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2014年1月

2014.01.30

ケアマネの城ラピュタ

少し前、S.E.の人達が自分達の過酷な職場の現状を、
『社畜の城ラピュタ』とか言って
『天空の城ラピュタ』の名台詞になぞらえてTwitterに投稿して、それがちょっと話題になってた。

「ハハハ、見ろ!仕事が山のようだ」とか、

「会社に根を下ろし、過労とともに生きよう。上司のために夜を越え、はてしない作業をこなそう…どんなに立派な法律を作っても、たくさんのかわいそうな鬱患者を出しても、会社から離れては生きられないのよ!」


とか。

でも、ケアマネの仕事だって似たようなトコあるよな~・・・。

って事で、「社畜のラピュタ』の、ケアマネ板を考えてみた。

まずは主題歌、「君をのせて」の替え歌から。

 

あの地平線輝くのは プラン立てるの 終わってないから
留守電の灯が 輝くから 再生するとそれは 新規の相談

さあ出掛けよう 契約書同意書 ハンコ 朱肉 カバンにつめこんで

前任者が残した 困難事例
包括がくれた 困難事例

仕事は溜まる
アセス 担会 モニタリング 給付管理
仕事は溜まる
記録書けない 未決書類 デスクに積み上がってく

じゃあ、次はラピュタの名セリフになぞらえてケアマネ仕事を揶揄って行こう!

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2014.01.24

もったいないので・・・ その6

ここんとこ、ずっと掲載続けてる投書のボツ原稿復活掲載シリーズ。今日も、2013参院選での「候補者への意見募集」係への投書文です。

これは、2013年7月17日作成の文章

「候補への質問」


政府は金融緩和・大規模な財政支出、民間の投資喚起を柱とした経済政策を打ち出し、それは大企業の利益を増大させ富裕層の資産を増やしたが、大多数の国民はその恩恵を全く受益出来ていない。それに対し政府は、上位層が潤えば、その富が次第に下位層へと降りてくる『トリクルダウン理論』を根拠に、「経済回復の恩恵が全体に行き渡るまでは、まだ少し時間が掛かる。もう少し待っていて欲しい。」と主張している。
しかし、グローバル化が進んだ現代社会において、トリクルダウン理論が完全な機能不全に陥っている事は、ハーバード大教授でノーベル賞受賞学者でもあるジョセフ・E・スティグリッツ教授が明快に・理論的に否定し、

「グローバル社会の下ではGDPの成長は労働者の所得や福利厚生の向上にはつながらない。」

「政府が(税による)強力な再分配政策をとらない限り、労働者の暮らしは悪くなる。」

「労働者のセーフティネットを強化し、所得税の累進性を増大させて潤った層の税率を上げ、労働者の税率を下げるのは当然の措置」

と主張している。
現在の政府はハーバード大教授でノーベル賞受賞学者の主張する「グローバル化が進んだ現代における正しい経済政策」と正反対の事をしているのだが、その事についてどう考えているのか?

各候補には、現在の政府の政策に賛成ならその正当性と理由と根拠を、
(もちろん、スティグリッツ氏以上の説得力を持たせて)
反対なら、その理由と根拠を聞きたい。


選挙中、各候補は様々な政策の実行と非実行、推進と廃止を私達に対して約束したが、そしてその中の多くの約束は、各候補が公認を受けた政党の公約や主張とは真逆のものであるが、私達有権者に対しては党の政策に反する事を約束して当選するのだから、当選後は、党議拘束に反してでも自分の主張を押し通す事を、そしてそれが出来ない場合は議員辞職して再度有権者に信を問う事を、この場で約束して欲しい。

 

 

ボツ原稿の復活掲載シリーズはこれで最後です。
僕がこれまで挙げて来た疑問と質問、そしてその先にある政治と政治家への要望ですが、選挙で当選した自民党議員達は庶民の望みには一切応えず、それと真逆の事を次々と強行しているのはご覧の通りです。

 

 

だけどね、

 

 

選挙になんか行かなかった人と、行ったんだけど投票したのは自民党か公明党、and/or自民党・公明党公認候補だった人は、それ(真綿で首を絞められる様に人権と自由が締め上げられる事と、乾いた雑巾を絞り上げる様に自分達の収入が税金と公的負担で搾り取られる事)を支持し受け入れたって事なのですよ。

だって当選後彼等がそれをする事は、短大中退なんて言う貧相な学歴しか持たない、知的水準の低い介護職者である僕にだって予測できていた事なんだから。

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2014.01.23

もったいないので・・・ その5

ここんとこ、ずっと掲載続けてる投書のボツ原稿復活掲載シリーズ。今日は、2013参院選での「候補者への意見募集」係への投書文です。

これは、2013年7月12日の文章。

「候補への質問」

大都市、大企業と原発立地自治体や農林漁業者、沖縄県民、公害被害者との関係など、これまでの日本は、多数者、強者、中央の幸福・利益の為に、少数者、弱者、辺境が犠牲を強いられる構造だったが、日本はこれからもそう言った「多数者・強者の幸福実現の為には、少数者・弱者の犠牲はやむなし」と言う社会であり続けるのか、それとも「新しい正義の話をしよう」のマイケル・サンデル教授が提唱するような、「格差は、それが最も弱い者の利益となる場合にのみ、存在が許される」社会を目指すのか、また、多数者の為には少数者の犠牲もやむなし。とするならば、犠牲を強いられる少数者にはどのような形で犠牲への補償をするのか、そしてそのコストは誰が負担するのか、
いちばん弱い者が幸福を感じられる社会を目指すなら、そのコストはどうやって、誰に負担を求め、どのような言葉でそれを負担する者に納得させるのか、
これからの「この国のかたち」はどうであるべきと考えているのか、各候補の政治家としての基本姿勢や政治哲学を聞きたい。

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2014.01.22

もったいないので・・・ その4

古い文書フォルダ整理してて見付けたボツ原稿、埋めさせるのはもったいないから昨日、一昨日、3日前のエントリーで発表させてもらってるんだけど、他にもあるから今日も続けて発表しちゃいます。

これは2013年7月12日作成の文章。

『参院選への意見』 

~TPPは国を滅ぼす~

アンケート結果などを見ていると、TPPは、人口密度の高い自治体ほど賛成派が多くなり、所得が高くなるほど参加支持する人が増えている様だ。

なるほど、それは少し考えてみれば判る。TPP加盟で直接不利益を被るのは地方に住む農林漁業従事者だし、可処分所得が多ければ農薬まみれの輸入食品など買わなくても、高級食材を扱うデパートや通販で、高価だが安全で安心な食材を買えるし、公的医療が崩壊する事によるリスクよりも、保険適用外の高度先進医療を自由に使えるメリットの方が勝る。
日額10万円の差額ベッド代金を必要とする特別室に入る事の出来る経済力のある者にとって、公的医療がどうなろうと関係無いのだから。

TPPは完全自由なアメリカ式資本主義システムを基盤としているので、最先端・最高品質だが最高値の商品・サービスの購入が出来る所得上位層にとって、平均レベルの質が劣化する事よりも最高級品の購入が容易になるメリットの方が勝る。
しかしそれは、20mlの注射1本が10万円、1回の治療での診療報酬が数十万円と言う、保険適用の無い最先端医療機器、医薬品、治療法による高度医療を全額自費負担では受けられない、中間層~所得下位層にとって、TPPへの参加は自分達の受ける医療の質が劣化するだけでなく、治療費を賄えない為に、治療や生きる事それ自体を諦めさせられる社会(現在のアメリカはそれだ)を受け入れる事を意味する。

公的医療保険制度が充実している我が国だが、民間医療保険で儲けたいアメリカ資本は当然、『悲関税障壁』として、日本の健康保険制度を攻撃するだろう。我が国に先行して民間医療保険の自由化を実行したドイツでは、病気になるリスクが低い若者と金持ちは、低い掛け金で充実した医療が受けられる民間医療保険に移行、病歴や年齢によるリスクで保険料が決まる為、持病のある者や高齢者は高すぎる民間医療保険に加入する事が出来ず公的医療保険に残った為、当然、公的医療保険は保険給付が保険料収入を食い尽くして大幅赤字となり、財政健全化の為に給付抑制せざるを得なくなった。つまり、公的医療保険では受けられる医療の質と量が劣化・低下したのだ。日本がTPPに加盟し民間医療保険が自由化されると、日本も医療はアメリカ化して、結果、医療格差が拡大したドイツと同じ事が繰り返されるだろう。TPPは医療に関しては、都市部で暮らす年収1500万円以上の所得上位者以外には、何のメリットも無いばかりか、リスクとデメリットしかない多国間経済協定なのだ。

では食と農業に関してはどうだろう?

TPP加盟により全ての輸入関税が撤廃されると言う事は、広大な農地で大量生産された、安価な輸入農産物が店頭に並ぶと言う事だ。日本人の口に合う米は日本でしか作れなかったのは昔の話で、日本人の口に合うようにと品種改良を重ねてきたカリフォルニア米と、ブランド米以外の国産米とでは、私がアメリカで暮らしていた2003年の時点で既に、その味には全く差が無かった。

寿司ブームで米の需要が増え小売価格が値上がりしたアメリカでは、高級種とされているアメリカ産コシヒカリ10kg辺りの単価は\2500~\3500程度($1=\100で換算)で、国産米との価格差は殆ど無く、日本米に味は若干劣るがその差はほぼ皆無。な中粒種でも、10kg辺りの単価は~\2500程度。国産米が10kgで\4000前後なので、輸送コストを考えると国産米とアメリカ産米には店頭価格では殆ど差が無い様に、日本産米も米国産米相手なら国際競争力がある様にも見える。

しかし、店頭価格では差が無い様に見える米国産米と日本産米だが、米国内で現地滞在日本人、日系人を相手にしているスーパー等での店頭価格だけで、内外価格差を判断するのは危険である。

米国で暮らした事のある者なら判ると思うが、資本主義経済がある面において先鋭化している米国では、全ての商品・サービスは売れなくなるギリギリまで値段が釣り上がる。例えば日本のスーパーマーケットやドラッグストアで売られているシャンプー(日本メーカーの品)。日本では500mlボトル1本が\598とかで売られているが、これがサンフランシスコのニジヤ(日系のスーパー)に行けば、全く同じ商品が$14.99($1=\100換算で約1500)で売られている。日本人の髪質に合ったそのシャンプーは、その値段でも現地滞在日本人が買うからだ。TPPによる内外価格差を問題にする場合、注視しなければならないのは店頭価格ではなく、生産コストなのだ。

生産コストで見れば、省力化と効率化が進んだ日本の米は、60kg(1俵)辺りの生産費は\15000程度まで下がったと言われている。対するに、地平線が見える程広大な農場で大規模生産されるカリフォルニア米の生産費は、60kg辺り\1900前後と言われている。機械化・省力化・効率化が進んだ国内米作農家にこれ以上のコスト削減を求めるのはほぼ無理だろうし、この生産コスト差を見る限り、国内米作農家はアメリカ米作農家に対する価格競争力は皆無だ。国産米も「あきたこまち」や「天空の郷」、窪川米など一部の高級ブランド米は生き残る事が出来るかもしれないが、国産米でも低価格帯に属する米(主に外食産業が購入している)はその殆どが、米国産に置き換えられてしまうだろう。そしてそれは国内の小規模米作農家のほとんどが、米国資本に駆逐されてしまう事を意味する。

TPP推進論者(主に日本経団連と経産省だ)達は、「既に関税が3%まで低下している野菜では、市場のほぼ全てが国産だ。全ての関税を撤廃しても農業への影響は少ない。」などと詭弁を弄しているが、収穫後の品質劣化が早く、輸送に常温コンテナによる船便輸送が使えない(つまり輸出には向かない)野菜と、元々が常温での長期保存を前提としている、収穫後農薬をガンガン使って防腐と防害虫の対策さえしておけば、常温コンテナでの船便輸送で問題がほぼ皆無な米とを、同じ土俵で論ずる事には無理がある。ただ一つだけ確信を持って言えるのは、現行で778%もある米の関税が0%になれば、市場に流通している低価格米はその殆ど全てが、カリフォルニア米やタイ米に置き換わってしまう。利益最優先の一部外食産業は、どの米を使うかの決定要素に安全性や品質よりも安さの方を重視するし、政府の成長戦略で企業の国際競争力強化を口実に賃金をさらに抑えられ、消費税増税で購買力を引き下げられる事になる中・低所得者にとって、10kg\2500の国産米はぜいたく品で、10kg\1500の輸入米しか買えなくなっているだろうから。

そして危険なのは価格差で国産品が駆逐されてしまう事だけではない。消費者団体、業界団体、生産者が脈々と守り続けて来た「食の安全」は、TPP加盟によって恐らく崩壊してしまう。

まず最初に、『非関税障壁』と言われて、「無農薬」、「有機栽培」や、「遺伝子組み換え作物不使用」の表示が禁止されてしまうかもしれない。例えば今、スーパーで豆腐を買うと、それが遺伝子組み換え作物不使用であれば「遺伝子組み換え大豆は使用しておりません」とパッケージに表示されている。自然食品を扱う店だけでなく一般のスーパーでも「無農薬栽培」、「有機栽培」と表記された野菜はごく普通に見る事が出来る。しかしこれらの表示を、化学肥料と農薬をふんだんに使った広大な農場で栽培する、一株辺り収穫量を異常なまでに増大させた遺伝子組み換え作物を大量に売りたい米系農業株式会社から、「あれは非関税障壁だ」と指摘されれば、もう自分達の作った作物の安全性を消費者にアピールする事は出来なくなる。

次は、消費者や団体が長年の苦闘の末に勝ち取ってきた、農薬や化学肥料についての規制だが、これらの法規制もISDS条項(企業・投資家が不利益を被った場合、国際投資紛争解決センターに提訴出来る。と言う条項)によって、「日本の○×規制法によって、我が社の製品が利益を減じさせられた!」とイチャモンを付けられて、政府や自治体に法外な賠償金が科せられるかもしれないし、法改正を要求されるかもしれない。TPP加盟によって我が国の一般庶民は、アメリカでさえ低所得者ぐらいしか食べない米国産大量生産農業製品しか食べられなくなってしまうかもしれないのだ。

そして最後に、TPPがアメリカ以外の加盟国にとって最悪な経済協定である要因は、「離脱が難しい」と言う事である。建前上は一応、「離脱は自由」となってはいるが、実際に離脱しようとすると、TPP離脱によって利益を減じさせられる事になる企業(主にアメリカ多国籍企業群だ)から、損害賠償請求を国際投資紛争解決センターに提訴されてしまう事は想像に難くない。TPPは一旦加盟してしまえば、医療・福祉(恐らく教育も)をアメリカに牛耳られて益は少なく負担は重くなり、そうして受けられるサービスは質的低下と劣化を起こす事は間違いなく、食の安全も崩壊し、安価だが汚染された食品しか食卓に並ばなくなっているだろう。そうして、TPP加盟で事態が抜き差しならない事になってから慌てても、その時には既に、加盟国はTPPから抜けるに抜けられなくなっているのだ。

上で述べた様に、TPPは目先の利益に釣られてこれに加盟してしまうと、間違いなく国を滅ぼす事に直結してしまうだろう。今、自分達が享受している安全と幸福を子供世代にも引き継ぎたいと思うのなら、TPP加盟は何が何でも阻止せねばならない。と強く思う。







参照記事:『国府田農場』
http://www.pioneerhonor.jp/pioneer/us/kodafarm.html

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2014.01.21

もったいないので・・・ その3

古い文書フォルダ整理してて見付けたボツ原稿、埋めさせるのはもったいないから昨日と一昨日のエントリーで発表させてもらったんだけど、他にもあるから今日も続けて発表しちゃいます。

これは2013年7月9日作成の文章。

『参院選への意見』

昨年の衆院選で当選した295人の自民党議員の内、なんと206人が選挙中は「TPP反対」と公言して選挙戦を闘っていた。「TPP反対」を掲げて選挙に勝利した彼等が当選後どうなったのかは、以後の報道が示す通りだ。妄言で有権者を欺き選挙後はTPP加盟と言う執行部方針に唯唯諾諾と従う自民党議員達は、即刻辞職して信を問い直すべきだろう。

話は少し逸れるが昨年の衆院選中、候補者討論会で「TPP加盟」、「消費税増税」、「原発再稼働」とはっきり公言し一区を闘った福井照氏は、その主義主張は私の様な政治的にリベラルな者には絶対に受け入れられないものなのだが、そしてそれはどう考えても間違っているし多数派国民の利益にも著しく反しているのだが、私の個人的見解として、票を稼ぐ為に嘘をつく事無く、正々堂々と主義主張を推し通した彼の姿勢には、敵ながら一目置いている。どんなに間違った主張であろうとも、それがねつ造された合意であったとしても、それを高知一区の有権者が選んだ以上、それは民意として尊重せざるを得ないのだ。それが民主主義だ。

たとえ伊方原発が事故を起こし高知市が居住不可地域に指定されても、消費税が上がって可処分所得の3分の1が消費税で吸い上げられる事になり、結果、高知市民のほぼ全員が貧困層に転落してしまっても、TPP加盟で農薬だらけの米国産野菜しか買えなくなっても、病院に行っても初診料25万円が払えない貧乏人は窓口で追い返される国になっても、高知一区の有権者はそれをしますと公言した政治家を選んだのだ。高知一区の有権者にTPP加盟、原発再稼働、消費税増税が招く未来への想像力さえあれば、福井氏の主張が受け入れられる事は有り得なかったし彼が当選する事も無かっただろうが、そして福井氏は高知市民にはその想像力・思考力など無いと高をくくっているのかも、実は高知市民の事を軽蔑し見下しているのかもしれないが、落選の危険を冒してでもなお、福井氏は国民に痛みを押し付ける事を公言し選挙を闘い勝利した。彼とは正反対の位置に立つ私にとってそれは屈辱でしかないのだが、彼は206人の大嘘吐き自民党議員とは全く異なり、間違った主張だがそれを押し通し選挙に勝利したのだ。その主張がどんなに間違っていようとも、その先に待ち受けているのが、痛みと、苦しみと、国家に対する強制的自己犠牲と、庶民には過重過ぎる責務だけだったとしても、高知一区の有権者はそれを受け入れたのだから。

話を戻すが、参院選でも様々な政党の様々な候補者達が、実に多様な主張を展開している。彼等・彼女等のうちの誰が本当にみんなの暮らしを良くしたいと思っているのか、誰が選挙で当選する為だけの目的で嘘を言っているのか、選挙期間中だけ有効の空手形を乱発しているのか、党・候補者の主義主張と過去の実績を考慮し、少し考えてみれば判る事なのだが、テレビはドラマかバラエティーしか観ない、活字はマンガ雑誌しか読まない、インターネットもゲームか有名人ブログ閲覧くらいにしか使わない、So called多数派日本人には、それは判らないのだろう。これまでがずっとそうだったように。

今度の選挙について問われた20代の若者が、「嘘を言わないで欲しい。本心でどう思っているのか知りたい。」と答えていたが、それは詐欺師に「騙しますよ。」と騙す前に言ってくれと求める様なものだ。「僕、今フリーなんだ。」と言って女性を口説こうとする既婚の女たらしに、女性を口説く時でも結婚指輪は外さないでくれ。と言う様なものだ。

候補者の主義主張、それがどこまでが本当でどこからが嘘なのか、どの公約が実現可能で、どの公約が票を稼ぐ為のやる気も実現可能性も無い空砲なのか、それを見極めるのは私達有権者にとって当然の責務であると言っても良いだろう。

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2014.01.20

もったいないので・・・ その2

古い文書フォルダ整理してて見付けたボツ原稿、埋めさせるのはもったいないから昨日のエントリーで発表させてもらったんだけど、他にもあるから今日も続けて発表しちゃいます。

これは2013年7月8日作成の文章。

 

『参院選への意見』

今度の参院選、結果がメディアの予想通りに進めば、与党が大勝し参院でも過半数を占め、ねじれ国会は解消。「決められる政治」と言う旗を掲げ、安部政権はこれまで誰も実行しなかった改革を次々と断行するだろう。

まず憲法は変わる。参院で改憲勢力が3分の2を占めれば96条は改正され、国会で過半数を得られれば憲法改正が可能となる。現在の「国会で3分の2以上の賛成と、その後の国民投票で過半数」と言う改正要件が「国会で過半数」だけとなるのだ。国民投票すら必要で無くし、時の政権の都合で憲法はぽんぽん変わる様になる。

96条改正の後、当然待ち構えているのは9条改正だ。日本国民を守る為の集団である自衛隊は、アメリカや軍需産業の都合で海外で殺したり殺されたりする暴力装置となる。志願兵制度を採用している自衛隊がそうなれば、当然の様に入隊者が激減するだろうが、そうなればそれを口実に徴兵制を復活させる。18~22歳ぐらいの全ての男女が、韓国の様に兵役に就く義務を課せられるのだ。

実際に軍隊に入れられて海外の戦地に送られる若い連中は嫌がるだろうが、それを決めた有権者や政治家達にとって、所詮戦争に行くのは、戦場で殺したり殺されたりするのは、自分や自分とは無関係の赤の他人なのだから、そんな事はどうだっていいのだ。

変わるのは9条や96条だけではない。11~14条(基本的人権)も、19~21条(思想・信条の自由)も、25条(生存権・幸福追求権)も変えられる。国家と国民の立場が逆転するのだ。

国家が無くても国民は生きていけるが、国民がいなければ国家は成立し得ない。国家と国民のどちらが主でどちらが従か、それは考える必要も無い程に自明なのだが、憲法を変えたい連中にとってそれはとても困る。国民は国家に従順でいてくれなければ、国民が国家の為に殉じてくれなければ、国民が国家権力の側に立つ人間を恐れ敬ってくれなければ、自分達の存在理由を、自分達の主張を正当化する事が出来ないのだ。

だから次の参院選で改憲勢力が大勝すれば、間違い無く憲法は変わる。

100年程経った後に後世の歴史家達が、改憲勢力と改憲を許した21世紀初頭の日本人を、どの様に批判し非難し糾弾するのか、少し楽しみではある。

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2014.01.19

もったいないので・・・

最近は時間がある時に、古い文書ファイルを整理している。
今日は、昨年中に新聞とかへの投書をした時の、投書の草稿が納められたフォルダを整理していた。

掲載された分は著作権が新聞社に帰属するのでここに載せる事は出来ないが、掲載されなかったものの著作権は私にあるので、そのまま埋もれさせちゃうのは自分としても惜しいので、ここで発表させてもらう事にしました。

これは、2013年7月7日に書いたもの。
参院選についての私見を述べたものです。

 

 

『参院選への意見』

参院選が始まった。今回の参院選は改憲問題を筆頭に、TPP、原発、消費税増税など、私達と子供達の未来にとって今回の選挙結果がとても重要な意味を持つ事になる、超・重要課題が目白押しとなっている。

私の個人的見解として、自由と平等、公平と公正、そして平和が高らかに・誇り高く謳いあげられている、植木枝盛や中江兆民が描いた理想世界が反映されている現行憲法は守られるべきだし、国内産業と労働者の保護、安全な食糧、安全な医療を維持する為にも、TPPには加盟するべきではないし、事故から2年が経った今も放射能を止まる事無く流出し続けている、政府の収束宣言とは裏腹に全く収束などしていない、現在進行形で放射能汚染が進む福島の現状を鑑みるまでもなく、人類は原子核分裂によるエネルギーからは一刻も早く手を引くべきだし、収入が下がる程負担率が増すと言う極めて逆進性の高い不公平な税制である消費税は、今も、これからもずっと増税など認めてはならないと強く思っている。

しかしながら、そして大変悲しむべき事に、今回の参院選も、私はその結果には全く期待をしていない。

『全ての国民が等しく自由に平等に平和に幸福に生きられる、最も弱い立場の人達もこの国に生まれた事を幸福に思う国に。』と言う私のささやかな望みは、この国では永久に叶わないだろう。

それは、多数派日本人の政治意識が、致命的に、絶望的に、信じ難く救い難い程に低いからだ。
私の記憶が正しければ、私が選挙権を得てからこの20年間で、参院選の投票率が6割を超えた事は一度も無い。45%にすら届かなかった年もあった。この国で暮らす有権者の約半数は、活字はマンガ雑誌しか読まず、テレビはドラマかバラエティーしか観ず、インターネットもゲームと通販と芸能人のブログを見るぐらいにしか使わず、自分の意見も他者への想像力も持たず、ただ長いものに巻かれながら多数者、強者の側に流され従い付いて行くだけ。
彼等、この国の多数派にとって政治の事などどうでもいいのだ。

増税で1年間に払う消費税が五万円から十万円になっても、スーパーにも八百屋にも農薬だらけの輸入野菜しか売っていない国になっても、親や子供が意識不明の重体になって病院に行ったら「お子さんの保険ではこの治療は保険適用出来ませんので、全額自費で払うか治療を諦めるかどちらかを選んで下さい。」と言われる様な国になってしまっても、自分の子供が徴兵されてどこか遠くの国で戦死しても、そんな事は一向に構わないのだ。
戦場で悶え苦しみ血を流し死んでいくのは自分ではないんだから、徴兵されて戦地に送られる事になった子供から「どうしてあの時憲法を変えさせたのさ!」って恨み節を聞かされても、「それがどうした」と平然と言い放つ事の出来る国民が多数派を占める、卑しい恥ずかしい国なのだ。

だから私は、今度の参院選にも全く期待などしていない。もちろん選挙には行くし、自分の主義主張に最も近い公約・政策を掲げている候補の支持者が増える様に、出来る限りの努力はするつもりだが、しかしその結果には全く期待していない。私の古い知人など、日本は民主主義などやめた方がいいと言っているくらいだ。

これまでのこの国は、政治参加などしなくても、選挙になんか行かなくても、平和と繁栄の享受を可能にしてきたのだが、それは人間の政治意識にとって、もっとも甘美な麻薬だったのではないだろうか?参加もせず、発言もせず、思考することすらなく、政治が正しく運営され、人々が平和と繁栄を楽しめるとすれば、誰がめんどうな政治に参加するだろう。しかし、なぜ人々はそこで想像力をはたらかせないのか。人々が政治をめんどうくさがるとすれば、政治家だってそうなのだ。彼等が政治に飽き、無制限の権力を、自分達のエゴイズムを満足させるために濫用しはじめたらどうなるか。だから権力は制限され、批判され、監視されるべきであるのだ。ゆえに民主主義政体下での国民の政治への参加は、本質的に正しいのだ。
だから私は、参院選には全く期待していないが,、まだ諦めてもいない。「選挙に行こう!」と言い続ける。
この世の中で、正しいことぐらい難しいものはないけれど、正しいことぐらい強いものもないのだ。

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2014.01.07

憲法9条にノーベル平和賞を!

(1/7/2014高知新聞夕刊からの転載)

戦争放棄を定めた憲法9条にノーベル平和賞を─。神奈川県の女性が1人で始めた運動がある。荒唐無稽のようだが、ここにきて現実味を帯び始めた。ノーベル委員会への推薦資格のある大学教授らが強力を表明したのだ。(出田阿生)
このアイデアを思いついたのは、神奈川県座間市の主婦鷹巣直美さん(37)。一昨年、欧州連合(EU)が「地域の統合により、国家の和解と平和を進めた」として平和賞に選ばれた。
「戦後70年近くも日本に戦争をさせなかった9条にも資格がある」とひらめいた。安倍政権が改憲への動きを活発化する中、「受賞すれば9条を守れる」と思ったことも大きかった。
「社会問題に無関心な学生」だった鷹巣さんを変えたのが、留学先のオーストラリアで出会った各国の難民だった。戦火や暴力で心身共に深く傷つき、それでも立ち直ろうとする姿。「戦争に巻き込まれずにすんでいるのは平和憲法のおかげだ」と実感した。
7歳の長女と1歳の長男の子育ての傍ら、昨年1月からネット上で「9条にノーベル平和賞を」というキャンペーンを始めた。集めた署名は、ノルウェーのノーベル委員会に随時送った。しかし、委員会からはメールで「個人か団体に授与するもので憲法のように抽象的なものは候補になれない」との返信があった。
実は「9条にノーベル平和賞を」という運動は、今回が初めてではない。1991年に「第9条の会」を米国で立ち上げたオハイオ大名誉教授のチャールズ・オーバービー氏(87)が過去に推薦しようとしたが、鷹巣さんと同じ理由で委員会から断られた。
そこで鷹巣さんが考えついたのが、「9条を保持している日本国民」という枠組みだった。鷹巣さんが地元の市民団代などに話したところ、賛同する市民らによる実行委員会が昨年8月に発足した。石垣義昭共同代表(72)と、メンバーの岡田えり子さん(53)は「最初は受賞なんてできるのかと突飛に感じたが、署名を集めるうちに、それだけの価値が十分あると確信するようになった」と口をそろえる。
ノーベル平和賞のノミネートには、推薦人が必要となる。資格があるのは各国の国会議員や閣僚、大学の学長、社会学や歴史学など一定分野が専門の教授。平和や外交政策の研究所長、国際裁判所裁判官、過去の受賞者やノーベル委員会の関係者も有資格者だ。
「実現性はある」と大学教授らに協力を呼びかけると、推薦人が集まり始めた。その一人、勝村弘也・神戸松蔭女子学院大学教授(聖書学)は「戦争に直接関わらない国は世界で珍しい。それを改憲で崩そうとする動きに、若い人の関心が希薄すぎると感じる。こうした活動は日本社会がよって立つ土台を見直す機会になる」と評価する。
ノーベル平和賞の推薦締め切りは2月1日。昨年は259の個人・団体がノミネートされた。多くの推薦人が多様な理由で推薦することと、賛同する人の署名が多いほど、委員会へのアピールになるという。詳しくは「『憲法9条にノーベル平和賞を』実行員会」の署名サイトへ。
自衛の為に、憲法9条を変えようという人達がいる。
一体、誰から私達を守ろうと言うのか?誰の為に世界第7位の軍事力を持つ強力な武装集団でもある自衛隊を、海外での戦争が可能になった、さらに強力な軍隊にしようと言うのか?
敵基地攻撃能力を持った航空戦力や、外洋展開能力を持った機動艦隊は、一体誰を守るの為に、何を守る為に使うのか?
自衛隊が強力な軍隊になって、喜ぶのは一体誰だ?
ただ一つだけ、僕にでも判る事がある。それは、
勇ましい掛け声と共に外敵の脅威を叫び、愛国心を鼓舞し若者達を戦場に駆り出そうとしている者達は、絶対に戦場で戦死する事の無い奴等だと言う事だ。
自分達は安全な場所から、一歩だって出る気の無い奴等だと言う事だ。
この国を、そんな連中の好き勝手にさせてはいけない。だから、
市民の意思を示そう。
草の根の力を見せつけてやろう。
この記事は拡散を強く希望します。

 

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2014.01.03

靖国神社公式参拝がダメな理由

安倍晋三総理に続き、新藤総務大臣までもが靖国神社を参拝した。

政府関係者の靖国神社公式参拝が批判の対象となる理由として一番判りやすい単純な理由は、それが『政教分離』の原則に反しているから、であるが、それだけでなく靖国神社は「戦死者の死を悼む場所」などでは決してなく、「戦死を称える場所」なので。 

だから、周辺諸国や、私の様なpolitically leftな人達からは批判されるのです。

靖国には空襲などで死んだ民間人は祀られていません。
軍人でも戦地で病死した者は祀られていません。
それらは「国の為に闘って死んだ名誉の死」ではない、国家にとって役に立たない死とみなされ、祀ってすらもらえないのです。

人はだれでも死にたくないのだし、殺されるのはもっといやなはずです。親しいものが殺されたら悲しいし、二度とこういう悲劇はいやだと思う。それが自然の感情だと思います。

しかし国家は、戦争遂行の為には「国の為に喜んで命を捨てる」人間を作り出そうとします。そうしないと外国まで行って戦争なんか出来ないからです。そのために愛国教育が必要となります。同時に、戦死を悲劇ではなく栄誉と感じさせるための宗教装置が必要となります。それが靖国神社なのです。靖国神社では戦死者=英霊神にたいする接し方は「痛ましく悲しい死」ではなく、「褒め称えられるべき死」とされているのです。

ここで注目すべきは、「国のため」ということ。戦死者の遺族の素朴な感情は「国のせい」で死んだのだから国が何らかの償いをすべきだ、というものでしょうが、しかし靖国を通じて戦死が名誉とされることにより、「国の利益の為に立派に死んだ、名誉だ、ありがたいことだ」に変質させられるのです。
実際、戦死者遺族への年金は、補償金・賠償金という性格ではなく、『恩賞』なのです。靖国神社は戦死者の死を悼む場所ではない。戦死を顕彰し、見習うべきだと教える宗教施設なのです。

「不戦の誓いを新たにする」場として、靖国ほど不似合いな場所はないでしょう。戦死者を褒め称えず神と祀らず、全戦争犠牲者(相手国も含め)を静かに追悼すること、慚愧の思いを新たにすることが不戦の誓いであるはずです。なのになぜ、靖国では戦死者だけが祀られ、戦地で病死した兵士や空襲で死んだ民間人、原爆被害者は祀られず、先の大戦で多くの若い有為の人材を死地に送ったA級戦犯が祀られているのでしょうか?

先の大戦では、実に多くの日本人が戦場でその命を散らせました。形はどうであれ、彼らが今を生きる私達の為に犠牲となったのは事実なのですから、彼等に対する慰霊と鎮魂、感謝を捧げる施設は必要だと、共産党員の私でも思います。
しかしながらその施設は、「国家の為に死ぬ事」を正当化し美化する装置でもあった靖国神社は最も相応しく無い施設なのです。

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