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2007.04.25

なりたかった職業

転職する度に所得が下がると言う、常識に反した不思議な転職歴を持つオイラだけど、本当に色んな仕事をしてきたなぁ・・・。って時々思う。
テンポラリーとしての極短期だった仕事とかも含めたら、実に様々な事をしてきた。

メインだったのは3種類。
レースをやっていた頃、レース資金を稼ぎ出していた金属加工業。
よーするに鉄工所で働いていたんだけど、

こいつはかなり金になった。

15年間やっていた仕事なんだけど、金属加工全般をやっていたので、僕は溶接と溶断とプレスと製缶と板金が出来るし、Mig溶接とガス溶断と汎用プレスと帯鋸盤と汎用旋盤とアーク切断機が使える。もしまた転職するにしても、鉄工業ならどこだって食っていける。

滞米中は寿司職人助手だった。
こいつもかなり稼げた。
学業をメインにしていたからパートタイムだったけど、もしフルタイム労働だったなら渡米前の鉄工所よりも稼げたかもしれない。
チップ込みだけど、僕の月収は月140時間労働で2000~3000ドル(稼いだチップの額で収入が変わる)くらい稼いでいた。

今は、介護療養病棟で介護助手をやっている。
仕事のハードさと背負う責任、仕事の煩雑さは急上昇。
しかし収入は急降下。
ただ、職場の人間関係にはウンザリさせられるけれど、僕はこの仕事は結構好きだ。(^^)

 

他にも、短期バイトとして就いた仕事まで含めると、実に色んなものがあった。

先ずは、高校生の頃に働いてた焼肉屋さん。
鉄板焼の鉄板を掃除するお仕事。
仕事は中々にキツい、腰にくる仕事だったけど、まかない食が美味しかった。時給は当時でも安い部類に入る\500。

それをやりながら同時進行でやってたのが、建築内装のバイト。
新築とかリフォームした家とかの、壁紙とかカーペットとかを貼る仕事だ。
トルエン100%のシンナーを使うので、夏場にトイレの内装貼りとかやってると幻覚が見えて、自分が貼ってる壁からドラえもんが飛び出してきたりする。

張り込みのバイト。なんてのもあった。
もう時効だろうから書いちゃうけど、とある資産家の一人娘が、チンピラの男と駆け落ちした。両親は探偵を雇って居場所を突き止め、二人を別れさせたのだが、どうも連絡を取り合っているらしい。
で、オイラは娘のアパートを見張る張り込み要員の一人として、毎日決まった時間に、その娘のアパートの近くで遊んでいるフリをして、密かに連絡を取り合っていないか見張る。僕が請け負った期間中は何も起きなかったので、2週間の契約期間が過ぎた後は更新も無かった。
人手が足りなかった時期の短期バイトか、こんなカンジで不特定多数の人を使っているのか、はたまたその筋のセンスがあれば引き抜くつもりだったのか、それは今となっては判らない。ただ、『絶対秘密厳守!!』として、違反時はペナルティーとして・・・って一筆書かされたのは本当。

ハンバーガーショップで働いた事もある。
深夜帯だったので男のクセにレジに立っていたので、「いらっしゃいませ、こんにちはー。」とか、「はい、ストロベリーシェイクのSサイズがおひとつですね。」なんてやってた。接客好きの僕には比較的向いていた仕事だったと思う。給料は安かったけど。

接客業では他にも、ウェイターもやった。

レースメカニックも、賞金に応じてギャラを貰っていたので、これもバイトと同義としてもいいのでは?と思う。

地方誌で連載コラムを持ち、原稿料を貰っていた時期もあるので、肩書きだけなら「フリーライター」だし、文筆業も就いた事のある職業としてカウントしても大丈夫だろう。

 

いろんなお仕事を経験してきたオイラだけど、子供の頃なりたかった職業に就いた事は無い。

『将来の夢』

とか、

『なりたい職業』

とか、子供が思い描くものって沢山あって、もちろん僕も子供時代になりたかった職業って言うのはあった。

本当に小さな頃は、消防士さんとかお巡りさんになりたかった。

これが小学生くらいになると、『戦闘機パイロット』に変わる。

我が家は家ぐるみで平和主義者なので、これを父に話した時は猛反対されたものだ。子供の戯言とは言え、自分の息子が国家に雇われた人殺しになりたがるなんて、父には許し難かったのだろう。

ほぼ同じ時期、僕はレーサーにもなりたかった。ただ当時はバイクレースの事なんか知らなくて、F1レーサーになりたいな。なんて漠然と思っていた。

これがもう少し大きくなって、釣りを始めるようになると、なりたい職業が『バスプロ』に変わる。釣りをして高額の賞金とスポンサーフィーで食っていけるなんて、こんなに羨ましい商売は無い。なんて思ったものだ。

そしてバイクに出会い、バイクにのめり込んで行くのだが、レーサーを目指してレースの世界に飛び込んだのは、高校3年になってからで、それまでは、バイクは趣味として関わっていければいい。って思ってた。

釣りをやめてからレーサーを目指す様になるまでの間、特になりたい職業は無かったのだけど、僕が高校生の頃の教師が、それはそれはヒドい教師ばかりで、
「こんなクズどもに未来の子供を任せられねぇよ!!」
って思って、教師になりたい。って思ってた時期もある。

色んな職業に憧れたり、なりたがったりしてきたオイラだけど、今は地方の小都市で介護職に就いている。

ここに辿り着くまで、本当に色んな事があったけれど、その過程で経験してきた全て、至福も喜びも悲しみも痛みも苦しみも、全てはこの瞬間の為にあったのだろうな。って思える時がある。

やっぱり、オイラの人生ってどっちに転んでも最終的には上手く行くように出来てるんだと思う。

 

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