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2010.08.01

「屈辱」

今日は仕事が久し振りの土曜休みだったので、mizzie、ななか、Jr.の3人で、本山町にある妻の実家に行ってきた。

車を持たないmizzieだけど、ななか姉(つまり僕の義姉だ)から車を借りて、週末は\1000の高速を使って一路本山町へゴー。

高速を大豊インターで降りてから、国道439号線を15分ほど走る。439は比較的良く整備された典型的な中山間地を走る国道で、設計速度60km/h、制限速度50km/hのワンディングロードが延々と続く。

春先とか、バイクで走るととても楽しい道だ。

「……?」

その道を淡々と走っていた僕は、違和感を感じながら走り続けていた。

「…見えてない?」

そうなのだ。

元・国際ライセンスのレーシングライダーだった僕が、現役時代にはフツーに出来ていた・見えていたものが、今は殆ど見えない・出来ない。それは現役時代はそれが当然の様に出来ていた僕にとって、衝撃的な出来事だった。

他の人がどうなのか知らないが、僕は現役のレ-サー時代、一点凝視と言う事を全くと言っていいほどにしなかった。視界に写るあるポイントに意識を集中させると言う事が無くて、視界に写る全ての物を同時に見、認識していた。

視点はレファレンスポイント(照準点。マシンの走行ライン上か、そのイン側に置く)に固定したまま、視界に写る回転計と水温計に意識を払い前方や周囲のライバル車にも意識を払う。しかしそれらに視点を移す事はなく、必要に応じて瞬間的に視線を移す事はあっても、それを凝視する事はまず無い。現役時代の僕は、レファレンスポイントと回転計と水温計を同時に見る事が、ごくフツーに出来ていた。

で、今日の僕。

視点は固定せず目に写る全体を観ていたのだが、速度計が指す速度が読めない。速度計に視線を移さないと、今自分が一体時速何キロで走っているのか判らないのだ。

これは僕にとって、とても屈辱的な事実だった。だって、

「お前の眼は、もうレ-サーの眼では無いのだ。」

と、宣告された様なものなのだから。

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