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2007.10.06

ジレンマ

”人の役に立つ事が好き”で、社会福祉、社会保障制度に関心があった僕にとっては、この『高齢者介護事業』というのは結構やりがいのある仕事だ。自民党政権の下では、それは決して沢山稼ぐ事は出来ないのだけれど、それなりに充実感や達成感や自己実現感覚を得られる仕事ではある。様々な障害や加齢による身体機能低下により、他人の介助無しには生きる事が出来なくなった自分を責め、日々陰鬱になっていくじーちゃんばーちゃん達を、そのネガな思想をポジに焼き直してあげたり、おどけたり歌ったり踊ったり、仮装なんかしたりもして、笑顔を引き出せた時、そこには確かな喜びがある。

手を変え品を変え、じーちゃんばーちゃんを少しでも明るくさせようとエネルギーを使っている僕だけど、僕が所属しているのは療養型医療介護施設な訳で、老健や特養やデイやGHや在宅なんかと違って、ダイレクトに終末期医療に関わってくる。そしてそれは時として、僕を強烈なジレンマに陥らせる。

医療介護施設を簡単に言っちゃうと、介護保険も使える療養病床みたいなものだ。医療がメインで、介護はサブでしかない。だから、介護保険制度の建前である『自己決定権の尊重』は、『生命維持』という医療の最優先事項の前では無力だ。僕の職場にある”業務遂行時の優先順位”にもはっきりと、1)生命維持2)安全・安楽の確保3)実現可能性4)本人の希望。となっいる。この、「患者の生命維持を最優先とする。」という縛りが、僕に強烈なジレンマを感じさせる。

例えば食事介助。

 
要介護度5、Pさんの場合。

脳梗塞後遺症により首から下が緊張性麻痺。
両上下肢共に、拘縮による著しい可動域の制限あり。
発語能力無し。
食事、排泄、保清、移動に全介助を要する。

この、人間としての機能の殆どを喪失してしまった患者さんでも、食事の経口摂取が可能な間は口から食事を摂らせる。NST(栄養サポートチーム)により体調維持の為に必要な各栄養素の量と総カロリー量が決定され、それに応じた食事が毎食、他患の食事と共に上がってくる。それらは嚥下食と呼ばれている栄養強化型のゼリー食品なのだが、それらを看護師、介護士が悪戦苦闘しながら経口摂取させている。

全量摂取が望ましいのだが、最近のPさん、もう生きる事を拒否しているかのように、こちらからの介助には全て拒否動作で応じる様になった。食事も全く口を開けてくれず、服薬すらも経口からは出来ない状態が数日続いた。

病棟長や担当医、担当看護師、ワーカーによる検討の結果、Pさんに対する食事は拒否動作のある時は注射器を使用して口腔内へ直接流し込む事で対処する事になった。それ以来、どんな手を使っても決して口を開けてくれなかったPさんは、口角から差し込まれた注射器から、直接ゼリーが舌の上に乗せられる事になった。

 

服薬をさせる為には、胃が荒れるのを防ぐ為にも、何か食べ物を胃に送らなければならない。だから食事を拒否して口を開けないPさんには、口角から注射器を差し込んで食事を流し込む事になった。

最初は、スプーンを使って食べられないか試してみる。それがダメになった時点で、患者の拒否動作あるなし関係無く、強制的に食物が送り込まれる。今目の前にある食事は、これを常に5割以上食べさせていないと生命維持が困難になってしまうのだ。しかしながら、嫌がる相手にムリヤリ食事を摂らせるというのは、はっきり言って胸が痛む。

スプーンからでは食べてくれなくなった所で、注射器に切り替えて毎回10~15ccくらいずつ、ゼリーを口の中に流し込む。Pさんは口を硬く閉じ、しかし舌の上に食物が乗せられると、反射的に嚥下をしてそれを食道に送り込む。それを繰り返しながら少しづつ、食事を経口摂取させていく。我が職場では胃ろうも腸ろうも、完全に経口摂取が不可となるか本人、家族の希望が合うかどうかしない限り、僕等はギリギリまで経口摂取に拘り続ける。

Pさんは食事を完全に拒否している。

しかし生命維持の為やむなく、僕は注射器にゼリーを満たせてそれを口の中に流し込む。

Pさん、悲しそうな瞳で僕を見つめる。

口元に持っていった注射器の前で、「イヤイヤ」と無言で首を振る。

「もう止めにしようか?」僕は静かにそう尋ねる。

Pさん、無言のまま2回頷く。

僕はPさんの口腔ケアを済ませ、ベッドの角度を戻してPさんの体に布団を掛ける。そして食事量記録ボードに③と書く。「もっと食べさせなきゃダメじゃないっ!」と僕を叱責するナースには適当に言い訳してその場をしのぎ、僕は次の業務に移って行く。

ああわかってるよ。

食事がこんな調子じゃ、Pさんの食事・排泄が自立となる日は多分永遠に来ないし、栄養不足はあっという間にPさんの体中をじょく創だらけにしてしまうだろう。

”生命維持”が”本人意思”よりも優先される医療介護施設では、僕は色んな局面で”利用者満足”を追求したい自分と、”生命維持の優先”を職業倫理に規定する我が職場の要求との軋轢で生じるジレンマに、僕は悩まされ続ける事になる。

羽が燃えている。

僕は堕ちていく。

僕等の時間はあっという間に終わる。

 

ねえ、

誰か僕に、
「それって絶対に間違ってるよ!」
か、
「ううん、それでいいんだよ。」
のどっちかを言ってくれないか?

 

 

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コメント

特養での実習で、胃ろうを受けている方々に出会いました。皆さん、重い認知症を発症されていて、さながら生ける屍……チューブから栄養を送って、排泄する。ミルク飲み人形のような状態です。
ここまでなってしまっても、ヒトは生きていかなくてはいけないのか??生かされなければいけないのか??
発語も出来ず、一日中寝たきりで、ミルク飲み人形。

このことを友人に話したら、彼は言いました。
「安楽死法案を可決してほしい」
脳腫瘍のおじいさまを看取った、彼なりの結論です。
高齢社会が本格化している中、もしかしたら、我々は自分の死期を自分で決めなくてはいけなくなるかもしれません。医療が高度化して、ミルク飲み人形になっても生きていける……もっとひどい状態になっても生きていけるようになったら、我々は、予め
「これこれこうなったら、安楽死させてほしい」
と書面で契約しなくてはならなくなるかもしれませんね。

かつて、NHK学園で自分の終末期について書かされたとき、わしはホスピス行きを希望しました。延命は望みません。限界の医療を試されるよりも、チューブだらけになって生かされるよりも、人間らしい状態でこの世を去りたいです。

投稿: ゆらら | 2007.10.06 13:06

口を開けることを拒否される方に、注射器で口に食べ物を入れる、という行為は、
日本の医療介護施設では、一般的に行われていることなのでしょうか?
そういう方法をとることになる、ということについての、家族への説明はあるのでしょうか?

私は、予め家族に説明してほしいし、私なら、同意しません。
命より大事なことがあると思うもの。
(ついでに、胃ろうも同意できなければ、退院するしかない、ということでしょうか?)

私は、これまで、治療上の方針決定を行う権利は本人にある、と、法律で定められているのだと、思っていました。
それを前提に、だと思うのですが、
(本人の意思が確認できない場合には)
「医療と介護のサービスを提供する側は、家族の意思に従わざるを得ない」と、
ドクターの著書で読んだのですが。
そういうのは、多くの現場において、「建前」だということなのでしょうか?

投稿: かめこ | 2007.10.07 13:33

ゆららさん>
「長患いはしたくない」は、万人の望むことだと思います。だけどそうならない人が沢山いて、そして医学の進歩はそうなった人を気が遠くなるくらいに生き永らえさせる事を可能にしました。
延命治療は望まない人でも、延命治療まで行かなくてもその手前でズルズルと生かされ続ける現状が存在する事を知れば、安楽死に関して何か考えるようになるかもしれませんね。

かめこさん>
お久しぶりです!
僕がここで書いた事は原則として、御家族も理解されておられると思います。要介護者を家族に持ち、そして医療介護施設に預けなければならない所まで悪化した方に対し、「とにかく一日でも長く生きさせてくれ。手段は問わない。」と言う御家族が存在するのは事実です。
もちろん「全ての最終権限は本人と家族にある。」のは当然ですし、それを前提とした「生命維持最優先」ではあるのですが、本人の意思と生命維持が衝突した場合、生命維持が優先されるのは事実です。医療に携わる側はそうする事で、自分達が訴訟されるリスクからの回避を計っているのかもしれませんね。

かめこさんが仰るように、注射器での経口摂取を拒否され、胃ろう増設も拒否された場合、点滴での栄養摂取が試みられた後に、中心静脈栄養法が取られる事になると思いますが、それはとてもとてもコストの掛かる医療行為で、介護保険適用外ですから、それを選べる人は経済的に裕福な方だけです。そしてそれが選べないけど拒否の場合、退院を促される可能性は否定出来ませんし、促されなかった場合でもその方は、病床でゆっくりと死んでいく事になると思います。

投稿: mizzie | 2007.10.09 09:05

パチパチ。
リアリティのあるとってもイイ文章と思いました。その場にいるものだけが実際に感じるジレンマですよね。

投稿: Dr. Hideous | 2008.11.11 04:16

hideousさん>
お褒めに預かり光栄です。自民党の医療行政は相変わらずヒドいものですが、お互い現状に流されず、頑張りましょうね!

投稿: mizzie | 2008.11.12 22:22

こんなに前の記事にコメント失礼します。

特養老人ホームにパートで入って2年になります。
まさに、まさに私は同じようなジレンマに陥っています。

要介護度5の方に、口から無理にシリンジ(注射器)で栄養を送り込むのです。
その度に利用者さんはじーーーっとこちらを見て、「もう苦しいからやめて」と言わんばかりに涙ぐみます。
そしてむせ込む。

私は何をしているのだろうかと思います。
人のために、誰かが喜んでくれるために何かしたい。
そういう思いだったのが、これでは全く逆ではないだろうか。

生きる事を拒んでいるだろう人に、
私は毎日苦痛を与えている。
生き地獄にしか思えない。
長い間生きてきて、介護保険も長く払ってきて、家族に迷惑掛けないように施設に入って、最後は自然に死なせてくれない苦痛の日々で終わるのです。
家族は「まだ生きてるのねー」と言っていたりするし・・・

でも、栄養を取らせないと責められるし・・・

長寿国日本って、なんなのでしょう。

長文ごめんなさい。

投稿: lily | 2010.11.01 07:12

>lilyさん

はじめまして。mizzie's cafeに、ようこそ。

いま、貴方が感じている事は、志持って介護業界に身を投じた全ての人がくぐり抜けさせられる事なんです。

特養、医療介護施設、療養病床に行けば、「生きる事を拒んでいる老人」と、それを無理矢理生きさせる事を望む家族と、それに従わざるを得ない医療・福祉従事者が沢山いるんです。

何とかしないといけない問題があって、
だけど、現状ではどこにも解決策は無い。
その現実は、時として介護者の心を内側から激しく切り裂きますが、、、

決して、自分を責め過ぎない様に。
悪い先達を真似て、低きに流れる事を選ばないように。

先輩介護職者として、僕に言えるのはこれくらいです。
頑張ってくださいね。頑張り過ぎないでくださいね。

投稿: mizzie | 2010.11.13 14:26

も今はあまり見ることもできません。
もう辞めてしまおうかとか思ったり。
今も泣きそうな感じです。
急性期でコストをとりつくされた患者はもう二度と急性期病院には戻れない。
急性期病院は退院で送り出すとき笑顔で送り出すけど、行き着く先は地獄でしかない。。
ジレンマは永遠に消えそうもありません。

投稿: けいこいんてぃ | 2013.07.03 04:27

> けいこいんてぃ さん

はじめまして。mizzie's cafeに、ようこそ。
維持期病棟、療養病棟の現実は酷いものです。急性期院がコストを取れるだけ取るのは、現在の診療報酬体系では仕方がないのかもしれません。急性期を担当するにはそれなりの設備と人員を必要とし、それを賄いつつ利益を出すには、取れるコストは全部取る。くらいしないとほぼ不可能だからです。

これで日本がTPPに加盟しアメリカの様な混同診療が解禁になったら、手が掛かる割には利益の少ない維持期はシステムから放置され内情はさらに劣化し、「やり方次第で果てしなく儲かる」急性期と回復期には、米系資本の株式会社ホスピタルが大量に参入してくる事が予想されます。
もちろんそこには、患者満足や被雇用者満足なんかありませんよ。株主に配当金を分配する為の「使い捨て交換部品」として、患者と医療・介護スタッフが使われるだけの事です。

投稿: mizzie | 2013.07.05 23:31

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受信: 2007.10.07 18:16

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