書籍・雑誌

2008.03.12

mizzie的漫画考

タカ(仮名)、テーブル脇に積み上げられた『ときめきトゥナイト』を見て、

タ:「なんじゃこりゃ?お前、試験済んだら少女マンガ漁りかよ!?」

m:「少女マンガを侮るな。これ、少女マンガとしては古典だけど、かなりおもしろいよ。」

タ:「・・・mizzie、レーサー時代のお前しか知らない奴が、少女マンガ読んでるお前なんか見たら幻滅するぞきっと。マンガ読むにしても、せめてもうちょっと男っぽい奴にしろよ。」

m:「元レーサーが少女マンガ読んだらいけないのか?お前、あの○×さん(90年代四国ミニバイクレース界ではチョー有名な人。チョー速い。)だって少女マンガ読んでるんだぞ。それに、最近のあの下らない少年マンガなんか読んでるよりも、誌的だったり文学的だったり哲学的だったりする少女マンガの方が一万倍はイイよ!」

タ:「そう熱くなるなよ。そりゃ確かに、最近の少年マンガはくだらんよ。どーでもいいけどmizzie、この紅茶美味いな。春摘みか?」

m:「春摘みはまだ出てないよ。俺の淹れ方が上手いんだ。細口のポットがありゃあ、コーヒーだってもっと美味く淹れてあげら」

(隣の部屋から)
ななか:「買わないわよ。」

m:「(聞こえるような声で)僕、紅茶党だからいらないよ。で、何の話だったっけ?そうだ、少年マンガがくだらない。って話だ。少年マンガが面白かったのは、90年代まで。今の少年マンガなんて男にとってチョー都合のいい、美人で良妻賢母的で、不自然に胸がでかいヒロインと、人間的深みが全く無いクセに運動神経がズバ抜けてる主人公しか出てこない、ご都合主義の安直なストーリの話しかないじゃないか。読んでて2分でリサイクルボックスに放り込みたくなるような本読んで暇潰すような余裕なんか、今の俺には無いよ。」

タ:「確かにそうだな。ジャ○プだってサン×ーだって☆ガジンだって、俺らが高校の時くらいまでは結構面白かったのに、今じゃ読む気ゼンゼンしないもんな。でもmizzieも俺も、モーニングとか読むじゃん。」

m:「あれはな、90年代に☆ガジンとかジャ○プとか読んでた連中が、年を取ってそのままあっちに流れて、読者のレベルが上がったから作品のレベルも一緒に上がったんだよきっと。その流れから取り残されたヤング誌なんか、作品の質は少年誌よりヒドくなったじゃん。少年誌で描いてた作者もかなり青年誌に流れただろ?」

タ:「たしかに、しげの秀一とか井上雄彦とか浦沢直樹とかのマンガは俺も好きだよ。」

m:「でも、あの人達が描いてる話は、少年誌とかヤング誌の読者じゃゼッタイについてこれない。子供時代にマンガの古典的名作って言われてるのを読んで育った今の20代後半~のニーズを満たせるレベルのもの描ける才能は、今の少年誌とかヤング誌にはいないんだ。」

タ;「で、お前はその人達が描いてる青年誌には行かずに、少女マンガに行ったんだ。」

m:「少女マンガは、少年誌がヤング誌、青年誌って分化したのと違って、小学生からOLまで読者層が広いんだと思うよ。大人の俺が読んでも「面白い!」って思えるマンガ結構あるもん。津田雅美とか小花美穂とかの描くマンガ、かなり面白いぞ。」

タ:「津田?オバマ?誰じゃそりゃ?」

m:「オバマは民主党予備選の候補や。オバマじゃなくって小花。『HoneyBitter』とかかなり面白い。津田雅美は『彼氏彼女の事情』が有名だよ。津田さん、今描いてる何とかって新作も相当に面白いらしいけど、俺は忙しくて買いに行く暇が無い。」

タ:「お前、少女マンガ買いに行くのか?奥さんに頼むんじゃなくって?」

m:「行くよ。もしお前が○×のツ★ヤとかで、少女マンガのコーナーで本探してる男見たとしたら、それは多分俺だ。」

タ:「あそこは”男が近付く事の出来ないオーラ”が出とるエリアじゃないか。お前恥かしくないのか?」

ななか:「この人の辞書には、『テレる』って文字は無いのよ。」

m:「まぁ、お前も騙されたと思って一度、『彼氏彼女の事情』か『Honey Bitter』読んでみろって。マジでめっちゃオモロイから。」

タ:「俺は少女マンガを買う。何て行為は、男として恥かしくってゼッタイに出来ん!」

ななか:「あら?『Honey Bitter』だったらKさん持ってるって言ってたわよ?」

m:「ホラホラ、借りて読んでみろって。」

 

こんな感じで、新居に遊びに来ていたタカ(仮名)に少女マンガを薦めていたオイラだけど、上でも触れてるけど最近の少年マンガは本当に下らない。そして90年代以前の少年マンガを知っている人は皆、同じ事を口にする。「少年誌がめちゃ下らなくなった。」って。

世界最大にして最高のマンガ大国である日本だが、その質の高いマンガを数多く提供してきた少年誌、今世紀に入ってから質の劣化とソフトの枯渇が起こっているようで、本当に面白くなくなった。「読んでるお前が年を取ったんだよ」って一言で片付けられそうだが、少なくとも、90年代以前の少年マンガには、大人が読んでも楽しめる・のめりこめるレベルの高い作品がいくつもあった。

少年誌はその殆どが、週ごとに集計される読者アンケートで掲載作品の人気投票を行い、不人気なマンガは即座に打ち切られてしまう。つまり、読者の支持を得られない作品は淘汰されるシステムなのだ。そのシステムを採用する少年誌が、つまらない、くだらない、深みの無い、安易で単純なマンガばかりになったと言う事は、今、少年誌読者が作品に求めているものがそれだと言う事なのではないのだろうか?それはつまり、今世紀の子供は90年代以前の子供と比較した場合、恐ろしく低俗化・低脳化したと言う事だ。

 

 

詰め込み教育は悪だ!の号令の元で導入された「ゆとり教育」の結果、公立校に通う子供達は勉強を強制される事が無くなった。教育熱心な一部の親と、私立校・進学校に通う子供達は相変わらず勉強着けだったが、そうでない親に育てられた中級校、底辺校に通う子供達は勉強をしなくなったしする必要も無くなった。そうして勉強する必要性が減った子供達は、開いた時間をテレビやゲームにまわした。結果、IQ(Intelligence Quotient:知能指数)を鍛える機会を失っただけでなく、EQ(Emotional Quotient:情動指数)を鍛える機会をも減じさせる結果となった。
EQの低い子供には、内容に深みのある作品を与えても理解出来ない。
それよりも、単純明快で刺激的な作品の方を好むだろう。例えそれが刹那的で退廃的であったとしても。

結果、少年マンガが悪魔的に質的劣化を起こす事となった。と言う仮定を、mizzieは立ててみた。少年マンガの低質化原因を推測してこの仮定に辿りついたオイラが、この仮定から導き出した結論は、「教育を、学校だけに任せてはいけない。」と言う事だ。もし学校に全てを任せておきたいのなら、学費が僕の年収以上と言う、富裕層対象の私立校に通わせるしかない。公教育に依存するしかない中流以下の家庭は、親が積極的に教育に関わっていかないと、子供達は将来、搾取されるだけの「使い捨て労働者」として、支配者(守銭奴とも言う)達に搾取されて使い捨てられる人生を送る事になるだろう。なぜなら、大衆が低俗で低脳な社会と言うのは、支配者達にとって最も支配がやりやすい都合のいい社会だからだ。

 

 

 

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2008.03.11

うわっ!!

気が付けば27時30分!!

『ときめきトゥナイト』読みすぎた!!!

まだ17巻なのにっ!!!!

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2008.03.10

mizzie、少女マンガにハマる

今、ななか姫と暮らしている新居は12月に契約をして、『艤装は自分で』って言う条件で600万円近く値引きまくったので、内装とか照明とかも全部二人でやったので、落ち着いて暮らせる様になったのは12月末で、同時進行で荷物を運び込んでたオイラ達だけどとにかく荷物を運び込んですぐにオイラの国家試験で勉強だけの暮らしをしてたから、実技試験も終わった3月になって、やっと落ち着いてきたので、ようやく搬入した荷物の片付けなんかを少しずつ始めた。

オイラの私物はそんなに無いんだけど、姫がコレクションしてたアイテムとか本とか結構な量で、「読んだら捨てるわ♪」って言って、姫は古いコミックスなんかを読んでて、

で、オイラも少女マンガはそんなにキライでは無いのでちょっと見せてもらったんだけど、そしたら、

 

 

ハマっちゃいました・・・。

 

今、読み耽っているのは、少女マンガの中では古典にも入るであろう、

『ときめきトゥナイト』

昨夜も、19時くらいから読み始めて、夕食食べてる間も本を手放せなくなって(注:良い子はマネをしてはいけません)しまって、そのまま続きを読み漁って、ふと気が付けば25時!

今、やっと12巻まで読んだんですけど、

『ときめきトゥナイト』

ってば、30巻まであるじゃないですか!

ああ、続きが手招きしている・・・。

『ときめきトゥナイト』のせいで、今夜も僕は寝られない・・・。

同い年の姫と僕は、いろんなトコが似てるからマンガの好みが同じなのも理解出来るし、姫と知り合う前から、『彼氏彼女の事情』にハマったり、『ガラスの仮面』にのめりこんだりもしてたから、ある程度予想はしてたけど、

でさ、姫に聞きたいんだけど、そこにあるダンボール箱の中身はもしかして・・・、

ななか姫:「え?これ全部少女マンガよ。佐藤真樹さんとか柊あおいさんとか、mizzieゼッタイに気に入ると思うわ!」

ああ、きっと僕はあれを全部読んじゃうんだろうな・・・。
年内に全部読み終えられるのだろうか・・・。

今度また、このブログの更新が止まったとしたら、それはきっとオイラが少女マンガを読み耽っている時です。

さて、13巻を取って来るとするか・・・。 

 

 

 

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2007.09.22

読ませたい本

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自分が被害者の時は大騒ぎするクセに、加害者だった時は『見ざる・言わざる・聞かざる&見せざる・言わせざる・聞かせざる』なんて言う、恥かしい人達が多数派を占める恥かしい国日本では、毎年、数十万匹の犬や猫が小動物管理センターで殺処分されている。

この本には、そうやって殺されていった犬や猫達の写真がそれはもう、沢山収められているんだけど、その、真っ直ぐで純粋な澄んだ瞳は、自分達がもうすぐ炭酸ガスで窒息死させられる事を達観したかのようなその瞳は、僕等に自分達の罪を深く・強く意識させる強い強い力を持っている。

ペットブームに乗ってどこかの誰かに飼われる事になって、でも新しいモノ好きで飽きっぽい成金ニッポン人(注:ここでの”成金”は、象徴としての言葉です)に、「もう飼えないから引き取って。」と言われて持ち込まれたり、ペットショップで売れ残った血統書付きだったり、迷子になったまま飼い主が探してさえくれないまま野良になって捕獲されたり、野良として生まれて、その口だけでなく心にさえも、一度として暖かいものを与えられないまま衛生上の理由等で捕獲されてしまったりした犬や猫達の写真が、この本には多数収められている。

最愛の飼い主から、「もう家では飼えないので引き取って下さい。」と言われて小動物管理センターにやってくる、最愛の飼い主から見捨てられたこの子達は、奇跡的に里親が見つかる例もあるんだけど、その殆どが一週間後に炭酸ガスで殺処分されていく。致死性の高いガスではなく炭酸ガスを使うのはコストが安いからで、炭酸ガスで窒息死ささられる犬や猫達は、酸素供給を絶たれた脳細胞がその活動を停止するその瞬間まで、のたうち、苦しみ、涙を流しもがきながら死んで行く。そして死んだ子犬や仔猫達は、まるでボロ布みたいに麻袋に入れられて、焼却場で灰にされる。

小動物管理センターに、「もう飼えなくなったので引き取って下さい。」と言って犬や猫を連れてくる成金ニッポン人達に僕は言いたい。

「最後のその日、この子達がいる部屋にガスを送り込むそのボタン、あなたにそれが押せますか?」

って。

 

正常な、人間らしい心を持っていれば、この本を涙無しで読む事はとても難しいと思う。だけど、

ここに収められている情報は、この国に生きる者として知っておかなければならない種類の情報だ。僕はサンフランシスコで暮らしていた頃、3年も暮らしてたのに一度として野良犬も野良猫も見た事が無かったんだけど、サンフランシスコにはそう言ったペット達をかくまうシェルターがあって、飼えなくなった犬猫達はそこで里親が見つかるのを待ちながら残りの一生を過ごすんだそうだ。

”商品”として生産され、”商品”として消費され、”商品”として生きたまま廃棄されたこの子達は、本の中で、その澄んだ聡明な瞳で僕等に語り掛ける。「僕は炭酸ガスで窒息死させられる為に生まれてきたの?」って。

とても、とてもとても、とてもとてもとても読む人に考えさせる本なんだけど、読者達の声はもう彼等には決して届かない。

 

この本に収められた犬や猫達は既に、全てガス室でその命の灯火を吹き消されている。
彼等はもうこの世にはいない。

ごめんね。

本当にごめん。

僕がお父さんになったら、君達の本を僕の子供にもきっと見せるよ。
約束する。

 

この本は、ココで買うことが出来ます。

 

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2007.02.07

僕等も搾取されている

ニートだ引きこもりだと世間の批判に晒される事の多い、団塊ジュニア世代の僕等(厳密には71年生まれのオイラは少し外れるけど)だけど、

世間が取り上げないだけで、この国には「好きなこと」を仕事にした結果、ワーカーホリック(働き中毒)状態になっている若者が沢山いる。
この本は、東京大学大学院で社会学を専攻し、博士課程にある著者が、バイク便ライダーとして実際に働き、そのフィールドワークで得た経験や資料を元にして、
フレキシブルな労働市場

において、若年労働者が「使い捨て」とされていくシステムを暴いていくドキュメンタリー、というか論考の書だ。

著者の阿部真大氏は、実際にバイク便ライダーとして働き、そこでの経験を元にこの本を書いているが、「働かない」「やる気が無い」と酷評されている団塊ジュニア世代が、「やりたい事を仕事にする」という言葉の元で、自分の好きな事を仕事にした結果、「働きすぎ」「やる気ありすぎ」で、好きを仕事にする事に伴うリスクの一つである、「不安定職業」で「使い捨て」にされていく実態を、そのシステムやトリックを暴きながら解き明かしていく過程は、読み物としても中々にスリリングだ。

「やりたい事」「好きなこと」を追い続けた結果、高齢者福祉の現場でケアワーカーとして働くオイラだが、この著者によると『不安定職業である、やりたい事を仕事にしているバイク便ライダーの仲間達』に、トラック運転手やシステムエンジニアと共に我が『ケアワーカー』も挙げられており、この著者は現在、ケアワーカの労働実態を調査中との事で、どんな論考を上梓されるのか、楽しみではある。

『搾取される若者たち
  -バイク便ライダーは見た!-』
阿部真大;著 集英社新書;刊
ISBN4-08-720361-1

ケアワーカー、バイク便ライダーだけでなく、全ての労働者階級の人達に読んでもらいたい、そんな本です。

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2006.10.12

読書の秋♪

 とんでもなく夏が長く、春と秋が一週間くらいしかない高知だが、いちおー暦上では秋なので、最近は僕も秋らしく読書にふけっていたりもする。

 ちらっと読み返してみたら面白くて、睡眠時間を削りながらも読み耽ってたのが村上春樹さんの「海辺のカフカ」。キラ星なフレーズがあちこちにあって、また海外でもとても高く評価されている(サンフランシスコの大きな書店には大抵、英訳された村上春樹さんの小説がおいてあります)だけの事もあり、めっちゃくちゃ面白かったです。小説の舞台は四国なので、「うんうん」とか「それある!」とか頷いてましたが、そんな事は全て取っ払って、とにかく面白かったです。
 物語の持つ治癒力とかを感じさせてくれるこの小説、まだ読んでなければご一読あれ!

 で、もう一冊ハマってて読んでるのが、米原万理さんの「他諺の空似」。
 世界中にある諺。それの似たもの同士を集めて紹介しながら、洒落た文章でそれらを比較文化論的に国際政治に絡めつつ、そうやって物凄く硬い話に繋げつつ、「こんなの子供にゃ読ませられないよ・・・」ってなっちゃうよ~な際どい文章も絡めて、この方の言語に対する知識の深さと文章の巧さに関心してしまいます。

 まだブックレビューで見て「あ、ちょっといいかも?」って思って注文中の本が3冊ほどあって、この秋は「読書の秋」となりそうです。
 英訳版の『海辺のカフカ』も読んでみたいな。


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2006.07.24

知るを楽しむ

 今、『知るを楽しむ 私のこだわり人物伝 ~チャップリン~』と言う本を読んでいる。

 映画を、喜劇を、芸術の域にまで高めた喜劇王、チャーリー・チャップリンには興味があったが、それがこの「知るを楽しむ」と言うNHKの番組で放送されているのを偶然目にして、テキスト本があるのを知ってすぐに購入した。

 ロンドンの貧民街で生まれ育った彼が、役者としてのキャリアを積み、アメリカで苦労を重ねて成功。

 
しかし社会批判的色彩の濃い彼の作風が時の権力者の不評を買い、ほぼ国外追放に近い形でアメリカを去った事。

 彼の秘書だった日本人、高野虎市にまつわるエピソードなど、

 この本は番組のテキスト本としてだけでなく、単なるチャップリン論としても、中々に興味深い本だった。
 チャップリンがその作品に、実に多様なメッセージを込めていた事なども、判り易く、かつ詳細に解説されている。例えば・・・。

 「独裁者」が、通訳の伝えている事とチャップリン演じる独裁者のセリフに大きなズレを持たせる事で、真実を伝えるニュースがフィクションを孕む危険性を告発し、現実とフィクションを主体的に見極める事の難しさを教えている事。

 「モダン・タイムス」のラストシーン、恋人と手を取り合って歩いて行くシーンが、夜明けに向かって歩く二人の影を、次のカットで逆方向に影が出ている(つまり、夕日に向かって歩いている)映像にする事で、希望への道はとてつもなく長く険しいと説く。その手法たるや脱帽である。

 この著者は最後に、チャップリンの映画が持つ多様性について言及し、

 「チャップリンの【多様性】、或いは異なった価値観と共に歩む放浪者の足取りにこそ、世界を一色に染めてしまおうとする「普遍性の暴力」に抵抗して、二十一世紀を共生の時代にするためのヒントがあると私は思っています。」

 と結び、単なる人物伝を政治性、メッセージ性のある論文にまとめている。

 僕が驚いたのは、この大野裕之と言う著者がまだ30代前半の若さで、映画学・舞台芸術論専攻で京都大学大学院博士課程修了という肩書きを持つ、チャップリン研究家だと言う事だった。

 一つの事を極めると、それで食っていく事が出来るようになる。その実例を見た気がした。

参照;知るを楽しむ 私のこだわり人物伝 チャップリン 著:大野裕行  刊行:日本放送出版協会 


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2006.01.03

すばらしきアメリカ

 今、旧年中は忙しくて読みかけだった本を読んでいる。
 Noam Chomskyの、「What Uncle Sam Really Wants (アメリカが本当に望んでいること)だ。
 20世紀を通して、アメリカが取ってきた外交政策、そしてそれを支える国内政策。
 それが一体どういった物で、誰が、誰の為に、何の為に、それらを行ってきたのか、アメリカはとても開かれた国でもあるので、機密文書も30年(50年だったかな?)を経ると請求すれば閲覧する事が出来るので、それらを元にして、このMITの言語学者でもある著者が暴き出した、アメリカ政府と特権階級達の暗躍ぶりを書いた本だ。
 結果としてこの本は、私が滞米中に感じていたアメリカに対する思いを、より強固な物にする事となったが、外交政策に関するそれは、違和感を通り越して嫌悪へと変わった。

 アメリカ政府が反米的な政権を持つ国家の、反政府組織にCIA等を通じて資金や武器の供与をしているのは、ベネズエラの例もあって知っていたが、他にも、中南米のほぼ全ての国でそれをしていた。と言う事実は特に驚く程の事も無かったが、その内容はそれはそれはひどい物だった。

 反米政権や反米・反政府組織を支持する国民を実力で排除する為に、CIA等政府組織は現地ゲリラやテログループを訓練し、そうしてアメリカによって訓練されたゲリラやテログループは、それがとても人間の仕業とは思えないような残虐・非道な方法で反米組織や政府を支持する民衆を殺戮する。例えば、ニカラグアで米国の傀儡だったコントラは、独立民族主義の民衆勢力を粉砕する為、そういった民族を襲撃し、幼児を岩に叩きつけて殺し、女性を木から逆さ吊りして胸を切り取り頭の皮膚を剥ぎ、出血多量で殺したり、頭を切り取って杭に刺すといった、サディスティックな方法の拷問を行っている事である。

 これらは全て、アメリカ政府の支持の下、アメリカ政府とアメリカ企業の利益確保にとって、それらの障害となり得る可能性を排除する為、行われてきた、そして今も行われている事なのである。

 アメリカ合衆国政府は、軍事的に自分達よりも圧倒的に弱い幾つかの国家を「テロ支援国家」として敵視し、世界中に「それらは諸悪の根源」とアナウンスしているが、この地上で最大・最強・最凶のテロ支援国家は、

アメリカ合衆国

 なのである。
 彼等は、自分達特権階級の最大幸福の為には、諸外国はおろか、自国民さえもどうなろうが一向にかまわない。という哲学で行動しているのである。
 なんとすばらしい国なのだろうか。
 恐らく現在の日本の政治家達は、彼等を模範しているのであろう。
 



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2005.12.28

しびれた・・・。(カッコ良過ぎ)

 読書好きの僕だが、こう寒いと本屋に出掛けようという気も起きないが、書評でそれについての記事を読み、ネット経由でソッコーで注文した。

 仕事でクタクタになって帰宅したらそれが届いていて、プロジェクトXの最終回を見て、感動冷めやらぬうちに今それを読んでいるのだが、さっき見たNHKのそれが色褪せてしまうほど、そこに書かれている実在の人物達はかっこ良過ぎ。読みながらシビれてしまうほどだった。

 文春新書 刊 『生き方の美学』

 その帯には、「高潔、廉恥、無私、使命感、道義、正論、徳、無心ーいまや死語と化した言葉のままに生きた人びと」と書かれているが、この本に書かれている20数人の実在した人物達は皆、上で挙げたそれらの生き方を貫いた人達である。

 矜持という言葉を体言する生き方に強く憧れる私としては、過去にそんな生き方をした人達の実話を読みながら、ビリビリと震えが来るくらい感動し、読みながら、「くく~っ、コイツ格好ええわ~・・・。」って思わず口から出ちゃったくらいで、もう、(生き方が)カッコいい人達のオンパレード状態なのである。

 僕の語彙では上手く伝わりそうもないから、第一章で取り上げられている小島裕馬氏について書かれた所から、少し引用しよう。

 時は昭和10年代前半、軍部の台頭著しく、軍に反対する意見を言う事すらはばかられていたその時、京大文学部長だった小島は、別の教授の不祥事の責任を取って辞職を決意した京大総長の辞表を持参し、文部大臣陸軍大将荒木貞夫に会い、辞表を手渡した。
 しかし「その必要は無い」といって受理しない荒木に対して小島は、「あなたがた軍人は、部下が法を犯しても、上司は責任を取らなくて、よいのかもしれない。だが、私たちはそうではない。浜田総長の辞表は、確かに、文部大臣にお渡しした。必ず受理されたい。」と、毅然と言ってのけるのである。

 満州事変以降、法令を破る軍人には枚挙にいとまが無く、(戦争全体を通しての)軍の無責任体制は見るに忍びが無かったのを、軍を代表する陸軍大将にあえて臆せず言ってのけたのである。

 本文中ではこの小島の事を、「下には心が広く思いやり深く、友に対してはねんごろに真心から深切を尽くし、権力に対してはつとめて道理に従い、強く正しい」と評している。

 さらにこの人は定年退官後、「ぜひ学長に!」と懇願する教授陣に、「私は土佐に、90になる父がおり(僕と同郷だよ!!)、一人で暮らしている。(中略)土佐へ帰って、父の世話をする。」と言ってのけ、京大学長のイスを蹴って春野町の実家に帰り、戦後、「文部大臣に!」と次官をよこした吉田茂にさえも、「わしは、麦を作らないかん。そんな事をしよる暇は無い。」と言って、大臣のイスさえも蹴ってしまうのである。

 確固とした自分の生き方の理想像を貫く為には、京大学長や文部大臣と言った地位や名誉など、一顧だにしなかった、この気骨ある漢(おとこ)の生き様。

 ここで触れた事以外にも、いくつも本文中で触れられています。

 こんなカッコいい生き方をした人達の話が20章も収められてるこの本、今年最強の、「大当たりの一冊」でした。
カッコよく生きたい人必読!!
 さ、続きを読もうっと♪


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2005.10.22

やられた・・・

> 最近の安易な”癒し”ブームが嫌で、意識的に「お涙ちょうだいモノ」は、本も映画も避けてた。
 でも雑誌でそれの紹介記事を読み、居ても立ってもいられなくてそのまま書店に走った。

 凄かった。
 僕ももう34歳だから、簡単な事では泣けないんだけど、「ココは純粋さを残してる人なら泣いちゃうだろうな」って感じの、胸を突く文が、キラキラ光ってるようなフレーズが、何箇所もある。
 書かれている事が全て事実だと言う点を差し引いても、圧倒的な文章だ。

 残り数ページになって、「泣かずに読めたな」って思ってたけど、最後の行を読み終えた時、涙が僕の頬を伝っていた。

木藤亜矢 著 『1リットルの涙』


 帯に書かれた、「生きることに悩んでいるすべての人々に、この本を読ませたい」が、この本の全てを物語っています。
 悩みが無くても読んで欲しいし、誰かに読ませたくなる、そんな本です。

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