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2008.10.04

報われない努力

まだ僕がバイクレースをやっていた頃、

僕はレース仲間達から、「mizzieは努力家だね。」って言われていた。実際、全日本選手権でチャンピオンになって世界グランプリに行っちゃった先輩以外には、僕は努力量で負ける気がしなかったし、僕の人生で後にも先にもあんなに努力をした事は無かった。
学生時代は英語が常に赤点だった僕が、猛勉強してアメリカで大学で学んでいた頃もめっちゃくちゃに努力していたけれど、多分その時よりも、レースをやっていた頃の方が努力をしていたと思う。

そうやって、レースの世界でとんでもないくらいに努力して、僕が得た哲学は、
『結果では絶対に報われない努力もある』
と言う事だ。
もちろん、頑張った事は自分の中で蓄積されるから、将来、それ以外の分野で役立ったり報われたりする可能性はある。しかし、目から火花が出るくらい頑張ったからと言って、必ず好結果が残るとは限らないのだ。

芸術、スポーツ、仕事、学問、生活、恋愛、分野は問わない。この世に存在する全てにおいて、『絶対に報われない努力』と言うものは存在する。37年の僕の個人的経験という狭い世界でも、そんな経験はいくつもある。
全力で頑張る。好結果を、好反応を期待して、自己犠牲と献身を捧げて尽くす。しかしそれはいつしか”当たり前の事”となって、全力と自己犠牲と献身が”無い方がおかしいし、無いのなら君なんかいらない”となってしまう。それは恋愛では、よく見られる風景だ。好反応を、好結果を期待して自己犠牲と献身を捧げたら、相手から「重い。」って言われてうっとおしがられる。これも、恋愛では良くみかける風景だ。

ちょっと話がズレてしまったが、好結果を得たくて、少しでも改善させたくて、意欲的に、献身と自己犠牲でそれに尽くしても、相手は確実に悪化を続けて行く。緩やかに機能低下を来し、反応低下を来し、そして無反応になって、最後は全てが無に帰す。

自分の無力感を、絶望感を、徒労感を押し隠し、”陽気で明るくてノーテンキな自分”と言う仮面を被って、陰鬱に沈んで行こうとする相手を少しでも引き上げようと振る舞う。
「mizzieはタフだよね。」
「mizzieさんは優しいですね。」
「mizzieさんはホントに親切ですよね。」
「mizzieいつでも元気やね。」
「mizzieは落ち込むって事が無いの?」

そう人は言う。関わる殆どの人達のネガティブなエナジーを、僕はその内側にアブソーブしているんだと思う。それを自分のキャパシティー以上にやってしまった人間が、自分を壊してしまう事は心理学が学術的に証明しているんだそうで、そう言った人達の中で鬱積したネガティブエナジーのリリースバルブとして、専門のトレーニングを受けたカウンセラーさんが対応するんだと思う。

オフィシャルで、プライベートで、関わるほぼ全ての人達のネガティブエナジーを受け止めて、ポジティブに焼き直して送り返してきた僕は、時々、自分が焼き切れそうになっているのを感じる時がある。

昔、付き合っていた女性が僕の事をこう言った。

「あなたは、(あたしには)重すぎる。」

どうやら、重力磁場を捻じ曲げてしまいかねないくらいに重くなってしまった僕を、丸ごと受け入れられる場所なんてこの世界にはどこにも無いようだ。
少なくとも、自由民主党みたいな弱者を踏み躙る事を至上の喜びとするような政党を、国民が自らの手で選ぶような社会には無い。


そりゃ僕だってタマには、弱音の一つくらい吐きたくもなるさ。
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