時帰国して当選後のビザ交付選考の申請用紙と、必要書類一式を返送して再渡米した僕を見届けたあいつは、

(もうあんたは一人でも大丈夫だね)

 と思ったのか、僕が見ていない時に・所で、静かに息を引き取った。


 人間に換算すればかなり高齢の猫だったが、僕が一人で歩いて行けるようになるまでは、それを見届けるまでは、死なないつもりだったのだろう。
 全てを見届けた後、静かに”帰郷”していったアイツは、最後にキチンとお別れの挨拶だけは告げに、9000km近く離れた当時の僕が暮らすアパートまで来たのだが。


 最初の留学では僕はまたもや夢には敗れてしまうのだが、永住権を得た僕は2年後(911テロの関係でビザ交付が遅れた)、移民ビザ片手にアメリカへと渡った。



 移民として異国で暮らし、アメリカと言う移民の国で多様な価値観や文化や言語と触れる事で、それらの『他者』を通じて自分の中にある『日本』を再認識し、また現実のアメリカにも失望して帰国し、今は、生まれ育った街で、生まれ育った街に住む人達の為に働いている僕だけれど・・・。


 ときどき、あいつが僕を見ている様な気がする時がある。

 

 その姿は、僕には決して見えないのだけれど。



 

 

 見えないけど、見ている。

 見えないけど、見守られている。

 (僕にはその姿は見えないんだけれど…)あいつが見てる事を感じているから、僕を見守ってくれているのを知っているから、そしてそれを意識している僕はあいつに恥かしいトコなんか見せられない・見せたくないから、

 僕は低きに流れる事が出来ない。
 だからいつも、
 やせ我慢をしてでもカッコつけ続けてる。
 クール&ダンディーに、
 粋に振舞う事を自分に課し続けてる。

 ときどき「ダラダラくん」にもなるけどね。(^^ゞ

 

  

 



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コメント

読んでいて、涙がこぼれました。
mizzieさんの身に起きたこと、猫ちゃんのこと。
相当な苦難を乗り越えてきたと思います。
その強さに、勇気をいただいた気がします。

私は、ブログ等では言えない過去が多くありますが、
前向きに・・・ポジティブに進んで行きたいなぁと思います。

意外に根が楽観的なので、大丈夫ですよ♪
這い上がってくるの、見ていてくださいヽ(^o^)丿

投稿: りぉちん | 2006.10.17 04:17

mizzieさん、前に言ってらしたよね。
今は、「親より先に死ねない。」 と思ってる。って。

私は、見てる人たちも、どれほど辛かったか、
それを思うと、涙が出ます。

だから、その役目は、人間じゃなくて、猫だったから、出来た気がします。
人には、それほどの器量は無い気がします。

元気になられて、本当に良かったです。

投稿: かめこ | 2006.10.17 07:38

りぉさん>
僕にとっての'98~'05と言うのは、本当に色んな物事が起きて・過ぎていった、嵐のような年月でした。
今は、死んでしまったその猫の子供達と、毎日楽しく暮らしています。
これから、もっともっと楽しくシアワセになる予定。
知ってます?幸運って伝染するんですよ。
色んな意味でチョー幸運なmizzieを知ったりぉさんにも、僕の幸運は伝染するはずです☆

かめこさん>
あの僕がどん底にいた頃、僕を支えてくれた家族や手を差し伸べてくれた友人達には本当に感謝しています。
そして、あのネガティブなエネルギーに満たされた当時の僕から、そのネガティブな部分を取り出したのは、猫であるあいつにしか出来なかっただろうな。とも。
僕のマイナスエネルギーを全部吸い取ってしまったアイツは、それを抱き込んだまま、ここを去っていったようにも思えるこの頃です。

そしてアイツはきっと、今も空から僕を見てるから、

僕は低きに流れる事が出来ないんです。

投稿: mizzie | 2006.10.17 21:28

mizzieさんちにいた、不思議なにゃんこ……
もしかしたら、mizzieさんの守護神だったのかも
しれませんね。
何か、言い表せないほど深い“縁”を感じます。
今も、きっと見守ってくれていますね。
“mizzie、頑張れよ”って。

投稿: ゆらら | 2006.10.17 21:35

ゆららさん>
子供の頃から猫に縁があった僕ですが、こんなカンジで僕を後ろから見てる子がたくさんいるんだろうな。って思います。
僕の人生は猫で満たされてます。

ちなみに「アルバム1」に収録されている猫の写真は、この記事で触れた猫の子供達です。

投稿: mizzie | 2006.10.17 23:13

わ~い(^^♪
幸せのおすそ分け・・・待ってます★
伝染伝染・・・ヽ(^o^)丿

投稿: りぉちん | 2006.10.18 03:07

りぉさん>
訪れると告げられたシアワセに期待を膨らませている時に、小さなシアワセを見落としちゃう事もあるから、よ~っく注意しててね♪
もしかしたらそれはもう訪れているのかもしれませんよ(^^)
でも、「悪い事さえしてなければ、自分は最後には、絶対にシアワセになる!」って信じててね。(^^)v

投稿: mizzie | 2006.10.18 19:01

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