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2007.03.23

あれから19年

昭和63年3月24日。
その日、僕は建築内装のバイトをしていた。

新築の家や店舗に壁紙を貼ったりカーペットを貼ったりするあれだ。

その日、雇い主だった親方と二人でいくつかの仕事についてクライアントと打ち合わせを行い、昼食に入った定食屋で、僕はその臨時ニュースのテロップを見た。

【中国・上海市郊外で列車事故。修学旅行中の高知学芸高校の生徒が多数巻き込まれた模様】

その頃はまだ、海外へ修学旅行に行く日本の学校は稀だった。
そしてその稀だった修学旅行に、僕の中学時代の友人で学芸高校へと進学したアイツも参加していた。

出発直前、中学時代の友人達で集まって騒いでいた時ヤツは僕達に、

「俺、今度中国へ修学旅行に行くんぞー。えいやろ~?」

って笑顔で語り、公立校へと進んだ俺達を羨ましがらせたものだった。
臨時ニュースのテロップを見た僕は、(あ~あ、アイツも修学旅行が台無しになっちゃってカワイソウに・・・帰ってきたらからかってやるか)程度に思っていた。

昼食を終えて店を出ようとしたその時、最新情報がテロップで画面下に映し出された。
【上海列車事故、修学旅行中の日本人に多数死傷者が出た模様】

(アイツ大丈夫かな?ま、殺したって死なねぇようなヤツだけどな)

思いながら定食屋を出て、次のクライアントの所へと向かう親方の後を付いて行った。

一仕事終えた僕等は終業前の最後の休憩を兼ねて、数日前に内装工事を済ませたばかりのスナックへと立ち寄った。そのスナックのママと親方は当時まだ子供だった僕から見てもただならぬ仲、と言った雰囲気があって、二人はカウンター越しに何かを熱心に語り合っていた。

店に置かれたテレビは、チャンネルをNHKにしてつけっ放しになっていた。

そしてまた、最新情報がニュース速報で流れた。
重症者、軽症者リストが映し出された後最後に、行方不明者リストが画面に映し出された。

そこに、アイツの名前があった。

僕は目の前が真っ暗になった。

当時16歳だった僕にとって、それまで友人がそんな目にあった事なんか無かったので、それは僕にとって物凄い衝撃だった。

「どうしたmizzie、顔が青いぞ。」

僕を見て心配になったのか、親方が僕にそう声を掛けた。

「さっきの行方不明者リストの中に、僕の友達がいたんです。」

震える声でそう答えた僕に親方は一言。

「今日はもういいから、お前は家に帰れ。」

と言って、僕を家に帰してくれた。

帰路、どうやって家に辿り着いたのかは覚えていない。
ただ、事故を起こす事も無く無事帰り着き、バイクを家の前に停めてヘルメットを脱ぎ、玄関の棚に置いた所までははっきり覚えている。

(大丈夫。アイツは絶対に大丈夫だ)

必死で、自分にそう言い聞かせていた。ネガティブな要素を全て無視して、ただヤツがちょっとケガとかして帰ってくるのを願った。

それから数時間後、最初に行方不明者リストに名前の載った生徒達の死亡が次々と確認されていった。ヤツは、最後まで安否確認の出来なかった4人の中の一人だった。
数日後、ヤツの両親が安否確認の為に上海へと渡った。

 

中学時代の仲間だった僕等は全員、奇跡を願った。

 

 

しかし、奇跡は起きなかった。

 

あれから19年。
今年もまた、あの日がやってくる。
僕は36歳になったけれど、あいつはいつまで経っても16歳のままだ。

 

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