« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月

2011.06.26

嫌な夢を見た

今日、とても嫌な夢を見た。
目覚めた後、それが夢だと完全に理解しているというのに、その脳裏に映し出されていた映像に対する不快感とか嫌悪感とか、そう言った負の感情がしばらく持続するような夢。

 

場所は、赤道以南アフリカ。反政府ゲリラと政府軍との内戦が続く某国のジャングル。
反政府軍によって誘拐され、少年兵にされた9歳かそこらの子供兵が、政府軍との戦闘で政府に雇われた傭兵に殺される、その現場を俯瞰的に眺めている夢。

カラシニコフを肩から下げた子供兵が、傭兵のM16で腹を撃たれる。

その場に倒れ激痛で呻く子供兵を、傭兵が蹴転ばす。そしてその顔を見て一言、「なんだ子供兵か」

澄んだ瞳で傭兵を見上げながら、消え入る様な声で「・・・助けて・・・ママ・・・、」と呟く子供兵。傭兵に続いてブッシュから出て来た、正規軍の軍服を着た若い士官は、苦悶の表情を浮かべた子供兵を見下ろし、「楽にしてやれ」と言って、その言葉に黙って頷いた傭兵はその腰から銃ではなく山刀を抜き、子供兵の喉をかき切る。

頸動脈を切られた子供兵は切り口から血を噴き出し、ぱっくりと口を開けた首から「ヒュー」とか細い泣き声を出し、そしてビクビクと断末魔の痙攣に身を震わせ絶命する。

「なぜ銃で楽にしてやらん?」と言う若い士官に傭兵は、「5.56mm弾はカネが掛かる。ナイフで切ればタダだ。」と答え、初年兵が身に着けていた装備を剥ぎ取りに掛かる。「なんだこのガキ、手榴弾まで持ってやがる。」と呟きながら、腰のベルトをナイフで切る。
「傭兵に感情は無いと聞くが、その通りだな。」と呟く若い士官に、「俺の仕事は殺人だ。お前の仕事もそうだろうが?戦場で軍人が人を殺さずに、どうやって生き伸びるつもりだ?」と士官の顔も見ずに傭兵は答え、「このガキを殺さなければ、俺かお前か、それか二人ともがこのガキに殺されていただろう。このガキは俺達を殺さなければ生き残れない。俺達もこのガキを殺さなければ生き残れない。そして俺はこのガキを殺して生き残り、俺を殺せなかったこのガキは死んだ。ただそれだけだ。」と答える。

その後も続く傭兵と若い士官の戦争と戦闘についての会話を、俯瞰的な位置からずっと聞いている。そんな夢。

傭兵は会話の中で、自分達のやっている戦争が、政府とその地域を支配する勢力とのレアアース鉱山の採掘権に絡んだ戦争である事を語り、「G8の連中が携帯電話をどんどん買い換える。レアアースの値段が上がる。サルとヒヒの密林がカネの成る山に変わる。欲に目のくらんだ偉いさん連中が戦争を始める。兵隊が死ぬ。でも兵隊がいる。どこかからガキをさらって来て兵士にする。死にたくないからガキは敵を殺す。俺達も死にたくないあからガキを殺す。それだけの話だ。」的な事を語る。

女子高生が、若いサラリーマンが、中年オヤジやオバサンが、年寄りが、殆ど全ての日本人が携帯電話を買う。一人で3つも4つも持っているヤツもいる。昨今のスマートフォンの爆発的普及と需要予測で、さらに大量のレアメタル、レアアースが国際市場で高値で取り引きされる。

そうやって製造された携帯電話の全てには、赤道以南アフリカにあるどこかの村から誘拐されて、少年兵にされた子供達の血が沁みついている。

そんな夢を見て夜更けに目が覚めて、しばらくの間、そしてこの文をカタカタと打っている今も、

どうしようもない不快感とイヤな感じが拭いきれない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.06.21

あいつ、どうしてるんだろう?

遠い遠い昔。バイクレースをやっていた私が国際ライセンスに昇格して全日本選手権を走る様になる、そのまた遥か昔の話、

私の古いレース仲間の知人に、ちょっと変わったヤツがいた。

定職にも就かず、かといって何かを学んだり自分の夢や何か目標に向かって努力する事も無く、朝からパチンコに行ったり、夜遅くまで飲み歩いたり、一日中夜中までゲームに興じたりと、毎日遊び呆けて自堕落な生活を送る。

今だったら、「ニート」とカテゴライズされたかもしれないが、当時はそんな(破滅的な本質を覆い隠してしまう)都合の良い言葉など無かったので、そいつを知る者達は殆どが(いつかアイツも気付くやろぅ・・・)(やれば出来るヤツなんだからどこかで変わるだろう・・・)ぐらいに考えて、深くツッコんだり真剣に・親身に関わろうとする者もいなかった。
(当時の自分達がまだ若過ぎたと言う面もあるのだが・・・)

比較的裕福な家庭だったらしくて、金銭面で困窮する事は皆無だったそうで(しかもパチンコが達人的に上手かったらしい)、生きる為に必死になって働く必要が無かったと言う事も関係していたのだと思うんだけど、生活とか人生とかに対する態度に真剣さと言うものが全く無くて、チョー快楽至上主義者。「今、この瞬間が楽しければ・気持ち良ければいい」と言う態度で人生を送っている、そんなヤツだった。

私がそいつと直接関わったり言葉を交わす事は殆ど無かったのだが、一度だけ、そいつにこう言った事がある。

「・・・けど、自分、それで自分が年取った後とか老後とか心配にならへんの?(関西人と話す時のmizzieはエセ大阪弁を使う)」

と問いかけた私に対し、そいつの答えはこうだった。

「1999年になったら地球は滅びるんやからええねん。」

 

今から20年以上昔、1980年代中盤ぐらい。週間の少年マンガ雑誌で、ノストラダムスの予言をモチーフにして、センセーショナルに終末思想を煽るマンガが連載されていて、それは当時の10代の間では一定の人気を得ていた。曖昧で抽象的な、読み方次第でどんな解釈も出来る古書を利用し、さも1999年に人類が滅びるかのように扇情的に書き立てるそのマンガに、まだ幼く無知で世間知らずだったその知人は、見事に毒されていた。
1980年代から1999年7月まで、ノストラダムスの予言書はマインドレスな人達を惑わし続けていたのだが、自堕落に溺れる彼も、その予言とそれを扇情的に取り上げてあぶく銭を稼いでいた守銭奴達に騙された被害者の一人だった。

そして1999年の夏は北日本が記録的な猛暑に見舞われ、神奈川では大雨で増水した川で9人の子供を含めた13人が溺れ死ぬと言う痛ましい事故が起きた。
しかし、恐怖の大王は12月31日を過ぎても降ってくる事なんか無かった。あれから12年過ぎた今も、まだそれは降って来てはいない。
(2011年3の月から、福島の空にはヨウ素とセシウムとプルトニウムが降って来たが・・・)

そして、1999年7月から12年間、世界時計はコツコツと休む事無く時を刻み続けている。当時のレース仲間は僕を含めたその殆どが国際ライセンスに昇格し、その中の何人かは契約金を貰って走るプロレ-サーになった。
レ-サーとしての自分に見切りを付け、猛勉強して大学に進んだ友人は、家業を継いで事業を拡大させ、今では僕の2倍以上の年収を得て幸せに暮らしている。
素晴らしい才能を持ちながら様々な事情で夢を諦めざるをえなかった友人も、その彼を受け入れてくれる素晴らしい女性と出会い、幸せな結婚をして今はステキな父親だ。
傷だらけになりながらも国際ライセンスまで這い上がり、全日本選手権で苦戦を続け、最後には生死を彷徨うような大クラッシュで視機能に障害を負い選手生命を断たれた私も、国を出て遠くサンフランシスコで働き学び、今はこの街に戻り幸せな家庭を築く事が出来た。

だけど、「どうせ1999年に人類は滅びるからえいねん。」と言ってたあいつが、今どこで何をしているのか、それを知る者はどこにもいない。

あいつ、今頃どこで何をしているんだろう?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »