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2007.12.27

ロングフル・ライフ

Wrongful life は、”不当な人生”などと訳される。重篤な障害を負って生まれてきた身体障害者やその親が、自分が障害を持って生まれてくると言う事を事前に知らされなかったが故に、障害者として生まれ、生きて行くことになった事を医師の過失として、その損害賠償を求めた裁判で使われた言葉である。

訴訟大国アメリカで起きたこの裁判では、原告は「もし自分が重篤な障害を負って生まれる事を事前に知っていたら、自分は”生まれないこと”を選ぶ事も出来たはずだ」と主張する。この裁判は、原告が意図したかどうかは別として、物凄く倫理的、哲学的に重い問いかけを、今を生きる全ての人達に投げかける。

 

「僕なんか生まれない方が良かった。」

そう思った事が無い人なんか、世の中にはいないと思う。つまり、そう思った事のある全ての人にとって、人生はWrongful(不当)であるのだ。
人には、生きる権利と同時に、生まれない事を選択する権利もある。とするこのロングフル・ライフ訴訟、アメリカでは70年代に原告側が勝訴してもいる。つまり、法的には人間には生まれない事を選ぶ権利がある事が認められているのだ。

僕はこの事を、『<個>からはじめる生命論』(加藤秀一:NHKブックス刊)と言う本で読んで知ったのだが、この概念は介護職員として医療介護施設に所属する者として、とても衝撃的ではあった。

 

人生最後の数年間を、生き地獄として過ごす事は”不当な人生”では無いのか?
それまで如何に幸福な人生を送っていたとしても、60代か70代のどこかで脳梗塞等で倒れ、身体機能に重篤な損傷、それも麻痺か喪失と言う損傷を負い、ゆっくりと生命機能を喪失しながら、真っ白い天井を何十年も見つめ続けながら、残された家族に肉体的・精神的・経済的負担を強いて、それまで築いた全財産を治療費の為に失い、自分と深く関わった誰一人幸せになる事が出来ずに、何十年も掛けてゆっくり死んでいく人生。

これは、ロングフル・ライフでは無いのか?

 

この問いかけはとても重い。
僕には、まだこの問いに自分も他人も納得出来るような満足のいく答えを見つける事が出来ない。

元々が、ロングフル・ライフ訴訟自体が物凄く重い事を問うているのだ。重篤な障害を持った子供が”生まれない事を選ぶ権利”を行使するという事はつまり、出生前検診で重篤な障害を負って生まれる可能性が高いと判った子供の、人工妊娠中絶を認める事になってしまうのだが、それはつまり、障害者を差別する事を肯定してしまう事になるのだ。

究極の理想は、重篤な障害を負って生きることになった障害者が、「生まれてきて良かった」って、そう心の底から思える社会を作る事なのだが、自民党的社会システムの下では、そんな社会は永久に現実化しない。

 

話が少し逸れた。ちょっとクールダウンしよう。

生まれない方が良かった人生なんてあるのか?

要介護者となって、人生最後の数年間を準植物状態として生きる事は、生まれない方が良かった人生なのか?

 

僕には判らない。

この問いかけに答えを出すには、もう少し時間が必要だ。

ここにきてくれている皆の意見が聞きたい。
良かったら、コメントしていってね。

 

 

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コメント

こんにちは。

それはあなたがわからなくってもいいことでしょう。
言うまでもなく、そういう思いはきわめて抽象的なもので
また、主観的な視点からのみ述べられるものです。

日常生活や思考することを満足にできない相手だとしても
推し量ったりすることは恐らく決してできません。

投稿: Jane Doe | 2008.01.02 13:53

加藤秀一氏の著作を私も読みました。
結論としては、ロングフルライフ訴訟は、倫理的には受け入れられないと、言っていたと思います。

生まれてきたこと、それ事態がミラクルである、と。(確か、アーレントと引用して)

生命科学が今後ますます発達して、生命を誕生以前からコントロールできる技術がすすすむだろうと予測できます。

その時に必要なのが、倫理であり、倫理学だと思います。
科学の進歩はそれ自体エクスタシーだけど、歯止めがないと、とにかくつっぱしりがちです。

一方、思想家が単独で生命倫理を高らかに掲げてみても、あっという間に、生政治にとりこまれてしまうというのも、時代の趨勢だと思います。

では、どうするか。

わたし個人的な意見としては、相互扶助的な空間をどのようにつくるかを、ひとりひとりに問われているのだと思います。(まさに今)

そのことを考えるには、対岸の法律よりも、現状の問題(現象)を直視することが重要だと思います。

優性遺伝あほちゃうか、てな具合で。
(がんばる者が報われる、なんてのも、イデオロギーでしょう)

社会をつくる上で、
自民党の政策とか、ほんとは、どうでもいい。

投稿: K | 2008.01.05 01:40

Jane Doeさん>
僕も最近は、「わからなくたっていいんだ。」って思っています。逆に相手にしたって、「お前なんかにわかられてたまるか!」って思ってるかもしれませんし。
とにかく、僕がしなきゃなんないのは、ただ自分のするべき事を一生懸命やるだけです。

Kさん>
社会を作る上で、自民党の政策なんかどうでもいい。と個人的には思われているのかもしれませんけれど、社会と言うシステムに国家権力が深く関わっている現実を考えたら、政治や政策に無関心でいる事は、僕には出来そうもありません。

投稿: mizzie | 2008.01.23 14:44

わたしも、わかんないです。

小学生のときに国語の教科書で読んだ話なのでうろ覚えなんですけど、

男の子がお父さんと2人で話をする話。
男の子が、
「父さん!人間が誕生することは受動態なんだね!」
といって父親に発見したことを
無邪気に話かけます。
「人間は生まれるってゆうだろ?
 だから「生まれる」で「れる」。
 「I was born」で「be born」
 人間が生まれるってゆうのは受動態で
 「生まされる」んだよ!」

すると、父親が
とってもさびしそうな顔をして彼を見ました。
彼はそれから何も言えなくなりました。
彼の母親は彼を生んで間もなく死んでしまっていました。


みたいな話だったんですけど、
あたしは小学生ながらとっても衝撃的で
とっても切なくなりました。

あたしの意見としては、願いも込めて
wrongful life はありえないと思います。

投稿: lyko* | 2008.02.07 01:34

lyko*さん>
これを書いた後も考察が続いていますけど、僕個人の見解としてもやはり、Wrongful lifeはありえないと思います。
この世に人間として生を得た事と、今、ここに生きている事は全て、とっても素晴らしい奇跡なんだから。と思ってます。

投稿: mizzie | 2008.02.08 01:55

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