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2007.02.15

”自然体”は全然ダンディーじゃない

”自然体はダンディーじゃない”ってタイトルつけてるけど、別に自然体をけなそうなんて気はこれっぽちも無い。
泣きたい時に泣き、苦しい時には苦しいと言う。心理的抑圧なんかどこにも無くって、心を開放して自由を謳歌する。
ブラボー自然体ライフ!だ。

不自然に、狭量に、歪に、”ほんとうの自分”を抑えつけて、そうやって押し殺された内的負荷が貯まって溜まって、リコイルで大爆発しちゃったり壊れてしまったりなんかするよりもずっといい。
自然体でいることにはそんなメリットがある。

でも、”ダンディーさ”の必要条件の一つである、”やせ我慢で出来るカッコよさ”は、自然体でいる事の対極にある物だ。
男女平等の時代になって、男だけしか出来ない・なれない事なんか無くなって、逆に女にしか出来ない・なれない事も殆ど無くなって、だけどこの”ダンディーさ”は、男性的さだけが持ちえる数少ない特権の一つだと思う。
(ここで”男性的”としたのは、性的には女性だけど精神的には男性と言う性同一性障害の人達も含めたからです

ダンディーである為の最低条件は、
”男の美学”と”男の気位”を持っている事。
だとmizzieは考える。

もちろん外見もそれなりにキチンとしている事も大事だ。
どんなに中身が洗練されていても、脂ぎっていたり身なりに構わなかったりする男はダンディーじゃない。
で、その肝心の美学と気位だけど、この二つは”やせ我慢”と切っても切れない関係にある。

「気位を持って美学を貫く」
って言うのは、言い方を変えると「他人に対してカッコつけてる」って事だ。そして
「自然体でいること」
は言い方を変えると、「自分がラクでいること」と言うことだ。

抑える時と開放する時をわきまえ、抑えるべき時・場所では感情をぐっと殺して”粋に”振舞う。
皆が不平を漏らすような環境・境遇でも、愚痴一つこぼさずその場での最善を尽くす。
本人は物凄い”やせ我慢”をしているんだけど、そんな素振りは全く見せずに、飄々として物事を対処・処理して行く。それは傍から見ていてカッコいいし、場合によっては見てて気持ちがいい。

”自分はやせ我慢をして”
”他人を気持ち良くさせる”

これが『ダンディー』って奴だ。
適度にクール、適度におしゃれ。
クールだけど気取ってなくて、おしゃれだけど見栄
を張っていない。
それが本当のダンディーって事だ。

”自然体”はこうじゃない。
自分が泣きたい時に泣く。怒りたい時に怒る。自慢したい事は自慢するし、溜め込むとストレスになる事はどんどん掃き出す・発散する。

これじゃまるでオバサンじゃないか。

”自然体”が蔓延して、もう今じゃ老若男女問わず全てが”いつだって自然体”、”自然体ブラボー!”ってなってるけど、それって全然カッコ良くない。
抑え込み過ぎると破綻したり爆発したりするから、適度に自然体になることは大事だけれど、いつでもどこでも自然体ってのはかなりみっともない。

泣きたいのをぐっとこらえて、こらえてこらえてこらえてこらえて、最後の瞬間に一筋だけ流す涙は美しいけれど、もう初っ端からワンワン泣いて、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしてる奴が一人でもいたら、そいつよりも悲しいかもしれない誰かは、泣く事が出来なくなってしまう。
(もしくはそいつよりもみっともなく泣くしかない)

いつ見ても綺麗なお姉さんだって、メイクしてるところは全然綺麗じゃないハズだ。それを”したい事をしたい時にする。自然体よ”とか言って、電車の中でルージュを塗り塗りなんかされた日にゃあ、100年の恋も冷めようってもんだ。

ちょっと難しめの芸術とかを観劇する機会があれば、人知れず事前に勉強してそいつを楽しむのがダンディーで、
判らない事を判らないままにせず、すぐに誰かに聞くのが自然体だ。
そして自然体は、難しい事には最初から注釈や解説が付く事を望む。
そういうのはダンディズムの世界では、”野暮”と呼ぶ。

表では気取って振舞って、やせ我慢してカッコつけて、でも破綻しない程度には時々自分を解放させる。誰も知らない本当の姿を、自分だけが独占出来る。それはダンディズムを追及する男を、夫や恋人に持った者だけの特権だ。
その、自分にしか見せない真実を他人に自慢げに語る事も、ダンディズムの世界では野暮と呼ぶ。

水面下では物凄い努力をしながら、そんな素振りは全く見せない。これがダンディーって事だ。
結果なんかボロボロだったけど過程では命一杯頑張った!って主張して、頑張ってる自分を晒しちゃうのが自然体だ。

自然体は全然ダンディーじゃない。

 


そう言ってるアンタも、
このブログ読んでる限りでは全然ダンディーじゃないよ。
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コメント

何故、今、ダンディズムなのか??
mizzieさんの周りで、何かがあったのかしら。
わしは、mizzieさんの説によると、
典型的なオバサンですねぇ。
まぁ、ほんとにおばさんだからいいんですけれど……
ちょっと悔しいかな。

投稿: ゆらら | 2007.02.15 16:15

ゆららさん>
この記事、内館牧子さんのエッセイ読んでそれにインスファイアされて書いた記事です。
意図しない所でゆららさんに不快な思いをさせてしまったようで、今は後悔しています。
本当にごめんなさい。

投稿: mizzie | 2007.02.16 10:32

ええっ、み、mizzieさん、そんなそんな、
謝らないでください!!
北海道弁をあえて使わせていただくなら、
「な~んもなんも」(訳:気にしないでね)
ですよぉ。
mizzieさんは、とんがってるからこそ、
mizzieさんなんですから♪

投稿: ゆらら | 2007.02.16 15:31

ゆららさん>
ほっと一安心です。
では、Web Mizzie's Cafeをお楽しみあれ♪

投稿: mizzie | 2007.02.16 18:02

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