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2011年1月

2011.01.10

平和な休日

年明け早々に体調を崩してたJr.だけど、やっとこさ体調が復調したので、家族3人+ななか姉(つまりオイラの義姉)の4人で、成人の日はお出掛けしてきた。

「ドコ行く?」

「No idea.ヽ(´▽`)/」

「ねえねえ、今日は車あるからのいち動物園行かない?」

ってコトで、行き先は高知県立のいち動物園に決定。
ココ、県立なので入園料が大人¥450と施設の規模や展示されてる動物の内容のワリにはお手頃なので、家族連れ・小さな子供連れにはとても有難い。トイレも多目的型が沢山あるし、授乳室もあるし、ユニバーサルデザイン後進県の高知にしては、結構施設が充実したトコだ。
で、ソコに出掛ける事にしたmizzie家御一行。昼前に自宅をしゅっぱ~つ!

「昼ごはんどうする?」

「Jr.と一緒でも大丈夫なトコで、Jr.も食べられるものがあるトコでしょ?安芸のちりめん丼じゃない?野良時計の高園茶屋。」

「のいち動物園からやったら、かなり離れるね。」

「でも、Jr.と一緒やからNo choiceや。」

ってコトで、のいち動物園を行き過ぎる事約20km、安芸野良時計のすぐ側、高園茶屋でちりめん丼で昼食。釜揚げちりめん丼は大人が食べてももちろん美味しいし、Jr.はちりめんじゃこダイスキなので、ぱっくぱく食べてくれる。12時に家を出たmizzie家一行は、13時半に高園茶屋で昼食。14時にソコを出て、のいち動物園に向かう。
でも、途中でチョー眠くなってきて、眠気を誤魔化すのにななかと僕で「しりとり」をしてて、「あ、あ、、、、アイスクリーム!」ってなったトコが香我美町のアイスクリームショップ、『ドルチェかがみ』のすぐ手前。で、「アイス食べよう!」ってそのままドルチェかがみに寄って手作りジェラート(チョー美味しい♪)食べたりしてたので、のいち動物園に着いたら既に15時半。

1.5時間しか滞在出来ないのにフル料金払うのもったいなかったし、今年は何度か来るつもりなので、もう年間パスを買う事に。でも年間パスが安い『のいち動物園』なので、年間パスはたったの¥1500.4回来たらモトが取れる計算。そんな、4回なんてあっと言う間ですよおまえさん。って一体誰と話してるんだおオイラ?

シマウマ、キリン、カンガルー、ワラビー、カリフォルニアアシカ、アメリカビーバー、レッサーパンダ、ツメナシカワウソ、コツメカワウソ、ユーラシアカワウソ、フラミンゴ、ワオキツネザル、チンパンジー、フラミンゴ、マレーグマ、ミーアキャット、アンテロープ、ポニー、フクロウ、ペンギン、etc. etc....
珍しい動物達に、Jr.は大興奮。のいち動物園は、旭山動物園ほどではないにしても、かなり動物の近くまで行ける、接近遭遇の出来る動物園なので、ハイエナとか好奇心の強い種類の動物達は、アクリル板から中を覗く人間にも興味を示して近付いてくるし、カンガルーとかも人間を怖がらないのですぐ近くまで寄って来る。その姿にJr.はさらに大興奮。大人が見ても、至近で見るカンガルーとかハイエナとかフクロウとかニホンリスとか、かなり可愛いので癒される。

順路に沿って歩いてたら、最後まで行く前に営業時間が終わってしまったので、仕方が無いのでそのままエントランスから外に出る。高知空港から至近のココは、東向きに飛んでいく航空機のビジュアルチェックポイントになっているようで、ANKのダッシュ8とかANAの767とかJALのCRJとか737とかバンバン真上を飛んで行く。
日が暮れると一気に冷え込む1月の土佐路なので、外に出たら一目散で車に戻り、急いで家路についたのでした。

しかし、今日は何も無い平和な一日だった。

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2011.01.06

新しい正義の話をしよう

まだ20代と言う若さで、年額5億円もの報酬を受け取る事になった、ダルビッシュ投手。その一方で、この国には年収200万円以下の人が1000万人以上もいる。年収201~300万円の人達も含めると、1800万人以上だ。

ダルの高額年収も、リバタリアン的価値観だとそれは正しいし、それどころかそれに高い税金を課して自身の能力の結果勝ち取った報酬の一部を税として徴収するのは自身の能力の結果である資産に対する泥棒だ。と言う事になる。
能力主義的価値観でも、ダルビッシュは努力して自身の才能に磨きをかけて、その努力への報酬として高額の給料を得たんだから、それは正しい。と言う事になる。

だけど、そうとは考えない人達もいる。

生まれながらの才能には、個人差がある。そしてその才能の質や量は、自分の意志では選べない。その偶然の要素に過ぎない「天賦の才」によって、偶然得たに過ぎない、「天賦の才」何て言う、宝くじに当たるような”運”と言う要素を基にして得る高い報酬に、賞賛や尊敬の価値などない。よって、「天賦の才」によって得る高額報酬・収入格差は、それが(税による所得再分配によって)社会の最底辺の人達の利益となる場合のみ、存在を許される。と言う考え方がある。

僕は、その考えは間違っていないと思う。

では、才能を磨き上げた個人の努力はどうなる?その努力に相応しいだけの報酬が与えられて当然ではないのか?努力で得た報酬に高い税が課されるとすれば、それは努力への意思を弱める事にしかならないのではないのか?と言う考えには、

努力も、それを出来る環境に生まれたと言う偶然の産物・偶然の結果でしかないのだから。と言う答えが用意される。

ダルビッシュ投手が、もし内戦の続く赤道以南アフリカのどこかで生まれていたとしたら、彼は白球を剛速球で投げて打者をキリキリ舞いさせて年額5億円もの高給を得る事などなくて、彼はその天賦の才を生かしたゲリラ兵として、手榴弾を投げて敵兵をふっとばしていたかもしれない。
年収なんか、円換算で50万円もあれば上出来だっただろう。
南米の貧民街生まれだったとしたら、努力の結果がどうなるのか、それのロールモデルを見る事も無く育つ訳だから、未来の幸福を得る為に頑張る。なんて事はしなくて、日々の生計を維持する事に必死になっているか、不良グループとして麻薬売買と売春斡旋とグループの勢力争いに明け暮れていたかもしれないし、自堕落に麻薬とセックスに溺れてどこかで野たれ死んでいたかもしれない。

努力は、努力する為の環境と、それを可能にするだけの経済力があって始めて可能になるものだし、その二つが豊富にある家庭に生まれるか、すこしだけある家庭に生まれるか、全く無い家庭に生まれるか、それは個人の意志では選ぶ事が出来ない。

だから、才能や努力の結果で得られる高い報酬には、それに応じた高い税率が受け入れられ、そしてそうやって集めた税金が正しく・公平に再分配される場合にのみ、存在が許されるべきだし、それが受け入れられるのならば、格差の存在も許されると思っている。

確かに、累進税率を最高90%とか95%とかにしてしまうと、頑張る事へのインセンティブが削がれて、頑張る人がいなくなってしまうし、今の日本とかアメリカみたいに35~38%くらいしかないと、社会全体に不公平感が生まれてしまう。
(例えば、所得税の最高税率が「年収2億円以上の者は70%」とした場合、徴税後の残った収入は6000万円以上だ。年収6000万円が少ない収入とはとても呼べない。)
特に今の民主党や自民党の言う様に高額所得者とか企業の負担を引き下げたままで、そこには一切手を付けず税収が無いからと言って消費税を上げて、中間上位層~最下層に負担を押し付けよう。って言うやり方は、もっともっと批判されて反対されていい筈なのに、マスコミにカネを出している経団連の思惑に乗せられっぱなしのこの国の多数派国民は、自分達が騙されている事にも気付かないで消費税増税も仕方が無い。と思い始めている。

彼等に騙されてはいけない。

ワイドショーや、週刊誌の記事の中には真実など無い。
そこにあるのは、ウソと、欺瞞と、金持ち達の自己正当化だけだ。

国会中継を見よう。

どこの党の誰が、一番マトモな事を言ってるのか、
僕達は、キチンと知っておかないといけないと思う。

北方領土問題でも、
尖閣領有権問題でも、
消費税増税論議でも、

一番マトモな事を言ってるのはどこの党の誰だ?
一番理に叶った事を言ってるのは、どこの党の誰だ?

(参照記事:
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11638752
http://www.jcp.or.jp/tokusyu-10/08-syouhizei/s-mondai.html 
http://www.nicovideo.jp/watch/1285831883

僕達は、キチンと知っておくべきだと思う。
もう騙されない為に。
自分達の未来の為に。

 

 

 

※この記事は、転載自由とします。

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