Auto up本誌掲載前未編集Ver.

2005.11.03

〜”希望” この儚くも心強いもの〜 

〜オートアップ誌面上で、掲載されなかった原稿の残り半分です。〜

 様々な技術の進歩もあって、この世界はかつて無いほどに人と人との交流が活発になった。
 国籍も、人種も、宗教も、全てがごった煮状態で、様々な思想や文化と
身近に触れられるようになっている。
 でも、僕等にはそれらを理解し、受け入れる
事が出来るのだろうか?

 建国当初は黒人奴隷を。その後はアジア系移民達を低賃金労力として利用する
事でその力を増強させてきたアメリカ合衆国、法律としても明記されていた有色人種に対する差別だが、第二次大戦とその後の冷戦で自分達が正義である事を示す為に自国内の不正を是正する必要が生じ、結果、建前上は「世界一、自由で公平な国」になった。
 しかし、学歴が同
じでもアジア系アメリカ人の平均年収は白 のそれよりもかなり低く、(経済的事情か ら)アフリカ系アメリカ人の平均寿命は白人のそれよりも10年以上も短く、例え人種や学歴が同じでも、女性の平均年収も要職に就く女性の数も、男性のそれよりも圧倒的に少ない。 全ての差別を無くそうと最も努力してきたはずのアメリカでさえ、現実 はこのありさまだ。

 しかしながら、この
20年程でこの国も随分と変わって来ているようで、少数優遇政策 のかいもあって、かつては白人男性独占だった職種の殆どが、アジア系、アフリカ系、 そしてもちろん、全ての女性に対してその門戸を開いた。そこには多少の問題が残っているとはいえ、それは今後も続けられるべき政策だと思う。

 一時的に後退する事もあったが、この巨大な実験国家は常に前進を続けている
し、ある意味世界の縮図でもあるこの移民国家が上手くいかなかったとしたら、僕らの人類がお互いを解かりあい、受け入れあう事は出来ないだろう。

 自分に理解出来ない者、異質な存在を力でねじ伏せる時代は旧世紀の異物に

しないと、これ以上争いや欲望充足の追及をしていたら、もうこの小さな星はもたないかもしれない。

 理解力と包容力、いたわりと
友愛に満ちた世紀、それを21世紀のスタンダードにしないと、そして僕らにはそれが 出来ると、僕はそう信じている。(still

 世界の最先端を走る国で僕が見た物は、道徳よりも利益優先の、強欲と非情に
満ちた残酷な世界だった。パンドラの箱は既に開かれていて、困難の源はもう外に飛び出た後だったんだ。

 でもそこで僕が絶望の底で見つけたのは、未来への希望だった。


 パンドラの箱。その底に残された最後のそれが
希望だった、あの伝説の様に。

 高知の自宅にて 

T.S.mizzie

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2005.11.02

〜アメリカ合衆国 表の顔・裏の顔〜

 アメリカから帰国したのでオートアップ誌での連載が打ち切りになって、最終回用にしようと思っていた原稿が掲載される事が無くなったので、こっちに未編集Ver.で載せさせて頂きます。

 

 僕は2003年に移民としてサンフランシスコにやってきた訳ですが、70年代生まれの僕にとってアメリカは子供時代からの憧れの国であり、その国に移民として入国し、空港を出て強烈なカリフォルニアの日差しを浴びた時には、言葉に出来ない感動があったのを憶えています。

 ですがこの度、永住権を返還して日本に帰国する事となりました。

 新移民としての諸手続きを終え、入国後最初の数ヶ月は毎日が新鮮で刺激に満ち、かつ観光都市でもあるサンフランシスコの人達は外国人である僕に対しても優しく、景観の美しい場所や観光として訪れるには素晴らしい名所等も豊富にあり、観光で来るならば、そして日が暮れてから危険な地区を歩かなければ、ここはまさにパラダイスでしょう。


 
しかし僕が入国してから数ヵ月後、ブッシュ政権のイラク侵攻が現実味を帯び始めた辺りからでしょうか?少しずつ、外からでは判らないこの国の負の面、裏の顔が見え始めたのは。


 政治的には新保守主義派と言われる一派の台頭。
 国家予算の大部分が軍事費と経営難に陥った大企業救済に使われる、軍産複合体と企業連合に牛耳られた連邦政府。経済面も「世界経済を牽引する」と言われるアメリカの個人消費も内情は借金まみれで、カードでの多重債務が大学での授業で課題として取り上げられる程。また地球の裏では今日の食事にも事欠く子供がいるというのに、この国では総人口の約6割がカロリー摂取過多による肥満に悩み、肥満児童の増加が社会問題化している程です。


 
生活面では脆弱で老朽化したインフラ、低所得者に厳しく高額所得者に優しい税制度、必要性が唱えられながらも一向に実現の兆しすら見えない医療の国民皆保険制度。
 最極貧層にしか用意されていない社会福祉・公的扶助。「人の役に立つ仕事がしたい」と言う希望があり、社会福祉士として働きたかった僕にとって、この国が本心では社会福祉をしようとはしていない現実が見えた時、この国に絶望を感じたのは事実です。

 また全ての面でアメリカ国内では最もリベラルと言われる北カリフォルニアでさえも、まだ色濃く残る人種的偏見や差別。 


 帰国を決意したある日、連載の最終回を「他人種混在のアメリカ」で希望的な終わり方にしたくて、多文化・他人種混在の写真が欲しくて街を歩いていた時の事です。

 ビジネス街から街の中心部を経て自分のアパートまで歩いたのですが、ホワイトカラーのビジネスピープルは白人が殆どで、そこにアジア系が多少混じる程度。
 アフリカ系のホワイトカラー労働者を見る事はほぼ皆無でした。これが街の中心部を少し離れて夜は危険と言われている辺りに来ると、今度はアフリカ系の比率が急上昇。
 着ている服の素材感で、彼等の社会的地位を想像する事はそう難しい事ではありませんでした。
 さらに街を走る車も、高級車を運転するアフリカ系は「誰かお金持ちのお抱え運転手」以外ではほぼ皆無で、平日の昼間に街を走る自家用車、ドライバーは白人女性が大半を占め、アフリカ系は商用車で見かける程度でした。


 小説家のジーン・ブリューワーが、作家で映画監督でもあるマイケル・ムーアが、知人でボスニア難民のルーディが、電車で話しかけてきたチャイニーズアメリカンのおばちゃんでさえも、この国を「強欲で残酷な(人達が支配する)国」と言い、企業連合や特定の利益団体が政治に深く食い込み、自分達に都合がいいようにルールを捻じ曲げ、作り変え、結果、一部の富裕層だけが富を独占し、中産階級層は崩壊、経済格差が広がり、大多数の貧困層が挫折と閉塞感に満ちた、国家全体が危険で不安定な状態に向かっているようにも感じます。


 世界中全ての民族・文化が共生するこの国は、未来世界のシミュレーションだとも言われますが、
1割の金持ちが9割の貨幣を独占し、残った1割の貨幣を9割の貧困層が奪い合うこの国は、独占資本主義の最終進化形なのかもしれません。


 
日本では昔、木川田一隆氏(元・東京電力社長/会長)のような「企業には社会的責任がある」という修正資本主義を唱えた方がいましたが、アメリカでは「利益こそ至高」、「利益が王」と言う思想があるだけで、企業の社会的責任などどこにも見受けられません。


 
移民局からグリーンカードが送られてきた時、カードと共に「アメリカの為に働け」と書かれた紙が同封されていましたが、僕が子供の頃から憧れた『アメリカ合衆国』は既に何処にも無く、そこには強欲で残酷な『利益至上アメリカ』、『拝金主義アメリカ』があるだけでした。

 幸か不幸か、僕にはそんな国の為に使う時間も労力も持ち合わせはありません。

 だから永住権の事も諦めて、生まれた街に帰ります。


 これが原文の全文です。移民ビザで渡米した日本人が、現実のアメリカに絶望するお話でした。

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2005.10.26

〜”希望” 明日変わるかもしれないもの 〜

 前に少し触れたけど僕はずっと、日本ではあちこちで不当な扱いを受けてきた。

 時にはそれに対して仕返しをする事もあったけど、
でもそれは新たな憎しみ(逆恨みや復讐)を生み出して行くだけだった。

 この、憎悪の連鎖を断ち切る回路は存在するのだろうか?


 決して解りあえないかもしれない人達が一緒に暮しているこの世界で、
お互いが
解りあえたり、認め合い、受け入れあう事は出来るのだろうか?


 一般論としてだけではなく、自分個人に関してはどうだ?


自分にはとても許し難い人がいるのと同様に、僕を決して許す事の出来ない
人もいるだろうし、そしてそうした人達の中には、もう永久に会えなくなってしまった人もいる。
 こちらがどんなに自分の過ちを悔いたとしても、決して謝罪
をする事の出来ない人もいるんだ。今もしその人達に会える事が出来たとしたらその時は、

 「あの時、本当にごめんね。」

 と、あの時言いそびれてしまった為に、

今は決して伝える事が出来なくなってしまったこの一言を、ぜひ言わせて欲しいと思う。

 そう心から思えるようになっただけ、僕はあの頃から少しは変わったのかもし
れない。そしてきっとこれからも変わり続けていくのだろう。

 そしてこの僕が変わったように、あの時僕をひどい目に会わせたあの人達も、
変わっているのかもしれない。もしまだ変わっていなくても、明日変わるかもしれない。そしてその時、僕は彼等を許し、受け入れる事が出来るのだろうか?

 物心付いた頃から僕は、いじめられたり、つまはじきにされたり、恨んだり、
恨まれたりばかりの人生だった。もちろん、僕をひどい目に合わせた人達を憎んだりもしたけれど、でも結局それは何の解決にもならなかった。
 そしてそれは多分きっと、他の皆も同じだと思う。
 だからもういいや、もうやめる。
 恨んだり恨まれたり、憎んだり憎まれたり。疲れ
るだけだよそんなの。
 もう誰も憎まない、恨まない。許す、みんなを。


 誰かを踏みつけて一人で笑っているよりも、みんなが幸せになったほうがいいや。

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2005.09.23

mizzieのお友達

 『知り合い』と『友人』を明確に区分してしまうmizzie。
 学校では同じクラスの日本人留学生から、「mizzieさんって冷たい」とか言われるくらいで、学校には友人は皆無です。

 じゃあシスコには友達はいないのか?
 って言うとそんな事も無くて、以前同じ家にホームステイしていた関係で仲良くなった子達とは今もかなり頻繁に連絡取り合ってて、『サンフランシスコ美味しい物探検団』とか勝手に名付けて、お互いのテスト終わった後(通う大学が違うので)とかに、一緒に美味しいお店探訪とかしてます。 

 『・・・探検団』は全員女性ですけれど、僕は一緒にいて話や趣味・興味が一致するのって、圧倒的に女性なんですよね。
 逆に男相手だと話がゼンゼン合わなくて、意見の同意も共感も出来ないんですよ。

 でもこれが、例えばこれがレース仲間相手だと、レースの話で一晩中でも熱く語り明かしちゃうのですが、レース関係以外の男って、感性も思考システムも考え方も全く合わなくて、僕は男相手だとレース仲間と同じ感覚で接してしまうようで、レジャーとしてのモータースポーツと違って、

『頂点を目指せ!』

 
というレースの世界は


「ヌルい奴は来んなや」

 ってトコなので、僕にはまだその感覚が抜け切っていないんだと思います。

 そして、異国で、異言語で何かを学んでやろう。って本気で考えている女性達はその気質がレース仲間のそれに近くて、一緒にいても気持ちがいいんですけど、男の留学生でレース仲間みたいな奴にはまだ会った事が無くて、ヌルい考え方の人ばかりで寂しくなっちゃいます。

 『矜持』という言葉の似合う男達の中で長い事暮らしてきた僕には、ヌルい男達って近くにいるだけでも不快なんですよね。

 でも、それじゃあ同性の友達は出来んわなぁ・・・、って感じ。


SanFranciscoにて T.S.mizzie

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2005.09.01

I was there, I'm here.

 生まれ育った街を遠く離れて、この街で暮らすようになってもう随分と月日が流れた。
 もちろん、僕の故郷は高知だという思いは今でもある。
 あの失神しそうな暑さの夏と、天地が逆転したかの様な雨の降り方をする、僕が僕であるというだけで嘲笑の対象とした沢山の人と、僕にとってのごく小数の,、素敵な友人・知人達の住んでいる(いた)、僕が一番大好きで、一番大嫌いな街、高知。

 僕は’90以来、僕自身には全く落ち度の無い事を理由に、様々な場所で不快な目に会い、傷付けられながら生きた来た。
 
僕の中にあるアフリカ系や朝鮮系に対する感情が、同情ではなく共感なのもこれが原因だ。

 
生まれた国・街を強く愛していながら、そこから出る事に強く焦がれたのはきっと、その事があったからだろう。
 
自分に与えられた、そして結構気に入ってもいたそれが、嘲笑や侮蔑の対象になった時、その人は一体どうするのだろうか?どうすればいいのだろうか?

 僕の場合、自分が嘲笑の対象では無い街で暮らす機会を得、まるで大きな河を渡る様に、僕はこの街へとやって来た。

 しかし、深夜の仕事からの帰り道。

 電車を降りてから家に向かう道で夜空を見上げると、この街も、かつて僕が暮らしていた、痛みと優しさの記憶に溢れたあの街と同じように、ベテルギウスとシリウスが強く輝いていた。

 どんなに遠く離れていても、夜空は平等に輝いていて、そしてそれは同時に、

『体はどこにだって行けるんだけれど、心はどこにも行けない。』

という事実を、よりはっきりと認識させるのでした。

高知。ごく少数の素敵な友人達がいて、綺麗な海と山と川がある、僕の心に決して消せない・癒せない、深くて大きな傷を負わせた、僕の生まれた街。

 あの時、僕は確かにそこにいて、

 そして今、僕はここにいる。

 SanFranciscoにて T.S.mizzie

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2005.06.27

帝国の逆襲

 残酷な現実だが、この社会には二種類の人種しかいない。

『支配する者』と、

『支配される者』だ。

 有史以来数千年間続いた、一部の支配者によって運営される専制君主政体は、近代民主主義の成立によって崩壊し、多数決による意思決定により社会が運営される、民主共和政体が成立。大衆による社会支配の時代が訪れたが、その後を追う様に市場主義経済システムが誕生し、”資本家”と”労働者”という、新たな支配・被支配の関係が成立。支配者層の一部は資本家となる事によって、その力を維持・継続させた。

 資本家と労働者の経済格差は階級闘争を生み出し、それはロシア革命に始まった社会主義政体と結合し、

『自由主義(市場主義)vs全体主義(共産主義)』

と言う形をとった、『冷戦』と言う名の静かな闘いが展開された。

 90sの旧ソ連崩壊で形式上は自由主義・民主主義は勝った。確かに、官僚主義の罠に陥った社会主義政体が、民主共和政体に勝る事は難しかっただろう。
 しかし、民主主義は本当に勝ったのだろうか?

 市場主義経済システムによって運営されるこの世界は今、崩壊寸前にある。西欧先進国はどこも巨額の財政赤字を抱え、その赤字を補う為に新たな借金を作り、経済インフレを進行させる事で何とかやりくりする。という自転車操業状態だ。

 世界中で行われている戦争も、経済を回していく為の消費地確保の為に行われていると言う説もあるほどで、環境問題の事もあり、もうこの世界にはこれ以上の消費を生み出す余裕は無い。

 断言しよう。市場原理で動くこの世界経済は間違い無く破綻する。問題は、それがするかしないかではなく、いつになるのか?だ。
 
では、資本家となったかつての支配者達は、世界経済崩壊を防ぐ為の努力をしているのかというと、全く逆の事をしているとしか思えない節がある。ではなぜ?と考えた時、恐ろしい仮説に行き着いた。

 経済の崩壊先にあるのは、大多数の中産階級者が低所得者層へと転落する事、つまり、多数者としての下層市民の誕生だ。そしてこれを昨今の公教育の質的低下とリンクさせた場合、

『少数の支配者と、大多数の(無知で)支配される大衆』

 による世界が生まれる危険性がある。

 支配者にとって大衆が知識を得て賢くなる事ほど煩わしい事は無い。彼等は何も考えずに、ただ支配者の言うとおりに動いてくれればそれでいいのだ。
 そして公教育の質的低下は、これを強力に援助する事になるだろう。

 経済が崩壊し、無知な市民が多数を占める。そして資本家となった支配者達はかつての地位に返り咲く。民主共和政体の勃興でその地位を奪われた支配者層の逆襲は、今も静かに進行しているのかもしれない。

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2005.05.04

ちょっとだけサイエンス♪

 天文学クラスで論文の課題を『地球外知的生命体について』に決めて、
それについてずっと調べてたのですが、
僕らの知らない所でかなり真剣に研究されているみたいですね。

E.T.の事。

天文学者や宇宙生物学者達の間では
ETの存在と発見の可能性を割り出す方程式まであって、
それは僕にも中々に興味深かったです。その式は、

『N=R×f(p)×n(e)×f(l)×f(i)×f(c)×L』

なんだそうで、
各記号の意味は、
Nが僕らの銀河で知的生命体が存在する確率で、
以下、銀河系内で毎年生まれる恒星の数、
それらの恒星が生命の存在を許す惑星系を持つ確率、
それらが知的生命を生み、
それが技術文明を持つ確率へと続いていきます。
これらはもう物凄く小さな確率になるのですが、
最後のLが示す『それらの技術文明の平均寿命』が変数なので、
仮にその技術文明が永遠に続いたとすると、
僕らが地球外知的生命体に遭遇する確率は無限大になります。
つまり、僕らが自分で自分達を滅ぼさない限り、
僕らはいつか必ずETに逢えるって事になるんです。

でも、有史以来その技術を発展させ続けて来た人類ですが、
技術は常に進化するのに人類はその煩悩を進化させる事が出来ず、
欲望や利己心は環境破壊を加速させ、
憎悪と報復の連鎖は今だに終える事無く、
結果、地球はいまや瀕死の重態に陥る一歩手前まで来てしまいました。

宇宙生物学の世界では
『宇宙人は存在する』
が常識となりつつあるようですが、
彼らと逢えるかどうかは全て、
これからの僕らの行動次第で決まるのです。
地球自体を破滅させられる程の力を持ってしまった僕達には、
その力に見合うだけの義務と責任があるはずで、
そうしてこの地球人類文明の寿命をを自らの努力で延ばし続けていれば、
いつか必ず僕等にも、彼等と逢える日がやって来るはずです。

 『愛より強い物は無し』が持論の僕ですが、
恋人や家族への愛をさらに広げて、
敵も味方も無く、あなたも含めた自分を取り囲む全て、
ど~しようも無いかと思えばけっこうイイ所もあったりするあなた自身や、
あなたの愛車から道端の雑草、
この世にある全てを愛おしむ気持ちを皆が持ち続けていれば、
いつかきっと僕らにも、ETと逢える日がやって来るよ。って話でした。

宇宙人が攻めて来たらどうするって?
未知の存在をいきなり武力制圧しようとするような
危険な文明を持った知的生命体は、
超光速航法を発明する前に
同族内紛争で自分自身を滅ぼしてしまうだろうから、
そんなのが僕らの星に来る事は無いよ。

参照;[『SETI@home』より

SanFranciscoにて T.S.mizzie

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2005.01.30

世界最強から転落するアメリカ

 90sに旧ソ連が冷戦のリングを自ら降りて以来、軍事的・経済的に世界最強のこの国。でも最近のニュース等を見ると、アメリカは自滅or自壊に向かっている様にも感じます。

 アメリカのイラク侵攻が完全な失敗なのはもう誰の目にも明らかだし、国内政治も失策の連続。さらに生活者の視点から見ていると、

「50年タームで見たらこの国は自滅する」

 と、強く感じます。

 内から見てると問題だらけのこの国、経済システムも「10%の最富俗層と90%の低所得者層」という、激しい二極分化を生み出しつつあるので、将来的には国家としての購買力低下は明らかで、さらに、近年の財政赤字増加、増え続ける貿易赤字の増加と、基軸通貨としてのドルの安定性消失、そう言ったニュース等でも頻繁に見られるこの国の問題の他にも、公教育の質的低下が激しく、将来、中産階級を形成させる一定の教育レベルにある層が消失しつつあるように見えるこの国は、もしかしたらもっと急速にその地位を失い、かつ長期に渡ってその地位を低迷させ続けるのではないか?と思えてきます。

 ジャーナリスト達の中には、

「アメリカ中枢部にはアメリカ一極支配を終焉させる事で経済的利益を得ようとしている勢力があるのではないのか?」

 等という意見もあるようですが、仮にそうだとして、その少数勢力の為にこの巨大な国家を崩壊に導くのだとしたら、それに見合う利益とは一体何なのだろうか?と言う疑問もあるのですが、しかしながら、この国の昨今の動きを見ていると、先にあげた意見を超える理論を見つけられないmizzieでもあります。

 ただ、アメリカ一極支配を終焉させる事で利益を得た勢力は、短期的にはいいかもしれませんが、二極分化が階級闘争の原因となるのは歴史が証明している事実で、この世界で最も資本主義が進んだ国は、放って置くと共産主義的思想が勃興しかねないし、それは長期的には先の動きで利益を得た勢力を駆逐・消滅させかねない様にも感じるんだけど、それについてはこの国の中枢部はどういった観点を持っているのか、興味をかき立てられるmizzieでもあります。

 短期的にも『米国経済が崩壊を回避できる可能性は10%』などと米大手銀行の偉い人も言ってるそうで、mizzieは永住資格というすごい特典を手にして移民としてアメリカで暮らしていますが、アメリカが崩壊するのならそれは特典では無く、僕にとっての足枷となりかねないのでは・・・?って危機感も感じてしまいます。

SanFranciscoにて T.S.mizzie

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― 地球環境保護? ―

 最近になって、リサイクルに関する法律が出来たり、
消費者にそれらのコスト負担が求められたりするようになって、
『地球環境を守ろう』
って声高に叫ばれるようになって来たけれど、
環境保護という題目には大きな嘘がある。
と僕は言いたい。

地球は人類に守ってもらったりしなくても活動を続けるし、
環境を守ろう、と言うのは実は、
『人類に適した環境を維持しよう』
という人類の我が儘に過ぎないんだと思う。

 例えば地球温暖化が進んで極地の氷が全て溶けた場合、
海水面が60m上昇すると言われているけれど、
仮にそうなっても海抜60m以下の陸地が水没するだけで、
東京や大阪、高知や中村が水没したって地球全体から見れば、
それは大した問題では無い。

 また、オゾン層が全て消失しても
紫外線やガンマ線等の宇宙線が直接地上に降り注いで
地上が人類の生存に適さなくなるだけで、
地震や火山噴火等の地球活動が止まる訳ではないし、
紫外線や宇宙線が直接地上に届いても生存可能な
土中細菌類等は生き残るだろうし、
その方が都合のいい生物もいるだろう。

 地球の年齢から考えたら、
人類なんてごく歴史の浅い生物の一つにしか過ぎないし、
これまでも幾多の生物が生まれ、滅びていったこの星で、
その中に人類が含まれたとしても別におかしい事ではない。

 かつて地上を支配した恐竜達は、
地球の気候変化に対応出来ずに滅んだ。

そして人類は、

自分達で地球環境を自分達の生存に適さない状況に作り変え、
その結果自滅した。ただそれだけの事だ。

ビルの屋上フェンス外に立った自殺志願者(滅亡の縁に立つ人類)を止める事は出来ても、
飛び降りてしまった自殺者(環境維持の努力を放棄した人類)を、地上に激突する(滅亡する)前に救うのは不可能だ。

 僕は単に、自分の子供達を耕作地の激減で食べ物に困らせたり、紫外線や宇宙線を浴びて皮膚や眼球をただれさせて死なせるのはイヤだし、

 後世の人類に「お前達が地球をこんな星にした!」って非難された時に
 「俺は環境維持の努力をしてた!」って反論出来るからリサイクルに協力し、それのコスト負担を惜しまないだけで、他の人にもそれをしろとは決して言わないし言う気も無い。

 皆が環境維持なんかしなくても人類が滅びるだけで地球は回り続ける。
 ただそれが来年なのか百年後なのかが誰にも判らないだけで、それを決めるのは今これを読んでいる君達。ただそれだけの事さ。

 そしてこれだけは覚えておいて欲しい。
僕達、先進工業国の人間が最も環境保護に熱心で、そして最も環境を破壊したのも僕達、先進工業国民だという事を。

 SanFranciscoにて T.S.mizzie

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2004.12.18

『言葉と、文字と』

以前、村上春樹氏がエッセイの中で、
「私も原稿はワープロ書きだが・・・
この先日本語の文体は変わって行くだろう」
的な事を語ってましたけど、
タマにネットで女子高生の運営してるサイトとかを見てると、
それを強く感じます。

例えて上げるとすれば、もう古くなりつつあるけど、
『南条あやの保護室』とか、『腐女子の行く道、萌える道』とかね。
女子高生じゃないけど眞鍋かをりさんのブログもかなりキテます。

手書きとワープロ書きの違いは活字になると少し読めば判りますが、
Webに公開された彼女達の文はもう、
フォント変えまくり、文体はぶっ飛びまくり、
原稿用紙だったら絶対出来なかったであろう改行の使い方で、
『言葉』は本来、
自分の意思を誰かに伝える為の手段として存在するわけで、
電話だったら語調変化で感情表現が出来たけど、
メールや掲示版、Webやブログ等、
液晶の画面上ではそれは出来ない訳で、
そこで彼女達は色んなフォントや文字サイズ、
(笑)・(爆)・(ヲイ)、なんて語尾の括弧や、
顔文字なんて小技を駆使しつつ、
文字と記号だけで感情の起伏を表現する技を編み出して来た訳で、
文の中身が「軽き事風の如く」(「腐女子・・・」より抜粋)な事を除けば、
今最も洗練された日本語を駆使しているのは彼女達ではないのか?
なんて錯覚起しちゃいそうにもなります。

大人達は自分に理解出来ない人・物を下等な存在と見なし、
自分の経験を引き合いに出して偉ぶるけど、
アメリカ古典文学の代表でもあるH・D・ソロー氏も作中で
「大人は事実上、青年に対して
ほんとうに大切な助言を与える事など
何もできはしないのだ。」
と言ってるくらいで、
本当に正しいのはどっちか?
何て誰にも判らないはずです。

ただ、文章(言葉)の後に隠された意味を深読みする必要が無い分、
『情報伝達のスピード性』という点に関しての彼女達のそれは、
世界の最先端を突っ走っているのは間違い無いでしょう。

SanFranciscoにて  T.S.mizzie

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