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2007.03.14

敗北感

僕が今の職場に就職する遥か前からの入院患者さんで、ここ数ヶ月で急速にやつれてしまった方がいる。
昨年秋からずっと体重が減少傾向にあって、時々嘔吐も見られ、担当の看護師や処置で関わる看護師達、そしてベテランの介護職員達も、何か病的要因がそこにあるのでは無いのかと疑い、担当医師に報告は続けていた。

その方は僕が働き始めた時点で既に、アルツハイマーが高度に進行し、発語はおろか、手段を問わずコミュニケーションを確立する事が不可能となり、栄養補給は胃に造設された栄養チューブから、排泄は24時間オムツ、保清、更衣、移動全介助、要介護度5の寝たきり老人だった。

ただ呼吸し、排泄するだけになっていたその方は、こちらの呼びかけにも全く無反応で、こちらから提供される生命維持にフォーカスされた全ての介助に拒否動作を示す、残酷な言い方をすれば『やりがいの無い相手』『介護しづらい相手』ではあった。そんなその方に、僕もいつの間にか他の先輩達と同様に、流れ作業のような業務の中の一環として、その方と接するようになっていた。ただ黙って定時のオムツ交換や体位変換や口腔ケアや機械浴を施す他の職員との唯一の相違点と言えば、何をするにしても必ず声掛けしてから行っていた事、くらいだ。でもそれもやらないよりはマシ。と言うレベルでしかない。自らの意思を表現する方法すら既に失ったその方にしてみたら、声掛けしてもらった所でそれに反応したり拒絶したりする方法を持たないのだから。

昨年からずっと緩やかに体重を減少させながら、そして嘔吐も続いていたが担当医師の下した判断は、
「看護・介護に問題アリ。ギャッジ角度調整不備、体位変換が荒い、栄養滴下速度が速すぎ。医学的には病的要因があるとは思えない。」
だった。確かに、流れ作業のような業務に追われながら、定時の体位変換が雑になったり、ギャッジ角度調整も新人さんが高くしすぎたり低くしすぎたり、ベテランでも急いでいてうっかり角度を合わせるのを忘れたり、と言う事があったのは事実だ。

しかし、ここ2ヶ月程で急激に体重が減少した。
嘔吐も頻発している。

その急激なやつれ方と頻発する嘔吐に、やっと医師が重い腰を上げた。介護病棟から一時的に一般病棟へと移り、精密検査が施された。その結果は、

 

消化器管に、巨大な腫瘍が見付かった。腫瘍が消化器を閉塞し、胃袋に流し込んだ栄養の大部分がそこから先に進めない。嘔吐はそれが原因だった。よくこれまで誤嚥性肺炎を起こさずに済んだものだと思う。
12ヶ月前の検診ではその場所では腫瘍は見付からなかったので、前回の検診直後に発生した腫瘍が、12ヶ月間かけて着実に成長してきたのだろう。

検査を終えたこの方が介護病棟に帰ってきてから、僕はその事実をベテランの看護師から聞いた。
「手術するんですか?」
「〇×さんにはもう手術に耐えられる体力は無いし、もう腫瘍が大きくなりすぎてるし、腫瘍が出来てる場所も悪いし、手術で取る事は出来ないそうよ。」
「って事はつまり・・・。」
「そう。元気な人だったらホスピス行きでしょうけど、もうあの人はここで・・・。」

精密検査で一般病棟に移る数日前、僕はこの人からようやく、
「〇×さん、今からお体の向き変えますよ。」との声掛けに、
「・・・ハイ。」との返事を引き出した所だった。
この方に声掛けをマメにしているのは、病棟長以外では僕しかいない。見舞いに来る人も15ヶ月間トータルでも片手で数えられるくらいしか見た事が無い。

ある意味完全に、『置き去りにされた人』『生きたまま忘れ去られた人』でもあった。
それなりの病的症状を見せていたのに、看護師からの報告は全て無視され、言い方を変えれば担当医師からも置き去りにされていた。ただ、現場の看護師と介護員だけが、この方の事を気に掛けていた。

巨大な腫瘍が発見されたこの方は、消化器管を通しての栄養摂取が不可能となったので、医学的には留置カテーテルが埋設され、中心静脈栄養法で生命維持が図られる事になる。しかし、どちらにしてももう長い事生きられないだろう。

発語なんかすっかりなくなっていたこの方から僕は、14ヶ月かけてようやく、「ハイ」って言わせる事に成功した。
絶対に近いうちに、「アリガト」を言わせてやりたいと思っていた。

 

悔しい。

 

今僕は、とても深い敗北感に支配されている。

 

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コメント

12ヶ月も検診がなかったなんて!!
明らかに患者さんの具合が悪くなっているのに!!
医師の怠慢ですね。
たくさんの患者さんを抱えていて、一人ひとりに
細かく目が行き届かない……
というのは分かりますが、それでも一人ひとりを
丁寧に診ていくのが医師の仕事でしょう。
なんだか無性に、父(医師です)と話がしたくなりました。

投稿: ゆらら | 2007.03.14 15:58

ゆららさん>
ベテラン看護師さんが言ってたんですけど、この方の担当医は専門が循環器科で、消化器科の領域だったこの方の症例に関して経験が少なく、見逃してしまったのだろう。と言ってました。
現実問題として、自分の専門である循環器疾患で入院している患者を数十人、さらに通院患者も数十人抱えていて、そこにさらに介護療養病床の患者まで抱えている訳ですから、医師一人に責任を押し付けるのは酷な気もします。
根本的問題は全て、この国の医療制度そのものにある。そう僕は考えています。

勤務医は忙しすぎるんです…。

投稿: mizzie | 2007.03.15 11:59

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