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2010.09.19

社会保障というものは その2

(昨日からの続き)

そもそも、社会保障って、社会福祉って一体なんなのだろう?

国保・健保と行った医療保険。
40歳以上の医療保険加入者と65歳以上の人が加入する介護保険。
失業時に収入を保証してくれる雇用保険。
定年退職後の収入を保証してくれる年金保険。

様々な理由で生活に困窮する者を助ける、生活保護。

社会生活を営む上で、立場が弱かったりハンディキャップを背負わされたりしている者を助ける、老人福祉制度、障害者福祉制度、児童福祉制度、母子福祉制度。

まあ、こんな所だろう。
(広義の社会保障には、公衆衛生の普及・充実や廃棄物処理なども含まれるんだけど、ちょっとオフトピックな話になるのでここでは割愛させて頂く。)

そう言った全ての物事をひっくるめて判り易く言うと社会保障・社会福祉と言うものは、

『社会生活を営む上で、その社会を構成するメンバー誰にでも起こり得るリスクを、その社会を構成する全てのメンバーで共有し、現実化したリスクを最小化させる為のもの』

と言う事だと言っていいと思う。

病気や、ケガや、老化。
失業。(病気・ケガなどでの)収入の途絶。
そう言った、その社会を構成するメンバーの誰にでも起こりうるリスクを、社会の構成メンバー全員で共有・分散・最小化させよう。

それが、社会保障・社会福祉と言うものだと思う。

人は誰だって必ず老いるし、何かクリティカルな事故や病気などで、その心身に障害を負わされてしまうかもしれない。生まれながらの障害だってその殆どは、ほんの些細な事が原因で起きるのだ。健常者と障害者の差異なんて、遺伝子レベルでみれば殆どあって無い様なものなのだ。
その、もしかしたら自分の身に降りかかったかもしれないリスクを、みんなで共有・分散・最小化しよう。

それが、社会保障というものだ。

決して豊かでは無いけれど、比較的幸福な日々を生きている僕だけど、もしかしたらどこかで厚労省の指定する特定疾患に羅漢して、寝たきりになって残りの人生全てをベッドの上で死ぬまで真っ白い天井を見つめて生き続けなければならなかったかもしれない。
たまたま偶然に、五体満足なカラダに生まれ、その後も(鈴鹿サーキットでの事故で視機能と平衡感覚にダメージが残ったが)身体に損傷を負う事無く、タフさとフットワークの軽さを売りに出来るくらいの健康体を所有している僕だけど、遺伝子の塩基配列がホンのちょっと狂ってしまったり、胎児期、乳幼児期にその後に障害の残る様な大病を患う事が無かっただけで、もしかしたらその中のどれか、或いは複数が我が身に起きて、『身体障害者』として生きていたかもしれない。
レースをやっていた頃、転倒した所を後続車にはねられて背骨を折った事もある僕だけど、あの時、後続車が激突した場所があと2cm右だったら、僕は残りの一生を車イスで過ごす事になっただろう。

ただ、それらのリスクが現実化する事が、タマタマ偶然に僕では無かったと言うだけで、この社会を構成するメンバーの中には、決して少なくない数の人達が、社会保障・社会福祉での救済無しには生命活動の維持が出来なくなっていたりする。
たまたま偶然に自分では無かった、ただちょっとだけ運が良かっただけなのに、それでも、「自分の面倒すら見られない奴等の面倒なんか見たくない。」
と言って弱者を切り捨てたり、自分では無い誰かに負担を押し付けたりする行為は、どこか間違ってはいないのだろうか?

 

経団連は言っている。

『増え続ける社会保証費は、消費税増税でまかなえ!』

と。
たまたま偶然に金持ちの家に生まれただけだったり、たまたま偶然に心身共に障害無く生まれ育っただけなのに、
たまたま偶然に、その人生で深刻な障害に直結するようなアクシデントやイベントに出会う事が無かっただけなのに、
その幸運を利用して競争社会で勝ち上がり勝ち抜き、敗者たちを蹴落として来た、そうして社会に出た後はビジネスワールドで熾烈な生存競争に勝ち残った自分達は、様々な事情で不遇をかこっている弱者を助ける為になんか、一円も払いたくないんだと。

能率的で効率的な賃労働者と従順な消費者以外は、この社会には必要無いんだと。だから弱者保護をどうしてもやりたいと言うのなら、お前達貧乏人が貧乏人どうしで何とかしろと。消費税でそれを負担しろと。

俺達金持ちが、強者が、周辺諸国との競争に勝ち抜きさらに金持ちになる為に、俺達の租税負担率を引き下げ、それで空いた穴は貧乏人達に埋め合わせさせろと。
経団連の提言の中身とはつまり、そういう事だ。

企業の公的扶助負担率は、北欧諸国やフランスなどと比較したら圧倒的に低いのに、
連結納税制度や研究開発促進控除などで、実際の負担率は実税率よりも遥かに低い割合しか負担していないのに、

そう言った事実には全く触れず、見掛けの税率だけが周辺諸国よりも高いからと言って、自分達の租税負担率を引き下げその穴を庶民の負担率引き上げでまかなえと要求する経団連や大企業役員・株主達の主張は、

とても卑しいと言わざるを得ない。

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