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2006年11月

2006.11.30

ナニワチャージャー [detailed]

こんにちは、mizzieです。
今日、11月30日は”シルバーラブの日”です。
何でも、昭和20年代後半に、68歳?(正確な歳は忘れた)
の有名な歌人が、教え子の大学教授夫人と駆け落ちした事が起源なんだそうです。
ヴァレンタインにはチョコ、ホワイトデーにはクッキー、
なんてムリヤリ消費喚起に結び付けてたお菓子業界、
この日には一体どんなお菓子を結びつけてくるんでしょうか?
介護職に携わる者としては、栄養満点で誤嚥し難く、水分量が豊富な食べ物と結びつけてくれると助かるのですが・・・。

今日は昨日の続きで、最近落ち込んでたオイラが、
大阪のレース仲間達に元気付けられた時のお話です。

吉本の若手芸人に司会をさせたりしてた結婚パーティーは、それなりに盛り上がり(ってか、レース仲間は盛り上げていい場所ではトコトン盛り上げる)、ビンゴゲームで一位になったオイラも、(しめしめ、飛行機代回収♪)なんてやってた。
で、参加者のノリがヤバい方向に流れ始めた所で一次会が終わり、2次会に行く者、家庭とか仕事とかの都合で帰る者にばらけたが、終電までは少し時間があったので、店の前で30分程ダベっていた。
(このご時世に飲酒運転をするバカはいない)

で、すぐ帰らなくてはならない者以外は2次会に行く事になった。
しかし
僕のレース仲間は、出身地が尼崎と東大阪に集中しているのだが、結婚パーティーは新郎が尼崎ライダーだったので、2次会は尼崎組の方に殆どが流れた。電車の都合もあるので、東大阪組は尼崎には行けないし、尼崎組も大阪では飲めない。
その晩は東大阪の友人宅で泊めてもらう事になっていたオイラは、東大阪組の中へ。

最後には7人になった東大阪組、しかし全員が国際ライセンスだし、現役のプロレーサーはいるし、僕と同世代でレースやってた人間で、彼の名を知らぬ者はいない。って位に有名だったスーパーノービスと言われた男はいるし、しかもそのメンバーで飲みに行った、現役プロレーサーの友人が経営するスナックも、その経営してる友人と言うのが、関西ミニバイクレース界ではかなり知られた人で、ミニバイクレースなら加藤大治郎や辻村猛、玉田誠といったそうそうたるメンバーにも勝った事がある。というとんでもない人だ。

そんな人間達が語るんだから、当然内容はめちゃアツい!

 

お酒が飲めない僕は、ジンジャーエールをチビチビと飲みながら、聞き役、抑え役(時々、酔いツブれた友人の介抱役)に回るのだが、しかし内容がとにかくアツいので、聞いてるうちにこっちもどんどんinspireされてくる。

「☆@、お前からその話が聞けただけでも、俺は今日高知から出てくるだけの価値あったわ。めっちゃinspireされた。」

「でもそうやろ?mizzieもそう思うやろ?」

「ホンマその通りや。でもな、実は俺、最近仕事がイケてなくてめちゃヘコんどってん。もう俺はこの世界ではアカンのちゃうやろか?アメリカから帰って来たんは間違いやったんやろか?とかなってて、ちょっと落ち込んでてん。☆@のお陰で明日からまた頑張ろ!って気になれた。ホンマありがとう。」

「そんなん落ち込んでたらアカンやん!お前はあの〇×(所属してたチーム名)のmizzieやで!お前かて、国際ライセンス獲って全日本走った漢やろ?考えてみ。この日本で国際ライセンス獲って全日本走れる奴が一体何人おる?mizzieはその中の一人になってた事もあるんやで。レースであそこまで行けたんやったら、他の何でも大抵の事は絶対にイケるっちゅ~ねん!」

「そうなんや。最近の俺、どっかであの感覚っつ~か負けん気っつ~かレーサー魂っつ~か、あの感じを忘れとったんよ。周りとか環境とか状況に言い訳して、逃げとった、低きに流れ始めとったんよ。今日はここに来て良かったわ。あのまま逃げとったら俺はアカンなるトコやった。」

「周りのせいにしとったらアカン!俺かてグリッド着いたらもう後は全部俺の腕に掛かってるんやもん。マシンがアカン、タイヤがアカン言うたかて、プラクティスと予選で勝てるマシン作れんかったんはライダーの責任や。ベストの環境やったら誰でも結果は残せる。ほんで、そのベストの環境を作るんも俺らの仕事や。ライダーやったmizzieは判ってるやろ?」

「判ってる。判ってて、ラクな方に流れかけてたんや。逃げそうになってたんや。」

この夜、もし彼と語りあっていなければ、僕はきっと低きに流れていただろう。そして、自分で自分を嫌いになって、自分より弱い誰かを攻撃する事で空虚さを埋めるか、自己評価が低いまま卑屈な男になって終わっていたかもしれない。

「結局最後は自分なんやから。そら逃げるんはラクやで、でもそこで逃げたらいい結果は絶対に出てこんもん。普通の奴等はええ結果なんか残らんでもラクやったらええのかもしれんけど、俺らはプロや。結果出してナンボの世界や。絶対に結果出さなアカン世界なんや。それに周りの人が皆、俺を走らせる為に頑張ってくれて、結果残ったら皆が「おめでとう!」言うてくれて、それはやってるこっちもめちゃくちゃに気持ちえいし、もっと頑張ろうって気にもなる。」

「俺はもう走られへんけど、「日本で福祉やるんや!」ってアメリカから帰って来たんや。俺は介護の世界で上目指すわ。」

「そやで!mizzieも遠慮せんとバーン!って行ったったらええねん。」

な~んて感じで、そのプロレーサーになった友人に、オイラはめちゃくちゃinspireされてたのでした。
今はメーカー契約となり、走る事で給料がもらえるようになった友人。好きで飛び込んだレースの世界だけど、”プロ”になると言う事は、それでお金を貰うと言う事は、そこにはまた、色々と辛いことや苦しいこともある。
それでも、バイクが、レースが好きだから、
「俺はもっと”レースバカ”になる!」と宣言した彼に、

「レースやってて一番嬉しいんはどんな時?」

と聞いた時、こんな答えが返ってきた。

「そらファンからの応援受けてる時が一番や。決勝でグリッド並んで、スタンドからファンの声援聞いてたらめっちゃ気合入るで!ホンマめちゃめちゃ力出るもん。実力以上のタイム出るもん。」

 

彼からの言葉に、(あ、介護のやりがいとちょっと似てるかも?)って思った。

緩やかに進行していく機能喪失過程にある人が、回復の瞬間を見せる時、

介護職員のいいなりになんか絶対にならないじーちゃんばーちゃん達が、俺っちの事を認めてくれた時、

日々陰鬱になっていく高齢者の顔から、笑顔を引き出した時、

僕は、物凄く嬉しくなる。
ココロも、カラダも、
充実感と達成感に満たされる。

僕はもう引退してしまったけれど、友人も僕も、機械相手に物凄く細かい、センシティブな事をしながら、実は物凄く「人間が好き」って事なんだと思う。
自分の行動で、ネガティブだった誰かがポジティブな方向に向かう。
何かが、明るい方向に向かう。

それを見るのがダイスキだ。

それに直接関わるのは、もっとスキだ。

そいつを得る為の頑張りとか努力とかは、やってる事は利他的好意かもしれないが、僕にとっては苦労でも犠牲でも何でもない。

レースだって似たようなモノだ。
同じ所をクルクル回って、一秒間で40000mmも走る速度でコースを走りながら、あるコーナーの一つのセクションで、ライバルよりもあと4mm速く走る為に命を賭ける。

物凄いエネルギーをそこに投入しながら、でもそれは苦労でも犠牲でも何でもない。自分が好きだから、楽しいからやっているのだ。

 

結局この夜は朝までアツく語り明かし(翌日の夜勤が辛かった)、翌朝の飛行機で高知に帰った。梅田で知り合いに会うわ、ビンゴで一位になるわ、ツキまくりだった僕は、伊丹空港でキチンとドリームジャンボも買って帰った。

 

僕のレース仲間達はいつも、僕に力を与えてくれる。
道を見失いそうになった時、正しい方向に戻るきっかけを与えてくれる。

戦友で、悪友で、親友な仲間達。

僕が10年間のレース活動で得た最大の収穫は、きっとこいつらなんだと思う。

 

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2006.11.29

そろそろ携帯?

こんにちは。mizzieです。
11月29日の今日は、”いい服の日”なんだそうです。
もうすぐ12月だとういうのに、
未だにTシャツ姿で通勤してる僕には、全く関係の無い日ですね。
今日は、先週末に大阪へ行った時の話を書きますね。





25日に大阪へ行った時、携帯を持っていない僕は友人と落ち合うのに少し苦労した。

当日は友人も仕事の都合がギリギリまで判らなくて、どこで落ち合うのかを決める事が出来なかったので、僕が通過地点毎に連絡を入れ、その時点での友人の状況で待ち合わせ場所と時間を決めよう。と言うことにしていた。

「プルルル、ガチャ!うん。今高知空港。これからそっち行くけど伊丹着いてからどうしよう?」

「実はまだ仕事が終わってへんねん。まだ何時に何処に行くのが一番都合がいいか判らんから、また後でもう一回電話してや。」

「わかった。伊丹着いたら電話するわ。」

 

で、車だと4~5時間掛かる高知ー大阪も、飛行機だと45分だ。
いつもSkipサービス利用の僕は手荷物を預けないので、搭乗までも到着後もチョー早い。

「今伊丹空港やけど、どうしよう?」

「こっちも片付いたから、会場の近くで待ち合わせにしよう。そっから地下鉄の東梅田まで出て来てや。」

「判った。東梅田で電話するわ。」

 

で、空港のインフォメーションで東梅田までの一番簡単な行き方を教えてもらい、リムジンバスで梅田へ出る。

梅田駅のバスターミナルなんて、最後に来たのは99年だ。
何処に何があるのか、さっぱり判らない。

”東梅田”なんて言うくらいだから、今いる梅田駅から東に進めばいいのだろうが、どっちが東なのかも判らない。

梅田の空は街が明るすぎて、おまけに当日は曇ってたから、ベテルギウスも北極星も、シリウスすら見えない。

星の位置で方向感覚を掴むクセが付いている土佐っ子のオイラは、星が見えないと位置感覚と方向感覚が狂う。

しかも携帯電話が普及した昨今、街で公衆電話を見つけるのがとても難しくなった。

 

10分ほど迷って、(さて、どっちに向かおうかな?)とか思っていたら、見覚えのある顔とすれ違った。

「おう!mizzieやないか!」

「〇×さん!〇×さんも☆▼くんの結婚パーティーですか?」

「おう、今からそれに行く所や。mizzieは何してるんや?」

「◇@と東梅田で待ち合わせしてるんですけど、迷いました。」

「お前らは相変わらずやの~。この辺りは大阪の人間でも迷う事あるのに、高知から出てきた、しかも携帯も持ってないmizzieと東梅田で待ち合わせかいな・・・。待て、今から◇@に電話したるわ。」

プルルル、ガチャ!

「もしもし〇×です。今、高知から出てきたはぐれメタルを一匹捕獲しました。
いや何、俺も××(会場になってた店の名前)向かって歩いとったら、偶然mizzieとバッタリ会うたんや。凄い偶然やったで。・・・ってお前ら、すごい待ち合わせしとるの~。」

数分後、友人と合流する。

「いや~、こっちも梅田着いたはええけど、mizzie携帯持ってないからmizzieから連絡あるまで動かれへんし、どないしよかな?思てるトコでしたわ。」

「僕も(公衆電話も無いし、さてどうしようかな?)とか思いよったらめっちゃ偶然に〇×さんとバッタリ会うて、めちゃツイてたわ。梅田歩いてて知り合いに会うらぁて、ホンマ奇跡的やった。遭遇確立はぐれメタル級。」

等と言いながら、3人で歩いて会場へと向かう。

 

しかし、携帯が無いと待ち合わせは不便だし、公衆電話から携帯に掛けると通話料が結構高いし、(そろそろ携帯電話買おうかな?)なんて思ったのでした。

 

そんな、文明から取り残されたような暮らしすんなよ。
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2006.11.28

Why, and how did our country[JAPAN] take wrong direction?

反政府的な事を言って右翼に実家を放火されちゃった加藤紘一みたいになるのはイヤだから、今回は訳文は載せません。翻訳サイトに本文をコピペ(全文を一度に訳す事は出来ないみたいなので、段落毎に分けて訳させて下さい)しちゃうか、辞書片手に英語の勉強しちゃって下さいね。

英文の間違いを見つけたら教えて下さい。(弱気)

     Nowadays, hawkish right-wing Japanese people are rapidly increasing. Hawkish former Prime Minister Junichiro Koizumi won overwhelmingly at 2005 national election and dominated over two-thirds seats in the House of Representatives. Koizumi nominated to his next Prime Minister Shinzo-Abe who is strongly supported by right-wing groups, organized groups of gangsters, and cult religious group. Shinzo plans so many right-wing policies such as amend the Constitution of Japan for permitting belligerent right, revise the Fundamentals of Education Act, and make the Collusion Act for controlling thought and belief of citizen. All of his policies make the country change to right-wing police state. Then, ordinary Japanese people will lose their freedom of speech, thought, and belief. Moreover, Japan becomes the military regime country. I personally can never accept such ideas, but Shinzo and his party [Jimintou] were chosen by the people by national election. In short, most of Japanese want to be controlled and be exploited by the government, and they want to kill people of other countries. Why and how did Japanese change to such a terrible citizen?

     First of all, there was huge gloomy feeling of blockage entire Japanese society due to depression from 1990 to 2001. Late '90s, some Japanese critics mentioned and so many followers agreed that the country required to change to social and business structure and system. Until then, Japanese bureaucrats never thought about proper distribution of state budget, and Japanese business people didn't know anything about real-capitalism. On the other hand, Japan economy had rapidly grown up from '50s to '80s, statesmen of such a country didn't need to think about proper budget distribution, and business people didn't need to think about free and fair access to information of the company. However, Japanese economical situation dramatically changed in early '90s, and we had struggled for survival in that difficult economic climate for long years. At the time, Junichirou Koizumi suddenly came in public with an image that he might be able to make something better changing to the country. He insisted one policy very simply and clearly. I, who strongly support to a party out of power, thought that Koizumi's policy was too vague and unfounded. However, ordinary Japanese supported to Koizumi enthusiastically. As a result, Koizumi and his party became an overwhelming majority in the House. After the national election, Koizumi carried some cruel Acts in the Congress. These cruel Acts destroyed the life of middle class workers, abandoned the socially weak people such as elderly and disabled people, but he gave huge profit to super-rich folks, large-enterprises, and the U.S.

     Why ordinary Japanese people did enthusiastically support such a extremely wicked politician? Certainly, Koizumi insisted that Japan needs to change,and we'd known we have to change. Most of apolitical Japanese felt that he may be able to make something better changing to Japan. Before Koizumi became famous, we, Japanese had been disgusted terrible behaviour by statesmen of the country for long years. Jimintou [Liberal Democratic Party of Japan] politicians always in trouble with money, they never thought about common people's happiness. We'd been really disgusted with statesmen of the country. On the other hand, Japan economic had expanded until late '80s. Japanese wealth grew better with each passing day. Thus, we could easily forget horrible behavior of the statesmen. As a result, apolitical Japanese folks were increasing.

     Likewise apolitical people of other countries, apolitical Japanese people never go voting. However, koizumi succeed that he made apolitical Japanese people go to vote for candidates of his party. Koizumi said about opponents of his policy that they are obstructor for making better country. Then, Koizumi showed a very simple image "No reform, No growth” to people by using mass-media, and the people were brainwashed by the media that they must support Koizumi and his followers to make Japan change better. Koizumi succeeded to get enthusiastic support from so many mindless apolitical Japanese people.  Some critics, sociologists, and mindfulness people saw at a glance that koizumi hid other important political issues behind his only one policy. There are a lot of problems the government must solve, but Koizumi skillfully hid these problems behind his the only one policy.

     After Koizumi won the 2005 national election, he passed some cruel Acts. These Acts completely destroyed the life of socially weak people. Koizumi, Jimintou [Liberal Democratic Party of Japan], and New Komeitou made the Congress pass these Acts and the ordinary Japanese shouldered all burden. However, mindless apolitical Japanese still support to LDP. Why?

     The answer is "mass-media" such as TV, newspaper, magazine, and culture-people belongs to mass-media. Mass-media shows one-sided controlled information to people, mass-media make political issues fade away, and mass-media never mention about real human-right and freedom for protecting the elite ruling class. Japanese mass-media always broadcasts gossips of actor and/or actress, worthless shameful comedy, sportscasts, and sometimes mass-media makes propaganda for LDP.

     Japan has over 2600 year’s history and the country is perfect collectivist society. I mean, most of Japanese aren't individualist, and they can't have own idea. People in the society tend to be mindless like chimpanzee. In short, the Japanese ruling class can easily manipulate the people by using mass-media. Few high-minded political and/or social thinkers saw at a glance that deceitfulness of the media. Furthermore, a small number of persons began to notice that Japan took wrong direction. Unfortunately, they are still minority in Japan, but only they can retake the country to right direction. If they fail to do it, Japan will trigger the WWⅢ in near future.

相変わらず政治的にカタい事ばっか書いてるけど、
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2006.11.27

やってはいけないいたずら

僕はイタズラ好きだから、あちこちで小さなイタズラをして人を楽しませたりしてるんだけど、さらに僕の友達にはコンビニ店内でお菓子を開封してその場で食べて、空き袋をレジに持っていってお金を払って帰る。なんてやっちゃうイタズラ小僧もいるんだけれど、この世には、してはいけない種類のイタズラというものがある。

例えば・・・

他人のパソコンのハードディスクを勝手に黙って初期化しちゃう。なんて言うのは、絶対にやってはいけないイタズラの一つだ。

何気なく入った喫茶店の”営業中”の札を裏返しちゃう。ってのもしてはいけない種類のイタズラだ。

友達5~6人で、道行く見知らぬ人を突然指差してゲラゲラ笑って、走って逃げ出す。ってのもするべきではない。

300円当たりのジャンボ宝くじを持って、血相を変えてみ〇ほ銀行に「当たったーっ!!」なんて駆け込むのも迷惑なイタズラだ。

スーパーの青果コーナーにある桃を、指でぐりぐり押す。なんてイタズラもしちゃいけない。

塩素系漂白剤の『まぜるなキケン!』のステッカーをはがして、納豆のパックに貼り付けるなんてのも、しちゃいけないイタズラの代表選手みたいなモノだ。

ラブホテルに常備されてるコンドームの、精液だまりの部分をマチ針で突付く。なんてのは絶対にしてはいけないイタズラだ。
(これは絶対にしちゃダメだぞ!!)

いらなくなった靴を、夜中に自殺の名所へ置いてくる。なんてのもするべきではない。表に「遺書」って書いた封筒を一緒に添えて、封を開けると中には「うっそぴょん♪」って書いた紙を一枚入れておくのは最低の礼儀かもしれないが。

 

 

不法係留しているプレジャーボートのもやいを解いたり(係船ロープをほどく事)、

人の家の前とか障害者用スロープの前に不法駐車した車のCDIに繋がれている電装カプラを外したり(エンジン始動が不可になる)、

手を上げてタクシーを止めて、ドアが開いたら「あなたは神を信じますか?」とか聞いたり(「皇帝万歳!」でも可)、

歓楽街で強引な客引きをしているキャッチのにーちゃんねーちゃんに向かって「修行するぞ修行するぞ修行するぞ修行するぞ・・・」って言いながら相手がブチキレるまで付きまとったり、

友達50人くらい集めて、絶対に笑わない訓練をしてから寄席とか芸人のショーに行ったり、

ヤ〇ザの事務所の周りで市街戦を想定したサバイバルゲームをやったり、

友達100人くらい集めて「〇日以内返済なら無利息!」とか言ってるカードローン会社のATMで限度額一杯の現金を引き出し、翌朝返金する。というのを毎日2~3年くらい続けたり、

自民党候補が無投票当選しちゃいそうな選挙区に引っ越して、物凄く理想的・大衆迎合的な公約を掲げて立候補してみたり、

デパートのお客様呼び出しに「友達のカネシロタケシ君を呼び出してもらえませんか?」って頼んだり(もちろん事前に友達と打ち合わせ、友達に「同姓同名の別人」を演じてもらう。女の子なら「サワジリエリカ」とかでやると面白そうだ)、

中身をトマトジュースに替えたタバスコを一気飲みして、見てる人に「タバスコ健康法です。」とか言ってみたり、

薬局で「青酸ソーダ」を買ってきて、中身を全部グラニュー糖に入れ替えてから上水場に忍び込み(もちろんワザと捕まる)、捕まったら「みんなに甘いお水を飲ませてあげたかったんだ」って答える。なんてのもするべきではない。

 

 

これは境界線だな。っていうイタズラなら、僕は時々やっている。

実家が土木資材加工を主業とする鉄工所を営むmizzie家だが、工場に行けば、鉄骨や鉄材がゴロゴロしている。
それで、そいつらを使って1辺が10cmの鉄の塊を使って”鋼鉄製サイコロ”を作り、大阪の友達の所に行く時、それを機内持ち込み荷物としてバッグに入れたまま空港のセキュリティーチェックを受けた。

メタルディテクターのディスプレイに映る、10cmの金属製立方体。

保安検査官(以下検査官)
「このバッグ、中に何か金属製の物を入れていますか?」

僕;「はい。入ってますけど何か?」

検査官;「ちょっと出して中身を確認させてください。」

僕:「はい。」
ごそごそ。どさ!
鋼鉄製サイコロはダンボール箱に入れていたので、その箱を出す。

検査官;「(やや緊張した声で)箱の、中身を見せてください。」

僕;「(少し緊張した声で)は、はい、ちょっと待って、下さい、ね。」

おどおどしながら(演技)、慎重に箱を開けて中から鋼鉄製サイコロを取り出し、テーブルの上に置く。ドサ!

検査官;「(呆気に取られて)これは何ですか?」

僕;「何って、見ての通り、サイコロですよ。」

検査官;「何に使うのですか?」

僕;「そりゃサイコロだからすごろくしたり・・・。」

ふと気が付くと、僕は周りを屈強な警備員達に取り囲まれていた。もちろん全員が呆気に取られている。横ではディテクターを操作していた女の子が必死で笑いをこらえている。
一辺10cmの鋼鉄の塊は、約7kgの重さがあるが、機内持ち込み手荷物の重量制限は10kgまでなので、制限範囲内だ。
サイコロは「凶器となると判断されるもの」とはならないので、持ち込み禁止物品にも該当しない。(テロ絡みで規制が厳しくなった昨今では不可能かもしれないし、今は危険物機内持ち込みは”50万円以下の罰金”なのだが)

僕はその鋼鉄製サイコロを元通り仕舞ってバッグに入れ、そのまま搭乗ゲートへと向かった。

 

伊丹空港で先輩に拾ってもらい、そのまま鈴鹿サーキットに向かった僕等は鈴鹿のピットでそのサイコロを使って遊んでいたが、

「このサイコロアカンわ。6上にして投げたら絶対6が出るやんけ!(重いので転がらない)こんなん勝負にならへんやん。」

 

今、このサイコロは知人のお店で”錘(おもり)”として使用されている。

 

 

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2006.11.26

ナニワチャージャー

「25日、〇〇の結婚パーティあんねんけど来る?」

先週、そんなメールをレーサー時代の親友から受け取った。

(25日は・・・と、早出か。26日は?・・・夜勤ね。んじゃ25日最終で大阪入りして26日の午前中の便で帰れば間に合うな)

「うん。行くわ。出席にしといて。」

 

で、また大阪に行ってきた。

レース仲間の結婚式なので、かつてのアツいレース仲間達が集う。

2次会では、かなりコアなレース仲間だけの少人数となり、朝までレースについて、仕事について、人生について、アツく語り明かして来た。

それが何であろうとも、何かをトコトン極めた奴は、哲学を持っている。

今はファクトリー契約となり、契約金をもらって走るまでになった出世頭の友人に、最近ヘコみがちだった僕はめちゃくちゃにinspireされて、
「メンタルエナジー、EからFまで振り切ったよ!」
ってぐらいに、レーシングスピリッツとナニワンパワーを貰って帰って来た。

 

さて、それじゃ今夜の夜勤も頑張ってくるとすっか!!

書き溜めた記事が毎日12:00に更新されるようになってるから、夜勤行ってるけど今日も明日も更新されるから見に来てね!
今回の大阪行に関しては、機会が出来たら書きます。

 

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仁義無き闘い

ケアワーカーA(中堅);「ちょっとぉ、明日のナース勤務表見たぁ?」

ケアワーカーB(中堅);「見た見た。夜勤が〇×と☆▼やぉ?キッツイ二人が組んだねぇ。」

ケアワーカーC(エース級);「え!?〇×と☆▼?明日の夜勤だれ??」

僕(へなちょこ);「え?僕、明日の夜勤になってるんですけど・・・。」

ケアワーカーD(ベテラン):「まったそんな日に限ってmizzieかえ?あんたもツイてないねえ。」

ケアワーカーB(中堅);「まぁ頑張りや。泣かされたらイカンで。」

ケアワーカーC(エース級);「アタシでもあの二人は時々ムカつく時があるちや。あんたえいかげんにしいよ!って思うもん。」

 

僕の夜勤前日、職場ではこんな会話が交わされていた。その日は遅出だった僕は日勤者が帰った後、その日の夜勤者への引継ぎをして帰宅しようと支度していた時、翌日の勤務表を見た、その日が夜勤だったベテランナースからも、

「mizzie君、明日はタイヘンやと思うけんど頑張りなさいよ。あの人らぁの言う事を全部真正面から受けよったらいかんで。」

等と助言を受け、

「はぁ、頑張ります・・・。」

と答えて帰路(って言っても徒歩2分だけど)についた。

確かに、その夜勤で僕が組む事になっている二人は、我が職場では、最強とナンバー2。って言う「口の立つ」ナースだ。重箱の隅をマチ針で突付くような指摘(って言うかケチ)を、えびす様だって泣き出すぞ。ってくらいの酷い言葉で責めてくる。僕も過去にこの二人と組んだ事はある(もちろん二人同時は無い)が、その時も実に細かい事までケチ付けてくるので、(この人はきっと、天国にだってケチを付けるだろうな・・・)って思った記憶があるが、この二人が組んだ最強(最凶?)な日に、一緒に夜勤担当となった僕は他の職員(含むナース)から、「ほとんど人身御供」な同情票を獲得していた。

しかし、僕から見たこの二人は、確かに口も立つがその分腕も立つ。人間的には決して尊敬は出来ないが、医療の前線に立つ職人として、僕はそれなりに一目置いている。その技術とこなす仕事量がダンゼン他よりも多いのだ。だから僕は、特に「最強」のナースに対しては、admireじゃないけどrespectはしている。
この二人は他のケアワーカーがイヤがるコンビだが、僕はこの二人からケチの付け所がないくらいの仕事が出来たら一人前だ。と思っていた。

当日。

ケチ付け攻撃力がイージス巡洋艦並みの最強ナースさん(以下、イージスさんと呼ぶ)は、いつも、定刻45分前には職場に入っている。出勤して詰所に入る時、「あら今来たの?」ってカンジでこっちを見るのだ。

うりゃ!先手必勝じゃ!

通勤徒歩2分の利点をフル活用し、100分前に出勤。時間的制約が無く、先に仕上げても問題の無い業務を全て仕上げ、自分が担当している”体重管理”のデータをカルテに記載(53人分)していたら、イージスさん出勤。

いつもの、「あら今来たの?」な表情は無く、僕からの挨拶にこちらを見返す視線に「もう来てやがるよ・・・」が混ざった様な、始めてみる表情。

ラウンド1 奪取!(^^)v

ケチ付け攻撃力が戦闘爆撃機の様なナンバー2さん(以下、戦爆さんと呼ぶ)は、いつもよりは少し遅れて定刻20分前に出勤。でもこの方はいつもと変わらず。

まずは申し送り。伝達事項確認とかで、イージスさんからの口撃がハープーン(対艦ミサイル)のようにバンバン飛んでくるが、何とか交わしてその場をしのぎ、仕事に掛かる。こちらは事前に先に終わらせられる業務は既に終えているので、遅出の業務を手伝いながら業務を仕上げて行き、しかし食事介助に手間取り、休憩に入るのが少し遅れる。食事休憩で休憩室に入った僕に対しては、二人から当然の様に「遅いっ!!」って責められる。

ラウンド2 被弾&中破・・・。

僕は食べるのがめちゃくちゃに早い。15分遅れて食事休憩に入り、しかし7分で食べ終え、スモーカーでもある二人がタバコ吸ってる間に3人分の食器を片付け、休憩終了5分前に仕事に戻る。
この日は遅出さんがケアワーカー主任とベテランさんだったので、引き継ぎでは夜勤の仕事も少し仕上げてくれていて(主任からも、「あの二人はキツいけど頑張りなさいよ」と言われた)、夜勤ではケアワーカー担当フロアの業務が終われば、ナース担当のフロアに降りてナースを手伝うのだが、それが普段よりもかなり早く合流出来た。
結果、全体の業務が早く片付くのでそれが終わってからの休憩時間が長く取れる事になるのだが、ナース二人が休憩に入っている間、先に終えられる業務を仕上げる。
(それに僕はタバコが嫌いなので、紫煙が煙る休憩室にはあまり入りたくなかった)
早く終わったので90分は取れた休憩時間を30分に削って、仮眠後の業務打ち合わせの為に休憩室に入り、それの確認を取ったらすぐに飛び出し、仮眠前の業務に掛かる。通常はこの時もケアワーカーは担当フロアを仕上げてからナース担当フロアに下りるのだが、僕はまずナース担当フロアで体力が必要な業務を先に仕上げようとする。その僕に戦爆さん、

「それはナースの仕事やき。あんたはワーカーの仕事を先に終わらせてきなさい。」

と言って自分の仕事に戻される。しかし、このセリフを言うのは戦爆さんだけだ。僕は夜勤の時はいつもそうしているし、イージスさんも体力仕事のそれを僕がやる事を求める事はあっても拒否する事は無い。
戦爆さんがワーカーの仕事に集中させてくれたお陰で、いつもより早く仮眠前の業務は終了。通常はそれから仮眠時間となる12時半までは、業務で使うガーゼ等の仕込みと準備をしたりするのだが、早く出勤してきた僕はそれらを全て終えているので、あまりそれをやる人がいない。って用品の仕込みに掛かる。

ラウンド3 ドロー。

僕の職場では夜勤時、ナースは交代で仮眠を取り、その中間に当たる時間帯にワーカーが仮眠を取る。しかし、その日先に休憩に入る事になっていたイージスさんは仮眠時間を削って事務仕事をしていた。
(イージスさんが仮眠に入ったら僕も仮眠に入ろう)
と思った僕も、仮眠時間を削って事務仕事をしたり物品を仕込んだりしていた。

イージスさん、一向に仮眠に入らない。

(あんたが仮眠に入るまで、こっちも入らねぇよ)

僕も仮眠には入らない。

仕込んだ物品を仕舞う為に詰所を離れ、それを棚に仕舞いこんで詰所に戻ろうとした僕を追いかけてきたイージスさん、

「あんたピッチ(院内PHSの事。ナースコールと繋がっている)持ってないの!?」

え?

慌ててポケットを探るが、そこに入れた筈のPHSが無い!!

「患者さんが鳴らして来てもわからんろうがね!早く探してきなさい!!」

充電器から外し、ポケットに入れてから紛失判明までの記憶を辿りながら、廊下・詰所・病室中を探し回る。

無い。

どこにも無い。

床も棚もベッドの上もフトンの中もどこにも無い。

これ、マジでヤバイんですけど・・・。

 

また始末書?

 

「どこにも見当たらないんですよ・・・夜中だけど音便りに探したいので、詰所からピッチにコールかけてもらえませんか・・・。」

泣きつく僕の為にイージスさんがコールを掛けてくれて、それから、

「俺は中田か?中田なのか?」

と言わんばかりのステップワークで各病室に飛び込んで行く。

プルルル、プルルル、

探信音感知!

プルルル、プルルル、

ローカライズ(位置特定)完了!!

 

PHSは患者さんの仰臥位を保つ為に使う、クッションの下敷きになっていた。恐らく体位変換時にポケットから滑り落ちたのだろう・・・。

「ありました。××さんのクッションの下敷きになってました。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした・・・。」

「まったく、もうちっと気を付けなさい。」

ラウンド4 玉砕・・・。

PHSも何とか発見し、しかしイージスさんが仮眠に入らないので僕も(この人よりも先には絶対に仮眠取らないぞ!)って、仮眠を取らずに物品の仕込みをする。

お互い一言も口を聞かず、もくもくと自分の仕事に掛かる。

刻々と時間は過ぎて行く・・・。

結局、イージスさんの仮眠時間は過ぎ去り、戦爆さんの仮眠時間となった。戦爆さんは全ての業務を仕上げて来たので、伝達事項だけをイージスさんに伝えて仮眠に入る。事前の打ち合わせでは、ナースの業務は2時からだが、僕は2時半からナース担当のフロアに降りてワーカーと共同で出来る業務を先に仕上げ、それからワーカー担当フロアを仕上げる事になっていたが、2時から30分だけ寝ても意味が無いので、仮眠はパスしてそのまま業務に掛かる。ナースとワーカーが一緒にやる作業はワーカーだけでも出来る事なので、ナースの業務(医療行為なのでワーカーは携わる事が出来ない)をイージスさんがやっている間に、その業務を一人で出来る所まで仕上げ、ナース業務が終わったイージスさんと合流して、そのまま二人で4時までに仕上げなければならない業務をやる事にする。

前半は好調に仕上げていたが、中盤、僕の手順ミスで時間が大幅に取られてしまい、30分早く始めたのに全てを終えたのは20分遅れ・・・。仮眠から出てきた戦爆さんも加え、二人から集中砲火を浴びるハメに。

ラウンド5 壊滅・・・。

その後は、仕事自体は比較的順調に進んだのだが、チクチクチクチクと小言を言われ続け、心身共にクタクタになって日勤者に引き継ぎをしてこの日の夜勤を終えた。
21時間ノンストップワーキングで、とりあえず業務自体は何一つやり残す事無く終業したのだが、帰宅前にイージスさんから、「mizzie君は手が遅いんだから、人の倍働くくらいの気持ちでやりよらないかんぞね。」なんて言われてしまった・・・。

ちっくしょ~・・・次はもっと上手くやるぞーっ!!

しかし二人共、知識と技術と処理能力は卓抜している。
(批難能力まで卓抜しているのは困り者だが・・・。)

敵は強力だ。

 

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2006.11.25

介護職のステータス向上の為に Vol.2

かなり昔の記事で、
「介護職は待遇が悪いけど・・・」
「財源が無いので報酬アップは望めないから、」
「人気俳優を起用してゴールデンに介護ドラマを制作してもらって、介護職員の社会的地位を上げよう!」
って記事を書いたけど、

今さっき風呂入ってたら突然、別の新しい「介護職者の地位向上方法」が思い浮かんだので、慌てて風呂から飛び出して記事にしている所だ。

介護職の社会的地位を向上させちゃうウルトラC級の秘策、

それは、、、

 

介護職者が人気アイドルと結婚しちゃう!

 

だ!!

平日昼間、おばちゃん相手の芸能ニュース番組に突然流れる速報。

『映画やドラマで人気の若手女優〇×さん(20)、電撃入籍を発表。お相手は都内在住の介護職員☆▼さん(24)』

そして、報道陣を集めて行われる入籍発表記者会見。

「〇×さ~ん。お相手の☆▼さんとは、一体どういった経緯でお知り合いになられたんですか?」

「え~っとぉ、カレ、あたしのママ担当の介護職員さんでぇ、週三回アタシの実家に来てくれてたのぉ♪」

「☆▼さんのどういった所に惹かれたんですか?」

「カレってばもうチョー優しくてぇ、ママにメッチャ上手にゴハン食べさせてくれたりしててぇ、アタシにも介護のやりかたおしえてくれたりとか相談にのってくれたりとかしてくれててぇ、夜中でも訪問とかしてくれててぇ、で、そういう仲になっちゃったのぉ。えへ♪」

「介護職は収入が低い事でも知られてますけど、そこの所は気にならなかったんですか?」

「え~?だってお金はアタシが稼げばいいワケだしぃ、カレが家事とか全部やってくれるって言ってるしぃ、それにカレってば介護職員なワケじゃん?もうこれで、アタシの老後は安心。ってカンジぃ?」

なんて感じになれば、「あのカワイイ〇×ちゃんも惚れちゃう。優しい介護職」って風に、介護職者の社会的地位が上がる。
(かもしれない)
少なくとも、一般大衆の介護職に対する注目度は上がり、残酷で悲惨な現状に、この国の政府は一般大衆には満足出来る老後など用意してはいない事を、大衆が知るきっかけにはなるだろう。

さぁ!日本全国、特に首都圏のイケメン介護職員の皆!!
そのチャンスが訪れた時、確実にそれをモノに出来るように、常日頃から自分を磨いておくのだ!!

人気俳優やアイドルやプロスポーツ選手にだって親や祖父母はいるから、そして介護の現場には結構カワイイ女の子もいるから、いつチャンスが訪れても大丈夫なように、女性介護職員の皆も、女っぷりを磨くことを怠ってはダメですよ。
街を歩いていて、困ってる高齢者を助けたら、その人が人気俳優やプロスポーツ選手の親や祖父母かもしれない。きっかけはどこに転がっているのか、それは誰にも判らない。でも、いざその時が訪れた時、確実にそれを掴めるように、いつでもアンテナを張っておかなければ、自分を磨き続けていなければいけない。

アナタの、君の頑張りに、日本中の介護職者の社会的地位が掛かっている。

さぁ!みんな自分を磨こう!!
収入が低いからって手抜きなんかしないで、男っぷり、女っぷりを上げておこう!

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2006.11.24

おめでとうございます!!!

アクセスカウンターで26478番をゲットされたあなた!!

別にキリ番でもラッキーナンバーでも何でもないんだけど、

 

とにかくおめでとう!!

 

その何でもなさにおめでとう!

26478は、今アタマに浮かんだチョー適当な数字なんだけど、

その、何でもない番号をゲットされたあなた、

よくわかんないけどおめでとう!!

 

☆とにかく、おめでとう!!☆

 

いや、めでたいめでたい。

 

じつにおめでたい。

 

書いてる本人にもゼンゼン訳わかんないけど、とにかくめでたい。

 

おめでとう!!

 

 

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ぼくがごはんをのこさないわけ

「mizzieって食べっぷりがいいから、一緒にゴハンとか食べてても気持ちがいいよね。」

僕は時々、そう言われる事がある。

僕はこの世に食べられない食べものが2つあって、それは納豆と牛乳で、でもそれ意外ならなんだって食べるし、出されたものは余程の事が無い限り絶対に残さない。

「美味しい食べ物って大好き!」で、
「甘いもの大好き!」な僕だけど、マズいから残すって事は基本的にしない。「うっわ~・・・味のテロリズムだ・・・。」とか悪態をつきながら、でもキレイに皿に乗った物を平らげる。

僕は、調理されサーブされた食べものを、残すと言う行為が大嫌いだ。自分が寿司職人助手だった事もあるから、Food industryにいた事もあるから、と言う事もあるけれど、とにかく僕は出されたものは全力で食べる。

出された食べ物を残すのは、作ってくれた料理人に、サーブしてくれたウェイターに失礼だ。というのももちろんある。

でも、それよりももっともっと大きな理由は、今、目の前にある食べ物達は、自分に食べられる為に命を捧げてくれている。と言う意識が僕の脳裏に張り付いているからだ。

生で食べる。

焼いて食べる。

蒸して食べる。

煮て食べる。

揚げて食べる。

それはつまり


『殺して食べる』

と言うことだ。


人は、食べなくては生きてはいけない。
他の命を殺して、食べなければ生きてはいけない。
暴力が大嫌いな僕だけど、生きていくためには他の命を殺すと言う、最大の暴力を犯し続けなくてはならない。

今、目の前にサバの塩焼きがある。
このサバは、誰かに食べられる為にその命を奪われた。
今僕がこのサバを「不味い」と言って食べ残して残飯として捨てれば、それはこのサバの命を無駄にしたという事だ。

デザートにリンゴがついてきた。
このリンゴは、リンゴの木の子供達の中の一人だ。
僕は今、リンゴの子供を食べている。ゴハンは水稲米の子供、パンは小麦の子供、豆腐は大豆の子供で出来ている。

家畜が可愛そうだから。と言って菜食主義になった人達に言おう。

あなた達の菜食主義は、植物の命を殺す事で成り立っている。

生き物を殺すことがイヤだというのなら、もう飢えて死ぬしかない。(化学合成されたサプリメントやデキストリンのゼリーで生命維持させるというのは除外する)

昔、僕が7歳の頃からよく釣りに行っていた池の側に、食肉センター(屠殺場)があった。
ある日僕はそこで、豚達が次々と屠殺される光景を見た。
物凄い断末魔の悲鳴を上げて絶命し、そして加工室へ運ばれていく豚達を、その残酷な光景を間近で見た7歳の僕は、それからしばらくの間、豚肉を食べる事が出来なくなった。

2ヶ月ほど経ってからだろうか、夕食にトンカツが出た。
「いらないっ!」って拒否する僕は両親にしかられ、また自身がお腹ペコペコだったと言うこともあり、嫌々ながらにそれを口に運んだ。

「・・・美味しい・・・。(涙)」

栄養学的観点からめったに蓄肉を食しない僕だが、もし出されたら必ず残さず平らげる。

 

生きることを止めようとして、寸前の所で思いとどまった僕だけど、自分は今生きているんじゃなくて、『生かされてる』と言う事を知っている。

僕を生かせる為に命を捧げた食べ物達を残飯にするなんて罪深い事は、僕には絶対に出来ない。

 

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2006.11.23

愚痴を言っていても始まらない

プロの介護者として、この国の高齢者福祉に関わる者の一人として、この国の介護や福祉の現状には憤りや不満や不安はそれを本にしたら図書館が出来てしまいそうなくらいにある。

だけど、下流社会構成メンバーである一庶民の僕が、不満や愚痴をいくらいった所で何も解決しない。

マスメディアを通じて大衆を操作する技術を洗練化させ、支配者の思う方向に向かう社会に国民の合意を取り付け、民主的に大衆支配・搾取体制を作るシステムをほぼ完成させた自民党・公明党による現政権の元では、この国を福祉国家に変える事もほぼ不可能だ。
(大企業の福祉を追及する国家は既に出来ているが・・・)

この先も国民は選挙になんか行かないし、自民党の党首と民主党の党首が米政府高官と非公式の会合に出席している事からも判るけれど(過去記事を見てね♪)、もう国民は、「マイナス9とマイナス10」のどちらかを選ぶ事しか出来ないようになる。
これから、国家はもっと酷くなるだろうし、社会はさらに荒廃する。
貧乏な家庭に生まれた平均以下の知能や身体能力しか持たない子供は、一生低賃金でこき使われて使い捨てられるか、男は軍人に、女は娼婦になるしか道が無い社会が出来上がる。

ここで僕がどんなに必死でそれに向かう流れを食い止めようと頑張ってみた所で、もうその流れは奇跡でも起きない限り変わらない。もちろん僕は諦めてはいないけれど。(still)

福祉が縮小する流れはもう止められない。
大衆が幸せを享受出来た時代は、根拠も無く未来に希望を描けた時代は、1990年代のどこかで終わった。

超金持ち以外の高齢者は、”生かせるだけ”な収容所に行くしかない未来は、もうすぐそこまで来ている。

 

 

僕一人では、もうどうにもならない。
民主共和制の国家で、正当な選挙で選ばれた自民党・公明党の政治家達がそれを選んだという事は、日本国民がそれを選んだという事だ。

I've tried all I can do, but all my effort turned out useless...

泣き言や愚痴を言っていても、もうどうにもならない。
大衆が未来に希望を持てない社会で、少子化はどんどん進行する。
高齢化は加速してこの国は今世紀中盤までは老人しかいない国になる。短期的には低賃金の外国人労働者を受け入れる事で労働者人口は維持できるだろうが、教育基本法改正で教育格差が極端化する事が明白なので、中期的には良質の労働力や質のいい技術者はこの国から激減する。
技術力と経済力しか無い国から、技術力を支える一定数の良質な労働者がいなくなれば、この国の経済力は地に落ちる。
経済力の無い国に、外国から出稼ぎにくるバカはいない。

多数派日本国民のメンタリティーに何も変化が無ければ、22世紀の日本は国中がスラム化して、今の南アフリカよりも酷い国になっているだろう。
経済格差はさらに広がり、庶民は簡単には医療に掛かれない制度に切り替わる。
(もちろん、国民によって正当に・民主的に選ばれた自民党公明党の政治家達がそれを決める)
長期的には良質の医療に掛かれない庶民は早逝するので、
(アメリカのアフリカ系アメリカ人と白人の平均寿命を比べてみたらそれは簡単に予測出来る)
国民の大多数を占める低所得層は早死する事になり、高齢化問題も長期的には解決される。
高齢者福祉をしようにも、その対象になる高齢者自身がいなくなるのだ。

日本はごく一部のエリートが支配する、不良少年と軍人と娼婦で構成された国家になる。

 

僕は医学の進歩であと100年は生きるつもりだったが、その医学は超金持ちしか受けられない社会になる事が明白なので、僕は今の平均寿命よりも早く死ぬだろうが、それまでは現状でのat least betterを追求するしかない。

 

 

高齢者が増え続ける日本では、福祉の理念だけでは介護を支える事はもう不可能だ。
国にも地方自治体にも財政的余力など何処にも無いし、そもそも最前線を支える職員の数が足らない。

どんなに優秀な司令官がいたって、兵卒がいないと戦争が出来ないのと同じだ。

不景気のどん底だった頃に導入された介護保険制度だが、その頃に参入してきた優秀な人材の中からかなりの数が、劣悪で過酷な職場と、”福祉は奉仕”の原則で貫かれた低賃金に嫌気がさして、景気回復と共に他業種へと移って行った。

今残っているのは、志だけを頼りにもがいている連中と、他に食い扶持が得られない低質の職員、惰性で流されている連中だけだ。
優秀なだけの人材を引き止めるには、金銭的インセンティブが無ければ不可能だ。



そうだ。


介護ビジネスを軌道に乗せる以外に、この国の介護制度を維持する方法はもう無いのだ。
少なくとも僕には、それ以外の方法を見つける事が出来ない。
(武力革命はその方法としては除外する)

もう、介護で儲ける奴がいたってかまわない。
そいつが利用者の方さえキチンと向いていてくれるのなら。
『顧客満足』の原則に従って実業が出来るのなら。

充実した施設・スタッフを揃えた介護施設が、それに応じた報酬を受け取る事を、”福祉は奉仕”の原則を離れて資本主義哲学を持ち込む事を、誰からも責められないような社会を現出させるしか、もうこの国の高齢者福祉が、介護システムが生き残る道は無い。
ビジネスだから当然、充実した施設・スタッフにはそれに応じたコスト負担が利用者に求められるようになる。
満足なサービスを受けたければ、それに応じたコスト負担が求められるようになるが、それはもう避けられない。

バイクの世界が、貧乏人は『HONGDA』のバイク(中国のメーカー。最近ホンダから訴えられた)に、中産階級はHONDAに、金持ちはHONDAのAキット車(毎年数台しか製造されないレース専用スペシャル。250ccだと一台2000万円くらい)に乗れるのと同じだ。

その一握りの高級施設の職員には、東証一部上場企業正社員並みの収入と福利厚生が与えられるようにする。
介護はある意味、実務能力が全ての実力社会なので、優秀な職員にはそれなりの経験年数が要求される。
”生かせるだけ”の収容所から、職員も技術と経験に応じて這い上がっていけるシステムを作る。
技術と知識を磨く事に金銭的インセンティブが与えられるようになれば、志だけで踏み止まっていた職員だけでなく、そのインセンティブに魅せられて介護業界に参入してくる者も出てくるだろう。

優秀な職員を参入させる為に、公平を追求し不正を排除しながら利益を追求してもらうのだから当然、経営側にも変わってもらう。
業界トップレベルの施設には、上場企業並みの情報公開をしてもらう。
財務体制、経営理念、安全対策、雇用システム、社員育成システム、利用者サービス、etc.etc.
それらが、企業情報が証券会社や格付け会社に公開される上場企業のように、利用者がいつでも簡単にアクセス出来るシステムを構築する。

結果、高齢者福祉にも利益追求の原則が持ち込まれ、施設や職員ごとの格差が生まれるだろうが、そうやって格差を生み出して頂点の引き上げを行わないと、もう志だけで職員を引き止める事が殆ど不可能な所まで来ている。
頂点が引き上げられ、それを庶民が利用する事はほぼ不可能になるけれど、一緒に底辺も引き上げてしまえばいいのだ。

 

僕がアメリカで大学に通っていた頃、『ティーチャーレヴューズドットコム(Teacherreviews.com)』と言うウェブサイトで、そこに書き込まれた教授達の評価を見て、次の学期に取るクラスを決めていたように、施設や職員やケアマネが利用者から直接評価され、それが全ての人に公開されるシステムを作ればいい。
どんな施設に勤めている、なんと言う名前の職員が、一体利用者やその家族、同僚職員や経営者からどんな評価をされているのか?それが全ての人に公開されたシステムを作る。
ネットがここまで普及し、携帯電話を15歳以上の殆ど全ての国民が持つようになった日本では、安価に・広範囲に、介護施設と職員の情報を共有出来るようなるだろう。

そうすれば、施設や在宅介護事務所が、
「わが社の職員には、『ヘルパーレヴューズドットコム』でB+以上の評価を得た職員しかいません!」
と言う宣伝文句で、利用者の獲得が出来る。
利用者やその家族から高い評価を得る優秀な職員が、高給で経営的に優れた施設から引き抜かれる社会。

腕のいい職員がどんどん這い上がれる実力社会。

質の悪い職員は、
「あんた今月のヘルパーレヴュ-ズでまたD-じゃないの。来月までにC-以上にならなかったら解雇よ」
って通知されて退場させられる社会。

Fを貰った職員は資格停止となり、再訓練後はD評価から再チャレンジしてもらう。

高級施設に引き抜かれたA評価の職員には、同額の給与が国から保証された状態でD評価の施設に一年間勤務してもらい、利用者と職員にA評価のレベルを教導してもらう。

それを10年くらい続けていたらきっと、この国の介護は底辺レベルが引き上げられ、頂点レベルは「介護版トップガン」状態になるだろうし、それはこの国の高齢者福祉全体にとっての幸福に繋がると思う。

 

 

現実に絶望するだけじゃなくて、
その過酷で悲惨な現状の中で理想を追ってみました。

さらに、『行動するブロガー』なmizzie、
この記事の政治的部分を削除した文を、
『自民党』、『民主党』、『公明党』、『共産党』、『社民党』、『全国主要メディア(TV、新聞社、雑誌社)』、『地方新聞』、等に実名で投書しちゃいました。

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2006.11.22

God lead me.

『God lead me...』

これは僕がサンフランシスコで暮らすようになって1年ほど過ぎた頃、仕事帰りの地下鉄駅で見た、映画の広告に書かれたキャッチコピーだ。

当時の僕は既に30歳を過ぎていたが、その人生で様々な経験を経て、アメリカで暮らすことになった自分の境遇に、「God lead me.(神が僕を導く)」は僕の為にある言葉だな・・・って感じたものだった。

僕は今でも時々、自分が何か自分には判らない大きな渦とか力とか流れの中にいるかのように感じる時がある。

レース引退のきっかけ、
最初の留学決心までの出来事、
抽選永住権当選、
911テロ、
渡米、そしてアメリカでの生活、
帰国決意に至るまでの様々な出来事、
帰国から今日までの流れ。

レース引退と911テロ以外、全ての局面において最終決定を下したのは僕の自由意志だが、そう決断させるに至った状況や流れが、まるで僕にそれを選ばせる為に用意されていたのではないのか?と思いたくなるくらい、それらの出来事が実に的確なタイミングで生じている。

そう、まるで全ては、僕がここに来る為に神様が用意したかのように。

 

今、僕の手元に高橋歩さんという方の紀行文の抜粋がある。
そこには、
「今、自分に起こっている現実は、全て、『神様が仕組んだカリキュラム』。(中略)ただ、今、自分が学ぶべき事を見極め、きっちりと学んでいけばいいのさ。」
と書かれている。

神様の仕組んだカリキュラム?

確かにそうなのかもしれない。

しかし神様も、一人の人生に随分と沢山の教科を詰め込んだものだな。とは思うが。
また、そのタイミングでその場で起きたそれが、単に奇跡的な偶然に過ぎないのか、何かに動かされたのか、そこに用意された物なのか、全く僕には判らないのだけれど。

98年の鈴鹿での大クラッシュで天国のドアをノックした僕だが、「お主はまだ修業してはおらぬ」とばかりに、僕はそこから追い返された。


ヴァルハラの門扉を我は叩けども

        その扉(と)我には開き給わず


Haven’s gateを追い返された僕には、何かが求められていると、この人生から何かを期待されていると言う実感がある。

それは決して何か偉大な事を成し遂げる事や財を成す事、偉大な冒険をしたり誰かに力ずくで勝ったりする事ではないハズだ。もし僕のやり残した事がそれらだったとしたら、この残酷で非情な時代に、天国の扉を叩く者を追い返す程の理由にはならないだろう。

僕の好きな本に、アーシェラ・K・ル=グウィンさんの書く『CATWINGS』と言うシリーズ物の絵本がある。
(『空飛び猫』と言う邦題で、村上春樹さんがとてもステキな翻訳をされています。)
第一巻では、大都会の裏町のごみ捨て場で生まれた、翼のある4匹の兄妹猫が、暴力的な街を脱出し、力を合わせて生き延びて、美しい平和な田舎に落ち着くまでが語られる。
第二巻では、4匹のうち2匹が、母猫に会う為もう一度都会の故郷に戻ってくる。しかし街は再開発で破壊され、母猫の行方は判らない。その街で2匹は、破壊されかけたビルの屋根裏で、ひとりぼっちで震えていた黒猫の子猫を見つけ、間一髪の所で救い出すのだが、この黒猫には翼が生えており、その猫が自分達の血を分けた実の兄弟である事が判る。しかしその黒猫のジェーンは恐怖によるPTSDで口がきけなくなっており、2匹はジェーンを連れて田舎に帰る。
そして第三巻では、裕福な家庭で、愛に包まれて育ったアレキサンダーと言う翼の無い普通の猫が出てくる。何か素晴らしい事を成す事を志して家を出たアレキサンダーだが、一歩外に出るとやはり世界は暴力に満ちており、トラックに轢かれそうになったり、猟犬に追われたり、そうして逃げあがった木から恐怖で降りられなくなったりする。真っ暗な森の中、樹上でひとりぼっちになったアレキサンダーは、自分はひとりぼっちでは、本当に無力な存在だという事を思い知る。
朝、樹上で寂しくて泣いていたアレキサンダーの声を聞きつけたジェーンがやってきて、2匹は一枝一枝下に降り、時間を掛けて地上に降りるのだが、そうしてジェーンと出会ったアレキサンダーは、空飛び猫達と暮らす事になり、ジェーンとお互い助け合って健やかに成長していく。そしてアレキサンダーは、ジェーンの心の傷を癒して再び口がきけるようにする。

ここでアレキサンダーは、胸躍る冒険をする訳でもなく、誰かに力ずくで勝つ事もせず、ただ、愛する人を誠実に愛して、思いやりをもって傷を癒してあげる事を成す。そしてそれこそが本当に素晴らしい事なんだと、アレキサンダーは知る。

とても寓意的に物語を書く事でも知られるル=ルウィンさんだが、
一巻では都市文明・機械文明へのリコイルとしての自然回帰を描き、
2巻では黒猫のジェーンに都市のスラムで育つ少数民族の児童を重ね、(貧困家庭での児童虐待はアメリカでも社会問題化している)
そしてこの3巻では、「翼があるからって、それだけで空飛び猫が普通の猫よりも偉い訳じゃないんだ」と言うメッセージが読み取れる。
翼の無い猫にだって、空を飛ぶ事は出来ないけれど素晴らしい事は出来る。それをアレキサンダーは教えてくれる。それは暖かく美しい心がけが出来ること、誰かを誠実に愛すること。そしてそれは猫が空を飛ぶような、とんでもない事をするのにも増して、大事な事なんだと。


そうだ。


僕はアレキサンダーに、自分の姿を重ねている。


自分の一番好きな事を、10年間全力でやりきった僕には、マテリアルな物事に対する欲望が殆どゼロに近いくらい希釈されている。
金や権力で自尊心を満たそうとする人には、「俺は、元国際ライセンスのロードレーサーだ」と言う事で、自尊心を満たす事が出来る。


波乱万丈。


そう言っても決して言いすぎでは無い人生を送り、色んな所に行き、多様な価値観に触れ、色んな物を見て、多くの人に会い、レースの世界では本物の”天才的”な人を何人も見てきた僕は、自分には優れた才能も、卓越した身体能力も、優秀な知能も、飛びぬけた財力も無い事を知っている。
僕はごく普通の、無力な、弱い・小さい一市民に過ぎない。

そんな市井の一庶民に過ぎない僕に出来る素晴らしい事、それはアレキサンダーと同じで、誰かを・みんなを、愛と思いやりを持って誠実に愛してあげることだ。
他人に対して、暖かく美しい心がけをすることだ。

毎年12月になると、町を歩き回って人々に現金を渡す「秘密のサンタ」の正体だった、カンザスシティー郊外に住む実業家、ラリー・スチュワートさんは語る。
「他の誰かを助けることこそが、私達の生きる目的なのだ」と。

神様が仕組んだその為のカリキュラムの中で、僕がまだ修業していなかったものたち。
誰かを誠実に愛すること。
暖かく美しい心がけが出来るようになること。
それを周りの人に示すこと。

それらが未履修だった僕は、補修としての人生再履修が課せられた。天国のエントランスから追い返されるくらいだから、それらの要求成績は、きっととても高いハズだ。

さぁ、まずは出来る事から、ひとつずつ始めよう。




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晩秋の夜に想うこと

このブログを始めてから、もうすぐ3年になる。

最初は、当時”サンフランシスコ滞在記”で連載を持っていた地方誌の、編集前の原稿をこちらで載せたり、連載に使えなかった話なんかをこちらに載せたりしていた。

”サンフランシスコ滞在記”で連載をもらう前は、同じ雑誌でレース参戦記の連載をもらっていて、自分の書いたものが不特定多数の人に読まれる。と言う事がどういう事なのか、多少なりとも知っているつもりだ。

言葉と、文字を駆使して、不特定多数の人に向けて情報を発信すると言う行為には、常に、”どこかの見知らぬ誰かから憎まれる”事と、”全く無意識に、不本意に、どこかの誰かを傷つけてしまう可能性がある”という危険性が潜んでいる。

見知らぬ誰かに憎まれるのはまだいい。
こちらからの攻撃による反撃なら、批判には常にその反動がある事を承知で書く訳だから、書き手は予想もしてるし対処も出来る。

そうではなく、ほんとうに何気なく書いた文が、誰かをとても落ち込ませてしまったり、傷つけてしまったり、不快な思いをさせてしまう事がある。
こちらには全く無関係の、どこのだれかも判らない人を、全く不本意に傷つけてしまう事がある。
レースレポート連載時代にもあったし、サンフランシスコ滞在記連載時代にもあった。

そしてそれは、僕をとてもとても悲しい気分にさせる。

こちらの意図しない所で、誰かを傷つけてしまう。

それは、”ものを書いて、それを他人に向けて発する”という行為をする上で、最も書き手を悲しませる。

その危険性について無自覚なままでものを書くには、僕はあまりにも沢山の事を書き過ぎた。レースレポート連載記時代から数えたら、13年も”不特定多数にものを書く”という事をやっているのだから。

だから僕は、犯罪被害者や災害被災者をからかったりするような事は、絶対に書かないと決めている。

何か特定の話題について、別の方向からの見方を提言したり、反対方向の意見を提示してみたりして、”この世界には、『絶対に正しい』ものなんてひとつもないんですよ”と言うひとつのアイデアを示したりもする。
権力者や支配者は攻撃するけれど、それ以外の誰かを、否定したり批難する事はしないようにしているつもりだ。

だけど、

今日、最近の記事を読み返していたら、雑誌の連載が終わって、”ものを書く”のがこのブログだけになってから、編集が入らなくなった分、好き勝手にものを書くようになっていた。

いつのまにか、高所からものを言うようになっていなかったか?

オイラはいつからそんなに偉くなったんだ?

 

書きたい事を、こころに浮かんだままに書いていたオイラだけど、気の付かないウチに調子に乗っていたんじゃないのか?

自分に酔っていたんじゃないのか?

一度、自分を見つめ直す時期が来たのかもしれない。

niftyには『公開日時指定機能』と言うのがあって、27日までの記事は既に準備されているから、27日までは毎日更新される準備は既に完了してる。

だから、ちょっとの間書く事を控えて、少し自分を見つめなおしてくることにします。

それでは、また。
From T.S.mizzie



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2006.11.21

財務大臣になって予算を作ろう!

 過日の記事で社会保障予算とか国防予算とかを調べていた時、財務省のホームページで面白いものを見付けた。
 タイトルは『財務大臣になって予算を作ろう!』
http://www.mof.go.jp/zaisei/game.html

 今の日本の国家予算、その配分を変えたりして予算を決め、その結果がどうなるのかを診断してくれるというサイトだ。

「あなたの好奇心は幼稚園児でちゅか?」

 って位に好奇心旺盛なmizzieくん。こんなトコはやってみるに決まっている。財務省のホームページだから、どんな予算配分にしても「この国は財政基盤が貧弱だから、増税しないと国家運営が出来ないんですよ」と言うメッセージを間接的に伝える道具として機能しているのだろうが、そんな事はほっといて、自分が予算編成をしたらどうなるのか、ちょっとやってみようじゃないか。

 

 先ず最初に、自分の名前を入力。
 「mizzie大臣」

 ”mizzie大臣、新年度の予算を決める項目を、下のボタンから選択してください”との文字と、”年金”、”医療”、”介護・その他福祉等”、”公共事業”、”教育”、”科学技術振興”、”防衛”、”経済協力”、”食料安定供給”、”エネルギー対策”、”中小企業対策”、”地方交付税交付金”、”税制改正”の項目があって、そして”予算編成の終了”ボタンをクリックするとその予算で将来どうなるのかが診断される。

 んじゃ先ず最初に、”年金”からいってみよう。
「新年度の年金予算の作成」画面に切り替わり、「次のような要望が国民から寄せられています。予算の増・減、または現状維持を選択してください」の文字に続き、
”歳を取って色々お金が掛かるよ。もう少し年金が欲しいなあ”
”年金の為の税金や保険料の支払いが増えるのは苦しいな。将来もらえる年金を減らしてもいいから、負担が出来る限り増えないようにして欲しいなあ”
 の選択肢が表示され、増額・減額を決める。

 mizzie大臣の意見は、現状でも毎年30兆円も歳入不足な国家財政。これ以上支出を増やす事は現実的に考えたら不可能だ。年金支給額が『健康で文化的な最低限の生活』を維持するには足らない。と思ってはいるが、苦しい財政事情は良く判っているので、現状維持で我慢してもらうしかない。って事で”増減無し”を選択。

 次は新年度の医療予算作成。国民から要望として設定されたのは、
”毎日通院してるので、病院窓口での診療費の支払いは重い。元気な若い人にもっと負担してもらえないかしら?”
”あんまり病院に行かないのに、保険料や税金の負担が大きいなあ。診療を受ける人がもっと負担するべきじゃない?”
 この選択肢の設定はとても誘導的だ。そこには、”医療費は医療に掛かる本人が負担するべきもので、税金投入してする事ではない”と言う政府の思惑に国民の合意を取り付けようとする意図がミエミエだ。
 僕はこのブログでも何度も書いているが、日本の”国民皆保険制度”は充実度では世界第一位の評価を得ている。
 医療費が国庫に負担を掛けている?
 国の仕事は国民の生命と財産を守る事だ。
 医療費全額自己負担では、人工透析なんか庶民には絶対に受けられない。
 難病に掛かった庶民は、死ぬか財産を失うか自己破産しか道が無い事になる。
 恐らく10年以内に日本での感染者が爆発的増加を見せるだろうエイズも、発症予防薬は恐ろしく高価なので、そしてあまり賢くない10代の低所得者は避妊をしないから、少子化した日本では医療費抑制は労働者人口の減少に直結する。
 また、医療機関で働いている者の一人として、現場ではコスト削減の努力を、少なくとも公務員よりは一生懸命にやっている。
 だからこれも”増減無し”だ。

 次に、”介護・その他福祉等”要望は、
”今の環境だと子育ては難しいなあ。いろいろと支援してくれたらありがたいなあ”
”確かに少子化は問題だけど、国がお金をだしたからといって、効果があるのかわからないよ”
の二つ。
 高齢者福祉に携わる者の一人として、この国の福祉の現状には憤りを覚えているのだが、少子化対策も障害者対策も酷いものだ。介護問題など、「富裕層は”高級老人ホーム”へ、庶民は”生かせるだけ”の収容所へ」と言う方向に向かいつつあるのだが、変えなければ、正さなければいけないのは予算だけではない。だが、現状の予算では救えない、”置き去りにされる人々”を放置する訳にもいかない。
 って事で、10%増額を選択。

 次は”公共事業予算の作成”
 ここは削るぞ!父が土木建設資材製造・加工を生業とする町工場を経営しているmizzie一家は、これを削られると直接に被害を受けるのだが、
 土建業に密着した仕事に関わっているから判る。
 この国には無駄な公共事業が多すぎる。
 30%削減を選択。
 日本橋の景観を美化する為に、首都高速を地下に埋設するなんて、そんな事の為に何千億円も使えるかってんだ。

 次に教育予算。
 教育も、やらなければならない事は沢山あるのだが、この逼迫した財政事情では、金銭面での支持は難しい。
 ムダを減らしたり、予算配分を変えたり現場でアイデアを出してもらうとかして対処してもらうとして、ここも”増減無し”

 科学技術振興。
 資源も土地も無い日本は、”技術立国”して生きていくしか、この狭い国土で1億2千万の国民を養っていく事は出来ない。
 だから財政事情は厳しいけれど、10%だけ増額。

 防衛費。
 ここも削るぞ!日米防衛堅持で米軍基地を置いたり、駐留経費を負担するのなら、世界第4位の軍事予算規模を誇る強力な軍隊なんていらないじゃないか!
 大体、防衛費の大半は新規装備品購入に充てられてるワケで、一隻数千億のイージス巡洋艦とか、一機100億円の戦闘機なんかいらないでしょ?
 こいつらは三菱重工とか石川島播磨重工業がつくるからこんなに高価になる訳で、イージス艦ならリットン(アメリカの軍艦造船会社)から、戦闘機も三菱のF-15(約100億円)をやめて、ダグラスからF/A-18(約25億円)を直接買えばいい。
 貿易赤字解消にもなるから、アメリカ政府に恩も売れる。
 F-15なんて、アメリカ以外には日本とイスラエルとサウジアラビアしか持ってないんだから。
 50%削減だ。装備は現状のままで、隊員の給与と訓練費に固定!

 次は”経済協力”
 先進国として、途上国を支援するのは義務だと言えよう。
 しかし、この国の財政事情では気前良く支援をするのには国民の合意を得るのは難しいだろう。
 で、ここは支援先の見直しを含めた配分の見直しで対処。
 あんだけ経済発展した中国に、政府開発援助をするのは合理的では無い。
 毎日物凄い数の子供が飢えや伝染病で命を落としている、サハラ以南のアフリカにはもっと支援を増やさなければならない。
 そしてもちろん、そういった支援がきちんと必要な所に支援されているか、政府役人が私腹を肥やしたりしていないか、軍事費になって国民抑圧の為に使われていないか、チェックする機能も必要だ。
 だから、金額は”増減無し”

 食料安定供給予算。
 先進国や、大国と言われている国は日本以外全て、農業国でもある。アメリカは農産物輸入大国だし、フランスもドイツも国内に広大な農地を抱えている。新興国のブラジル・インド・中国も農業大国だ。
 食料自給率が10%台の先進国なんて日本ぐらいのものだ。
 今は円が強いから海外から食料を輸入出来るが、日本は”経済力”以外は何もない国なのだ。カローラとシビックとプレステを売って、石油や小麦や肉を買っているのだ。
 ”農”は国の根幹だ。
 だから、20%増額。だって今が低すぎるから。

 次は”エネルギー対策”
 石油資源の権益確保に使うのも、国内に油田を持たない日本では仕方が無い。
 また地球温暖化の事もあり、代替エネルギーの開発と普及は急務だ。ただ、循環型エネルギー(風力や太陽光など)の普及は、オランダやドイツの様に、電力会社に一定量の循環型エネルギー使用を義務付け、さらに循環型エネルギーの買電単価を循環型エネルギーによる売電を営む企業が採算の取れる金額にする法律を施行すればいい。
 2006年の現在。風力発電での売電単価は日本は欧州の環境先進国の約半分という安さで、それがこの国の風力発電普及を妨げているのだから。
 って事で、ここも”増減無し”
 本当は増額したいんだけど、この国の歳入にはその余裕が無い…。

 そして”中小企業対策”
 工業国日本を支えているのは中小企業だ。
 ”とにかく壊れない”日本車。それは別にトヨタやホンダやニッサンが優秀なんじゃない。
 彼等はただ単に部品を組み立てているだけで、日本車の優秀さを支えているのは柳川精機のミッションだったり、ニッシンやトキコのブレーキだったり、FCCのクラッチだったり、SHOWAやカヤバのサスペンションだったり、NTNのベアリングだったり、日本特殊陶業のスパークプラグだったり、デンソーのラジエターだったり、コイトのランプだったり、そしてそれらに部品を納入する”3次下請け”と呼ばれる中小企業が優秀だったからなのだ。

 ニッサンは倒産寸前まで経営が悪化したのを、ゴーン社長の号令のもと、苛烈なコスト削減で窮地を脱し、その後魅力的な新車攻勢で立ち直った。ゴーン社長の手腕はそれなりの評価を得てしかるべきものなのだが…、
 しかし僕は、彼が優秀な部品製造下請け中小企業を切り捨てたのを知っている。
 今のニッサンがどうやって部品を調達しているのかは知らない。しかし、如何に車が魅力的でも、部品レベルで信頼出来ない車を購入希望リストに入れるほど、元レーシングライダーはバカじゃあない。

 工業国日本を土台で支えているのは中小企業だ。
 現在の中小企業対策費は防衛費の10分の1以下なので、ここは思いっきり増額する。
 50%アップだ。

 次は地方交付税交付金。
 地方の財政は厳しい。コイズミの景気対策から置き去りにされた地方では、経済環境はバブル崩壊後の不況時と殆ど変わっていない。無駄な公共事業や、ワケのわからない公営団体に使われていたり、官僚の天下り先に流れていたり。と言った事を正さなければならないのは事実だが、市場原理に任せていたら資本が行き届かない所にも資本を行き渡らせるのが政府の仕事だ。
 だから、ここは10%減額で堪えてもらう。

 以上を決めたところで、最後に”税制改正”
 ”私達の要望をかなえてもらう為には、もっと負担をしなければいけないね”
 ”給料からこんなに引かれるのか。もっと税金を軽くして欲しいなあ”
 の二つの選択肢が用意されている。
 この設問には欺瞞がある。
 歳入と歳出のバランスとか、日本が抱える天文学的数字の負債とか、ある程度の税負担増はやむを得ない事は、幼稚園児にだって少し考えれば判る。
 財務省や政府。企業経営陣や富裕層の本音は、
「私達の要望をかなえてもらう為には、庶民にはもっと負担をしてもらわなければいけないね」
 「収益からこんなに引かれるのか。高額所得者の税金法人人税、企業の従業員への社会保障負担分をもっと軽くして欲しいなあ
 なのだ。

 

 この本音を彼等が口にする事は決してないのだけれど、この数十年で政府が行ってきた政策や、経団連が政府に要求してきた要望を見れば、地方都市の介護職員(あいつらが”下流”とカテゴライズしたそれだ)にだって、特に深く考えなくても判る。

 

 ちょっと話が逸れ過ぎた。元に戻そう。

 未来の子供達にこれ以上負担を背負わせない為にも、多少の負担増は覚悟している。
 しかしそれは、企業の法人税を他の先進国並みに引き上げ、1800万円以上を全て一括りにする所得税も、2500万以上とか、5000万以上とか、一億円以上とかはさらに税率を上げて、高額所得者にはこの世界で2番目に豊かな国で暮らす幸福を享受する為に、相応の負担をしてもらう。
 もちろん現役世代の低所得者である僕だって、負担増が避けられない事くらいは判っている。ただ現実問題として、年収230万の僕に受け入れられる負担増はどうがんばった所で15%だ。
 このサイトでの選択肢は10%刻みなので、15%は選択出来ない。年収3000万超の富裕層と、大企業にその分を負担してもらうとして、20%増を選択。

 総合判断(予算配分・税制改革の結果)として、
”当年度の政策のための支出について、税収等で補った上、さらに借金の元利払い(の一部)を補う事が出来ました。PB(プライマリーバランス)は黒字となり、財政健全化に向け、大きく前進しました”
 と表示。ただ、この予算を増税無しで行ったとすると”…借金残高を増加させ、次世代の負担を増加させる傾向は続いており、引き続き、財政健全化に向けた取り組みが必要です
”と表示される。

 自民党・公明党政権が目指しているのは、国が国民生活や経済運営に関わる歩合を小さくする”小さな政府”。
 試しにこのサイトを使って、全ての支出を50%削減する予算を組んでみた。
 PBは劇的に改善されるのだが、過去の負債(つまり国債残高だ)を返済する為に、また新たな借金をしなければならない予算となった。つまり現状では何をしても、増税無しには成り立たないという事らしい。
 では予算配分は現状のままで、税金を50%上げるとどうなるのか?
それでもやっぱり、過去の負債を払う為に新しい借金をしなければならない予算編成となる。

 この借金を作ったのは誰だ?

 自民党だ。

 自分達には債務履行義務の無い借金を作り、問題を先送りにして俺達に押し付けて逃げたのはあいつらだ。

 皆が選挙なんか行かずに好き勝手やってた時、あいつらは自分達だけがいい思いをして、そのツケは全部僕等に押し付けて逃げた。

 それでもまだ、選挙なんか行かずに遊びに行く?
 ”改革無くして成長無し”なんて叫んで、負担を僕等に押し付けて大企業と富裕層だけを成長させた自民党・公明党に投票する?

 

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2006.11.20

お前ら本当にそれでいいの?

 日本は治安が悪くなったとか、貧富の格差が広がったとか、どんどん悪い方向に進んでいる事は間違い無いんだけれど、
「この国がどんなに悪くなったって言った所で、まだ飢えて死ぬような人はいないし・・・。」
 とか言ってたmizzieだけど、僕がそのニュースを聞き逃していただけで、この国でも5月に餓死者が出ていた。

 生活保護申請をしたが拒まれた、北九州市に住んでいた足の不自由な57歳の男性が今年の5月、自宅で餓死している所を発見された。

 ここ数年、生活保護を申請しても門前払いされるケースが増えているらしい。
 あのコイズミが決めた経済財政運営をめぐる「骨太の方針」による、社会保障費抑制の一環としての生活保護見直し策として、”保護費を抑制する為に支給それ自体をしない”支給申請を相談にとどめて申請者を門前払いする、自治体の「水際作戦」が広がっている。
 会計監査員の調査(2006年10月)によると、相談件数に対する申請件数は30.6%。つまり、約7割が相談だけで門前払いにされている。餓死者を出した北九州市など、相談件数に対する保護開始件数の割合はなんと14.6%。約85%の生活困窮者は、相談だけで何もしてもらえていない。

 コイズミは首相になった時、「三方一両損」とか何とかいって、でも結局損をしたのは社会的弱者だけで、大企業は首相の在任中に80%も増収増益させ、しかし雇用者の平均所得はマイナスとなり、生活保護に依存する社会的弱者は、高齢者は老齢加算を、母子家庭は母子加算を廃止され、
 『痛みは庶民に。甘みは強者に』
 を国民の合意の下で実施した。
 「三方一両損」どころか、「一方三両損」だ。

 生活保護は日本国憲法が保障する、
 『健康で文化的な最低限度の生活』を保障する、最後のセーフティネットだ。
 しかしながら、日本弁護士連合会の電話相談では、「病気なのに治療するお金が無い」とか、「水道もガスも止められ、家賃も滞納している」と言う切迫したケースでも保護費支給を拒否されたケースが報告されている。

 住む地区によって支給額の異なる生活保護費。
 生活費が高いからだろうが、生活保護の支給金額が最も高いのは東京23区だが、その23区、高齢単身者への支給金額は8万820円、高齢夫婦世帯で12万1940円だ。
 都内で、借家住まいで、12万ちょいの収入で夫婦二人で生活するとして、家賃と光熱費・公共料金を支払ったら、一体何円が生活費にまわせるのだろう?
 トコトン切り詰めたら生命維持くらいは出来るのかもしれないが、病気でもしたら即アウトだ。
 この国は「健康で文化的な最低限度の生活を保障する。」と国家の最高法規で規定しておきながら、文化的はおろか、健康の維持すらも危ういような保証制度しか用意できていない。

 憲法第25条には「健康で文化的な・・・」と書かれているが、25条第2項には「『国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上と増進に努めなければならない』と書かれている。つまり、生活保護支給抑制を謳った経済財政運営「骨太の方針」は、コイズミジュンイチロウが行った施策は、憲法違反だといえよう。

 哀しいかな、コイズミが推し進めた一連の政策は、圧倒的な国民の支持の元で実行に移されたのだが・・・。

 

 生活保護受給者数は、1995年(橋本総理をそそのかした当時の財務省官僚達が、回復しかけた日本経済を消費税増税と言うミサイルで撃墜した年だ)の約88万人を底にして上昇に転じ、2005年には147万人に、2006年の支給金額は2兆7000億円(生活扶助32%、医療扶助52%)だ。
(ちなみに、平成18年度の防衛費は4兆8千億円)

 ただ、この受給者数と受給総額が増えたのはそれだけ低所得者が増えたと言う背景があって、社会福祉論者で法政大学教授の杉村宏氏も、「格差拡大社会の中で本来なら生活保護を受けなければいけないような低所得層が急激に増えていると言う現状がある」と述べており、受給者が増えたから申請を却下して支給総額を減らそうというのは本末転倒であって、生活保護というのは他の社会保障制度が機能しない時にそれを補完するものであるはずなのに、経済的に困窮した層が生活保護になだれこまないようにと支給を引き締めるというのは、制度のあり方としては間違っていないか?

 生活保護受給者が、平日昼間に4ドアセダンでパチンコ屋に来たり、暴力団員が受給して、暴力団の資金源になっていたりと、生活保護に多くの不正受給が存在するのは事実だ。

(生活保護。ヤクザ屋さんには払います。だって支給拒否したらゴネられて恐いから。お年寄りや母子家庭には拒否します。だって奴等は弱いから。強きにへつらい弱きをくじく。日本ではごくありふれた光景だ・・・)

 戦後、生活保護の受給者率は医療保障や社会保障・社会福祉制度の整備に従って急速に低下した。1995年を底に生活保護受給者と受給金額が増えたのは、米共和党を真似た自由民主党と公明党の政権が「小さな政府」を目指して社会保障や社会福祉を縮小させ、国による経済への介入を大企業の利益最大化に特化させ、それ以外の経済介入を止めたからだ。

 企業が人件費を抑制出来るように、派遣労働法を変えた。

 企業が黒字だった年の利益を赤字だった年と相殺して、法人税納税額を減らせるように、連結納税制度を導入した。

 中産階級からの所得税収を確保する為に、配偶者特別控除を廃止した。

 生活保護よりも所得が低い低賃金労働者を大量に創出し、さらに他の福祉制度を廃止・縮小した結果、生活保護受給者が増えたのだ。
 政治の仕事とは本来なら、支給額が増えたから支給者数を減らすのではなく、生活保護に依存しなければならないような国民を減らすような政策誘導を行う事のハズだ。

 政府の義務は徴税ではなく、国民の生命と財産を守り、国民を幸福にする事のはずだ。
 政府が自分達の義務を果たさないというのなら、こっちだって国民の義務である”納税”を拒否しちゃうぞ!
 申告も税務署じゃなくて、IRS(内国歳入庁)にしちゃうぞ!

 

 しかし、

 民主主義国家日本。
 一連の施策は、国民の合意を得て施行されてるんだよね・・・。
(自民党・公明党に投票した人は、これらを支持したという事だ。無投票や白票を投じた人も、これを支持したのと同じだ。)

 お前らさぁ、本当にそれでいいわけ?

 もしあなたが年収1800万円以上(1800万以上なら所得税率が同じ)なら、自民党と公明党を支持すればいい。id(心理用語;本能衝動の源泉)を行動基準とする自公支持のあなたはきっと、「あなたは幼稚園児でちゅか?」って言われちゃうんだろうけれど、
「貧乏人が負け惜しみ言ってるよ」
って笑い飛ばせるだろうから。

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2006.11.19

さよならジュゴン達・・・(T_T)

 僕は沖縄が好きだ。
 東名阪の友達に胸を張って自慢出来るくらい、海と空と山と川がキレイな土地に住む、そんな地元の「高知大好き!」な僕だけど、本土ではどこだって、自然の美しさでは負けた気がしない土佐っ子の僕だけど、

 昔、レース仲間がレース中の事故で死んだり、大好きだった女の子に裏切られたり、他にも色々と落ち込むような出来事が同時期に起きて、放っておいたらどこか人気の無い崖にでも行って飛び降りてしまいそうだった時期があって、気晴らしに。って貯金をはたいて沖縄に行った事があるんだけど、降下する飛行機の窓から見た、澄んだ、サファイアよりも蒼い青い海を見て、「あ、負けた…。」って思った。
 その美しさに見惚れていた僕はその時、訳も無く涙が流れてきて、自分の心の傷の深さを思い知ったんだけど、沖縄の蒼い海と空、そして旅先で出会った優しい沖縄の人達にすっかり癒されて、何とか立ち直って帰って来た。
 そんな経緯があって、それ以来僕は沖縄が大好きだ。

 生粋の土佐っ子をして「負けた…。」って言わせるくらいにキレイな海と空を持つ沖縄だけど、その沖縄から高知に来た人が、高知の空の静かな事に驚いていた。と言う話を聞いた事がある。

 在日米軍専用基地(施設)の約75%は、沖縄にある。
 (米軍と自衛隊が共同使用している施設は本土にも沢山あるから、それらを合わせると比率は23%に下がるんだけれど、沖縄県の面積は日本の0.6%しかないので、その狭い県土には23%でも多い。)
 県面積の10%は米軍基地だ。
 面積の10%というのを東京に例えたら、
 足立区と葛飾区と江戸川区と墨田区と荒川区と台東区と文京区と北区と豊島区が全部米軍基地になっているようなものだ。

 僕が沖縄に行ったのはお正月だったから、米軍も訓練は正月中は休みだったようで、街で米兵を見る事も殆ど無かったし、米軍機も見ることは無かったけれど、普段の沖縄の空は、ジェット戦闘機の爆音が響き渡っているんだそうだ。
 戦闘機と言うものは性能最優先で作られるので、騒音対策なんかゼンゼンしていない。F/A-18の巡航飛行はジャンボジェットの離陸よりもやかましいし、アフターバーナー全開で離陸する嘉手納基地のF-15なんて、音圧で発電が出来るんじゃないか?ってくらいにやかましいんだそうだ。

 

 これは残酷な現実だけど、沖縄の持つ戦略的・軍事的重要性を考えたら、沖縄から軍事基地が完全に無くなる。なんてのは、世界中から戦争と軍隊がなくならない限りありえない。

 そんな沖縄だけど、米軍再編で移設される事になった普天間の海兵隊基地の移設先として、名護の海に新しい基地が建設される事が、日米政府の合意で決定した。
 この件では、移設先になる沖縄県名護市辺野古沖がジュゴンの繁殖地だったので、環境保護団体とか野生生物保護団体とかの人達は猛反対だったし、沖縄県知事の稲嶺知事も最初は建設反対を表明していたんだけど、政府は10年間で総額1千億円の経済振興というアメと引き換えに、名護市に基地受け入れを求めた。

 コイズミの経済対策からは、地方の庶民は完全に置き去りにされているのだけれど、我が高知も酷いが沖縄はもっと酷い。
 今年の、日本平均での完全失業率は4.1%だけれど(産経新聞より)、沖縄のそれは沖縄タイムスの記事では7.7%、その後発表された高知新聞の記事では7.8%だ。
 沖縄では米軍基地への求人に、失業者が殺到しているらしい。

 その沖縄で、那覇など南部と比較してもさらに経済的に立ち遅れている沖縄本島北部にとって、政府がチラチラさせているアメは喉から手が出るほど欲しい。基地なんか来て欲しくないのはどこだって同じだと思うけど、名護市民にだって生活がある。土地が狭く、観光以外に産業の無い沖縄で、国の支援無しに自立する事など不可能だ。

 沖縄には、普天間の国外移転を主張する人達と、経済振興策との引き換えとしての基地受け入れは止む無し。という人達がいる。名護市も始めは住民投票では受け入れ反対派が多数を占めたが、市長が受け入れを表明した後は受け入れ賛成派の市長が当選し続け、今年9月の
市議選でも受け入れ賛成派が過半数を占めている。(投票率は過去最低だった)

 これに先立ち、今年5月に日米両政府は普天間基地の移設先として、名護市のキャンプ・シュワプにV字型滑走路を建設する事で合意に達し、建設予定地内での埋蔵文化財調査も始まり、基地ゲート前にいた反対派は、沖縄県警に強制排除された。

 調査が終われば、直ぐに建設が着工されるだろう。
 ジュゴンの繁殖地でもあった名護の蒼く澄んだ海は、米軍機の飛び交う軍事基地になる。

 

 僕の生まれた年に、日本に復帰した沖縄。
 地勢学的・戦略的重要性もあるが、日米軍事同盟の人柱として、あの島は米帝に捧げられ、本土からは切り離されて経済的に追い詰められて、「めいわく施設」の受け入れ先にさせられている。

 先の大戦、日本で唯一戦場となった沖縄だが、その戦場で献身的に働き、そして犠牲となって命を落とした沖縄県民達に対し、当時の日本軍・沖縄守備隊司令官だった大田実中将は「…沖縄県民かく闘えり。県民に対し、戦後特別の御高配を賜らん事を」
(参照;
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kaigunngou.htm
 と打電した後、壮絶な戦死を遂げている。

 

 戦後、この国の指導者達が沖縄に賜った御高配は、めいわく施設とそれの受け入れ見返りの経済振興策だった…。
 繁殖地を奪われるジュゴン達は、あの蒼い海で涙を流している事だろう。

 そして大田中将も、草葉の影で泣いているだろう…。 



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2006.11.18

ネコカイロ

 寒くて寒くて毎日がイヤになってくるのだが、寒いのはネコも同じなようで、(あいつらは毛皮着てやがるクセに・・・)夜、寝てるとフトンの中にネコが毎晩もぐりこんで来る。

 こっちも寒いので、ネコを暖房に利用する。

 ちょっと大きめのカイロみたいだ。

 

 ネコカイロの利点。

 大きい。

 低温やけどになる事が無い。

 電気代が不要なので環境に優しい。

 

 ネコカイロの欠点

 温まりが悪い。

 コスト(餌代など)が掛かる。

 毛だらけになる。

 時々ひっかく。

 勝手にいなくなる。

 

 

 しかし、寒い冬の夜は人もネコも寒いので、お互いがくっつきあって寒さをしのいでいる。
 こっちはネコを「カイロだ!」って利用しているが、ネコの方もこっちの事を「人型ホットカーペットだ!」くらいにしか思っていないのかもしれない。

 ネコはよく僕のお腹の上で寝ていて、そんな時はうなされている事があるらしいのだが、悪夢(?)にうなされて苦しんでいる人の上に黒猫が乗っていると言うのは、深夜に見る風景としては、映像的に少し恐い。

 

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2006.11.17

愛の名前

 一年と少し前、僕が帰国を決意してすぐに、
 「自分自身よりも大切。」
 って位に大好きだった彼女に捨てられてから、ずっと僕は彼女無しだ。

 時々、寂しいって思うときもある。

 こういう時、奥さんや恋人がいるといいんだろうな。って思うときもある。

 でも、恋人が欲しいから恋をしようとは思わない。
 一人が寂しいから、それを埋める為にパートナーを探そうなんて思わない。

 ”恋愛”を自分のTop priorityにしない僕は、見る人から見たら”冷たい人”に映るのかもしれない。

 今年35歳になった僕だけど、同世代には「千人斬りでもやる気か?」って位の恋愛遍歴を重ねてきた人もいるんだろうけれど、僕のこなした恋愛の数なんて、片手の指でおつりがくるくらいだ。

 レースをやっていた頃に、「あなたは僕の人生の汚点です」が言えるような酷い恋愛を経験して、それ以来さらに慎重になってしまった僕は、僕に好意を寄せてくれる奇特な女性もそれなりにいたけれど、僕は自分がココロの底から「大好き!」って思える人としか付き合わなかった。
 一目惚れなんて無いし、友達としてお互いをそれなりに知って、色んな事を話したり聞いたりして、共感出来る所がそれなりにあって、受け入れられない所なんか無くて、尊敬出来る部分もあって、なんていう色んな要素をクリアした相手と、ココロが重なる瞬間があった時、自分が恋に堕ちている事に、その人の事を愛している自分に気付く。

 恋愛をTop priorityにしない僕だけど、一旦好きになってしまうと、相手の事が自分の中で絶対優先事項になってしまう。

 

 

 でも、”愛”ってそんなものだと思う。

 相手の事をそう思えないなら、それは”恋”ではあっても”愛”ではないと思う。

 愛してる相手の為なら、自分に出来る事ならなんだってするだろうけれど、愛してもいない相手の為に使う時間もエネルギーも、僕には持ち合わせが無い。

 恋はいつも「始まりは向かうところ敵無し」で、その時期って一緒にいるだけでも楽しくて、ココロもカラダも気持ちのいい事この上ない事は良く知ってる。
 でも、その「スターを取ったスーパーマリオ」な心理状態を味わう為に、とっかえひっかえ恋をしてる人のようには、絶対に僕はなれない。

 歌とか小説とか映画とかでも、「男にとっていつもそれは最初の恋」とか言うけれど、僕は恋愛状態に陥る時はいつもそれが「最後の恋」だと思って恋愛に突入する。
 そんな、自分の全てをぶつけて恋愛する僕は、よく相手から「重い」って言われる。

 僕は不器用だから、戦略的に器用に恋愛をする事が出来ない。
 いつだって直球勝負。全力投球。自分の全てを相手にぶつける恋愛をする僕は、まるで「恋愛神風特攻隊」だ。

 

 僕の愛を例えるとこうだ。

 例えば、恋人と二人で崖沿いの道を歩いていて、彼女が足を滑らせたとする。
 咄嗟に彼女の腕を掴んだ僕も一緒に堕ちて、でも崖に生えた枯木の枝に掴まって止まったとする。

 二人の体重が掛かった枝は今にも折れそう。
 でも一人なら耐えられそうだ。

 枝を掴んだ左手も、彼女の腕を掴む右手も痺れてきて、

 そして彼女は、
 「その手を離して。あなただけでも生きて!」
 って言っているとする。

 

 そして僕は手放す。枯木を掴んだ左手を。

 彼女を逝かせて一人だけ生き残るくらいなら、一緒に死ぬ方を選ぶし、そちらが選べないような相手とは恋愛なんて出来ない。

 それが僕流の”愛のかたち”だ。

 

 

 僕はいつも、好きになってしまったら「君の為なら死ねる」って位に相手の事が超重要事項になってしまう。
 それくらい相手の事を愛せないなら、それは僕にとっては恋ですらない。

 でも、True Loveってそれが普通じゃないのかな?
 そしてそれがTrue(真実)でないのなら、それはFalse(いかさま) Loveだと思う。

 

 False lover達は気安く、”愛”や”恋”、”好き”を口にする。

 でもそれは、セックスを手に入れる為の道具に過ぎない。

 あいつらは、セックスの為ならどんな嘘だってつくし、する。

 

 もちろん僕だってセックスは大好きだけど、もし可能なら一年中毎日していたいくらい好きだけど、その為に誰かを傷付けるなんて事はしたくない。
 僕は誰にも傷付けられたくなんかないから、誰も傷付けたくないんだ。

 僕も男だから、男の性欲って抑える事は出来ても消す事が出来ない事は知っている。
 だけど、消せないそれを鎮める為に、「その人の為なら死ねる」とは思えない相手を利用しようとは思わない。

(性欲に関しては、特定のセックスパートナーを持たない人は、テキトーな相手とするか、買ってするか、夢でするか、自分でするかしかないので、僕はこっそり自分でしてます・・・。口ケンカとかで「Use your illusion!!」とか罵られても、「Of cause, I do!」って言っちゃいそうです。(^^ゞ )


 
もしかしたら、相手をひどく損ねてしまうかもしれない。
 そのリスクを考えたら、ココロの底から「大好き!」が言えない人とは、あるラインから先に進む事が出来ない。
 自分にブレーキをかける。
 それとなく相手から離れる。

 恋愛に関してはそれなりの戦績を持っていた、僕の事を良く知るある人は、「mizzieは損してるよ」と言っていた。

 だけど僕はとりあえず、まだ誰かを決定的に損ねるような事だけはしていない筈だ。
 そしてこれからも、誰も損ねるつもりはない。

 僕の大好きな歌手の鈴木祥子さんはその歌の中で、「それを愛とまちがえることによって、わたしは、愛を知りました」と歌い、「客観的な意見じゃない、だけど、主観的でもない。それが愛の名前」と、「Love is a sweet harmony, when things turned out so good, it's sincerity.」と、そして「I think love is an art, it's always in your heart.」と歌う。

 An artな”愛”だけど、僕のそれはetudeみたいな軽い奴じゃなくて、symphony級に重厚なんだと思う。

 

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2006.11.16

最後の抵抗

今日、衆議院で野党の反対を押し切って自民党と公明党が強行採決してしまった教育基本法改正案だけど、兵庫県の教職員組合が、反対のメールを委員や政党やマスコミに送るメールフォームを作成して公開してくれていた。

参議院で可決・成立される前に、国家の個人への思想介入になりかねない、国家の為に国民が命を差し出させる思想を植え付けさせかねない、現行の改正案には反対しているという、意思表示だけでもしておこう。

反対署名メールフォームへのアドレスを下に貼っておく。
もっと早くに知っておくべきだった、遅れてしまった事はみんなに申し訳ないと思うけど、最後の抵抗を見せよう。

僕等が飲んで育ってきた、個性を尊重した自由と民主主義の水を、未来の子供達にも飲ませてあげよう。

http://www.hyogo-kokyoso.com/webmail/kyoikukihonho1.shtml

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国際寛容ディ

11月16日の今日は、『国際寛容Day』だ。

寛容;心が寛大で、よく人を受け入れること。過失をとがめだてせず、人を許す事。(岩波国語辞典より)

さぁ!今日は、何をされても許してあげよう。

だって今日は『国際寛容ディ』だから。

 

電車で化粧してる若い娘がいるぞ!
食べ物だって食べカスを食い散らかしてるぞ!!

許してあげよう。今日は国際寛容ディだ。

なんやこのおばちゃん、いきなり列に割り込んできおってからに!

許してあげよう。今日は国際寛容ディだ。

誰や!?映画館でも携帯の電源切ってない奴は!

許してあげよう。今日は国際寛容ディだ。

あっ!
ヘンなおばちゃんがスーパーの青果物コーナーにある桃を指でぐりぐり押してるぞ!!

今日は許してあげよう。だって今日は国際寛容ディだ。

自民党と公明党が教育基本法改正案強行採決!?
こりゃ!おんしゃらぁなにをしよらぁ!(怒りで土佐弁)

今日は許してあげ・・・る訳ないろうが!おんしら今日が『国際寛容ディ』やき何してもかまん思いゆうがやないろうにゃあ?
「寛容と非暴力の推進」?
たいがいにせんと地下に潜って革命ゲリラになるぞ!!

 

連邦政府に税金払ってないけど4ヶ月毎にアメリカに戻って永住権保持?

うん。それは許してあげよう。(笑)

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遺書

 NHK学園・人間学のレポートで、
”自分が不治の病で余命間近という想定のもと、残される人に別れの手紙を書きなさい”
 と言うのがあった。
 ”手紙の宛て先は自由、何を書くべきかじっくり考えること。”
 となっているのだが、少しここで練習してみよう。

 

 宛て先自由だが、独身の僕は遺書の宛て先としての「妻子」が除外される。今は恋人もいないので(さみしー・・・)それも対象外だ。

 

 ・・・。

 

 書く相手がいねえよーーっ!!

 

 仕方が無い。宛て先を不特定多数に設定して遺書を書こう。

 

前略

 私mizzieはこの度、劇症肝炎(ウソ)で余命1ヶ月と宣告されてしまいました。今、皆がこれを読んでいると言う事は、僕はもうこの世にはいないという事になっている筈です。

 35年。自分では人生の折り返し点だ。くらいに思っていましたが、まさかこんなに早くあっち側の仲間達の所に行く事になるとは思ってもいませんでした。振り返ればこの35年、中々に楽しい人生でした。その僕を支えてくれた皆には本当に本当に感謝しています。

 チーム監督でチームオーナーだった〇×さん、レースが出来ない体になってしまった時、チームにあった負債を全部チャラにしてくれた恩は忘れません。本当にありがとう御座いました。
 僕がレースを失くしたショックで精神的におかしくなっていた頃、色々と心配してくれた、面倒を見てくれたレース仲間の皆、特に僕の専属ピットクルーだった@#ちゃん、レーシングスーツメーカーのФ☆さん、二人がいなかったら僕はもっと早くにそこを去る事になっていたかもしれません。本当にどうもありがとう。
 そしてメカニック時代、僕にマシンを任せ続けてくれた〇▼くん。君と共にメカニック時代を過ごせた事を、選手権でタイトルを獲れた事を、僕は誇りに思ってるよ。

 渡米後も色んな人に世話になった。
 色々と気に掛けてくれて、世話もしてくれた〇●さん、相談にも乗ってくれた〇△さん、帰国後、突然訪米で泊めてくれた☆▼くん、そして『サンフランシスコ美味しいもの探検団』のみんな!
 楽しい思いが出来たのはみんなのおかげだよ。本当に本当にどうもありがとう。

 そして父さん、母さん。
 この家に生まれて、とても幸せだったと思ってる。
 生んでくれてありがとう。
 鈴鹿で死に掛けて、せっかく生き返ったのにまたこんな事になっちゃって、本当にごめんなさい。

 

 バイクのロードレースでは、国際ライセンスを取得して全日本選手権を闘うまでになった。バイク好きだった小僧が全日本選手権に出られるようになるなんて、望外の幸福を得たと思う。
 永住権を得てアメリカでも暮らした。異国で働きながら学んで、毎日が大変だったけど楽しかったよ。
 日本に帰って、目標にたどり着けなかったのは残念だけど、土産話を両手に抱えて、あいつらの所に先に行っとくよ。

 さて、僕の遺品とかについてだけど、
 引退後も捨てられずに取っていたレーシングスーツ、あれは僕と一緒に燃やして。写真も全部一緒に焼いて。
 本は図書館か学校にでも寄付して。衣類は欲しいって人がいたらその人にあげたらいいよ。
 パソコンはデータの読み出しが出来ないように、ハードディスクをプレスで潰して捨てて。後の電化製品は中古で売り飛ばすか人にあげるかして。
 残った物は全部焼いて。僕の所有物で欲しがる人がいない物は、全部捨てるか燃やすかして。

 借金は無いから気にしなくていい。生命保険は父さん・母さんの生活費に回して。
 有価証券は全部売却して。生保以外の金融資産は全て現金化して、僕名義の預貯金と一緒に寄付して。

 寄付先は、「国境なき医師団」「ペシャワール会」「あしなが育英会」に等分でお願い。
 
 さて、そろそろ行く時間だ。
 もし可能なら、遺灰は全部、土佐湾に撒いて。
 イルカが跳ねる、あの真っ青な海に僕を眠らせて。

 僕はもうあっちに行っちゃうけれど、この、日毎に冷酷さと残酷さを増していく世界が、少しでもいい方向に向かう事を願ってる。
 人を踏んずけて笑ってるような人がいなくなるように、
 みんなが幸せになれるように、

 傷付く人も、傷付ける人も、一人もいない世の中になりますように。

 見えないけど、見てるよ。
 さよなら。

11/16/2006 T.S.mizzie

 

・・・。

 

 『遺書を書く練習』なのに、書いててしんみりしてきちゃったよ。

 これはあくまでも”練習”で、現実世界の僕は踏まれても撃たれても刺されても焼かれても死にそうにはないから、ブックマークを外したりなんかしないで、まだの人はブックマーク登録して、明日もここを見に来てねっ!
 

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2006.11.15

今年が寒く感じる理由

 ここ数日で、南国高知も一気に寒くなった。
 11月初旬で既に、電気ストーブが活躍しているくらいだ。

 にしても、今年の11月は寒い。

 なんでこんなに寒いんだ?

 気温は、最低気温10℃前後、最高気温は20℃を少し下回るくらいだ。

 これだと、8月のサンフランシスコと殆ど変わらないじゃないか・・・。

 

 

 そうかっ!!

 

 去年の9月に帰国した僕にとって、去年の11月は8月と同じだったから、寒さを感じなかったんだ!

 でも今年は違う。

 5月から10月までが殺人的な暑さの高知で、温度感覚が高知のそれに馴染んでしまっているのだ。
 高知の感覚なら外気温10℃は「寒い!」だ。

 昔、北海道の大学に行ってた知人が高知に帰ってきて、2月にTシャツ一枚で外を歩いても寒さを感じなかった。と言っていた事があった。しかし高知で1年過ごすと元に戻っていた。
 どうやら僕も、皮膚の温度感覚が高知のそれに戻っているのだろう。

 今年の冬は、少し用心した方が良さそうだ。

 

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2006.11.14

狡勝誠敗・不適者生存

> ぜんぶひらがなでぶろぐのこきじをかいたら、みんなから”よみにくい!”ってくじょうのあらしだったから、いつものぶんみゃくにもどします。ひらがなでかいてもないようはいつもとおなじだったから、わかりにくさがさらにましただけでぎゃくこうかなきじになってしまって、とてもはんせいしているみずぃです…。>

 

 高等学校の必修科目未履修問題とか、建築物の耐震強度偽装隠蔽事件とかを通じて、この国の「ルールを作っても、それの抜け道を上手く利用した奴がトクをする」というシステムの一部が晒されたと思うけど、この「ズルい奴ほど美味しい思いが出来て、マジメな奴ほど損をする」って仕組みは、本当にヒドいと思う。

 だけどそれはこの国ではごく普通に見られる風景で、この「狡い奴が勝って、誠実を貫いた者が敗ける」という大人を見て育った子供達が、ルールの抜け穴とか脇道とかを小賢しく利用して、他人を出し抜き地位や富や名声を得ようとするのを責める資格や権利は、大人側の人間には一部を除いていないよな。って思う。

 ルールに従ってやっていたら、イチから始める俺達が利益を上げる事なんて出来ないよ。って実例は、ライブドアとか村上ファンドが実例を示してくれたし、まだ事件になっていないだけで、危ない橋を渡って利益を上げている新興企業は他にもいくつかあるらしい。

 この、冷酷で非情な「利益こそ全て」な市場主義哲学が支配する資本主義社会においては、高潔とか矜持とか誠実とか無私とかは、敗者の特質とされるようで、貪欲とか狡猾とか虚妄とか言った特質を持つ事が、勝者への必要条件とされる。

 

 歴史をそれほど深く学ばなくても、昔の日本には世界に誇れるような高貴な論理的価値観があったのだが、それはいつの間にか消失してしまって、拝金主義的な、勝利至上主義的な、みもふたもない価値観が重宝される、みっともない国になってしまった。

 

 自社の利益を上げる為に、耐震強度を偽装して強度は無いけど建築費が格安のビルを建て、バレそうになったら政治家を通じてもみ消してもらう。
 学校の進学率を上げる為に必修科目は書類上は履修した事にして、その時間を受験対策の時間に充てる。
 企業会計に虚数を持ち込み、存在しない利益が存在した事にして、自社の価値を上げる。

 そこにあるのは、「バレなきゃ何やってもいいんだよ」と言う姿勢だ。
 そんな大人を見て育つ子供達が、教師に隠れていじめを潜行させて継続する事を、誰に責める事が出来ようか?

 

 

 狡い奴ほど栄える。論理的に不適格な奴ほどいい思いを出来るチャンスが増える。

 この国は、いつからそんな恥ずかしい、みっともない国になってしまったのだろう?

 

 

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2006.11.13

わかりやすいきじをかこう

ぼくのぶろぐは、ないようがとてもむずかしいことがおおいみたいで、”ぶろぐらんきんぐ”とかをみてここにきたひとが、よんでもおもしろくないからすぐにほかのさいとにいっちゃうみたいなことが、にふてぃぶろぐについてる「あくせすかいせき」にある、「いどうりれき」とか「なまろぐ」をみていたらよくわかる。

ここのじょうれんの
りえぽんさんとかえびすけさんとかも、むずかしいことに「へー」とか「ほー」とかしながら、でもこめんとをのこすことはあんまりない。ってかいてくれていた。

だからきょうは、かんたんなないようの「かいごきじ」をかこうとおもう。

 

ぼくのつとめているしせつはびょういんへいせつの”いりょうかいごしせつ”なので、しょくじはびょういんしょくをつくるところとおなじところでつくる。
きぼうすればしょくいんもおなじしょくじをたべられるし、やきんのときはゆうしょくとちょうしょくはかってについてくる。
(しょくじだいはきゅうりょうからてんびきされる)

いがくてきりゆうで、とうにょうびょうのひととか、ないぞうしっかんなどでしょくじせいげんのあるひとには、とくべつしょくがつくられるし、じぶんのはでかんでたべることのできないひとには、「みきさーしょく」という、みきさーでどろどろにしたしょくじがでてくる。

やきんのときはぼくもおなじごはんをたべるんだけど、はっきりいってぜんぜんおいしくない。
べてらんのせんぱいは、「ときどきおいしいときもあるよ」といっていたけれど、ぼくはそんなおいしいごはんにありついたことはいちどもない。ひごろのおこないはいいほうだとおもうのになんでだろ?

はなしがすこしそれたけど、びょういんのごはんはほんとうにおいしくない。
まずさいしょに、ごはんがきほんてきに、あっとうてきではかいてきなくらいにおいしくない。
あきたこまちなんかぜったいにでないし、ごこくまいもない。こしひかりはおろか、しんまいでもこまいでもない。
ぼくはじつぶつをみていないからだんげんはできないんだけれど、びょういんでつかわれるおこめとして、「びょういんまい」というのがあるらしい。これのねだんはいっしょうあたりたんかがさいていかかくなんだそうだ。これよりもひんしつのわるいおこめはかこうしょくひんようになるらしくて、「ごはん」としてたべられるおこめとしては、もっともやすい・まずいおこめなんだそうだ。
ぱんきぼうのひとにはしょくぱんがしゅしょくのしょくじがでてくるけど、これはしりあいのぱんやさんにおしえてもらったんだけど、ぱんのおいしさってつかってるこむぎのしつにかなりさゆうされるらしくて、で、びょういんしょくのぱんは「うっわ~。こむぎやすそう・・・。」っててざわりをしたぱんがでてくる。ついてくるじゃむとかばたーもやすものだ。

おかずだっておいしくない。
こうちはさかながせかいにほこれるってくらいにおいしいまちなのに、しゅんのおさかなとかてんねんもののしろみのおさかななんかぜったいにでてこない。
かいごしせつにいるひととか、にゅういんしているひとにとって、しょくじはさいだいのたのしみだとおもうけど、おいしいひらまさとか、ひらめのさしみとか、くえとかぐれとかすずきなんかぜったいにでてこない。いいとこ、かんづめよりもまずいさばのみそにとか、はたかたらかなにかのにものだ。
にくだって、あいびきにくのはんばーぐはごちそうだ。
あめりかさんのきょうぎゅうにくとかがでてこないだけましかもしれないけれど、にくじるしたたる。なんてごはんにはぜったいにありつけない。

すくいといえば、しょくじりょうがおちたひとのためにえいようきょうかがたのでざーとがでてくることだけど、これはしょくじりょうがすくないとか、じぶんのはでかんでたべることがむずかしいひとむけなので、しょくいんのごはんにはでてこないからあじがどんなのかはわからない。ただごはんがたべられなくてみきさーしょくになっているおばあさんも、このえいようきょうかがたぜりーは「おいしい」といってよくたべてくれるので、みきさーしょくしかたべられないひとにとってはおいしいしょくじになるのだろう。

いちかいごしょくいんとして、ぼくはこのおばあさんに”もろぞふ”のぷでぃんぐをたべさせてあげたいとおもう。ほかのみんなにもおいしい、あまいものをたべさせてあげたいんだけど、ざんぜずちーずけーきのぶるーべりーちーずけーきとか、さおりすいーつのだいぎんじょうちーずけーきとかをたべたら、おいしくてなきだしちゃうかもしれない。


みきさーしょくのひとにとってはごちそうになる、でざーとのえいようきょうかがたぜりーだけど、ぼくらがたべるごはんのでざーとは、せいぜいみかんとかめろんとかのくだものだ。
だからぼくにはそれがどれくらいおいしいのかはわからない。

へるぱー1きゅうのじっしゅうでおとずれた、ろうけんとかでいさーびすとかのごはんも、にたようなものだった。
ほうもんかいごのおばちゃんへるぱーが、じたくにあるありあわせのざいりょうでつくってたごはんのほうがおいしいとおもう。

ろうじんしせつのごはんも、びょういんででてくるごはんも、どっちもさつじんてきなくらいにおいしくない。こんだてをかんがえるかんりえいようしさんたちが、すくないよさんであたまをしぼってかんがえた、えいようがくてきにはかんぺきなごはんなんだけど、よさんがすくないのにえいようてきにかんぺきじゃなきゃいけないから、どうしてもあじはどがいしだ。
ぼくのきゅうよめいさいには、しょくじだいがやきんいっかいで300えんひかれている。やきんだとゆうしょくとちょうしょくがでてくるから、2しょくで300えんだ。
ごはん、おかず、ふくしょく、しるもの。そのせっとが2かいで300えん。たいりょうせいさんでげんかをおさえているといっても、にほんのぶっかとかからかんがえたらとんでもなくやすいしょくひだ。

えいようてきにかんぺきな、いっしょくあたり150えんのごはんがおいしくなるなんて、えいようしさんにかいばらゆうざんをつれてきて、ちょうりしさんには「くっきんぐぱぱ」のあらいわかずみでもつれてこないとむりだとおもう。みちばろくさぶろうなんかにやらせたひには、しょくひだけでかいごほけんしきゅうげんどがく、それもようかいごど5のそれをおーばーしてしまいそうだ。

 

こんなひさんなげんじょうの、ろうじんしせつとかびょういんのごはんだけど、さいきんせいちょうきぎょうのひとつにもなっているとあるこうきゅうろうじんほーむとかは、しょくじにも「こきゃくまんぞく」のげんそくをついきゅうして、どれなりにどりょくしておいしいごはんをていきょうしようとしているようだ。そのかいしゃは「かいごほけんがはたんすることをぜんていにりょううきんせっていをしました」とこうげんするだけのことはあって、いっぱんしょみんにはしきいがたかいぜ。っていうりようりょうきんをせっていしている。

かいごほけんがはたんすることをぜんていにりょうきんせっていをして、そのかわりにおいしい、えいようてきにもよくできたごはんをくろうしてつくって・ていきょうしているそのかいしゃはまだましだとおもうけれど、
おりっくすのみやうちかいちょうなんかせいふにはたらきかけて、そうやってかいごほけんほうをかいせいさせて、かいごしせつでも「ほてるこすと」といって、しょくじだいきんとかへやのだいきんとかをかいごほけんのてきようがいにさせて、じぶんがけいえいしているこうきゅうろうじんほーむでのしょくじだいはべつりょうきんにして、そうやってあこぎなことをしてもうけているやつらもいる。

どうしてぼくが「あこぎな」といっているかというと、かいせいまえのかいごほけんではしせつりようりょうにほてるこすともふくまれていたから、しょくじだいきんとかへやのしようりょうとかはかいごほけんのてきようはんいだからぜんこくいちりつだった。
そうなると、ねだんがきまっているからそれいじょうのりえきをあげることができない。かいごをびじねすとかんがえて、もっともうけたかったおりっくすのみやうちかいちょうにしてみたら、りえきりつにじょうげんがあるなんておもしろくない。おなじりえきりつなら、たかいものをたくさんうったほうがけいえいてきにはもうかる。だからせいふにはたらきかけた。

いまのせいふをぎゅうじっているのはじみんとうだけど、じみんとうのしごとはしじしゃへのりえきゆうどうだから、じぶんたちをしじしてくれるおりっくすのためにりえきゆうどうをするのはとうぜんだ。だからかいごほけんほうをかいせいするとき、しせつりようりょうのほてるこすとはかいごほけんてきようがいにした。

かいごほけんのりようしゃだったおじいちゃんやおばあちゃん、しせつりようりょうをはらっていたごかぞくとかはふたんがふえたけれど、ほてるこすとをべつちょうしゅうしてごうかなしょくじをうれるようになったおりっくすとかこうきゅうろうじんほーむのもうけはふえた。

こうきゅうろうじんほーむのにゅうしょしゃたちは、はらうおかねはふえたけど、おいしいものをたべられるだけ、まだましかもしれないけれど、そうではない、ふつうのしせつにはいっているひとたちは、それまでかいごほけんでいちわりふたんですんでいたしょくひが、ぜんがくじこふたんにかわっただけで、しょくじがかいごほけんほうかいせいまえとあとでかわったかといえば、なんにもかわっていない。
もっとも、ぼくのつとめているびょういんには”いりょうそうだんしつ”の、めでぃかるそーしゃるわーかーさんのおせわになって、せいかつほごとかいりょうふじょとかでなんとかなっているひとたちがけっこういるから、しょくじがべつりょうきんになったからといって、ごうかになったぶんしょくじだいがあがったらこまるんだけど。
しょくじだいがきゅうりょうからひかれちゃうぼくも、ごうかなごはんなんかいらないのに、かってにきゅうりょうからひかれるきんがくがふえたりしたらこまる。

けっきょく、いちれんのかいごほけんほうかいせいでは、いちぶのふゆうそうのこうれいしゃはほんのすこしまんぞくどがあがったけれど、それいがいのりようしゃさんはふたんがふえただけで、こうせいろうどうしょうとざいむしょうとおりっくすをはじめとした”かいごびじねす”でもうけようとしたれんちゅうだけがとくをした。

でもかなしいかなみんしゅしゅぎこっかにっぽん。
いちれんのかいかくは、こくみんのたすうはからのあっとうてきなしじをえて、こくみんのごういのもとでおこなわれた。
”じみんとう”と”こうめいとう”にとうひょうするひとと、せんきょなんかいかないですきかってやってるひとがこのくにのたすうはでいるかぎり、ぼくみたいなふくしじゅうじしゃと、いりょう・ふくしのりようしゃにとってはあんこくてきではかいてきでぜつぼうてきなじだいがつづくことになるのだろう。

あめりかえいじゅうけんをもってるくせにきこくしたぼくだけど、
きこくしてみたら、にほんもひどいものだった。
えいじゅうけんをあきらめるくらいあいこくしんのつよいぼくだけど、”うつくしいにほん”をとりもどすため、”きょうしゃにふみにじられてないているしょみん”をたすけるため、ちかにもぐってかくめいげりらになるじゅんびでもしていたほうがいいのかもしれない。



きょうのきじはわかりやすかったですか?
にほんごをべんきょうしているがいこくじんむけのきじになってしまったようなきもするけれど、そんなちいさいことをきにするようなことはやめてね♪
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2006.11.12

法律も変えて戦争に行こう

> 安倍政権になったら必ずやるだろうと思っていた”教育基本法改正”だけど、どうやら今国会中に改正案が可決しそうな感じだ。>

 子供達の心に、愛国心と公共心を飢え付ける事が主眼に置かれている今改正案だけど、これが子供達が国家の為に命を差し出させるようにする改正案だとか、公が個を支配する思想だとか、そんな事は判りきった事だからここであえて重複させるようなヤボはしない。

 一連の改革をコイズミから引き継いで進めている安倍晋三も、”国家元首”っていう単なる記号に過ぎなくて、この国の支配者層とアメリカのエリート達が安倍を使ってやりたがっているのは、国民が国家の為に命を捧げる国を作ることと、階層社会で下流階層に生まれた子供達が軍隊しか行き場所(生き場所)が無い社会を作って、そして憲法を変えて、外交政策の手段としての戦争が出来る軍隊を作って、覇権が縮小してアメリカの影響力が低下した後も独自の軍事力で域内での軍事的プレゼンスを確保する為と、軍儒産業で国内産業界を儲けさせたいという事なんだと思うけど、それは今回からは少しテーマが外れすぎるのでここでは触れる事はしない。

 教育基本法が変わって、教育にも市場主義原則が適用されるようになると、学校も競争主義産業になると思う僕だけど、教育に競争システムや市場主義原則を持ち込むのは、とても危険だと僕は考える。

 教育学者のトムリムソン教授は、「教育は本来、平等で民主的な社会をもたらす為に存在します(中略)教育が格差を縮小しなければ、何が出来ると言うのでしょうか」と言っていたが、例えば一連の教育改革の中にあった、”共通テストの成績に応じて補助金額を決定する”制度とか、生徒が自由に学校を選べるシステムとかは、とても危険だ。

 同様の改革を18年前から実施してきたイギリスだが、成績上位の学校に一部の富裕層の子供達が集中した結果、そういった学校の成績はさらに向上(教育に投資出来る金額の大きい富裕層の子供は成績が上がりやすい)し、成績に応じて予算が配分される為、潤沢な予算を得た富裕層の子達が通う学校はさらに良くなり、成績下位の学校には社会的弱者の子供達が取り残される。
 優秀校のある地区には富裕層が集中し地価が高騰。さらに下位校地区に住む富裕層はそういった地区に引っ越す事も可能だが、その余力が無い低所得者層は優秀校のある地区には住めず、また下位校の富裕層が抜けた後に優秀校から排除された子が入ってくる為、さらに格差が広がっている。

 格差を縮小する為にある筈の教育が、格差を固定化する装置に置き換えられる。それが起きてしまうのが”教育への競争原則導入”だ。

 

 

 行きたくない学校へ行かなくても、行きたい学校にいけばいい。というのは、確かに、不登校児やひきこもりの子達、イジメに苦しめられている子供達には光明を与えるのかもしれない。
 しかし、不登校やイジメの根本的問題には手を付けずに、経済格差を固定化させる事にも繋がりかねない施策を導入するというのは、教育改革としては順番が違うのではなかろうか?

 

 勉強でいい仕事にありつけなかった奴は、取り柄を磨くしかないのだが、取り柄を磨く機会の与えられなかった、そして高度な教育を受けるチャンスの無かった者達が軍隊に行くという図式は、アメリカに行けば普通に見られる。
 失業率の高い街で、若い無職の連中が集まっている所に行けば、軍隊のリクルート担当者がいる。徴兵制を止めた、志願兵制度を取るアメリカでは、そういった「置き去りにされた層」がいないと軍の定員を維持出来ない。だからあの国は本気では貧困対策をやっていない。

 自民党政権が向かおうとしているのは、恐らくそれだ。
 格差は今後も拡大する。
 そして、憲法が変わって自衛隊は軍隊になる。
 外国の戦場にも出かけていくようなる日本軍、兵士の定員を満たす為にも、”食うにも困った”貧乏人は必要なのだ。

 

そんな国になったら困る。って思ったらココもクリックしてね。
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ついでに選挙にも行って、
自民党・公明党のライバル候補を勝たせよう!
この国を”金持ち天国”にして、貧乏人は戦場で死ぬ社会。戦場で死ぬ貧乏人に「死んで来い」と命令するのは自分達金持ち強者。
そんな国を作ろうとしている自民党と公明党を、
国会から排除しよう。

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2006.11.11

仕事のお値段

> 転職する度に収入が下がると言う、日本人の一般常識からは対極に位置する転職歴を持っている僕だが、今は年収230万円で高齢者福祉に関わっている。>

 身体援助業務で、些細な事が命に関わる事もある、それなりの責任感と知識と技術が求められる職業だが、『人の役に立つ事が好き』な僕にとっては、とてもやりがいのある仕事だ。

 世の中には、『人の役に立つ仕事』は他にも色々ある。

 医療・福祉、教育、司法、治安、行政、

 どれも、人の役に立つ、人の為に働く仕事だ。

 

 僕も所属している”福祉”は、お金にならない職業の代表選手みたいなものだが、例えば”医療”は人の命を扱う職業なのだから、そりゃ高給取って下さい。とも思う。教育は福祉の次に給与体系が貧弱な職業だと思うが、人を育てる、人を創る職業なのだから、教師になるのも資格を維持するのももっと難しくして、その代わりに高給を保証するようにして欲しいな。とは思う。

 司法は正義を決める仕事なのだからそれについて超・高度な知識が必要とされるが、日本は司法従事者の待遇がいいとはとても思えない。弁護士で本当に稼いでるのは、独立してやっている一部だけで、仕事の質・内容に相応しい報酬が与えられているのかは僕には疑問だし、それは検察官や裁判官も同じだ。

 訳がわかんないのが治安と行政だ。

 治安、最前線の巡査さんたちはとんでもなく過酷な仕事を、「それマジ?」って言いたくなるような薄給でこなしている。
 その一方で、現場で汗を流した事なんか一度も無いんじゃないか?ってキャリア官僚が物凄い高給をもらっていたりもする。

 救急救命士や特殊救難隊員、レスキュー退院や消防士達は実際に現場で人命救助に当たっているのだから、それに見合う報酬は支払われて当然だと思うのだが、彼らの給与が公務員のそれの範囲を超える事は無い。(夜勤手当や危険手当は出るようだが、決して高くは無い)

 もっと訳が判らないのが行政、その中の”政治家”と言う職業だ。
 彼等は一体、誰の役に立っているんだ??
(自民党は経団連とアメリカに利益誘導を行うが)

 

 医療・福祉の場合は厚労省の資料(平成13年度)では、ヘルパーの平均月給は19万(1級の場合)、介護福祉士が21万、看護士は24万、ケアマネは27万、医師が60万台だった。
 しかし、総理大臣の給与は月額207万円だ。(参照;http://www.soumu.go.jp/jinji/kyuyo.htm

 人の命を救う医師達の3倍の給与を貰う内閣総理大臣は、その高給に見合うだけの仕事をしているのだろうか?

 

 一人の医師がその生涯で救う命の数を考えたら、医師の高給にも納得が行くのだが、政治家や役人の給与が、その仕事に相応しいものなのかは甚だ疑問だ。

 もっとも、平均的な医師の3倍の給与を受け取る総理大臣だが、小泉総理を例に取ると、彼がその在任中に自殺に追い込んだ中小企業経営者の数は、一人の医師が生涯で救う人命の3倍どころの話ではない。

 医師や消防士や警察官や救難隊員はその在職中、それなりの数の人命を救うが、政治家はその何倍もの数の命を奪う。

 ポジティブかネガティブかの関係無く、扱った命の数で給与を決めるのならば、総理大臣が医師の3倍の給与を受け取るのは理に叶っている。人命を、医師は救うが政治家は奪う。ただそれだけの事だ。

 

 

 自民党・公明党が政権政党でいる限り、政治家はネガティブ方向に人命を扱い、その報酬として高給を受け取る。
 一市民として、そんな得手勝手な事は絶対に許せないので、選挙には必ず行き、そして自民党・公明党のライバル候補に投票する。

 僕みたいな人がもっともっと増えればいいのにな。って思う。

 

 

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2006.11.10

Turnover

 僕は夜勤が結構好きだ。僕の職場では夜勤はナース2人にケアワーカー1人対応なので、夜勤中はほぼ完全に自分のペースで仕事が進められる。ケチつけ屋さんもいないし、間に合わない分は休憩時間を削ってやればいいし、ゴハンはついてくるし、夜勤手当も付くし、もう夜勤だけでもいいかも?って思うくらいだ。

 ただ、日勤者への引継ぎ業務がある時は、それをキチンと終えていないとケチつけ屋さんからテト攻勢並みの口撃を受ける事になるので、引継ぎ業務にはそれなりに神経を使う。

 ただ、女性が圧倒的に多い介護の現場では、僕のようにフィジカル面でアドバンテージがあるとその分他の職員よりも余計に動けるので、一緒に組む事になるナースには楽をさせてあげられる。

 

 その日の僕は働いた。

 1時間早く出勤して先に終わらせられる仕事はどんどん終わらせて、休憩時間も早く切り上げて仕事もどんどん先回りして仕上げ、ナースからも「今日のmizzieは頑張ってるじゃない」なんて言われてたくらいだ。

 働いて、働いて、働いて、しかし最後の最後で判断ミス。

 日勤で出てきたケチつけ屋さんからは、批難のじゅうたん爆撃。

 

 仕事が終わって休憩室で朝食を食べていた時、僕を褒めてくれていたナースさん、

 「mizzieも今日はめちゃ頑張りよったし、いい仕事しゆう思いよったけんど最後の最後であれやきねぇ・・・。あんたはツメが甘いわね。ほんで皆から怒られてばっかりにならぁね。」

「・・・そうですね。あれは判断ミスでした・・・。」

「夕べからずっと一生懸命やりゆうし、こっちの仕事も先回りして仕上げてくれたりしよったけんど、最後の最後で全部オジャンにしゆうもん。まるで一生懸命ゴハン作って、きちんと小皿に分けて、見た目も考えて並べて、全部揃った所でちゃぶ台ひっくりかえしゆうみたいなもんやいかぇ。」

「・・・そーなんですよ、僕いつもそのパターンなんですよ。自分で言うのもなんやけど、僕それなりに頑張ってると思います。でもいっつも最後にちゃぶ台ひっくり返すような事して全部台無しにしちゃうんですよ。」

「あんたはそこら辺をもうちっと気をつけよらんといかん。」

「はい、以後気をつけます・・・。」

 

 

 コツコツと地道に努力して、マジメに働いて、マメに動いて、着々と築き上げて、最後の最後に全部ひっくり返す。
 
 
 T.S.mizzieのTはTruth(真理)のTなんだけど、Turnover(反転、転倒)のTに変えたほうがいいのかもしんない・・・。

 今日のオイラはC-だ・・・。

 

 まぁ、落ち込まずに頑張れよ。
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2006.11.09

仕事に充実感を感じる瞬間

 もう随分と前にこのブログでも書いたのだが、僕の職場にいるめちゃガンコなおばあちゃん、そのガンコさは日毎に強固になり、この数週間程は、「いや」と「いらん」以外の言葉を聞いた記憶が無い。って状態になっていた。

 お茶もコーヒーもジュースも飲んでくれなくなって、脱水症状で点滴はされる、便秘になって浣腸はされる、ただ本人が不快なだけでなく、医療的観点からもそれなりに深刻な事態に陥る事もあった。

 自力で立つ事が出来ないので、一日中ベッドで過ごされているのだが、また食事拒否で痩せた分、皮膚が薄くなって仙骨の突起が皮膚を圧迫するようになった為、仙骨部に小さなじょく創が発生したので座位保持が出来なくなっていたのだが、じょく創が癒えた段階でカンファレンスがあり、せめて食事は車イスに移乗して食堂で食べてもらおう。って事になった。

 食事は自力でむせこみ等も皆無なので、食事に時間が掛かるけれども介助が不要な為、職員が業務に戻った後も、食堂で「もういい」って言うまでゆっくり時間を掛けて食べてもらう。
 これで食事量と水分摂取量が一定量確保出来るようになり、栄養状態はかなり改善された。
 血色が若干良くなり、元気も出てきた。

 さらに、入所してからずっと、自分から何かをする事がほぼ皆無で、職員からのアクションを受けるか拒否するかだけ。だったが、ベテラン職員がナースコールの使い方を細かく・納得するまで教えてあげてから、要望がある時はナースコールを鳴らしてくるようになった。

 何かして欲しい事がある時、付近に人がいなくてもそれを押せば、職員が出て応対してくれる。

 何かリクエストを出せば、すぐに職員が飛んできてそれを叶えてくれる。(出来ない事・やってはいけない事については、きちんとその理由が説明される)

 自分がそこでは価値ある存在とされている事が、置き去りにはされていないと言う事が伝わり始めたあたりから、表情が明るくなってきた。相変わらず拒否行動は続いているが、協力してくれる局面は劇的に増えた。

 過日の夜勤中、休憩時間直前に鳴ったナースコールに飛んで行った僕を待っていたのは、他の入所者さんなら絶対に介助しない内容の事だった。しかし、下肢筋力低下でそれが自力では出来ない事は判っているので、「はいはい」とかいいながらそれを介助する。終わった後休憩に入ろうとする僕にその方小声で、

「ありがとう」と言った。

 この方からその言葉を聞いたのは、それが始めてだった。

 この時は、翌朝夜勤明けで翌日のリーダーさんに院内PHS(ナースコールが繋がっている)を渡すまで、結構な頻度でこの方からのコールがあったが、それに掛け付けて何かをする毎に、今まで見たこともないような柔らかい表情での「ありがとう」を聞ける事となった。

 

 僕は介護者の思い通りになんか、絶対にならないじーちゃんばーちゃんが大好きだ。
 こっちの介助を拒否しまくってたその人達が、こっちに心を開いてくれた時、こちらを受け入れてくれた時、こっちのペースにノセる事が出来た時、僕は充実感と達成感に満たされる。

 今日のオイラ、自己採点はB+だ♪

 

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2006.11.08

仕事が辛くなる時 Vol.2

 僕に7つの名前を与えた陽気なおばあちゃんが亡くなった後、同じ部屋にいたもう一人のおばあちゃんも静養室に移る事になった。

 この方は僕に対して、特に好意的でもなければ嫌っている訳でもない、比較的フラットに接してくる方だった。
(下品なギャグを連発して僕を困らせてくれる面白いおばあちゃんではあるが)

 昨日の記事で触れた方とは違い、急速に悪化した訳では無く、色んな機能が緩やかに低下し、下血や血尿もあり、幾つかの日常生活には不具合のある持病を持つ方でもあったので、数ヶ月掛けて緩やかに食思が減少し、体重が落ち、消化器系、循環器系の機能が低下し、主治医の判断で静養室へと移る事になった。

 僕がここで勤め始めたばかりの頃からいたこの方は、昨日の方とは違い、緩やかに様々な身体機能が低下してゆき、そしてとうとう静養室へ移る事となったが、1年前は二人共同じぐらい元気な方だったので余計にそう思うのだが、この方のケースで僕は、”日々弱っていくお年寄り”を間近で直に見ていく事となった。

 僕がここで勤め始めたばかりの頃は、若干の記銘力低下が見受けられたが、精神面は比較的良好で、身体も片麻痺があるとはいえ食事は自立で、持病の関係で飲食物への注意が必要だったが、要介護度4以上の人しかいない当院においては、職員にとって比較的”ラクな人”だった。この方も茶目っ気のある方で、職員相手に下品な冗談を言っては、こちらの対応を見て楽しむ。なんてコトをしたりもする、ある意味”カワイイばあちゃん”でもあった。

 一年前からこの春くらいまでは、特に目立った変化も無く過ごされていた。
 毎日地道にリハビリをこなし、麻痺になっていない側で、麻痺側の代替機能を獲得せんと、またこれ以上の機能低下を避けようと、機能維持・回復の為組まれたルーティンをこなしながら、日々を過ごされていた。

 夜勤では職員は入所者と同じ食事を食べるから判るのだが、院から出る食事には当たり外れがある。ハズレの時の食事は本当にマズい。

 嫌いな献立の時は摂取量がほぼ0になった辺りから、職員にはっきり判るくらい身体機能が低下してきた。

 血尿など、医師への報告を要するような症状が現れる回数も増えた。

 血糖値との関係で、飲み物がお茶か水だけに限定されるようになった。

 摂取カロリー(食事量、血糖値から大まかな数値を推測しているようだ)の関係で、絶食となり点滴につながれる事も何度かあった。

 同室だった方が亡くなった直後から、この方も一気に症状が悪化し、口からの飲食が出来なくなり、点滴につながれた。

 今は、静養室で医療的監視の下、容態観察が続いている。

 まだ、モニターがつながれたりはしていないので、回復して帰ってくる可能性が無いとは言えない。
(しかし家族に対しては主治医から「いつ容態急変があってもおかしくないので(万一の場合に備えた)準備はしておいてください」との通知はされている)

 

 

 だがしかし、

 

 (最近元気なくなったよな・・・)
 がはっきりと感じられるようになってから、日々、少しずつ無気力になっていくこの方を見ていくのは、介護職員として接していくのは、それなりに辛いものがあったのは事実だ。

 

 

 介護保険制度が施行された当初、日本は不景気のどん底だった。高止まりする失業率。リストラにつぐリストラ。一向に進まない不良債権処理。就職氷河期と言われ、数十社を受けても内定がもらえない大学生が溢れ、非正規雇用者と失業者とホームレスだけが増えている状況だった。

 そんな中で生まれた介護保険制度は、それまで政府の措置制度だった高齢者福祉をビジネスに変え、相当数の失業者に雇用をもたらした。

 

 ”介護”は、勉強でいい仕事にありつけなかった者達にとって、手っ取り早い技術職だったのかもしれない。中には理想や志を持ってこの業界に入ってきた者達もいたのだろうが、そこに待っていたのは残酷な現実だった。要介護の高齢者1人に対して、職員1人でも手に負えない時もあるというのに、5~6人の高齢者を一人で見なければならない。それが施設介護の現実だ。

 

 その過酷な現実の前で、燃え尽きて去っていく者がいる。

 尊厳なんか無視で、”こなす仕事”に堕ちていく者がいる。

 

 それは、それなりの理想や志を持ってこの業界に来た僕にとって、悔しくも歯痒くもあり、腹立たしく情けなくもある。

 日本が不景気だろうが失業率が高かろうがコイズミが貧富の差を広げて固定化しようがアベシンゾーが憲法を変えて戦争の出来る国になってアメリカ軍の下請け部隊として戦争をする事になろうが、アメリカ永住権のある僕には関係の無い事だった。

 その僕が様々な事情で帰国して、そして日本での職業に介護業界を選んだのは、そこにいる人達に「人生の最後の時を、”笑顔で”過ごしてもらいたい」からであって、日々無気力になって”生きる意思”を失った高齢者達の、”延期された死”を観察する為ではない。

 

 それは些細な事かもしれない。

 だけど、こちらの何気ないしぐさや言葉で、”にっこり”と笑うじーちゃんばーちゃんの顔を見てる時、僕はたまらなく嬉しいし充実感と達成感を感じている。

 しかし、外科や内科、その他の一般病院の様に、”回復して”退院していく人は殆どいない。大抵の人が、ここで最後の時を迎えて行く。

 日々すこしずつ、しかし確実に弱っていく、反応が鈍く、遅くなっていく、感情や意思表示が無くなっていく。

 時々、物凄く徒労感に満たされる時がある。
 僕らは毎日、絶対に勝てない敵と闘っている事を忘れてはいけない。全ての人に平等にやってくるあいつは、来るのを遅らせたりは出来るけれど、それはいつか必ず来るのだ。

 加齢による身体機能低下により、他者からの介助なしには生きられなくなった高齢者達は、貧弱で劣悪な介護現場で提供される、様々な権利や尊厳を剥奪された環境下で、少しずつ”絶望感”と”無力感”を獲得していく…。
 まるで砂浜で掘った穴から海水が滲み出してくるように、それがすこしずつ、しかし不可逆的に増えていくのを感じる時、僕は物凄く辛くなる。

 生きる事を諦めたかのような、あんな無気力な表情で日々を過ごすような生き方はしたくない。

 そして、自分がしたくない事を、他人にさせてはいけない。

 

 人間が生きて行く上で問題に直面した時、どうするかの選択肢は3つしかない。闘うか、逃げるか、無視するか、の3つだ。

 目の前に、生きる事に絶望した人達のクラスターがあって、それを無視してやりすごすなんて俺には出来ない。
 尻尾巻いて逃げ出すなんて絶対にイヤだ。

 となると、闘うしかないのだが、しかしどうやって?

 

 

 医学の進歩で、日本のような先進国の人は簡単には死ねなくなった。
 誰かの助け無しには生命の維持が出来なくなっても、そこから数年、場合によっては数十年は生きていく事が出来る。
 しかし、生きる意欲を無くしたまま、ただ呼吸し、栄養を摂取し、排泄するだけの生き物として、生きる気力も無く日々を過ごすには、その期間は長過ぎる。

  
 介護保険制度は、厚労省の役人達に新しい天下り先を作っただけで、”政・官・業”癒着の”たかりシステム”には一切手を付けず、財務事情が悪化したら利用者を切り捨て、天下り先や”たかりシステム”は温存された。

 低所得者保護として用意された幾つかの政策は廃止されたり整理されたり縮小されたりして、経済的弱者の老後は”生かせるだけ”な収容所へ行くしかないようになっている。

 教育基本法改正案が自民党原案のままで可決すれば、教育にも資本主義原則、つまり”良質な物は可能な限り高価になる”が持ち込まれるだろう。そしてそれは、受けられる教育の質が経済力で左右される時代が来ると言う事だ。

 2005年の解散総選挙で小泉自民党を支持した、”超金持ち”ではない有権者と、棄権して投票しなかった有権者やその子供達が老後を迎えた時、

 そこに用意されているのは”生かせるだけ”な収容所で、生きる事に絶望しながら、自分の意思とは無関係に延長させられた余生を陰鬱に送るだけの日々だろう。

 決められた時間に起こされて、

 決められた時間に食べさせられて、

 決められた時間に洗われて、

 決められた時間に排泄させられて、

 決められた時間に寝る。

 そんな一日が、何年も何年も続く。

 選挙に行かなかった人と、自民党・公明党に投票した”超金持ち”ではない有権者達が望んだ老後はそれだ。

 

 

 僕も含めた現場の職員達は皆、理想と現実のギャップと、制度の矛盾にやりきれない思いを抱えながら毎日もがいている。

 でもこの国は、北朝鮮や中国の様に、『全てをお上が決めて、国民はそれに従うだけ』の全体主義の国ではない。
 自由意志が尊重される民主共和政体の国家においては、全ては国民が選んだ事になるのだ。

 僕は”辛い思いをしながら”日々を過ごして行くのはイヤだから、”胸に痛みを覚えながら仕事をする”のがイヤだから、”ただ生かせられているだけ”の老後を送りたくなんかは無いから、国政選挙には必ず行く。それが誰だってかまわない。”超金持ち”への利益誘導を生業とする自民党・公明党候補に、最も勝てそうなヤツに投票する。

 ただ、それは僕がそうしているだけであって、”もしかしたら、自分も超金持ちになれるかもしれない”って考えている人は、積極的に自民党・公明党に投票していたらいいし、それかハナっから選挙なんか行かずに、自分の好きな事をやっていたら、遊んでいたらいい。

 自民党・公明党が政権政党である限り、この国は金持ちにとってはパラダイスだ。

  

 

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2006.11.07

仕事が辛くなる時

 先月末、僕は連休を取って大阪に行った訳だが、連休明けに出勤すると、僕に対してとても好意的に接してくれていた入所者さんがいなくなっていた。

 この仕事に就いてから丁度1年が過ぎたが、さすがに1年も終末期医療と直に関わっていると、(あぁ、この人ももう長くないな…)と言うのが判るようになる。連休前の夜勤時、その方が多床室から静養室へ移されて、そして様々な計測機器に繋がれていくのを見ながら、僕は”その時”がそう遠くは無い事を察してもいた。

 連休明け、出勤すると静養室は空っぽで、その方の荷物もキレイに片付けられているのを見て、僕は全てを理解した。

 

 僕がここで働き始めたばかりの頃から、僕には好意的に接してくれていたその方は、”まだら呆け”と言うか、軽い記銘力低下があったようで、僕に7つの名前を与えてくれた、明るく陽気なおばあちゃんだった。

 

 心配性で小心で、些細な事でも直ぐにナースコールを鳴らしてくる方だったので、一部の職員からは不評を買っていたが、機嫌のいい時は何にも害の無い方で、かつ、茶目っ気があってノリのいい方でもあったので、僕はその人の気持ちが沈んだりする事が無い様に、歌ったり踊ったり、ピエロに徹して少しでも笑顔を見せていてくれるようにと色んな事をしていた。
 ノッてきたら他の入所者さんも巻き込んで下さる方でもあったので、食堂でお茶・お絞りを配りながら即興で替え歌を作って歌ったりする僕に、乗ってきて合いの手を入れて他の入所者も笑顔にしてれるのは、いつもこの方だった。

 

 

 容態悪化からはあっという間だった。

 夜勤前日。体調を崩されて多床室から静養室に移された後、食思が消失。

 翌日、自力排泄が無くなり、点滴に繋がれ絶飲食となった。

 夜勤で出勤すると、動脈血酸素飽和度が低下して酸素マスク使用になっていた。

 深夜の巡視時、ゼイゼイと苦しそうに呼吸するその方からは、かつての陽気で気さくなおばあちゃんの姿は無かった。

 朝の回診後、心電図や血圧・脈拍のモニターが繋がれ、データが詰所で常時監視出来るようになった。

 このモニターが繋がれるのを見た時、(あぁ、この方もそう長くはあるまい…)と察したが、連休明けに出勤した時、この方はもうそこにはいなかった。

 

 

 hanaさんも以前書いていたが、僕も、亡くなった人は「居場所に帰った」と思う事にしている。全ての時を巡り終えたその人が、”帰郷”したんだと。
 僕が勤めるようになる前からここにいたその方は、最後の時をここで過ごしたのだが、最後の時間を過ごしたその方に、僕は”満足”や”充実”や”幸福”と言った物を提供出来ていたのだろうか?

 

 容態悪化からが早かったこの方は、ホンの4日前までは即興で替え歌を作って歌う僕に、笑いながら合いの手を入れていた。
 だから、もしこの方が僕を評価をするとしたら、『B-』くらいは付けてくれるんじゃないかな?とは思っている。

 しかし、出勤して空きベッドになったその方のいた場所を見る時、胸に小さな痛みを覚えたのは事実だ。

 それはこの仕事をする以上、必ず、そして何度でも訪れる事なのだけれど…。

  

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2006.11.06

制度になんか負けない

 介護保険法が改正されて、(正したんじゃなくって切捨てたんだから改捨とすべきだ)要介護1と要支援の被介護者は、福祉用具貸与が受けられなくなった。
 改正前に貸与を受けていた利用者からは、いわゆる「貸しはがし」が起きているらしい。その結果、要介護度は低いけれど福祉用具の助力で、何とか生活を維持していた高齢者達は悲鳴をあげている。

 この惨状に、現場のケアマネ達が立ち上がった。

 倉敷医療生協の13人のケアマネ達が、倉敷市に助成を要請し、市議会でも共産党の議員が取り上げたりもして話題になり、倉敷市は救済策として市独自の助成措置を実施した。

 その内容は、福祉用具貸与が打ち切られる低所得の高齢者を対象に、介護ベッド等のリース料を市が助成する。国の改正(だから改捨だって)案で福祉用具貸与打ち切りとなる利用者は倉敷市で691人、うち住民税非課税世帯の292人が倉敷市の独自措置で救済される。

 倉敷市の迅速な対応でこれらの292人は救済されたが、元々は、国がこれらの利用者を切り捨てたから起きた問題だ。

 国の冷酷非情な決定に、利用者達は悲鳴をあげ、現場のケアマネ達が自治体に窮状を訴えた。

 所得も無く、年金か生活保護に依存していた低所得の高齢者達は、既に生活保護費の老齢加算制度廃止で、2万円もの収入減を強いられている。そこに追い討ちを掛ける様な福祉用具貸しはがし。現場のケアマネ達は、自分が担当する利用者達の生活を守る為に立ち上がったが、そもそも、国がそんなヒドイ事をしなければこういった高齢者達の暮らしは安泰だったのだ。

 コロコロと変わる制度に、利用者も現場のケアマネ達も振り回されている。

 現場はもがいている。

 そして最前線のケアマネ達はただ、『利用者の生活を守る。』という一点で頑張っている。

 

 次の夏、参議院選挙は棄権しちゃダメだぞ!
 自民党と公明党を永田町から排除して、間違った方向に舵を切ったこの国の舵を切りなおさせるんだ。自民党と公明党でなかったら誰でもいい。事前世論調査とかで、自民党・公明党候補に最も勝てそうな候補に投票するんだ。


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2006.11.05

気がつけばmedical Vol.2

 NST勉強会の一環として、また、高知大学医学部まで『口腔ケア勉強会』に行って来た。(学部生以外でも、医療機関従事者と老人施設従事者は聴講可能だった)

 口腔ケア、日々の業務でも当然の様に行うのだが、認知症が高度に進行し、意思疎通が不可能になってしまった入所者に対してのそれに悪戦苦闘している僕としては、そういった相手への口腔ケアのコツとかが聞けたらいいな。とは思っていた。

 しかし講義では、そう言った”症状が進行して行くだけで治癒が見込めない”ケースについて語られる事は無く、口腔ケアでのADL向上の実際例等について話されていたが、しかし、そこで話される内容はとても興味深いものだった。

 日本の死亡率一位の疾患は悪性新生物(ガン)なのだが、これが65歳以上だけに絞ってみると、死亡率一位は誤嚥性肺炎なのだ。
 で、それを防ぐ為にも、正しい口腔ケアの方法を知っておく事は医療・福祉に関わる者にとっては大切なのだが、今回の講義ではさらに突き進んで、節食訓練につながる口腔ケアについての講義が行われた。口腔内の清潔保持目的を第一義とする器質的ケア(歯磨き、義歯洗浄など)とは異なり、嚥下訓練やアイスマッサージなどの機能的ケアの事だ。


 そこでは、摂食・嚥下のプロセスを食物を認識してから口に運ぶまで、咀嚼、口腔→喉頭、喉頭→食道、食道→胃に送り込むまで。の5段階に解析し、どの段階に問題があるのかを見極め、その問題点に的を絞ったケアの必要性が述べられた。確かに、神経系障害の患者に対して、筋力低下が原因の嚥下障害に対するリハビリを行っても期待した効果はあがらない。

 食事という行為は、味覚、触覚、嗅覚、視覚、聴覚の5感全てを使う行為なので、摂食・嚥下訓練を適切に行えばそれは大脳の認知力アップや運動機能の向上が期待できるらしく、機能的口腔ケアは技術や用具が急速に進歩している分野らしい。また様々な機能向上につながる事が立証された事もあり、今は摂食機能訓練も診療行為としてコストが取れるようになったので、リハビリが1疾患で180日までと切り詰められて経営を圧迫している病院経営においても、摂食機能訓練が診療報酬に加算されるという現状は、摂食訓練の普及と洗練にも繋がるだろう。

 摂食訓練は医師、看護士、ST(言語聴覚士)、歯科衛生士の領域で、知識として仕入れておく分には問題無しだが、介護の人間が直接関わる事の無い分野ではある。
 ”福祉”がやりたくてこの業界に入ったmizzieだが、気が付けばどんどんMedicalの世界にも足を踏み込みつつあるような気もする。
 アイスマッサージの説明で「喉頭後壁は意識障害がある時でも、アイスマッサージで嚥下反射を起こす事が出来ます。」とか、口蓋弓をぐいぐいマッサージすると迷走神経反射が起こる事があり、血圧低下や除脈が起こる事があるので危険です。」とか言ってる講師の話を聞きながら、「そんなの俺達にゃできね~よ・・・」なんて思ってたmizzieでした。

PS
 実演で講義に来ていた人全員に配られた、味付きのアイスマッサージ用綿棒(レモン味)で自分の口をマッサージしながら、
「あ、美味しい♪」
 とか思ってました。これをテストしていた患者さん、口腔ケアを楽しみに待つようになっちゃったらしいです。



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2006.11.04

日本語って難しい

 夜勤明けでクタクタになって帰宅して、そのままフトンにもぐりこんで冬眠するクマみたいに爆睡して、で、今さっき起きてきてメールチェックしてたんだけど、配信停止してなかった転職情報サイトからのお知らせメールが来てて、何気に見てたら「若干名;メード系技術者」ってのがあった。

 メード系技術者?

 メイド学とか学問があるのか?

 それともメイド服着て研究作業をするのか?

 社長がヲタ系とか?

 

 で、よく見ると「ハード系技術者」だった・・・。

 最近、こーゆー”読み間違い”がやたら多い。

 まったく、日本語って難しい。

 

 

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反対意見も考える

 過去記事で、「小泉の税制改革は金持ち優遇策だ」として、この国の税政策について批判的な記事を書いた。
 市場に任せていたら資本が行き届かない所にも資本を分配する、『富の再分配』が政治の役割だと考える僕は、相続税率など、もっと高くてもいいと思っている。

 しかし、世界的な流れはこれとは正反対に進んでいて、先進国の中では日本の今の相続税率でも『各段に高い』と言う事になる。またイギリス、カナダ、スイス、オーストラリアなどは相続税自体を廃止しているし、「金持ちの王国」アメリカも、日本の相続税にあたる遺産税を2010年に全廃するようだ。

 相続税に関しては、政府税調の会長で経済学博士の石弘光氏が著書『税の負担はどうなるか』(中公新書)の中で、
「親の遺産を何の対価も払わずに相続する人が多くなるほど、裸一貫で立ち上がる人を不利にし、社会に対し不公平感を助長する事になろう。相続税こそ富の集中を排除し、この不公平感を払拭するのに役立つ。」
 と述べているが、僕もこの意見には230%同意してしまうので、ここで僕の意見をこれ以上述べる事はしない。

 政治的には左寄りで、大衆迎合的な姿勢のオイラだが、
(大衆の一人なんだから当然だ)
 今回は、自分と反対の意見の人の視点で考えてみよう。

 相続税課税強化のマイナス面を論じてみる。

 まず、相続税減税を主張した人達の意見はこうだ。

「あまりにも高い相続税は蓄財の意欲を失わせ、勤労意欲を削ぐ。また、高い相続税を支払う為に慣れ親しんだ家を売らなければならない。それはおかしい。」

 それはある面では正しい。また、資産家が相続税の無い国に移住するようになると、その資産家の資産や、そして資産家となるような優秀な人材が国外に流出してしまう。

 次に、「富の再分配を政治に任せると、あいつらはロクな使い方をしないから民間に任せた方がいい。」という考え方もある。そう主張する人達の中には、相続税など廃止して資産家に資産運用させておいた方が経済活性化には役立つ。と言う意見の人もいる。これもある面からは完全に正しい。役人による税の垂れ流しを、僕等は何十年間も見せつけられてきた。資産運用のプロである資産家が運用すればリターンへの希望を生むが、役人に垂れ流しさせたら資産の目減りを招く事になる。

 最後に、富の再分配を推し進めすぎると、頑張った者が報われない、頑張らなくても何とかなる社会になってしまう。
 官僚主義の罠に落ちた旧ソ連を通じて、僕等はそれの実例を見てきている。まじめに働こうが働くまいがもらえる給料が同じなら、怠ける人間が出てくるのは当然だ。
 頑張ろうが頑張るまいが、才能があろうが無かろうが、結果平等を求めるとその社会は停滞し退廃する。

 これらの意見はどれも、その局面から見れば完全に正しい。
 僕の政治的立ち位置からはもちろん、これら全てに反論出来るのだが、また、さらにいくつかの相続税強化理由を挙げられるのだが、今日はあえてしない。

 今日は、相続税増税の負の側面について論じてみた。

 どんな物事にもいい面と悪い面がある。その双方を見ながら、バランスを取りながら最善を、最大多数の最大幸福を追求する。地方都市に暮らす低所得者と言う、この国におけるマイノリティーと言うか、非・主流派に属する僕だが、時には、自分とは反対にたつ人の視点で物事を考えてみる事もある。

 21世紀を生きる僕等に求められているのは、このCritical thinking skillなのではないだろうか?

 また日を改めて、僕が相続税強化を支持する理由についても書くつもりだ。
 その二つを比べて、”自分で考えて”判断して欲しいし、そうする人が増える事を願っている。
 そうしないと、投票率50%の選挙で過半数を得た、つまり国民の26%の支持しか得ていない政党が国家を支配し、その政党の最大派閥を制した、つまり全国民の14%の利益だけを考える政治家が、全体を支配する事になる。

 ”自分で考える事”

 84%の”搾取され、欺かれる大衆”になりたくなければ、次の(もちろんこれからもずっとだ)選挙は棄権せず、僕等の生活をここまで悪化させた自民党と公明党を排除しなければならない。
 もちろん強制はしない。自民党・公明党の、
 『金持ち優遇・弱者切捨て』
 と言う政策が「すばらしい!!弱い奴らはどんどん切り捨てちまえ!」って人達は迷わず自民党に投票すればいい。
 地獄の特等席に、アナタの名前が書かれた予約札が置かれる事だろう。

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2006.11.03

アクセス数増加のワケ

 耐震強度偽装隠蔽事件関連でのアクセス数増加も凄かった(普段の約3倍!)けど、最近はずっとアクセス数が増加傾向だ。

 一日平均で150前後のアクセスがあって、ブログランキングでも一時は8位まで上昇してた。

 で、例の『アクセス解析』機能を使って、訪問者の訪問パターンとかを暇な時に調べてみた。

 結果。

 ブックマーク登録で常連客になってる人が増えてる。

 ここにリンク貼ってくれてるトコからの訪問者も増えてる。

 ブログランキングが10位以内になってからは、ランキングのサイト経由な人が激増した。

 が、最大の理由は、

 僕は記事数がめちゃくちゃに多いので、検索サイトに引っ掛かり易いのだ。

 google、goo、yahoo、その他様々な検索サイト経由でここに来る人がとても多い。

 介護、バイク、政治、旅行、永住権、その他様々なトピックについて書いているので、それらに関する言葉やフレーズで検索した場合に、僕のブログがヒットする事が結構あるようで、「外国人介護士」とか、「TZ250 エンジン載せ換え」とか、「耐震偽装 藤田凍吾」とか、「サンフランシスコ国際空港」なんて検索ワードで引っ掛かったようで、そうやって色んな検索サイトからの訪問者がとても増えた。

 まぁ、それもわからんでもない。

 記事数は既に450を超えている。

 そりゃ、何かで検索に引っ掛かる可能性もそれだけ高いだろう。もちろん、検索でヒットした記事だけ読んでそれっきりな人が殆どだが、それは少数とは言え、他の記事も見て行ってくれていたり、そこから常連さんになってくれている人もいる。

 書きたい事は次々と出てくるので、これからも記事数は増え続けるだろうが、そうなるとさらにアクセス数が上がる可能性がある。

 全訪問者中、ブログランキングをクリックしてくれている人はまだ一割程度だが・・・。

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2006.11.02

冬が来る

 僕は職場と自宅が近所なので徒歩通勤だ。

 徒歩2分なのでめちゃくちゃにカジュアルな格好で通勤している。ダメージジーンズにスニーカー、上はTシャツ一枚、ってカンジだ。

 今朝は早出出勤だったが、11月の早朝、如何に南国土佐とはいえ、道行く人はさすがに秋物の装いで、Tシャツ一枚の僕は信号待ちとかで少し浮いていた。

 ただ、8月の最高気温が20℃前後というサンフランシスコ暮らしが染み付いていた僕にとって、外気温15℃ならTシャツ一枚でも平気だ。外気温28℃~な時期が4月から10月まで続く高知は、今の僕にとって炎熱地獄みたいなモノなので、部屋にはまだ扇風機が置いたままになってるし、やっと普通に過ごせる季節になってきた。って感覚でもある。

 しかし、常夏の地でもある高知在住の人達にとって、外気温22℃以下は秋なので(だったらシスコは年中秋だ)、気の早い、というか寒いのが苦手な人はもう晩秋の装いで街を歩いている。

 外気温22度前後というのは僕にとっては一番快適な温度なのだが、四季(春夏秋冬)じゃなくて二季(夏夏夏冬)な高知は、春と秋は2週間くらいで過ぎ去って、いきなり冬がやってくる。

 僕も、ホンの2週間前はTシャツ一枚だったのに、いきなり中綿のジャケットとか着てたりするくらいだ。

 もうすぐ、南国土佐にも冬がやってくる。

 生活保護の老齢加算制度廃止で、かなりの収入減となった低収入の高齢者達や、4月の介護保険法改正で、レンタルしていた福祉用具を取り上げられた身体にハンデを抱えたお年寄り達、障害者自立支援法で、施設利用がし辛くなった障害者達にとっては、この冬の寒さはまた格別な事だろう。

 

 何度も言うけれど!
 来年の参議院選挙、絶対に棄権しちゃダメだぞ!!
 自民党と公明党の議員を、国会から追放しよう。

 

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2006.11.01

ココロの勝ち組

 僕が週刊誌で見た『勝ち組』の定義。

1)高学歴

2)留学など、豊富な海外経験

3)年収1千万円以上

 これが「勝ち組」の定義となるらしい。移民ビザでアメリカに暮らしていたが短大を中退し、帰国後は年収230万の僕は、明らかに勝ち組ではない。

 では僕は『負け組』なのか?

 負け組の定義ってなんだろう?

 Webを見る限りでは、自分が負けている事を認めた人が負け組に定義されるらしい。


 負けを認めた?一体何に???


 僕の収入はとんでもなく低収入だけど、人生を「ちょっと周りにそんな奴はいない」って位に楽しんでいる。

 時々は落ち込んだり打ちのめされたりもするけれど、基本的には毎日元気だ。

 以前、人から、「mizzieはどうしてそんなに自信に満ちてるんだ?」と責められた事があるが、学歴も低く収入も低い僕が、ヘンに自信に満ちているように見えるのはきっと、

「俺は元・国際ライセンスのオートバイレーサーだ」

って言う事実からくる誇りと、

英語なら日常会話程度なら問題無し。の語学力、

そして、『その気になればどこでだって生きていける』と言う自負から来ているのだと思う。



 所得は低いけれど毎日が充実していて、自分(他人ではない)に誇れる過去と特技と技能を持っている僕は、ココロの勝ち組だと自分では思っている。


 高額所得に拘(こだわ)り、手にした貨幣の過多で幸福の絶対量を測ろうとしている人には、『金は賢者の僕、愚者の主人』と言う、デンマークの諺を贈ろう。



 『金持ちが蛇を食べると”病気を治療しているのだ”と人は言う。貧乏人が蛇を食べると”腹が減っているのだ”と人は言う
』と言う、ジプシーの諺を返されるかもしれないが・・・。

諺参照; 米原万理著 『他諺の空似』



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