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2008.08.06

でも、やっぱりアメリカが許せない

今日は、最初は新婚旅行記の後日譚でも書こうかな?って思っていたんだけれど、8月6日は日本人にとって特別な日でもあるので、臨時で記事を差し替えた。

今日は、僕達日本人はその日を悼むべき、悲しむべき、そして人類が同じ過ちを二度と繰り返さない事を願う・誓う日なのだ。

 

1945年 8月6日 午前8時15分。
広島に、世界で最初の原子爆弾が投下された。爆心地直下にいた人たちは原爆の高熱で蒸発し、爆心地から半径1km以内にいた人達は生きたまま、一瞬で焼き殺された。その日広島にいた人と、救助で周辺から広島に入った数万人に上る人達は、放射能と残留放射能で深刻なダメージをその体に受け、合計で15万人以上の日本人や在留外国人が命を奪われた。

もう、数をカウントするのが嫌になるくらい、多くの日本人の心と体に深刻な深い・醜い傷を残した原爆投下だが、これがアメリカに行くと、アメリカ軍の原爆投下は完璧に正当化されているのだ。ルーズベルトの原爆投下決定の決断は素晴らしくて、彼の決断によって、10万人以上のアメリカ軍兵士の命が救われたと、アメリカの歴史教科書には書かれている。
確かに、当時は日本本土上陸作戦を準備していたアメリカ軍だが、そして実際に本土上陸が行われた場合、日本軍は焦土作戦を展開するつもりだった事が資料等で判っているし、その場合、アメリカ軍にも相当な損害が出たのは想像に難くない。しかし、原爆が使用されなくても、日本は既に負け戦が明白で、1945年のかなり早い時期に、時の日本政府は戦争終結を模索している。実際、原爆投下前にアメリカが対日戦で取り得る選択肢は4つあり、それは

1)原爆投下
2)天皇制存続に拘っていた日本に、天皇制を残したままで降伏させる道を提示する
3)ソビエトに対日参戦させて、軍事的に追い詰める
4)日本本土上陸

だった。1945年早期にはもう、戦争終結への道を模索していた大日本帝国政府の事だから、そして当時の政府は『国対の護持』に拘っていたんだから、天皇制存続を認めれば、それ以外の全ての条件を呑んで、降伏文書に署名しただろう。しかし、ルーズベルトはそれをしなかった。ヨーロッパ戦線を勝利に導いたアイゼンハワー大将や、太平洋艦隊司令官のニミッツ提督が「原爆は軍事的には不必要」と進言していたのに、(参照:R.Takaki著 "Hiroshima"より)それも無視した。
原爆の威力とその残酷さを熟知していた幾人もの科学者が、連名で都市への投下をやめるように進言したが、それもルーズベルトは無視した。合衆国政府は、人種差別主義者の白人どもは、東洋の黄色いサルをまとめて焼き殺したくて焼き殺したくてたまらなかったのだ。
(ドイツの原爆開発計画に対する脅威から始まったアメリカの原爆開発計画なのに、それは計画のごく初期の段階で、「原爆は日本に投下する」と決めていた事が資料で判っている。)

アメリカは対日戦で勝利をつかむ為では無く、純軍事的には全く不必要と現場の指揮官から言われた原爆を、20億ドルを超える開発費用を無駄にしない為と、終戦後の国際政治でソビエトよりも優位に立つ為、そして原子爆弾の実戦データを得る為に、広島と長崎に原子爆弾を落とした。
陸軍と海軍の司令官が、対日戦での原爆使用は、軍事的には全く不必要。と言いきった原爆を、開発費用を無駄にしない為、原爆の実戦でのデータを得る為、そして戦後にアメリカがソビエトよりも優位に立つ為に、広島と長崎に投下した。これじゃあ、広島と長崎で命を落とした約25万人の日本人は、どう考えたって犬死にだ。

なんだかんだ言いながら、でもやっぱりアメリカが好きな僕ではあるのだけれど、
この、広島と長崎への原爆投下だけは、これまでもずっと、許す事が出来なかった。

きっと、これからもずっと。

 

 

 

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日本の無条件降伏から63年。 中国の街を走る自動車に思う。。。 [続きを読む]

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