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2008.03.12

mizzie的漫画考

タカ(仮名)、テーブル脇に積み上げられた『ときめきトゥナイト』を見て、

タ:「なんじゃこりゃ?お前、試験済んだら少女マンガ漁りかよ!?」

m:「少女マンガを侮るな。これ、少女マンガとしては古典だけど、かなりおもしろいよ。」

タ:「・・・mizzie、レーサー時代のお前しか知らない奴が、少女マンガ読んでるお前なんか見たら幻滅するぞきっと。マンガ読むにしても、せめてもうちょっと男っぽい奴にしろよ。」

m:「元レーサーが少女マンガ読んだらいけないのか?お前、あの○×さん(90年代四国ミニバイクレース界ではチョー有名な人。チョー速い。)だって少女マンガ読んでるんだぞ。それに、最近のあの下らない少年マンガなんか読んでるよりも、誌的だったり文学的だったり哲学的だったりする少女マンガの方が一万倍はイイよ!」

タ:「そう熱くなるなよ。そりゃ確かに、最近の少年マンガはくだらんよ。どーでもいいけどmizzie、この紅茶美味いな。春摘みか?」

m:「春摘みはまだ出てないよ。俺の淹れ方が上手いんだ。細口のポットがありゃあ、コーヒーだってもっと美味く淹れてあげら」

(隣の部屋から)
ななか:「買わないわよ。」

m:「(聞こえるような声で)僕、紅茶党だからいらないよ。で、何の話だったっけ?そうだ、少年マンガがくだらない。って話だ。少年マンガが面白かったのは、90年代まで。今の少年マンガなんて男にとってチョー都合のいい、美人で良妻賢母的で、不自然に胸がでかいヒロインと、人間的深みが全く無いクセに運動神経がズバ抜けてる主人公しか出てこない、ご都合主義の安直なストーリの話しかないじゃないか。読んでて2分でリサイクルボックスに放り込みたくなるような本読んで暇潰すような余裕なんか、今の俺には無いよ。」

タ:「確かにそうだな。ジャ○プだってサン×ーだって☆ガジンだって、俺らが高校の時くらいまでは結構面白かったのに、今じゃ読む気ゼンゼンしないもんな。でもmizzieも俺も、モーニングとか読むじゃん。」

m:「あれはな、90年代に☆ガジンとかジャ○プとか読んでた連中が、年を取ってそのままあっちに流れて、読者のレベルが上がったから作品のレベルも一緒に上がったんだよきっと。その流れから取り残されたヤング誌なんか、作品の質は少年誌よりヒドくなったじゃん。少年誌で描いてた作者もかなり青年誌に流れただろ?」

タ:「たしかに、しげの秀一とか井上雄彦とか浦沢直樹とかのマンガは俺も好きだよ。」

m:「でも、あの人達が描いてる話は、少年誌とかヤング誌の読者じゃゼッタイについてこれない。子供時代にマンガの古典的名作って言われてるのを読んで育った今の20代後半~のニーズを満たせるレベルのもの描ける才能は、今の少年誌とかヤング誌にはいないんだ。」

タ;「で、お前はその人達が描いてる青年誌には行かずに、少女マンガに行ったんだ。」

m:「少女マンガは、少年誌がヤング誌、青年誌って分化したのと違って、小学生からOLまで読者層が広いんだと思うよ。大人の俺が読んでも「面白い!」って思えるマンガ結構あるもん。津田雅美とか小花美穂とかの描くマンガ、かなり面白いぞ。」

タ:「津田?オバマ?誰じゃそりゃ?」

m:「オバマは民主党予備選の候補や。オバマじゃなくって小花。『HoneyBitter』とかかなり面白い。津田雅美は『彼氏彼女の事情』が有名だよ。津田さん、今描いてる何とかって新作も相当に面白いらしいけど、俺は忙しくて買いに行く暇が無い。」

タ:「お前、少女マンガ買いに行くのか?奥さんに頼むんじゃなくって?」

m:「行くよ。もしお前が○×のツ★ヤとかで、少女マンガのコーナーで本探してる男見たとしたら、それは多分俺だ。」

タ:「あそこは”男が近付く事の出来ないオーラ”が出とるエリアじゃないか。お前恥かしくないのか?」

ななか:「この人の辞書には、『テレる』って文字は無いのよ。」

m:「まぁ、お前も騙されたと思って一度、『彼氏彼女の事情』か『Honey Bitter』読んでみろって。マジでめっちゃオモロイから。」

タ:「俺は少女マンガを買う。何て行為は、男として恥かしくってゼッタイに出来ん!」

ななか:「あら?『Honey Bitter』だったらKさん持ってるって言ってたわよ?」

m:「ホラホラ、借りて読んでみろって。」

 

こんな感じで、新居に遊びに来ていたタカ(仮名)に少女マンガを薦めていたオイラだけど、上でも触れてるけど最近の少年マンガは本当に下らない。そして90年代以前の少年マンガを知っている人は皆、同じ事を口にする。「少年誌がめちゃ下らなくなった。」って。

世界最大にして最高のマンガ大国である日本だが、その質の高いマンガを数多く提供してきた少年誌、今世紀に入ってから質の劣化とソフトの枯渇が起こっているようで、本当に面白くなくなった。「読んでるお前が年を取ったんだよ」って一言で片付けられそうだが、少なくとも、90年代以前の少年マンガには、大人が読んでも楽しめる・のめりこめるレベルの高い作品がいくつもあった。

少年誌はその殆どが、週ごとに集計される読者アンケートで掲載作品の人気投票を行い、不人気なマンガは即座に打ち切られてしまう。つまり、読者の支持を得られない作品は淘汰されるシステムなのだ。そのシステムを採用する少年誌が、つまらない、くだらない、深みの無い、安易で単純なマンガばかりになったと言う事は、今、少年誌読者が作品に求めているものがそれだと言う事なのではないのだろうか?それはつまり、今世紀の子供は90年代以前の子供と比較した場合、恐ろしく低俗化・低脳化したと言う事だ。

 

 

詰め込み教育は悪だ!の号令の元で導入された「ゆとり教育」の結果、公立校に通う子供達は勉強を強制される事が無くなった。教育熱心な一部の親と、私立校・進学校に通う子供達は相変わらず勉強着けだったが、そうでない親に育てられた中級校、底辺校に通う子供達は勉強をしなくなったしする必要も無くなった。そうして勉強する必要性が減った子供達は、開いた時間をテレビやゲームにまわした。結果、IQ(Intelligence Quotient:知能指数)を鍛える機会を失っただけでなく、EQ(Emotional Quotient:情動指数)を鍛える機会をも減じさせる結果となった。
EQの低い子供には、内容に深みのある作品を与えても理解出来ない。
それよりも、単純明快で刺激的な作品の方を好むだろう。例えそれが刹那的で退廃的であったとしても。

結果、少年マンガが悪魔的に質的劣化を起こす事となった。と言う仮定を、mizzieは立ててみた。少年マンガの低質化原因を推測してこの仮定に辿りついたオイラが、この仮定から導き出した結論は、「教育を、学校だけに任せてはいけない。」と言う事だ。もし学校に全てを任せておきたいのなら、学費が僕の年収以上と言う、富裕層対象の私立校に通わせるしかない。公教育に依存するしかない中流以下の家庭は、親が積極的に教育に関わっていかないと、子供達は将来、搾取されるだけの「使い捨て労働者」として、支配者(守銭奴とも言う)達に搾取されて使い捨てられる人生を送る事になるだろう。なぜなら、大衆が低俗で低脳な社会と言うのは、支配者達にとって最も支配がやりやすい都合のいい社会だからだ。

 

 

 

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