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2008.04.29

老醜

介護の仕事をしていると、本当に多種多様な高齢者と接する事が出来る。生い立ち、気質、性格、好み、誰一人として同じ人はいなくて、似ている事はあっても、皆、少しずつ微妙に異なっている。

そんな多様なじーちゃんばーちゃんだけど、僕みたいな若造の視点で見ていると、「カッコ良く老いるには、どうすればいいのか?」が、実に良くわかる。
人は誰だって老いる。壮健なアスリートだって、端麗な淑女だって、いつかは年を取り、衰え、白髪頭としわくちゃになるのだ。そしてそうなった時、外見の美しさ・見事さに隠れていた、その人の人間性がくっきりと浮かび上がる。生き方が美しい・カッコいい人は、老境に差し掛かった時、その美しさや矜持の高さが引き立って輝きを放つし、そうでない人は老醜を晒す事になるのだ。

僕が今の職場に勤め始めたばかりの頃、僕の事をとても気に入ってくれて、物凄く親切にしてくれていたばーちゃんがいた。
この人がまた、とてつもなく自立心・克己心の高い方で、糖尿病による壊死で下肢を失っていたんだけど、他者の介助無しには自律生活を維持出来なくなった自分に悲嘆する事無く、自分で出来る事はもちろん、出来るか出来ないか判らない。ってレベルの日常生活動作にもどんどんチャレンジして行くパーソナリティーを持っていたこの方は、懸命に、熱心にリハビリに励み、そうして少しずつ代替機能を獲得していったばーちゃんだった。まだ駆け出しでひよっ子のトレーニーレベルだった僕が、仕事で失敗して落ち込んでいる時なんかにも、この方は必ず優しい言葉を掛けてくれて、励ましてくれてもいたし、その強い克己心には、関わるこっちも献身的に介護させて欲しくなる、そんな方だった。
この方は本当に、性格がカッコいいばーちゃんで、もう90歳近い高齢だったが、出会うのがあと50年早かったら、僕はこの人に恋しちゃったんじゃないのか?ってくらいに心意気のカッコいいばーちゃんだった。

このカッコいいばーちゃんは、コイズミ自民党の数の暴力による、「社会保障費削減策」の一環として、野党の反対を押し切って可決・成立させた「リハビリ保険適用は180日で打ち切り」法案によって、去年、僕の職場から去って行った。今はどこでどうしているのか、元気でいるのか、今となってはさっぱりわからない。

このばーちゃんが退院していった後、糖尿病による下肢切断。と言う、全く同じ症状で我が職場にやってきたばーちゃんがいる。まだ60代になったばかりだから、ばーちゃん。と呼ぶには若干抵抗もあるのだが、この方も糖尿病で下肢を失い、そしてインシュリンによって血糖値のコントロールを受けているという点も、上で上げたばーちゃんと同じだ。
しかし、そのパーソナリティーには天地ほどの開きがある。自立心・克己心はゼロどころかマイナスで、手を伸ばせば届く位置にあるアイテムを取るために、ナースコールで職員を呼びつけるような方なのだ。
呼ばれたこちらが「どうしました?」と駆けつけると「・・・取って下さい。」と、目の前にある物を取らせようとするのだ。(そんな時、こっちはもちろん、「それはご自分でなさって下さい」と言って、その場を離れる。)
医学的に糖のコントロールを受けている方なのに、こちらの知らない所で勝手にお菓子を家族に持ってこさせて食べる。医学的必要性から、担当医、担当理学療法士が組んだデューティーを、「疲れたから」とか「やりたくないから」と言って平気ですっぽかす。医療的理由で「こうして下さい。」と言った事も、自分に不快を伴うものなら絶対にやらない。その生き方は実にだらしなく、カッコ悪く、エレガントとかそう言った類の言葉と対局にある個性の持ち主なのだ。一緒に働くナースさんとかは、「あの人は奥様だからねえ・・・」とか、「チヤホヤされて、何でもしてもらえる立場にいたんだろうねえ・・・」とか言ってて、それは確かにその通りなんだろうな、とも思う。

若い頃は何をやっていたのか判らないが、かつての美貌の片鱗は、今も欠片としては残っていて、そしてその振る舞いも、妙齢の美しい女性がやれば、さぞや男をそそるものだったのだろうな。ってものを身に付けている。

しかし悲しい哉、見た目の美しさと言うものは、経年変化でどんどん劣化していくものなのだ。かつては男を扇情もさせたでろうその振る舞いは、見た目の美しさが錆びて腐敗臭を漂わせている今となっては、それは生き方の醜さをさらに増すだけの働きしかしていない。話は少しズレるが、僕がレーサー時代に付き合っていた、”外見最高・性格最低”だった女の子と、色んな面で似ているこの女性、『育ちが悪いのに美人だったので、スポイルされちゃった女の子の末路』を見ているようではあった。

 

人は、30を過ぎると生き方が顔に出る。と言われる。
親からもらった美しさ・カッコ良さで勝負出来るのは30までなのだ。そして、いつか歳を取り老いた時、内面の美しさ・カッコ良さを持つ人は周囲の尊敬を集め、少なくとも一目置かれ、そして外面だけの人は、老醜をさらす事になる。
世界最高の超高齢化社会になってしまったこの国で、カッコよく、美しく歳を取るにはどうすればいいのか?
その答えを、先に上げた二人は示してくれている。

 

 

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