「ふぅ、今日も無事に切り抜けたな・・・。」
夜勤を終え、エプロンを脱いで帰り仕度をしていた僕は、ストレージの背中合わせになる位置にある個室に目をやった。
(ありゃ?Ψさん何やってんだ??)
視線の先では、先週入所してきたばかりのΨさんが、洗面台の横で車イスに座ったまま放置されていた。軽度の認知症を患っているが、それ以外には特に持病も無く、下肢筋力低下が見られる程度で身体機能は良好なので、プランでは、朝食後は口腔ケアを済ませ、オムツ交換をした後に、リハビリ送迎時間が来るまで、詰所で待機。となっている。
プランではそうなっているΨさん、でもその日は、詰所には来ずに、自室内で放置状態になっていた。恐らく、朝食に時間が掛かってしまったので口腔ケアを済ませた所で、職員は一旦その場を離れ、より優先度の高い業務に掛ったのだろう。
(どりゃ、ちょっとサービス残業でもして行くか・・・)
軽い気持ちで僕は個室に入室し、車イスに座ったままだったΨさんが口腔ケアを済ませている事を確認。本人の了解を得てベッドに寝かせ、オムツ交換に掛かろうとした。Ψさん、その時突然、
「あんたは誰ぞね!何をしゆうかね!!」
叫び声を上げ、オムツ交換に掛かろうとした僕の腕を払いのけた。
「どうしました?オムツ交換ですけど?」
「いらんちや!触らんといて!!」
Ψさん、払いのけた僕の腕に噛みついた。
入所直後はおとなしかったΨさんだが、数日前から、不穏や他傷行為が報告されてはいた。食事時も食堂で臨席のPさん(おとなしく、陽気で気さくなばーちゃん)を殴ったりしていたらしく、その為に食堂の席が他傷行為の出来ない相手の隣に移されてもいた。
そのΨさんだが、口腔ケア終了確認、ベッド臥床までは何も問題が無かったのに、オムツ交換に掛かろうとした途端、突然不穏と他傷が現れ、そしてこちらからの行為は全く受け付けなくなってしまった。
スケジュールされた、リハビリ送迎時間は迫っている。そして外観から推測する限りでは、Ψさんのオムツは失禁した尿でパンパンになっている。Ψさんの排泄パターンから考えても、このままいけばリハビリ終了前にパットが尿で溢れてリハビリ続行不可になるのは目に見えている。しかしこちらからの介護も処置も全く受け付けなくなっただけでなく、不穏・暴力はエスカレートする一方だ。
(仕方が無い、後は日勤さんに任せよう)
自分にはハンドル出来なくなって、僕は一旦部屋を出た。
部屋を出て詰所に向って歩き出した僕の背後から、ベテラン介護士さんの叱責が飛んでくる。
「mizzieさん、Ψさんほったらかしにしてどこ行くつもり!?」
「Ψさん、不穏になっちゃってもう僕ではどうにも出来なくなっちゃったんですよ。一旦離れて時間を開けて、それから日勤さんにオムツ交換とリハビリ送迎お願いしようと思って、」
「アナタ介護福祉士取ったんでしょう?プロでしょう?どうにも出来ない。なんて尻尾まいてちゃダメじゃない!!」
そう言ってベテランさん、Ψさんの部屋に入って行って不穏だったΨさんをなだめすかしつつささっとオムツ交換を済ませ、「不穏出ちゃった人にはこう対処するのよ。仕上げはmizzieさんやりなさい。」と言って、自分の業務に戻って行った。仙骨部がじょく創になり掛けていて、臥床時は側臥位にする事が決められているΨさんなので、僕はΨさんを即臥位にする為に、またΨさんの部屋に戻った。
「Ψさん、ちょっと横向いて頂けますか?」
ベッドサイドに片膝を付いて、そうやって話し掛けた僕に対してΨさん、
「何をしゆうぞね!娘を呼んで!!」
マイったよ・・・また不穏になってるよ・・・。
「Ψさん、お腰に傷が出来ちゅうきねぇ、横向いちょかないかんがやき。ちょっと廊下の方向いて。」
「あたしに触りなさんな!えい加減にせんと人を呼ぶぞね!!」
「寝る時は背中にクッションを当てないかん。って先生から言われたでしょう?我がまま言わんとちょっと横になって下さい。」
言いながら、僕はΨさんの背中にクッションを当てて仙骨部を浮かせ、布団を掛けて部屋を出た。30分のサービス残業になったが、とりあえず業務は終えたのでほっと胸をなでおろしつつ、僕は詰所に戻って手を洗い帰り支度をする。そして帰ろうとしたその時、別の介護福祉士さんから呼び止められた。
「Ψさん寝かせたのmizzieくん?」
「そうですけど。」
「「Ψさん、臥床中は即臥位ってカンファで決まったでしょう?」
「ええ。僕背中にクッション当てて右即臥位にしましたけど。Ψさん、右側禁じゃなかったですよね?」
「いいからちょっと来て。」
で、僕はまたもや、Ψさんの病室に行った。そこでは、Ψさんが僕が背中に差し込んだクッションをベッド隅に押しやって、仰臥位で寝ていた。僕は事情を説明したが、現場を見ていない介護福祉士さんは一切取り合ってくれず、そしてΨさん、その介護福祉士さんの言葉には素直に従い、背中にクッションを当てて右側臥位を取り、布団を被って寝てしまった。
「mizzieくんのやり方が悪いから、クッション入れても外しちゃうの。もういいからあんたはさっさと帰りなさい。」
言われて、僕はその場を離れた。
屈辱だった。
自分で言うのも何だが、僕は、言語でコミュニケーションが取れる相手には、そして特におばあちゃんには、はっきり言って人気者だ。「○×さんがそんな事を言うの見た事ない。」なんてベテランさんが言うくらい、僕には気さくに接してくれる患者さんも結構いる。他の職員のケアには文句たらたらのばーちゃんが、僕のケアには笑顔で応じてくれるのも珍しくも何ともない。僕と、もう一人の職員にしか反応しないばーちゃんだっているくらいだ。それは決して優秀な、或いは効率的な仕事では無いが、常に全力で仕事に掛かる僕は、患者さんからはそれなりに好意的に受け止められている。
しかし、このΨさんは、僕のケアだけを拒否するのだ。ケアどころか、僕が関わる全てに対して拒否か暴力で応じるのだ。へなちょこ介護職員なオイラだけど、「じーちゃんばーちゃんのハートはがっちりだぜいっ!(^^)v」ってやってた僕にとって、それは「自分に酔うな!」と言う警句になると同時に、自分の介護感を撃沈してしまうくらいに、僕を激しく落ち込ませてくれた。
「ある特定の職員だけ受け付けない」と言うケースの、「ある特定の職員」になってしまう僕には、やはりこの業界は向いていないと言う事なのだろうか・・・?
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