« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

2011.07.30

K.S.D.F

高知市のど真ん中。はりまや橋から自転車で5分と言う市街地にある我が家だけど、ど・ど田舎な高知なので、それなりに自然がまだ残っている。

僕の住んでいる辺りは旧地名を南新町と言って、17世紀に干拓・開墾された辺りで、その当時からある用水路(って言うか溝)が街中至る所に張り巡らされてる。

そう言った用水路は、僕が小学生だった1980年代までは下水がそのまま流されたりもしてて水質悪化がヒドかったんだけど、下水道が完全に整備されてから30年以上経って水質も幾許かは改善して、まだ魚は棲めないけれど、水生昆虫とかは多少は生息してる。

んがしかし!

魚は棲めないけど水生昆虫が生息可能なので、夏になるとボウフラが大量発生。吸血虫でもあるヤブカやアカイエカ、コガタアカイエカが大量に発生し、酷暑だけど窓を開けられない。って状況になってしまう。引っ越した直後はそれで随分とヒドイ目にあった。

梅雨入り直前、(今年の蚊対策はどうしようかな~???)って頭とサイフを悩ませていたんだけれど、これが今年は”自然溢れるど・ど田舎高知”でなければまず無理だったろうし、東名阪では230%不可能。な方法で解決した。

今年、我が家の前を流れる用水路に益虫である昆虫が現れて、吸血害虫を片っ端から捕食しまくっているのだ。まるで自衛軍だ。

Dscf6394

ヤブカの撃墜王、オオシオカラトンボ大佐。

梅雨明け直後に大佐が現れてから、我が家の前を流れる用水路で羽化したカは片っ端から大佐によって撃墜されている。僕が見ている15分程の間でも、次々と捕まえてはムシャムシャと食べていた。

我が家の前を縄張りにしているらしいこのオオシオカラトンボの他に、縄張りが隣接している2匹のシオカラトンボも時々我が家の前に現れる。僕はこちらにも「中佐」「大尉」と勝手に名前を付けているんだけど、ただ、体格が一回り大きいオオシオカラトンボ大佐の方が強いので、またトンボは基本的に集団では狩りをしないので、2匹がケンカをしているのを見る事はあっても、2匹がチームプレーとか、3匹を同時に見る事は無い。

用水路から羽化しても、その直後にこの3匹の要撃戦闘機群に食べられてしまうヤブカ、アカイエカだけど、運良くそれらの攻撃をくぐり抜けたとしても、我が家には最終防衛ラインが鉄壁ミュラーの様に待ち構えている。

玄関灯に、小型の蜘蛛(多分オニグモ)が網を張って待ち構えているのだ。

人が通る高さに網が掛からない様に、時々網の下部を払っているんだけど、それより上の箇所を見ていると、網に捕まって捕食されたカ等の小型昆虫の死骸を幾つか見る事が出来る。

昨年まで猛威をふるっていた吸血虫達だが、今年は(環境の改善で)還って来た益虫自衛軍によって片っ端から撃退されている。僕はこいつらの事を勝手に『Kochi Self Defense Forces』と呼んでいる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.07.22

目を奪われ、心を撃ち抜かれた

今この国で暮らす、日本語を読み・理解する事の出来る者の中で、

この文を読んでも何も感じる事などない。と言う人がいたとしたら、それは私にとって驚きでしかない。

↓にURLを貼っておくので、ぜひ一度読んで来て欲しい。

http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

 

総理。

庶民派の旗を掲げながら財界に媚びている虚言と妄言の総理。
 
この国難の時に、傷付けられ打ちひしがれた人々を奮い立たせ、消沈し憔悴した人々に夢と希望を抱かせる言葉が、あなたこそが語らなければならなかった、そして決して語らなかった言葉を、有名校でも進学校でもない学校の校長が語られています。

一介の校長が子供達に己を奮い立たせる言葉を投げ掛けていたその時、

あなたは一体どこにいました?

そこで何をしていました?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.20

台風6号で大荒れ(動画付き)

2011年7月19日。
高知県は、大型で非常に強い台風6号が接近。午前11時の段階で、高知市内は強風吹き荒れ時間雨量20mmクラスの雨が降る大荒れのお天気。

我が職場も、外来患者さんは当然来ないし、道路があちこちで通行止めになり始め、帰宅難民化する職員が出る危険もあったので、最低必要人員以外は帰宅となり、僕も13時には退社した。

したんだけど、台風慣れしてる高知県民なオイラ、帰宅したらそのまま家にいた皆を誘って、『桂浜に波見に行こう!」って、車に乗って桂浜へゴー♪

この日は台風(による高波)の影響で、高知県東部で防潮堤が崩壊してて、桂浜に行く道路は全て通行止めに。
しかしジモティーなmizzieは、御畳瀬とか浦戸に住んでる人しか知らないような道を使って強引に桂浜へ。
僕等が着いた16時頃は雨がちょっとヒドくて、駐車場(既に閉鎖されてた)から坂本龍馬の銅像とか、桂浜に行くのはちょっと難しかったので、桂浜の東側に出て、そこからチョー豪快な荒れ狂う土佐湾を家族で眺めてた。

動画も撮ったので、ちょっとYoutubeで公開しときます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.16

原発の優位性なんてこの程度

今、資源エネルギー庁から委託を受けた原発推進団体が作った、原発推進の小冊子『Dreamer』なるものの記事を見ている。

そこには、

『原子力発電所一基の発電量に対して、必要な基数』と称し、原発1基分の発電量を確保する為に必要な量として、

太陽光発電(業務用)だと19343基、58㎢(東京ディズニーランドの114倍)が、風力発電だと3482基が、必要だと書かれている。
それらの設置コストは原発1基の2800億円に対し、太陽光は3兆9千億円が、風力だと8700億円が必要だと。

原発推進団体が、原発の優位性を示す為に作成した資料なので、その数値は自然エネルギーの発電量は下限、設置コストは上限で出している事は想像に難くないが、

それは見方を変えれば、太陽光3超9千億円、風力8700億円の投資で、原発1基を不要にするだけの電力量が賄えると言う事の証明でもあるのだ。この国が、経産省が、原発産業複合体が、原発推進に使っているお金は年間数千億円だが、そのお金を自然エネルギー普及に回せば、2050年までに全ての原発を廃炉にする事は十分可能だ。

そういった事実を、原発推進団体の冊子は私達に教えてくれている。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2011.07.04

ななか、交通事故に遭う

一昨日の土曜日。
僕、Jr.、ななかの3人でサイクリングに出掛けた帰り道で、
ななかが自転車同士の事故に遭遇した。

事故によってななかは擦過傷と経度の打撲を負い、自転車が修理代1万円ちょいの破損状態となった。

既に示談が成立した事でもあるので、あまり細部まで詳細に書くと法的にも色々と問題が出てくるので細かいディテールまでは書けないが(でも、僕が「めっちゃ書きたい!」って思うくらいに面白い・興味深い話でもある)、簡単なアウトラインを書いて、この週末に我が一家が遭遇したアクシデントの報告をしておこうと思う。

 

それは、僕とななかとJr.の3人(Jr.は子供乗せ自転車に同乗)で、飛行機好きなJr.の為に、高知空港まで自転車で出掛けた帰り道。

片側2車線のバイパス道路、その走行車線側を縦列で走っていた僕等と対抗する形で、前方から高校生ぐらいの男の子達6人が向かって来た。僕等は前に僕、その3m後方にななかと言う縦列で走行。対して向かって来る男の子達は、3人が道一杯に広がった並列で走行。

上から見ると↓こんなカンジ

        縁
↓ ↓ ↓  石
男 男 男   縁
↓ ↓ ↓  石
男 男 男  縁
        石
        縁
        石
        縁
        石
僕       縁
↑              石
        縁
        縁
         石
な        縁
な       石
か       縁
↑       石
        縁
                 石

彼等が僕の視界に入ったのは僕の約30m前方。

その時点では、友達同士でふざけ合って走行していた彼等はこちらを視認しておらず、道一杯に広がって走る彼等の左端にいた子と僕は完全な衝突コース。僕は10m程度まで接近しても彼等がこちらを認識出来なければ、ベルを鳴らして警告と注意喚起をするつもりだったが、こちらがベルを鳴らそうとする直前、左端の子は子供乗せ自転車に幼児を乗せて接近してくる僕に気付き、最低限の進路変更を行い僕と接触する寸前(2台のクリアランスは5cm以下)で、僕の真横をすり抜けていった。

(あっぶない子やの~・・・)

僕がそう思った直後、僕の真後ろで「ガシャン‼」と言う衝突音と、妻(つまりななか)の悲鳴が聞こえた。慌てて自転車を停め振り返ると、歩道脇にななかが自転車もろとも倒れていた。

転倒時、下肢を強打したななかは痛みで動けない。ななかの痛みが引くのを待って立ち上がらせ、痛みと事故のショックで軽い放心状態のななかに代わり、僕が加害少年達との交渉に当たる。

法的には、自転車同士とはいえ一方が負傷した人身事故であるので、事故の当事者である僕と加害少年達には事故の警察への報告義務がある。しかし、10代を悪童として過ごした僕は、警察に委ねる事で加害者である若い彼等にとって都合の悪い事態(学校に連絡され内申に傷が付いたり、最悪、過失傷害で立件されてしまって前科持ちにさせてしまう)になる可能性が高いと考え、そしてそうなる事は避けてあげたかった。彼等もそれを恐れてはいた。
しかしこちらも、軽傷とは言え妻に怪我を負わせられている訳だし、自転車だって壊れている可能性がある。だからその場では、怪我は痛みも我慢出来るレベルだし軽傷だ。と言う事で、とりあえずは一旦家に帰るし、自転車が壊れている、妻の怪我が深刻だ、など何か金銭の絡む事態になれば、また連絡させてもらう。と言う事にしてその場をまとめた。

だがしかし。

ぶつけられた自転車に乗った瞬間、それがフロントフォークとペダルにダメージを受けている事が判ったので、その自転車を買ったブリジストンサイクル直営店が近くだったと言う事もあり、まだ僕等からそれほど離れていなかった加害少年達に追い付き「・・・と言う事なので、今から自転車屋に持っていって見てもらう。修理代の見積もりが出たら連絡する。」と言って、自転車屋さんへ。

自転車屋さん曰く、
「交通事故かぇ?そしたらこの事故で壊れた所を全部直す見積もりだすかぇ?」
と聞く(車でも自転車でも、事故ではそれが常識との事)ので、僕は「相手もまだ子供だし、自転車だから保険も掛けていないと思います。全額自己負担でそれは可哀そうだから、とりあえず問題無く走れる程度に直ればいいです。」
と答え、フロントフォークとペダルクランクを交換する。と言う最低の修理で見積もり金額を出してもらったが、その金額は¥12000ちょい。

7~8000円で格安自転車が買えるのに、修理代で12000円は高い。と思うかもしれない。だけど、板金塗装や修正などをしない自転車は、修理となると部品のアッセンブリー交換が基本なので、その場合、整備士に規定の工賃を払うとこれぐらいの金額になるのだ。

で、見積もりが出た時点で僕は加害少年と連絡を取り、その提示された金額に驚いた彼等は「とりあえず自転車を見に行きます」と言って、それがふっかけられたものではない事を自らの目で確認するでく、僕等のいた自転車店にまでやってきた。しかしそこで整備士から「きちんと走らせる為にはこれだけの修理は必要」「ブリヂストンの自転車をブリヂストン直営店で修理する以上、その品質には補償されるものを提供しなければならない。だからこれだけの工賃は最低でも必要」(作業時間を考慮すれば、むしろ安いくらいだ)「格安自転車でも、修理をすればこれだけのお金が掛かる」と言う事を理路整然と説かれ、なんとか納得したようだった。

初めは、修理代金¥12000を全額自己負担しようとした加害少年だが、未成年と取り交わした示談契約を、法的代理人(通常は親)は無効にさせる権利がある。つまり、未成年を相手に、その親の承諾無しに取り交わした全ての約束には、法的拘束力がゼロなのだ。そして加害少年の自転車だって損傷しているのだ、この時点ではこの事故の過失割合が10:0になる可能性は低いと思っていた僕は、「とりあえず親にこの事を話して、どうするのかを親と決めてからまた連絡を下さい。」と言ってその場は別れた。

この時点では僕は、自分の子供が自分に過失割合の大きい物損事故を起こし、被害者から被害物件の弁償を求められている。と聞いた相手の親は、まず最初に謝罪に来て、それから弁償額、つまり修理代の負担割合の話になるだろうと思っていた。僕個人的には、相手の態度に誠意が感じられるものならば、修理代の5割を負担してもらえればいい。と思っていた。

 

だがしかし、事態は親が絡んだ事でこじれ始める。

 

その夜、大学生達のグループから、介護福祉士としての講演を依頼されていた僕は、その大学生達と講演の打ち合わせをしていたんだけれど、その最中に加害少年から電話があり、自分の自転車も修理代が幾ら掛かるのか見積もりを出してもらった。と言い、その金額は¥16000超との事。その金額を言った後で親が電話に出て、「そーゆーことで、被害額は僕等の方が大きい訳やんか。せやから、もうお互いの修理はお互いで持つ。言う事にしようや。」と言われた。

 

Hey! wait a munite!!

 

ちょっと待て!
この事故は、車線左側に設けられた自転車歩行者共用の側道を縦列走行していた僕等に対して、車線右側を側道いっぱいに広がって並列走行してきて、僕とすれちがった直後に友達同士がふざけて小突き合い、突かれた方の子がななかの進路上に飛び出して来て起きた接触事故だ。

つまり、走行車線を縦列走行していた僕等に対し、走行車線を逆走して横いっぱいに並列走行し、さらに飛び出してぶつかった事故ではないか。
冷静に考えればどう考えてもこちら側の過失割合の低い事故で、なぜ僕等が泣き寝入りをしなければならないのだ?

僕はとりあえずその場で、今は所要で動けないが、それが片付けばすぐにそちらに行くから、とりあえず修理代の見積書を見せてもらうように約束を取り付け、2時間後、加害少年とその父親から見積書を受け取った。

相手の(主に親の)主張はこう。

動いている者同士の接触事故だから、過失割合は良くて7:3。まあ5:5が妥当な線だろう。修理代はこっちの方が高いんだからそうなれば僕の方が損をする。だからもう痛み分けで済まそうや。と。

相手の(親の)意図は明白だ。自転車事故ごときに12000円なんて修理代は払えない。だから、こちらの見積もり額よりもかなり高額な見積もりを出させて、相殺すれば僕が損をする。と言う形にして僕に賠償請求を諦めさせたいのだ。

この態度は、誠意を見せればそれに応じて弁済額を減じてやろうと思っていた(実際、僕は加害少年に「最低でも半額は出して欲しい」と言って、半額弁償でいいよ。とほのめかしてはいた)僕の怒りに火を点けた。それで、

「わかりました。僕の方は最初、走る為に最低必要な修理だけで見積もりを出していたのですが、それならこちらも今回の事故で破損した所を全て修理する前提で見積もりを出し直させてもらっていいですか?」と聞きそれについての承諾を得てから、
「話がこじれているので、もう警察に入ってもらって公的に事故証明を出してもらいましょう。その上で双方の過失割合をきっちり出してもらって、その上でどうするのか決める。と言う形でよろしいでしょうか?」
との依頼にも快諾を得て、親子とはその場で別れて高知県警へと向かった。

相手側は当初、事故発生から6時間以上経過している、しかも自転車同士の接触による物損事故程度で、警察が出張って実況見分をして事故証明を出す。なんて事はしないだろう。と思っていた様だった(「うん、いいよ。出来るんならやってみて」との答えだった)が、日本の警察は現場職員、中級クラスの質はとても高いので、『事故はすぐに通報する』と言う義務を怠った僕はそれなりに絞られたのだが、翌日昼、双方が揃った時点ですぐに交通課ではなく地域課の警官を派遣し(人身事故では無いので事後の実況見分では交通課は動けないと言われた)、実況見分をやる。公的な事故証明も出す。との回答を得、僕はその事を加害少年に通知、翌日のアポイントメントを取ってその日はお開きとなった。

その夜、僕は、相手を納得させるには相手に反論の余地を与えないくらいの証拠や資料等を提示して、「この紛争に勝ち目は無い。」と言う根拠と、「こじれればこじれるほど自分達が不利になる。」と言う例証を示し、こちらが許容し得る落とし所で相手に納得してもらい示談書にサインしてもらおうと考え、ネットで情報・資料を収集し、自転車同士の事故の過失割合判例、今回の事故と類似する事故の判例が見付からなかったので、それとごく近い自動車同士の正面衝突事故での過失割合が書かれたHPをプリントアウトし、示談書も作成してから床に付いた。
(判例等を見ると、今回の僕等ようなの事故だと過失割合は悪くても9:1、通常なら10:0だった。)

翌朝。僕は昨日見積書を書いてもらった自転車店を再訪し、「・・・と言う事情になったので、今回の事故での破損個所を全て修理する前提での見積書を書いて頂けますか?」と言って見積書を新たに作成してもらった。その金額は工賃込みで¥32000ちょい。(自転車は部品で買うと高いし、ライトの自動点灯機能を持つブリジストン自転車は、前輪交換だとものすごく高くなる)
その見積もり書と昨夜プリントアウトした過去判例集等の資料を、約束の時間にやって来た相手に渡し、警察の実況見分を受けた。

相手の親は、事故の詳細を子供からきちんと説明を受けていなかったのかもしれない。実況見分が進むにつれて、そして僕が手渡した資料を読むにつれ、自分達がとても不利な状況にある事が判って来たようだった。これで過失割合が仮に10:0となった場合、自分達の修理代は1円も払ってもらえず、僕の修理代の¥32000を全額負担しなければならない。その現状に「・・・知り合いの保険会社の人は10:0はあり得ないと言っていたんだが・・・」と口を濁していたが、僕から「でも過去の判例がどうなっているのかは、お渡ししたプリントにある通りです。それでも納得がいかない。と言うのでしたら、もう弁護士さんを通して少額簡易裁判で決着をつける。と言う形にするしかないと思います。それでよろしいですか?」と言われ、僕からそう言われた事で決心が付いたのか、「つまり、あんたとしてはどうして欲しいんだ?」と言って来た。つまりそっちの要求が受け入れ可能なら呑んでも構わない。とのサインだ。僕はこの紛争の落とし所は加害側の弁済額1万円。それ以下では引かない。と決めていたので、その額を提示した。

「ほな1万即金で払うわ。そやからもうそれで終わりにしようや。」

との回答を得たので、すぐに示談書を作成する(最初に用意していた示談書だと問題があった)から、出来たら連絡する。と言う事でその場をまとめ、一旦帰宅して示談書を作成。代金と引き換えに署名捺印した示談書を相手に渡して、双方が今後一切の異議申し立てや請求をしないと書面で確認しお開きとなった。

今回の事故は、被害者・加害者双方がお互い許容し得る・納得し得るぎりぎりの線で妥結し示談の成立した事故となるのだろうが、その結論に辿りつく為に双方が費やした時間と労力は、

消耗以外の何物でも無い、誰も得をしなかった事故と言う事になる。だけど

交通事故って大抵がそんなものだ。事故をしても悪い事しかないし、それは純粋な時間と労力と資本の消耗なのだ。つまり、
自分が事故を起こさない様に注意深く運転するのはもちろんだが、事故に巻き込まれない様に防衛運転を心掛ける事も必要なのだ。例え相手に「ウザいジジイだ」「やかましいババアだ」と思われようとも、事故を起こしそうな運転をする他者に警告や注意喚起する事は無駄では無いのだ。

そしてこれが今回学んだ事の中で最も重要な事なのだが、
『交通事故を起こせば、例えそれが自転車同士、自転車対歩行者などで怪我も無く物質的損害が軽微だったとしても、後の事を考えれば可能な限り早く合法的な方法で警察に通報する事』だ。
事故直後で実況見分と調書作成が容易な状況で、事故処理とその事故の分析に手慣れた交通課によって事故証明書を作成してもらうのだ。そうすれば、事故の状況を中立的な立場から詳細に説明する公的な事故証明書をがあれば、悪質な加害者や保険会社に不当な丸め込まれ方をして損害を被る危険性は減る。相手に異論があるなら、紛争調停センターや法テラス、法務事務所、最終的には裁判官等の法執行官によって過失割合を決めてもらう事になるだろうが、その場合でも、中立の立場で作成された公的な事故証明書があれば、実際以上に不利な裁定が下る事はまず無いのだから。

車でも、バイクでも、自転車でも、
『事故を起こせばすぐ110番』
は理に叶った真実なのだ。

そういった事を教訓として得た、「ななか、交通事故に遭う」事件だったのでした。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »