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2010年10月

2010.10.26

愛猫の看取り

「チビが息を引き取った。」
その知らせを受けた僕が実家を訪れた時、チビは小さな箱の中で丸くなって寝かされていた。その遺体には既に、我が兄の手により丁寧な清拭が施され、目脂や耳垢もなく、柔らかく瞳を閉じられたその死に顔は、あの猫だけが持つ優美さを湛えていた。
そしてそれは優しく、荘厳ですらあった。

 

過去記事で触れた事もある、僕が大好きだった猫の最後の子供でもあるチビ。
同時に生まれた3匹の中では最も小柄で体も弱かったんだけど、この夏の猛暑は12歳と言う高齢ネコとなったチビにはかなり過酷だった様で、9月辺りから元気が無くなり、食事量がかなり落ちていた。

若い頃は食欲旺盛で、一緒に飼っている黒猫(クロ)とは異なり出不精な面もあったチビなので、どちらかと言うと肥満気味の猫だったんだけど、食事量が落ちた9月から体重はかなり急激に減少していた様で、母から「最近チビの様子がおかしい。」と言われた頃には、かなり痩せてはいた。
ただこの時点ではまだ、
「今年の夏は暑かったから、夏バテしちゃったんだろうねぇ。」
なんて呑気に構えていて、特に何か特別な事をする。とかは無かった。
ところが、9月末から体調が急速に悪化し、10月に入ると食事を殆ど摂らなくなってしまった。水は飲むんだけどドライタイプのキャットフードは全く受け付けなくなり、心配した母は『キャットフードの介護食』なるものを買って来て(かなり高価)、それならばかろうじて食べてはくれるものの、その食事量は体調がいい時の1割以下。

そんな状態が1週間近く続き、チビはどんどん衰弱していった。
状態に回復の兆しが無く悪化する一方で、一日の殆どの時間をお気に入りのクッションで丸まって過ごす様になった時点で、かかりつけの獣医に診てもらったんだけれどその結果は、
「腎臓がやられている」
との事。高齢の猫は腎臓を傷める事が多いんだけど、チビもどうやら、腎機能にトラブルを抱えてしまった様だった。

腎機能が衰え、食思が低下し衰弱した愛猫に対し、僕等は飼い主としての決断を迫られた。

1)自らの意思で食事を摂る事を止め、死を受け入れようとする猫の意思を尊重。

2)自力摂取をしない猫に対し、スポイトand/orシリンジポンプによる強制給餌による栄養補給と、導尿・摘便による強制排泄を施行し、可能な限り生命維持をさせる。可能ならばCAPD(腹膜透析)によって腎機能低下を補う。

つまり、尊厳死をさせるか、延命治療を行うか、の選択を迫られたのだ。

チョー賢かった母猫の血を引くチビも、恐らくかなり人語を解していると思われるのだが、残念な事に人語を話す事は出来ない。
よって、「本人(本猫)意思の確認」は出来ない。
ただ、誇り高き猫族の一員でもあるチビが、自分の意思に反する強制給餌や強制排泄を受け入れるとはとても思えず、また、医療介護施設に勤務し終末期医療にダイレクトに関わっていた介護福祉士として、それ(延命治療)の惨酷さは知り過ぎていると言って過言では無いくらいに知っているので、「延命治療はしたくない」と思っていた。

延命治療を施された祖父母を看取った父と母も、政治的に延命治療を否定している我が兄も、そしてななかも、チビの意に反した延命治療をするべきではない。と言う意見で一致。強制給餌も強制排泄も何も行わず、静かに逝こうとしているチビを、静かに見送ろう。と言う事になった。just let her go.だ。

息を引き取る二日前、点滴を施され、貯まった腹水(分泌物で物凄い色になっていたそうだ)を抜かれた事で、一時的に体調を回復させたチビは、mizzie家メンバーの中で自分が最も好きだった我が父に、懸命に甘えようとしていた。その姿はいじらしく、可愛らしく、そして痛々しかった。

死の前日。実家をJr.と共に訪れた時、チビはその体をぐったりと横たえ、首をもち上げる体力さえ無くなり、そしてその目には既に生気無く、(ああ・・・もう3日と持つまい・・・)と思ったのだが、翌日昼過ぎに母が帰宅すると既に、チビは居間でこと切れていたそうだ。

 

 

死の二日前。僕がJr.と共に実家を訪れた時には、チビはもう息も絶え絶えといった有様で、カーペットの上でぐったりと横たわっていたのだが、そのチビを見たJr.が、それまでは猫の体をバシバシと叩く事しか出来なかったのにその時、死にかけたチビを心配そうな目で見つめ、その体をいたわるかのように優しく撫でていた。
チビは最後に、我が息子に慈愛と優しさの萌芽を芽生えさせたのだった。

猫も、犬も、ウサギも、鳥も、殆どのペットは人よりも早く死ぬ。自分が愛情を注いできた、そしてそれを裏切る事無く常に応えてくれたペットの死と言うものは、人間をひどく、深く悲しませる。それは時として立ち直る事が容易為らざる程に。
しかしながら僕は、小さく・弱く・愛しいものの死を・喪失を経験する事で人は、命の貴さ、儚さ、大切さを学び、優しさと慈しみと友愛をも学ぶ事が出来ると信じている。死者を生き返らせる呪文も、全てをやり直させるリセットボタンも無い現実世界で愛しいものの死を経験する事で、ゲームやテレビでは決して経験出来ない『本物の喪失感』を経る事でしか、学べないものがある。だから僕はこれからもきっと、何匹かの猫を飼い続けるだろう。
父親として、福祉職者として、Jr.には『ほんものの優しさ』を身に付けて欲しいから。

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2010.10.22

実家で飼っていた猫が死んだ。

12歳だから、猫としては天寿をまっとうした。と言えると思うんだけど、僕にはよくなついていたし、超が付くくらいの猫好きな僕にとって、その死はとてもとても、とても悲しい。

 

今は何も手につかないけど、落ち着いたらまた書きます。

mizzie.

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2010.10.17

高知を遊び尽くせ!!

10月になったというけれど、南国土佐は朝晩こそ肌寒い日もあるけれど、日中は8月の北海道よりも暑い。ただ、湿度も下がって過ごしやすくなるので、8月は毎週お出掛けしてたmizzie一家、相変わらず僕がお休みの日はアチコチに出掛けている。

9月は、入野と浮津海水浴場、香南市のヤ・シイパーク&SaoriSweets、高知空港滑走路南端にある公園、物部川河口なんかに出掛けてた。
(写真は無し)

んで10月も、四万十市にある”土佐西南大規模公園・四万十”へ行ってきた。ココ、『日本最後の清流』なんて肩書きが付いてしまったお陰で、都市部から公共意識が死海のMSL(MSL:Mean Sea Level、海抜の事。死海の海抜はマイナス418m)よりも低いヒトタチが大挙して押しかけてきて、すっかり汚れてゴミだらけになってしまった渡川(四万十川の古い呼び名。平成になって改称されるまではこちらが正式名称だった)の河口東側に位置してて、高知市からだと岡山に行くよりも時間が掛かると言う交通の便の悪さ故、四万十市など幡多地方以外のヒトにはあまり知られていない「充実してるけど混んでいない公園」の一つでもある。

高知市からだと車で2時間以上掛かるので、普段のお出掛けよりも早めに家を出る。国道56号線をひたすら西進し、七子峠で休憩。

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コイズミ以後自民党の「地方切り捨て政策」により建設が遅れていた高速道路延伸計画も、自民党が政権から引きずり降ろされてやっと予算が付いたので、ようやく建設が本格化&スピードアップ。
予定では2012年度に四万十町(旧窪川町)までが開通する予定なので、高知県西部には随分と行きやすくなるだろう。

七子峠では20分ほど休憩。それから再出発して国道をひた走り、土佐西南大規模公園・大方にある『道の駅 ビオスおおがた』で昼食。

ココ、「かつおのたたきバーガー」なんていうちょっとぶっ飛んだメニューがあるのだが、カツオのたたきなら週2~3回は食ってる「かつお大好き土佐っ子」のmizzieなのでそっちは食べず、カツオのたたきの陰で目立たないんだけど、ココ、ビオスおおがた、実は「唐揚げ定食」がめちゃめちゃに美味しい店でもあるのでそっちを食べる。

チョー美味しい唐揚げ定食を堪能した後は、カーナビの案内に従って一路土佐西南大規模公園・四万十へ。
『道の駅おおがた』からだと1時間くらいで、土佐西南大規模公園・四万十に到着。

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第一駐車場前の海岸から「わんぱく広場」付近を見上げる。写真中央に写ってるのはチョー長くて落差も大きいすべり台。
で、早速そっちに行ってみた。

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上からみるとこんなカンジ。最初はちょっと怖いんだけど、Jr.をヒザに抱いて一緒に滑ってみたら、、、

チョー楽しかったDeath‼‼‼!! (゚ロ゚屮)屮

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ちなみに、下から見上げるとこんなカンジ。
ココはすべり台以外の遊具も結構充実してて、まだ小さすぎるJr.にはイマイチ楽しめなかったみたいだけど、小学校低学年くらいの子供を遊ばせるには、めっちゃ適した施設だなぁ・・・。って、見てて思ったよ。

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チョー長いすべり台で遊んで、それから遊具でも遊んで、こんな良く整備された遊具で毎日遊べる四万十市の住人達を羨ましく思いながら、僕等は家まで2時間超の時間が必要なので、少し早めに車へと戻り、そのまま高知へと帰路に就いたのでした。

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2010.10.03

豪雨直後の物部川河口のサーファー達

NHKとかTVニュースでもやってたけど、今日、10月3日午前11時頃の高知市ってば、とんでもない超弩級の猛烈な雨が降ってた。

写真を撮って無い事をホントに後悔してるんだけど、高知市中心部を東西に走る「電車通り」、我が家の近く、城見町、宝永町、桜井町、知寄町の辺りは水深10cmくらいになっちゃった完全水没状態。角地に建つ我が家の前の道路も、東西、南北共に水没。家の横を走る水路、普段は水面まで1mくらいの高さなんだけど、ココも水が溢れて道路を冠水させてる状態。

ちょっと心配だったので長靴履いて近所を見てたら、家の前の道路を体長20cmくらいのカメが歩いてました。
夏場はめちゃすばしっこい野生のクサガメ、水温低くて動きが鈍く、簡単に捕まえられたんだけど、(後で鏡川か江ノ口川にでも逃がしてきてあげよう)って思って自転車のカゴに入れてたら、近所を一周して帰って来たら逃げられてました。

あのカメ、どこに行ったのかな~?

午後2時くらいになると、高知市内は雨も上がって晴れ間も見えて来たので、父から車を借りてJr.を連れてお出掛け。春野運動公園にある「ちびっこ広場」に行ってみた。
当日ここに来てた人は、トイプードル連れて来てた姉弟の他にはいなくて、広い芝生ではしゃぎまわるトイプードルにじゃれつかれたJr.はびっくり。
広くて遊具も新しい「ちびっこ広場」なんだけど、この日は全ての遊具が雨で濡れてて危険なので、下見だけで遊ぶ事はせず。ここはさらに、全長が100mくらいあるとても長いすべり台があるんだけど、この日は雨上がりで、さらにまだ1歳のJr.には危険過ぎる(落下防止フェンスが3歳未満児には粗過ぎる)のでそっちも下見だけ。んで、午後4時くらいにソコを撤収し、今度は桂浜へと向かう。

しかし桂浜も特に見たいものは無いし、集中豪雨があったって言っても

局地的な積乱雲による豪雨で台風とかとは違うので、波も大した事は無いので桂浜に寄るのは止めて、少し足を伸ばして高知空港へと向かう。
空港滑走路の南端、物部川河口西側にある「みどりの広場」も、雨で芝生も遊具も濡れているのでソコで遊ぶのはヤメにして、物部川河口でサーフィンに興じる地元のサーファー達をギャラリーする。

いい波の立つビーチが沢山ある高知県でも、ここ、物部川河口と仁淀川河口は、とてもいい波が立つ事で知られてる。サーフィンにはいいビーチがたくさんある高知だけど、この2か所はローカルがとても強いので、県外サーファーは入野とか県西部に流れてしまう様で、この日もここで波に乗ってたのはローカルonly。撮影した動画をYoutubeにアップロードしたので、ここにちょっと埋め込んでおきますね。
(データが重過ぎてココログでは上げらんない)

撮影:mizzie 出演:ローカルのサーファー達

仁淀川河口もそうだけど、離岸流がとんでもなく強いから、それに乗っちゃうとあっと言う間に7~800mくらい流されて、県外から来たサーファーが時々救助されてるんだけど、その波質と特性に慣れてるローカルなサーファー達は、低気圧接近で海がかなり荒れてる上に上流のダムが放水中で濁流が海に注ぎ込んでる河口で、アグレッシブにサーフィン楽しんでました。

板を手入れしてたサーファーの一人に、「怖くないんですか?」って聞いたら、「もちろん怖いですよ。」とのお答え。

怖いのに、ヘタしたら死ねる高知の海なのに、それでも海に入って行くんだから、サーフィンって奴はそーとーに面白いんだと思う。

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