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2008.06.11

生涯獲得賃金 キャリアプラン決定の重要要素

過去記事に書いた『ウェディング・フォトコンテスト』、今、どこかの誰かと熾烈な9位争いを展開中。
って事で、ココに行って、オイラの写真に投票して欲しい。

セコいのかもしれないけれど、

お願いしま~すm(__)m

んじゃ、こっからが今日のエントリーでっす!

この世界には、実に様々な職業がある。見上げれば誰にも見える一等星の様に、キラ星のように輝く仕事があれば、誰に知られる事も無く、社会の隅で、ひっそりと息づいている仕事もある。

ある仕事はその職に就く人を壊してしまうくらいに過酷で、またある仕事は消費カロリーがマイナスなんじゃないのか?って位に楽だったりする。

フツーの日本人なら、一生涯掛かっても使い切れないくらい稼げる仕事もあれば、基礎年金よりも生活保護よりも少ない額しか稼げない仕事もある。

ビリビリくるくらいに達成感と充実感を感じられる仕事があれば、その仕事をする事が、年を取る以外に得るものが何もない、その人にとっての消耗でしかない仕事もある。

ロックミュージシャンとかF1レーサーとかメジャーリーガーみたいな、充実感も達成感もやりがいもあって、そしてものすご~く稼げる仕事がある一方で、

売春婦の斡旋とか、売春それ自体みたいに、稼ぎも大した事無くて、その仕事をする上で、充実感や達成感を得る事がほぼ不可能な仕事もある。

国際ボランティをやるNGO団体に所属している、有償ボランティアだって一種の職業だし、破壊と殺戮を主たる業務とする傭兵やアメリカ軍人だって職業だ。

「すべての仕事は愛である」

って言葉があるけれど、その愛が普遍的な人間愛である仕事もあれば、強烈な自己愛だけの仕事もある。ただそれだけの話だ。

ただ、それが職業として成立していると言う事は、そこにはそれに対するニーズがあると言う訳で、そしてそのニーズを満たせば、その事に対しての対価が生じる。そしてそのニーズの大きさに従って、その対価の大きさも決まる。

 

 

んで、今日のタイトルの話になるんだけど、金に全てを捧げた人生ってとってもつまらなくてくだらないし、それは下賤でみっともないものではあるんだけれど、残酷な現実なんだけど、資本主義の世界で生きている以上、お金は生きる上ではとても重要なものだ。お金は知識や経験を得る為には必要だし、資本主義の世界では、お金が無いと避けられない種類のトラブルや不幸は数えきれないくらいにある。そして、お金があるとせずに済む苦労と困難も、同様にたくさんある。

だから、資本主義社会で生きて行く為には、お金について知る事はとても大切だ。

この世界に星の数くらいある職業・仕事だけど、それらは全て、その仕事をして受け取る対価に差があるのだ。そしてそれについて知る事は、自分の人生戦略、キャリアプランを考える上ではとてもとても重要だ。7~8年くらい前だったと思うけれど、村上龍氏が「13歳のハローワーク」って本を書いて、「自分が好きなことを仕事にするのがいい」的な事を書いて、そしてそれは社会から一定の支持を得たんだけれど、自分の好きな事だろうとなんだとうと、自分が将来就く事になる仕事を選ぶ際、そこにはリスクが伴っていると言う事を、社会はきちんとアナウンスするべきだと思う。

僕はバイクが大好きだけど、バイク好きが自分の職業としてレーサーを選んだ場合、バイクでプロレーサーになる為のリスクを引き受ける覚悟が無いと、絶対にプロになんかなれないのだ。レーサーになるにはレースライセンスを取得すればいいけれど、それを仕事にするにはそれ相応のリスクを引き受けなければいけない。例えば、僕の知っているあるレーサーは、公式練習中にクラッシュして、立っているのも辛いっていうような激痛に襲われているのに、「痛み止めを飲むと感覚が鈍るから」と言って、テーピング保護だけで決勝レースに出走していた。別の知人は、「こんなコンディションで走れるかよ!」って言うような土砂降りの豪雨の中、淡々と周回を重ねて、データ取りをしていた。

なぜぞこまでするのか?

それは、彼等が契約金をもらって走る、プロレーサーだからだ。

8桁の契約金を受け取る彼等だが、バイクレーサーの選手生命は短いので、プロレーサーとして稼げるのはせいぜい10年が限度だ。仮に10年間プロでやっていったとして、平均の契約金額が2000万だった場合、彼等の生涯獲得賃金は2億円と言う事になる。

でも、プロレーサーを目指して、本当にプロレーサーになれる奴なんて本当に一握りのライダーだけだ。僕が現役選手だった頃、サーキットで知り合った300人近いレース仲間達は、その全員がプロになる事を夢見ていたが、その中で実際にプロになれたのはたったの3人で、レースで収入が生じるようになったセミプロまで行けたのが30人くらいいて、残りは皆、莫大な借金だけを残して、アマチュアで消えて行った。今はどこで何をしているのか、さっぱりわからなくなった、消息不明になった奴もいるし、僕や、別の知人みたいに体に障害が残ってしまった奴もいる。

生涯獲得賃金が数千万から数十億のバイクレーサーだが、そこには、障害を負ってしまったり、莫大な借金を抱えただけだったり、或いはその両方を背負ってしまう、そんなリスクを持っている。そのリスクを抱える覚悟も無くレーサーを目指しても、現実化したリスクを抱えて、自分の人生に後悔しながら生きて行くだけ。になる可能性が大きいのだ。

では、他にバイク好きが選びうる、バイクに乗る事を職業とした仕事には何があるだろう?

郵便配達のおっちゃん。って選択肢もあるが、こっちはその労働の対価がレーサーよりも低くて、年収換算だと年平均で400万がいいところだろう。そしてその場合、25年間働けたとして生涯獲得賃金は一億円と言う事になる。最も、こちらはレーサーよりもなるのは簡単だろうし、リスクだって遥かに少ないだろうが。

バイク便ライダー。これは一生の職業としては、はっきり言って選ぶべきでは無い。低賃金・重労働の典型で、『搾取される若者たち』なんて言う、バイク便ライダーの実態について書かれた本が出されてるくらいだ。この本でバイク便ライダーと言う職業は、バイク好きがバイク便と言う仕事にのめり込み、自分の体を壊しながら、低賃金でこき使われて使い捨てられていく現状をえぐりだしている。20歳でバイク便ライダーになったとして、50歳までそれを続けられる者はいないだろう。体を壊さない程度に仕事をしたとしても、排ガスで体は確実に疲弊し続ける。この仕事は、せいぜい20年が限界では無いのだろうか?我が介護職員と同じく、低賃金被搾取労働の一つに数えられるバイク便ライダーだが、その年収はせいぜい350万が限界では無いのだろうか?その場合、バイク便ライダーの生涯獲得賃金は7000万円しかない事になる。たしかに、仕事へのやりがいとかはそれなりにあるのかもしれないが、その対価に対するリスクが、あまりにも大きすぎると僕は思うのだがどうだろう?

その仕事に払われる対価と言うのは、その仕事を選ぶ上ではとても重要な要素だと思う。

「わあ!こんな仕事もあるんだ!!やってみたい!」
って思ったとしても、果たしてその仕事で一体幾ら稼げるのか?その対価次第によっては、その人は色んな事を諦めなくてはならないかもしれないのだ。結婚や、女性にとっては出産すらも諦めなければならないくらいに収入が低い仕事に、あこがれややりがいだけで就くのには無理がある。職業に貴賎は無い。と言う言葉は真実なのだが、実際に払われる対価には明らかに格差があるのだ。それをきちんとアナウンスする事も無しに、将来の進路を決めろと言うのには無理がある。

沢山稼げるから。と言うだけの理由で、人の道から外れている事をしたり、嫌いな事を物凄い我慢をしながらイヤイヤやるよりも、稼ぎがすこしぐらい少なくても、自分が面白いって思える仕事を楽しみながらした方が絶対に幸せなんだけれど、自分が面白いって思える仕事を楽しみながらやって、しかし生命維持がやっと。ってくらいしか稼げなかったり、体を壊して辞めていかざるを得なくなる。と言うのもあんまりだと思う。

お金は、それがあるだけでは幸せになんか絶対になれないんだけれど、それが少なすぎても幸せになる事が難しくなるものなんだから。

 

 

 

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